第10話 魔法少女は咲けない花で。(3)
◆4月7日 午後5時23分◆
突然「あなたの戦っていた組織を作ったのはあなたです」などと言われたところで、頭が理解出来ないだろうし、たとえそれが事実であっても、そうですかとあっさり受け入れられるようなことではなく、冗談かドッキリだと疑ってカメラを探してしまうこと請け合いだろうが、見た目に反して超とかドがつくほどの真面目人間である雨ならば、それがどんなに信じたくない事実であろうと飲み込んでしまうことを私は知っていたし、そのことを証明するように、雨はひどく動揺した様子で視線を泳がせていた。
そんな様子を掛ける言葉もなく無言で眺めていると、雨はふと顔を上げ、ノワのことをギラリと睨み付けた。
「そんなに怖い顔をしないでよ。レムの言うとおり、僕はダイアクウマという悪の組織を創りあげた。キミの願いを叶えるために。つまり、ダイアクウマという存在を生み出したのは紛れもなく君だよ、リイン」
「勝手なことを……。そんなこと私は望んでないっ!」
「あの時のキミたちの願いは、他の誰よりも光り輝いていた。だから僕は、その願いに応え、それを叶えるために、その願いに見合うものを創った。それだけだよ。それに、それは変えようのない事実だ」
噛みきらんばかりに唇を噛みしめていた雨は、ノワの支えを解き、土に還りかけているその体をゆっくり地面に寝かせる。
それが終わると、おもむろに立ち上がり、顔を両手で覆いながら天を仰いだ。
「あ、はははは……!! 馬鹿みたいじゃない、私……? 自分の妄想で敵を妄想で創って、そいつら倒して活躍して、いい気になってはしゃいでたなんて……中二病か! 自作自演乙って、マジ笑えない……」
自分に憤るとともに、知らず知らずのうちに自らが傷つけてしまった相手を憂い、その人達に対してどう償えばよいのか判らずに惑い、言い様のない不安に苛まれ、訪れるであろう後悔の日々に恐怖する――まるで過去の自分を見ているかのように胸を締め付けられ、私は奥歯を強く噛み締めた。
他者を拒み、遠ざけることで心の平穏を保ってきた私ではあったが、それに伴って失うものは多く、長い時間も掛かり、決して正しいと呼べる選択ではなかったのだと、今の私なら断言することができた――だからこそ私は、雨を同じ道に導くわけにはいかないと、声を上げた。
「違う! あーちゃんのせいじゃない!」
「何が違うのっ!? 町の人達が危険にさらされて苦しんだのも、ダイアクウマが暴れて傷ついてしまった人たちも……っ! 全部全部全部……っ! 私のせいだった……そういうことでしょっ!?」
慰めや擁護の言葉程度ではどうにもならないことを、同じ境遇を経験した私が一番理解してあげられたというのに、私はゲームの攻略対象を扱うかのように、軽率に言葉を選んでしまったことを酷く後悔した。
(こんな大事な場面で引きこもりが仇になろうとは……。私の経験で得たやり方じゃ、今のあーちゃんには届かない……。私の心はあーちゃんに見えていて、それを隠すことも出来ないし、適当な言葉や上辺を飾った言葉を並べ立てても意味はない……。それなら――)
「あーちゃん! こっち向いて!」
コミュ障の私には、こんなときにどうすればいいという模範解答を見出だすことは出来ない――だからこそ私は、信頼に足る人間の力を借りることを選び、雨の両手首を掴んで真正面から向き合った。
私の強引な行動に驚いたのか、こちらに睨みを利かせてきた雨ではあったが、その眼差しとは裏腹に、その手は小刻みに震え、まるで敵に怯える小動物のようで、私は少しだけ笑みを零した。
「……離して。笑うなり、殴るなり、私を好きにしたらいい。アンタにはそれをする権利がある。チーが魔法少女になったのも、私のせいなんだか――らぁ……!?」
雨がその言葉を言い終わる前にその場でジャンプし、その脳天目掛けて手刀を振り下ろすと、その衝撃で雨は片膝をつき、地面に崩れ落ちた。
「い……たぁー!? 舌……噛んだ……。い……いきなり、なにす――」
