第12話 魔法少女は終幕で。(3)
◆4月7日 午後6時15分◆
『願いを……打ち消す?』
ノワはなぜ、私たち人間の願いを叶える使命を負っていて、どうしてそんなことが出来るのか――そんな話を掘り下げ、あまつさえそんなことに首を突っ込こんでしまおうものなら、銀河レベルの壮大な話になった挙句、何万光年先の宇宙の果てまで連れて行かれたり、兵器のように戦わされるような展開になりかねず、町一つ守るのに散々苦労してきた私の口から言わせてもらうのなら過重労働どころの話ではなく、ぶっちゃけまっぴら御免であるため、私は我関せずと、知ろうとすることすらしてこなかった。
だが、そんな私の心境はさておいて、ノワについて一つだけ知り得ている情報があった。
「あなたが願いを叶え続けることに固執しているのは、何か特別な理由があることくらいはわかる。だから、私たちにとって最も良い形は、きっと共生関係。“過去の願いを打ち消す”という新たな願いを叶えることでバランスをとれば、どっちにも悪くない関係になるんじゃないかって」
共生関係とは、棲家を提供することと引き換えに掃除をしてもらったり、外敵から守る代わりに食糧を受け取ったりする、自然環境によくある持ちつ持たれつな関係であり、願いを叶えることがノワの使命であるのなら、元々の願いを新たな願いで打ち消すことが出来さえすれば、“願いを打ち消す”という新たな願いを叶えることになり、ノワの要望に添いながら願いを無効化することが出来、私たちやノワにとって都合が良いのではないかと考え至った。
「ちな、そんなことできるの……?」
『わからない。僕は相反する願いを叶えた事はないから』
不老不死を願ったあとに、生きるのが辛くなった――なんてことはありそうな話だが、そもそも私や雨のように一度願いを叶えられた人間が、その願いを無かったことにしてくれと二度目の願いを叶える状況なんて、そうそう起きうるものでもない。
『でも、きっと不可能じゃない』
「なんでそう言い切れる? 相反する願いを叶えたことはないのなら、不可能じゃないことは保証できないはず」
ノワが断言したことに対して、私はすかさず疑問を投じる。
『願いの力は無限の可能性を秘めている。だから、100パーセント不可能だと言い切ることは出来ない。僕が選んだキミ達がそれを望むのなら、その可能性は十分にある』
「ようするに、悪魔の証明というわけか」
「……って、さり気に自画自賛かよ!?」
例えるならば、火星人が存在することを証明するには、出来るか出来ないかは別として、火星人を捕まえてくれば良いが、火星人が存在しないことを証明しようとすると、火星のありとあらゆる場所を巡って、存在しないことを調べ上げなければならず、“言うは易く行うは難し”という言葉があるとおり、それは現実的に不可能に近い――火星人と悪魔の違いはあるものの、それが悪魔の証明と呼ばれているものであり、要約すると、実物が確認できない状態では、存在するともしないとも言い切れないという意味合いである。
『願いの強さが、元の願いを上回れば成功するだろう。キミ達は全ての真実を知ったことで“魔法少女”という存在が創られたモノだと既に知っている。だから……』
「成功した場合、魔法少女ではなくなる可能性が高い……そう言いたいの?」
それは折り込み済み――というより、それこそが目的だと私がそう答えようとすると、雨が私よりも先に口を開いた。
「私達にはもう、魔法は必要ない。私は“魔法少女”という大きな力に振り回されて、自分自身を見失ってた。私が強さを欲しがったから、私の願いがチーや他の人たちに迷惑をかけ、苦しめたってことも自覚してる。本当は私なんて居なくなるべきなんだ」
自分が全ての元凶と知ったことで、雨はひとりで思い詰め、自分が出来ることや今後成すべきことを模索し、その結果として“自分さえ居なければ”なんて極端な発想に至ったことは考えるまでもなかった。
