第10話 魔法少女は咲けない花で。(4)
◆4月7日 午後5時35分◆
背中からは木を生やし、全身に走る管のような枝は血管のように一定のリズムを刻み、根を張るように先端が枝分かれした左腕は、獲物を待つ触手のように動く――その姿は、もはや人でも大きな熊でもなく、まるでゲームの世界からそのまま飛び出してきたような、異形の怪物と呼ぶに相応しい風体をしていた。
「エゾヒ……いや、ノワ」
エゾヒを助けるなどと大見得切っておきながら、自分が油断した結果このような事態を招いてしまい、私は悔しさと情けなさで一杯になった。
だが、私は心の底から悲観してはいなかった。
『これはすごい。二つの実をひとつの肉体に宿したことはなかったけど、別の生き物が自分の中に居るような感覚だ。とはいえ、この体も既に限界が見えている。早いところ、君達の体を頂かないとね』
正直な話、土下座で頼まれようとそんな状態は経験したくはないものだったが、それよりなにより、際どいニュアンスを常々用いるノワの言葉のセンスに、私はいちいち引っ掛かっていた。
「……ムラクモ」
「あ、あーちゃん……? なにして……」
「チーは芽衣を連れて下がってて。巻き添えにしたくないから」
雨の右手には、いつの間にやら日本刀のような形をした半透明な刀が握られており、それを私が視認した直後、私を突き離した。
それとほぼ同時に、人とは思えない勢いでノワに向かって疾走し、そして息つく間もなく、獲物を刈るライオンのように高々と跳躍した。
「これを切れば、次の種は生み出せない!」
『残念。無駄だよ』
「んな……!?」
透明な刀がノワの背に育つ木を一刀両断した――一瞬そう見えたものの、刀身は溶けた氷ように水滴となって弾け飛び、木の幹には傷一つついていなかった。
すかさずノワは右足を軸にジャンプしながら左足を振り上げ、その足は弧を描くように滞空する雨目掛けて繰り出された。
「ちょっ!? 熊がそれは反則――ぐあっ!?」
「あーちゃん!?」
丸太のようなその足が雨に接触したかと思った直後、雨の体は打ち返されたボールのように軌道を変え、勢いそのままに地面へと叩きつけられた。
ノワが繰り出したその技の名前は、まさかのローリングソバットであった。
「くっ……! チーは来ないでっ! 受けきったから心配すんな!!」
『なるほど。これなら、君達を倒してから体を奪うくらいまでの余裕はありそうだ。でも、キミ達の体が壊れないように手加減しないといけないのが難しいところだね』
「手加減……? 随分余裕じゃない? それなら、さっさと私たちを倒してみたら?」
すぐさま体を起こした雨は体勢を立て直すと、ノワの煽りに反論するように挑発してみせた。
あれほどの攻撃を受けた上、あの姿を目の前にして怖気付きもしない雨を見て、心臓に毛でも生えているじゃないかと私は疑ったものの、黒い胞子が放出されているのを視認し、威勢を張っているだけであることを私は悟った。
『もちろん、そうするつもりさ』
一瞬、風が吹いたかと思った次の瞬間、キーンという乾いた金属音のような、電子音のような高音が周囲に鳴り響く。
「……っ!?」
「この卑怯者!! 狙うなら私を狙いなさいよ!!」
瞬きをした直後に視界に入ってきたのは、私とノワの間に割って入る雨の背であり、ノワの巨大な爪を透明な二刀の刃が受け止めていた。
ノワの攻撃も然ることながら、雨の動きすらもまったく見えず、二人が私とは別次元の戦いをしていることを私は痛感させられた。
「くぅうっ!? さっきより……重い!! でも……!」
雨はすかさず身を翻し、二刀の刃を爪に引っかけると、背負い投げの要領で相手の懐に入り、柄の持ち手を逆手に変える。
「さっきより……遅い!」
『ぐうっ!?』
爪の間から手首にかけてを引き裂くように、二本の刀が走り抜けると、ノワが苦悶の声を上げた。
