第12話 魔法少女は終幕で。(2)
「本当……なの?」
雨がそう問い返すも、ノワの声が私の頭へと伝わってくることはなく、三人の間に沈黙だけが長々と続く。
真実を知りたいという雨の気持ちに対して、それを知られるわけにはいかないというノワの葛藤も理解できている私は、口を挟むのも野暮だろうと口を固く閉ざすものの、話が一向に進まないという状況に痺れを切らし、已む無しとばかりに口火を切る。
「あーちゃんが迷いなく自分に刃を向けられるよう、徹底してあーちゃんの怒りや反感を買うような行動をとり続けていたのは、あーちゃんが後悔しないようノワが“悪いヤツ”を演じ続けていたから」
『レム……ダメだ……。それ以上は……』
劣勢に追い込まれてようやく口出ししてきたものの、私は自分の目的を遂行するべく、ノワの制止を訊かずに話を続ける。
「たぶん、最初は単純な作戦を計画をしていたんだと思う。私たちシャイニー・レムリィを再結集させ、自らが巨悪を演じ、敵対した末に私達に敗れ、過去の遺恨を清算する。それであーちゃんの願いを叶えられるはずだった。でも、大きな誤算が三つ生じたことで、そのプランは大きく崩れた」
私達三人が揃い、エゾヒを操っている悪者を苦闘の末に倒してハッピーエンドという流れで事が進めば話は簡単だったのだろうが、思い通りにいかないのは世の常であり、幾つもの誤算と不測の事態がノワの計画を阻む事となったのは言うまでもなかった。
だが、私にはこの場でその顛末を語る必要があった。
「一つ目の誤算。それは、何も知らないエゾヒがあーちゃんを人質にしてしまったことであり、それが原因でいきなり計画が破綻してしまった。焦ったノワは、計画を軌道修正するために、エゾヒの行動を阻害してあーちゃんが逃げ出すチャンスをわざと作ったり、エゾヒの中にエゾヒ以外の存在が居ることを示唆しておくことによって、あーちゃんが自分から接触を図るように布石を打っておいた。『僕を助けてほしい』とか『エゾヒの暴走を止めてほしい』とか、そんな感じの言葉をあーちゃんに掛けたんだろうけど、真面目で使命感の強いあーちゃんには、それだけで十分な行動理由になった」
エゾヒが雨のことをシャイニー・リインだと認識出来ていなかったことによって、勇者役である雨をお姫様のように捕まえてしまったことで、魔王役である自分を倒させるという目的を果たすことが難しくなってしまったため、このままでは雨の願いを叶えることが出来ず、作戦が全て徒労に終わってしまうと考えたノワは、なんとかして状況を変えようと、エゾヒの目を盗みながらその行動を阻害するという策をとった。
雨がノワの正体を私よりも早く知り得ていたのは、私の知らないタイミングで雨だけがノワと直接やり取りをしていたからとしか考えられず、私に隠れて接触を図っていた理由は恐らく、自分の存在を他者に気取られまいとしていたことと、私がエゾヒ同様の不安要素だからだと推察出来た。
「魔蒔化によってエゾヒの肉体を支配下に置くことに成功したノワは、私を追い詰めることであーちゃんを挑発し、誘き出すことにした。そして、その計画通り、あーちゃんはノワに接触を図ってきた。でも、ここで二つ目の誤算が生まれた。それは、あーちゃんがノワにとってまったくの初対面である芽衣の姿で接触してきたこと。目の前の人物があーちゃんだという確証が得られなかったノワは、エゾヒが暴走しているフリを続けながら探りを入れることにした」
エゾヒと再会した日、芽衣はエゾヒに存在を気付かれていたものの目撃はされておらず、今日も戦闘の場に姿を見せていなかったため、ノワにとってはまったく知りもしない第三者が突如として現れ、見たこともない魔法を使う謎の人物が乱入してきたことになり、さぞかし焦ったことだと容易く想像出来るし、相手の素性がわからない状態で事を進めても、自分の目的を阻害する邪魔な障害にしかなりえないとノワが考えることも想像出来たため、一番無難な選択をすることも私には察しがついていた。
だが、その選択が自分の首を絞めることになったのは、ノワにとっても想定外だったと考えられた。
「一方で、あーちゃんはエゾヒがエゾヒではないことに気付き、会話をするきっかけが生まれた。だけど、相手の正体を読みきれていないノワは、自分のことを“ノワという存在”だということにしておいた。その場で自分がツキノワであると伝えても意味はないし、素性を隠すのであればそれが一番無難な選択だったんだろうけど、結果としてその行動が後の道のりを遠ざけるきっかけを作ってしまった」