以前の私であれば、そんなことはないと声を荒げ、全力で否定したことだろうが、今の私には雨の気持ちが痛いほど理解できた。
「でもさ、そんなことをしたら、悲しむ人が居る。だからせめて、これ以上周りに迷惑かからないようにしたい」
雨は横目で私に視線を送り、思いつめた表情が一瞬だけ見え、私は向けられたその瞳をまっすぐ見つめ返しながら、応えるように口を開く。
「私も同じ。そりゃ一回くらい魔法で空も飛んでみたかったし、魔法の可能性についてはまだまだ調べてみたいと思う……だから、魔法少女に未練が無いなんて言ったら嘘になる。けどそれは、普通の人生を送っていたら手に届きすらしなかった願いであって、欲張りでワガママな願い。魔法少女になった経験は、十分すぎるほど大切なモノを私に与えてくれたし、今の今まで魔法少女そのものを否定する気になれなかったのは、私にも未練があったから。だけど、魔法少女だったという過去の正義感に駆られて、自分の身勝手のためにみんなを戦いに巻き込んだことはあーちゃんと同罪だし、私が魔法少女であり続けることが誰かの不幸になるのなら、私は覚悟を決める。もし、魔法少女を捨てることがその罪滅ぼしになるというのなら、私は望んでそれを捨てる」
『それならキミは、どうしてそんな願いを選ぶ? 時間を戻したいとか、誰かを生き返らせたいとか考えなかったのかい?』
私とて人間であり、七つの大罪然り、おいしいものを腹一杯食べたいとか、金があれば漫画やゲームがたくさん買えるなんてことは普通に考えるし、この世に別れを告げた人にもう一度会いたいと思うことだって当然あった。
「もちろん考えた。でも、それは一時的な痛みを抑えるだけで、結果的に大きな悲しみと傷跡を増やすだけ。何も解決しない」
誰かを生き返らせることで得られる幸福もあるかもしれないが、この世の摂理を曲げてまで得たものを再び失った時の悲しみは、一度目とは比較にならないほど辛く、残された者には受け入れ難いものになり、先にしろ後にしろ、残された誰かが悲しい想いをすることに変わりはなかった。
その先に待っている喪失感の果てには、幸せなどと呼べるものがあるはず無いだろうことを私は知っていたし、そんな結末を私は望んでいなかった。
「少し前の私だったら時間を戻したいとか願っていたかもしれないけど、今の私は満足してる。今を無かったことにしたくないと思えるくらいに」
雨や祈莉と一緒に戦っていたあの頃に戻り、全てが丸く収まるように過去を変えたとしても、私には失ってしまうものがある――たぶんそれは、私が普通の人生を送っていたら手に入ることはなかった。
私が振り返って高台から下方を見渡すと、ハンディカメラのレンズ越しにこちらを見つめる芽衣の姿が目に留まり、私は軽く手を振ったあと、再びノワの方へと振り返る。
「それに、それは愚問。あなたにそれが出来るんだったら、今のあなたはそこに居ない」
“どんな願いも一つだけ”と言ってる割には叶えられないケースがあったり、叶ったとしても曲解されて別の願いになるのはこの業界ではざらにある話であり、その中でも“死んだ人を蘇らせる”だの“時を超えたい”なんて願いは、タイムパラドックスやらの関係で特異点を生み出す行為になるため、聞き入れられないケースも多かった。
もし、ノワが叶えられる願いに制約や制限がないのであれば、ノワ自身が都合の良い人間を用意し、そいつを精神操作で操って“過去に戻りたい”と願わせるよう仕向け、自分の力で願いを叶え続ければ、私たちにここまで追い込まれる心配すらなかっただろう。
つまり、そうしていないということは、それなりの理由があるということになる。
『そうだね……。その通りだ。僕にそんな力は無い。だから、ここに居る』
まるで無理やり自分を納得させるような口振りに、私は一瞬だけ妙な違和感を覚えたものの、それをよそにノワは話を続けた。
『キミの言いたいことはわかった。でも、言っておかないといけないことが一つある。今の僕の力では叶えられる願いはひとつだけ。キミの願いを全て叶えることは出来ない』