「まさかの二刀流……。二刀流って実在していたのか」
見たところ、刀は雨の創作魔法であることは窺い知れていたものの、今の私は状況を把握することよりも、興味のほうが勝っていた。
死闘を繰り広げる二人の前で不謹慎かもしれないが、熊の化け物を相手に二刀を振るうその姿に、特撮の戦闘シーンを間近で見ているような迫力を感じ取った私の胸は激しく高鳴り、テンション上がりっぱなしの状態になっていた。
『やるね……。でも、これならどう?』
「さっきは失敗したけど、次は斬る……!」
左腕から生え伸びる触手のような枝を鞭のように振るうと、雨がその攻撃を防ごうと身構える。
「駄目だっ! 逃げて! あーちゃん!」
私が咄嗟に雨の腰元に全身で体当たりすると、雨は体勢を崩して地面に叩きつけられる格好となった。
その直後、雨の立っていた地面には無数の溝が刻み込まれていた。
「いてて、いきなりなにすんの!? チー!!」
「アレはまともに受けたら駄目だ! 吸い取られる!!」
「吸い取られる……? はあ? どういうこと?」
『さすが。よくこの短時間で気が付いたね、レム。この枝は魔法の力を吸収する。だから、キミ達の魔法は通用しない。もちろんその刀みたいな武器も』
「な、なにソレ! そんなの反則でしょ!?」
雨に手首を引かれながら立ち上がると、雨は少し考え込んだ様子でノワを睨み付けた。
しかし、先ほどまでとは違ってその心に怒りや恨みといった感情は視えず、まるで覚悟を決めたかのような気迫が、私の肌を通して伝わってきた。
「チー。私がノワの相手するから、魔法で援護して」
「あー……」
別に隠そうとして隠していたわけではないものの、改まって言われたことで、一瞬私に動揺が走り思考が固まった。
「チー?」
「そのことなんだけど……。私、今、魔法使えないんだ」
頭をポリポリと掻きながら私が答えると、雨の眉間に皺が寄り、何を言っているのだと言いたげにこちらに視線を向けた。
「はあ……? どういうことよ、ソレ? それじゃあ、今の今まで魔法ナシでどうやってアイツと戦ってたわけ? ちょっとくらい使えるんじゃないの?」
「いや、一日一回しか魔法が使えない。頑張れば二回くらいはいけるけど、今日はもう使っちゃったから無理かも。それに、これもあったから何とかなるかなって」
小瓶を取り出して、それを雨に見せると、雨は溜息を吐きながらうな垂れた。
「はあ……マジ呆れた……。エゾヒ相手によくもまあ……。まあ、嘆いてもしゃーない。二人とも離れてて。ここはとりま私が何とかするから、チーはいつもどおりこれからどうすれば良いのか考えて。それでいい?」
雨は少しだけ考える素振りを見せた後、一歩前に出て刀を構える。
そして、私は決まり文句とばかりに言い切る。
「わかった。時間稼ぎのほうはお願い」
「それじゃあ、芽衣は……」
「“寂しがり”だから、ですのね! わかりましたの!」
雨は小さく頷き、それに合わせて芽衣もまた頷き返すと、雨は私を見てニヤリと笑った。
そして、各々がそれぞれの役割を果たすために駆け出した。
………
雨とノワの居る場所から少しだけ距離を置いた場所で立ち止まった私と芽衣は、近場の岩陰に腰を下ろす。
「わかった……なんて大見得切って言ったけど、あんなのどうやって止めるんだ?」
早く何か方法を探さなければいけないことは判っていたものの、私にはそれ以前にやっておくことがあった。
「芽衣。お願いがある。この左肩のせいで動き辛いし、痛くて頭が働かない。どうにかできない? 医療の経験あるんでしょ?」
先ほどまで肩に掛けていた布は、雨を突き倒したときに砂になって崩れ、私の左肩は重力に任せて垂れ下がっている状態に戻っていた。