魔蒔化したエゾヒと雨が対峙し、どちらかが倒れるまで戦い続けることになるのも道理だと考えられたものの、結果的にそうならずに済んだ現状から逆算してゆくと、双方どちらかが相手の正体を見破り、会話をするという意志伝達を持ち掛けたと考えられ、相手が未知の存在であると認識しているノワからではなく、エゾヒの中に別の誰かが居るという情報を持ち得ている雨から対話の機会を作ったと考えるのが、自然な流れだと考えた。
また、ノワが自分のことをノワだと名乗ったのは、相手が無関係の第三者であればノワという名を出したところで弊害はなく、もしも雨であれば、自分がノワであると伝えることによって、連鎖的に目的へと一気に近づくため、どちらに転んでも好都合であると踏んでいたからなのだろう。
しかしながら、ここで三つ目の誤算が露見することになり、ノワの目論見とはまったく違う方向へと進んでしまった。
「三つ目の誤算。恐らく、ノワにとって最も想定外だったのは、ノワの正体がツキノワであるという事実をあーちゃんが未だに知らなかったこと。私には正体を知られていたから、当然その情報があーちゃんにも伝わっていると踏んでいたんだろう。この誤算が引き金となり、計画はドミノ式に崩れ、破綻してゆく結果になった」
ツキノワの正体を知っているはずの私がノワの正体を雨に語らず、現在に至るまで隠し通されていたことはノワにとっては大きな誤算となっただけでなく、結果的に引くに引けない状況にまで追い込まれる形となった。
「エゾヒになりすましながら、いきなり戦闘を仕掛けてきた相手のことなんて信じてもらえるはずがないし、なによりも、エゾヒの姿をしながら死んだはずのノワの名を語る相手の話
を素直に信用できるワケがない。つまり、自分がツキノワであることを明かしたとしても、あーちゃんにそれを100パーセント信じさせることは不可能だし、だからといってノワであると発言したことは撤回できず、ノワである可能性を否定できないあーちゃんは、自分に主だった敵対行動を取る可能性が無くなってしまった。困り果てたノワは、正体を知る唯一の人物である私の口からあーちゃんに真実を語らせることを思いつき、あーちゃんと私を同じ場所に立ち会わせたうえで真実を語らせるよう画策した。恐らくそこで、まずはあーちゃんの体を乗っ取ることを思いついた。あーちゃんの体を自分の体として使えれば身の安全を自分で確保でき、正体を隠しながら行動することで不安要素であるエゾヒや私に計画を邪魔されにくくなり、私を騙しながら目的の状況に誘導することも出来て一石三鳥と考え至った」
自分が雨を説得する材料として使われているなんて思いもよらなかったが、ノワが私に真実を語らせようと誘導していたことは間違いなく、不自然な行動や不利益になる言動はそのためだったと考えたほうが納得できた。
当然ながら、主役である雨の体を乗っ取って願いを叶えてもノワの目的は達成出来ないため、最初から雨の体を乗っ取るつもりなどは考えすらしていなかっただろうものの、私を雨と同じ場に立たせるという目的には都合がよく、自分の行動や正体を隠す隠れ蓑としても打ってつけであり、利点が多いということに気が付いて英断を下したのだろう。
「そして、あーちゃんから肉体……もといニセモノの体を乗っ取ることに成功したノワは、目立った行動を極力行わず、エゾヒの中の自分が覚醒するまで息を潜めることにした。それから、その意識が覚醒したら、あーちゃんだと思って油断している私に不意討ちをかける。その後、あーちゃんの意識をわざと覚醒させ、エゾヒの中に戻ったノワが私に真実を吐かせることであーちゃんに怒りを植えつけ、自分を倒させて目的達成――なんて筋書きを用意していたと思うんだけど、あーちゃんの体を乗っ取ることに失敗していたことを知ったノワは、苦し紛れの筋書き修正を余儀なくされた。戦力にならない私をわざと攻撃したり、あーちゃんの前で私を縛り上げて人質のように見せびらかそうとしたのは、私を痛めつけることや精神破壊が目的ではなく、あーちゃんの怒りを直接的に煽って、自分に怒りの矛先を向けるためだった」
恐らく、ノワが私に対してだけ攻撃の手を緩めることがなかったのは、私と雨が親しい間柄だと知りつつ、雨に強い怒りと敵意を芽生えさせるには都合の良いエサであると認識しており、私が傷つく様子を雨に見せつけることが一番効率が良い方法であると考えていたからだろう。
「あーちゃんの怒りを最高潮まで高め、絶好の展開まで持っていき、自分をあーちゃんにとって“悪の存在”に仕上げることには成功していたものの、私が魔法少女の力を取り戻したことによって、ノワの描いていたシナリオは完全に瓦解した。なぜなら、私が魔法少女の力を取り戻してしまったことによって主役が入れ替わり、あーちゃんが自分にトドメ刺す可能性がほぼ無くなってしまったから」