どんな世界でも、願い事に代償はつきものであり、そう簡単に願いが叶うのなら、誰も苦労はせず、むしろ一つでも叶えられるだけラッキーだと考えたほうが良いくらいのものだった。
それ故に、私は駄目元で二つの願いを提示していた。
「そりゃ、そう都合良くいくわけないか。わかった……それなら……」
『――我のことは構うな』
突然、脳内に聞き慣れた低い声が響く。
「えっ!? この声……!?」
「……エゾヒ!? まだ意志が残っているのか……!?」
すっかり忘れていたが、しぶとさと負けん気だけは他の幹部とは比較にならないくらい強かったことを思い出し、ここまでくると、コイツこそが不死身なんじゃないだろうかと疑ってしまうほどだった。
『我に“願い”とやらを使おうとしているのだろうが、その必要は無い』
「いや……これは全部私たちが招いたこと。それに、あなたには借りもある」
私達の願いによって自作自演の茶番劇に役者として選ばれ、ただ利用されていただけのエゾヒは、言うなれば最初から最後までずっと被害者であり、そればかりか今回の件では私達に協力してくれた恩もあったため、私はその願いを優先して叶えようと考えていた。
『それならば、我にも借りがあるぞ? 我は生き伸びていたからこそ、もう一度主等と戦うことが出来た。本来であれば、一度敗北した時点でこの願いが叶うことは無かったであろう。最後に腕比べが出来たことに、我は心の底から満足している』
「腕比べ……って、それは一般的に“恩を仇で返す”と言う気がするんだけど……?」
「あー……でも、なんとなく合点がいった」
エゾヒにとってこの戦いは“腕比べ”という娯楽であり、その遊び相手として私たちが選ばれ、エゾヒがノワと仲違いした理由は、その娯楽を途中で邪魔されたからである――そう考えると、今までの言動や行動理由も全て頷けた。
「でも、そのままじゃあなたはもう……」
『どのみち、この命はもう長くはない。故に、我に悔いなどない』
このままいけば、エゾヒの肉体は魔蒔化の木の養分となり、朽ち果てるだけであり、そんな結末をなんとかしたいと思ったからこそ、私は“願い”をエゾヒに使うことを決めていた。
しかしながら、“有終の美を飾る”とか“死に場所を選ぶ”という考え方もあり、私の考え方自体がエゾヒにとっては余計なお世話であり、私がそこに水を差すのは自己満足なのではないかと考え至り、それ以上食い下がるようなことはしなかった。
「わかった。この状況で“お元気で”っていうのも変だし、“楽しかった”って言っておく」
『ああ。我も楽しかったぞ、シャイニー・レム』
沈黙の間を埋めるように、雨が口を開く。
「最後に聞いておきたかったんだけど、さっきのあれって、私を庇ってくれてたんでしょ?」
『何のことやら判らぬな』
「まあ、偶然だったらそれでも良いわ。でも、これだけは言っておかないと後味悪いから言っとく。さっきはありがと」
エゾヒの顔はもちろん見えず、声も聞こえないものの、私にはなんとなく照れ隠しをしているように思えた。
「それとチー。五年前、チーがエゾヒを山に返そうって言ったとき私は反対したけど、今になってそうしておいて良かった……それだけは間違えなくてよかったって心の底から思ってる……。きっと私は後悔するだけじゃ足りなかった。だから、その願いは私のものでもエゾヒのものでもなく、私たちを救ってくれたチーが使うべきなんだと思う」
「あーちゃん……」
私は雨に視線を送り、雨も頷く。
『それじゃあ、願いは決まったね。改めてキミの願いを聞かせてもらおうか? レム?』
いざ願いを自分の口から言うとなって私が緊張していると、雨が繋いだ手を強く握ってきた。
「大丈夫。一緒に」
「……うん」
「それじゃ、せ~の……!」
私もまた雨の手を強く握り返し、腹の底から声を発した。
『私達の願いを、打ち消して!!』