極力無理はしないようにと庇っていたものの、このまま放っておいても良い事は無く、そもそも痛みで考えがまとまらないくらいの激痛が今なおズキズキと走っているため、この状況を放っておいては良い考えも浮かばず、先延ばしには出来ないだろうと考えた。
そして、芽衣が医雨を介抱していたときに見せた手際の良さは普通ではなく、療に携わった経験を持っている事は察しがついていたため、まずは芽衣に肩の治療を任せようと私は考え至った。
「これは……脱臼? よくこんな状態で……。施術の経験はありませんが、やり方は知っていますの。ですが……」
「痛いのは覚悟してる。いい。やって」
芽衣は指先で私の肩を撫でながら、時折患部を強く押して患部を触診しているが、それだけでも私の肩にはたびたび激痛が走っており、私はそれを密かに堪えながらも芽衣を促す。
「で、でも! 後遺症も残るかもしれないので、ちゃんとしたお医者さんに診て貰ったほうが良いですの。ゆっくりと時間を掛ける方が……」
「時間がない。そこはなる早でお願い」
芽衣は一際大きなため息をつき、“諦めた”と言いたげな表情を見せた。
「……わかりましたの。そこに屈んでください。それで、これを口に」
言われたままにしゃがみ込み、渡されたハンカチを口にくわえると、芽衣は私の背後に回り込み、左腕の付け根辺りに体重をかけながら、捻るように引っ張ってゆく。
「ちょっと無理をしますの。痛いので我慢してください、の!!」
「……ぅぎぃ!!」
自分で言い出した事とはいえ、これほどまでに痛いものだとは露ぞとも知らなかったため、私は心の中で大きな悲鳴を上げた。
そんなこちらの事情も知らない芽衣は、無慈悲に私の腕を少しずつ上げ、腕がミリ単位で上がるたびに、絶え間ない激痛が左肩を貫き続けた。
「ぅむぅー!!!」
終わりの見えない痛みが、このままずっと続くのかと思っていた矢先、その痛みは忽然と消え去った。
「はえ……?」
「終わりました。いかがですの?」
「……あ、ありがとう。これなら大丈夫そう」
軽く腕を回してみると、多少の痛みは残るものの大分マシになった感じでスッキリしており、私は芽衣に感謝しつつ、二度と脱臼しないよう心に誓った。
「よし。これでやっと集中できそう」
私はいつものように腕を組み、現状の把握と解決策の模索を再開する。
(相手はエゾヒの肉体を持った、ノワ。頑丈で頭も働く。さらには、魔法を吸収する特殊能力まで備わっているから、正攻法での勝ち目は無いと言っていい。時間稼ぎをしていれば、エゾヒの肉体に限界が来て戦闘は終わるだろうけど、雨のほうもいつまでもあの調子で動けるワケじゃない。せめて動きでも止めて援護出来ればとも思ったけど、私が事前に用意した策は全て使ってしまっているし、私はもう魔法を使えない)
「何か無いか……? 私のポーチには聖水が一つだけだし、これだけじゃ何の役にも立たない……。せめて、もうちょっと何かあれば……」
「春希さん。これは役に立ちませんか?」
「え……? これって……ポーション!? なんで……?」
差し出したそれを見た私は、真っ先に「どういうことだ?」という言葉が頭に浮かんだ。
なぜなら、私の用意したポーションは計算では全て使いきってしまっており、ここに存在するはずがなかったからだった。
しかしながら、思い返してみれば、私が見ている前で使われていないポーションが一つだけ存在していたということに私は気付いた。
「まさか、芽衣に渡した分……飲んでなかったの?」
「……ごめんなさい。でも、きっと私が使うよりも良い使い方があると思いましたの」
「いや……。芽衣が気負う必要は無いし、全然悪くない。むしろ、今回は結果オーライ。グッジョブ」
もし、芽衣が危険に晒されていたらどうなっていただろうかと考えれば恐怖しか浮かばないが、その選択をしたのは芽衣であり、芽衣をこの戦いに巻き込んだ張本人である私が言えたことではなかった。