握られていた手の温もりが突然消え、どうしたのかと視線を移すと、雨はまるで全身から気力が抜け落ちたように俯いており、私は片眉を曲げる。
「それってつまり……私がノワを倒せば……全部終わりってこと……だよね……。ようするにチーは、今ここで私にトドメをさせって言いたいの……?」
その問いに私は押し黙り、敢えてその問いには答えようとしなかった。
「全部……私が願ったこと……そのためにノワがやったこと……。元はといえば私のせいなのに……そんなこと、できるわけないじゃん……」
それはとても小さな声だったが、涙声が入り混じったその声を私が聞き漏らすことはなく、その綺麗な頬に流れた雫を指先でそっと拭った。
「ありがとう、あーちゃん。それが聞きたかった。ノワ、聞こえたでしょ?」
『……ああ。これではもう、僕にはどうすることも出来ない』
「どういう……こと……?」
雨は状況が飲み込めないと言いたげに、疑問の視線を私に送り、私は応えるようにその手を強く握り返す。
「これでノワはもう、あーちゃんの願いを叶えることが出来ない。だって、あーちゃんにとってのノワは、もう悪ではなくなったから。これであーちゃんの完全勝利」
雨の中にある“ノワが自分達に危害を加える悪の存在である”という認識を書き換えることによって、ノワの最終目的でもあり、雨の“悪いヤツを倒す”という願いは実現不可能になる――私がノワの事を長々と語ったのは、ノワが悪であることを否定するためのものであり、それこそが私の目指していた勝利への筋道だった。
『本当にキミ達人間は僕の想像を簡単に超えてくる。キミもリインも、さっきの子たちも』
聞こえてくるノワの声は、これまでの刺々しさとは違って、どこか吹っ切れたような穏やかな口調だった。
私は雨の手をしっかり握り締め、雨は私を見つめ返しながら、それを握り返した。
「確かに、人間には特殊な力もないし、あなたから見れば非力で無能な存在かもしれない。だけど、私たちは無力じゃない。一人ひとりが別々の考え方や、違った才能を持った存在だからこそ、助け合い、欠点を補い合って、大きな力を生み出す“可能性”を秘めている」
『そうだったね……。人間は無限の可能性を秘めている……。だから、僕はキミ達を選んだ。そんなことさえも忘れていたよ』
試合終了の雰囲気が流れる中、私は声を上げる。
「悪いんだけど、あなたにはまだやってもらうことがある。私たちには、あなたの持つ“願いを叶える力”が必要」
『願いを叶える……? レム。キミの言うとおり、今の僕になら願いを叶えられるだろう。でも、僕がキミの願いを叶えてあげる理由は無いよ?』
「そういうと思ってたけど、忘れてるみたいだから言わせてもらう。さっきした約束のこと覚えてない?」
『やくそく……?』
「私の“望み”。まだ叶えてもらってないんだけど? 私があなたの正体を当てられれば願いを一つ叶える、そう自分で言ったでしょ?」
少々の沈黙の後、思い出したようにノワは声を上げる。
『そうか……。僕はまだキミとの約束を守っていなかった。確かに、キミの言うとおりだ。あれは僕が言い出した事。キミの願いを叶えるのは当然』
願いを叶えることを使命とする妖精であり、雨の願いにこれほど固執しているノワであれば、“約束”を反故にするとは考えにくく、だからこそ私は、ノワが絶対に約束を守ると断言できた。
「助かる。でも、ちょっとその前に……」
「な、なに? いきなり?」
私は雨の両手首を掴んで正面から向き合うと、真っ直ぐ雨の瞳を見つめる。
「あーちゃん。先に言っておくけど、これから私のすることを許してほしい」
「はあ……? 何言ってんの? いまさら気持ちわるぅ……。許す許さない以前に、どうせ私が止めても、チーはやめないっしょ? まあ……あの子だったらやめさせられるんでしょうけどねー……。まあそれはそれとして、今まで散々迷惑掛けてたのは私のほうだったわけだし、許してほしいのはこっち。私にチーのすることをとやかく言う資格は無い。だから、私は何も聞かないし、チーがしたいようにすれば良い」
拗ねた子供のように口を尖らせ、突き放すような言い回しをしながら毒を吐いてはいるものの、思考を読まれている以上、私がこれからしようとしていることを知った上、雨なりの優しさで後押ししてくれていることを私は理解しながら、小さく頷き返す。
「ありがと」
『用事は済んだ? それじゃあ、改めて聞こうか。君の願い事は何だい?』
「私の願い事は二つ。一つ目の願いは、エゾヒを元に戻してあげてほしい。そしてもうひとつは、私達が以前願った願いを打ち消してほしい」