「木……魔力吸収……ポーション……。これならいけるかもしれない……!」
私や雨がポーションを飲んだところで、この戦いが好転するとは思えない――少し前までの私ならばそう思っていたのだろうが、今という状況においてこれほどまでに状況に適したアイテムは他に無かった。
「あーちゃん! 聞こえてる!? 私に分身を貸して!!」
ポーションを芽衣から受け取った私は、早速とばかりに囮役に声を投げる。
すると、雨はノワの右腕の攻撃は受け、左手の攻撃は躱すという器用なことをやってのけながら返答を返した。
それを見て、改めて自分が雨のことを信頼しきれていなかったことに気付かされた。
「分身!? 今は無理ぃ! ミラージュ・レインは、雨が降ってるときしか使えないの知ってるでしょ!? このハバキリとムラクモだって、地面の雨水が乾いたら出せなくなる!」
雨ことシャイニー・リインの魔法は、強力でトリッキーな性質のものが多い反面、使用に制約があるものも多く、通常の戦闘では支援に回ってもらうことが多かったのだが、エゾヒを単身で往なすほど強いというのに、後方支援に回っていたのは、安定感のないその力を信頼できずに、それを補おうと私が前に出すぎていたからであり、今となって思えばそれは私の失策だったのだろう。
それはそれとして、地面が乾いてしまうと、ハバキリとムラクモと呼ばれる二つの刀が使えなくなるという新事実が判明し、私は再びシンキングタイムに入る。
「タイムリミットは地面が乾くまで……ってことか。あーちゃんの魔法でもう一回雨を降らせればそこは解決するかもしれないけど、相手は魔法の力を吸収してしまうから、相手に栄養を与えてしまうことになるかもしれない……。あれ……? もしそうなら、今までも雨粒を吸って成長を続けていたはずだけど、エゾヒにそんな様子はなかった……? もしかして、枝が吸収しているのは……」
エゾヒは耳が良く、ここで馬鹿正直に私達が戦略について話合っても、エゾヒの肉体を持つノワに聞かれている以上、情報は筒抜けであるため、雨の分身を介すことで秘密裏に意思の疎通が出来るかもと思っての発案だったのだが、どうもそう都合よくはいかなかった。
先刻、芽衣の姿をした雨に合図を送ろうとした際も同様の状況に陥ったことを思い出し、私は早々に諦めて別の方法を模索し始めようとするが、不安そうな面持ちながらに雨の攻防を観戦している芽衣の姿が視界に入ったその瞬間、あの時と今とでは状況が違うということに私は気付く。
「芽衣。それって、もしかして雨も……?」
「インカムですの? はい。夏那さんのものを雨さんが借りていましたの」
「ここにきても、妹グッジョブ!」
あの時の私はインカムが壊れていたからこそ、別の手段を探していたのだが、今の雨の耳にはインカムが装着されており、私の隣にはインカムを付けた芽衣が居るため、会話をする手段は既に構築されており、そもそも別の手段を探す必要など無かった。
「お貸ししましょうか?」
「いや、いい。私がこれから言うことだけを雨に伝えて。えっと……」
「ふあぁ!?」
「へっ、変な声出さない!! も、もっかい言うから、良く聞いて!」
私が芽衣に耳打ちをはじめた途端に芽衣は顔を赤らめ、くすぐったそうにモジモジしはじめた。
相変わらずこういうところはお子様で可愛いなと思いながらも、私は耳打ちを続ける。
「なるほど……わ、わかりましたの。雨さん、聞こえますの?」
「……っ!?」
芽衣がインカムに向けて話しかけると、雨はその声に気付いたように一度だけ頷き、インカムの疎通確認は無事に済んだ。
「よし。これで準備は整った。それじゃあ、これがホントのホントに最後……!」
私はポーションを強く握りしめた。