涙目の雨が頭を抱えながら私を見上げ、胸元の高さにある雨の顔を、そのままそっと抱きしめる。
「黙って聞いてほしい」
「いや、力ずくで黙らされたんだけど……」
「好きにしたらいいって言ったでしょ。いいから聞いて」
伝家の脳天チョップ効果なのか、芽衣の模倣効果なのかは定かではないが、雨が少しだけ普段通りの落ち着きを取り戻したことを確認し、私は申し分を聞き入れることなく話を続ける。
「あーちゃんの言うとおり、私が魔法少女になったのはあーちゃんがきっかけだった。この際だから言うけど、私がそうなることを願ったのも事実だから、私にも責任はある」
今の雨を説得するためには、私が私の言葉で話すしかない――そう思い、私は恥も外聞もかなぐり捨て、普段の私だったら口が裂けても絶対に言わないようなことを、ありのままに語ることを決心していた。
「あーちゃんは強くて、カッコ良くて、優しくて、みんなに慕われて、正義のヒーローみたいなクラスの中心的存在だった。私はそんなあーちゃんに憧れていた。でも、その頃の私達は友達でもない、ただのクラスメイト。だからあの頃の私は、あーちゃんみたいになりたくて、色んなことを真似していたんだ」
当時の私は目立つようなことはなく、運動や勉強が出来るほうではあったものの、クラスの注目を集めていたのはいつも雨であり、私はそんな雨に人知れず憧れの念を抱いていた。
「あーちゃんが学校で“流れ星にお願いをしたら願いが叶う”って話をしているのを聞いたちょうどその日、流星群が見られるって話を聞いた私は、それを真似してみようと思い立って、流星群のことを調べて、一人で山を登った」
流星群をたまたま見かけたから、咄嗟に流れ星に三回願い事をした――などという状況は、そもそも漫画やアニメくらいなものであり、普通は観測できる時間帯を調べ、街を離れて光の少ない場所を選び、天候が良好になるのを祈りながら光の届かない場所で何時間も空を見上げ続けていないと、流星群の観測は難しい。
ノワと出会ったあの夜の私は、流星群が来ることを事前に知っており、親の目を盗んで夜中に抜け出し、雨が流れ星を見たという近所の山にわざわざ足を運んでいたのだった。
「その夜、流星群を見た私は咄嗟に“願い事”をした。そしたら、ノワが目の前に突然現れて『キミの願いを叶えてあげる』と言われた」
自分で言うのもなんではあるが、その当時の私は良くも悪くも“夢見る少女”であり、ノワが現れたこと自体に驚きはしなかったし、不思議なことだとは微塵も思っていなかったものの、それとは別の事をずっと疑問に感じていた。
「はじめから不思議だった。どうして魔法少女にされたのか。私が流れ星に願ったのは『友達ができますように』だったのに。それに、どうして私だったのか。結局のところ、私の願いなんて、ノワにとってはどうでも良かったのかもしれない」
私の願いを叶えると言った流れ星の妖精は、なぜか私を魔法少女にした。
魔法少女になったことで自信がつき、性格は前向きになり、結果的にクラスの友達も増えはしたのだが、同じ魔法少女となった雨や祈莉を除けばそこに直接的な関連性はなく、魔法少女になる必要性はなかった。
では、なぜ私は魔法少女になったのか――戦うことを強いられながら、私はそのことをずっと疑問に感じていたのだが、蓋を開けてみれば単純で、その理由を私が知る由もなかった。
なぜなら、その答えを持っていたのは雨だったのだから。
「あの時私が願ったのは、『友達が欲しい』なんて願いじゃなかった。本当の願い事は、『五月さんみたいになって、たくさん友達ができますように』だった。あーちゃんは流れ星に願った時点で、既に魔法少女になっていた。だから、私の願いが叶ったとき、あーちゃんと同じになりたい私は、魔法少女になった」
ツキノワを追い詰め、最終局面で雨の願いを聞かされたとき、私の中で全てが繋がり、ノワは私の願いを叶えたのではなく、雨の願いを叶えるために私を利用したのだということを理解した。
「たぶん私は、あーちゃんの夢を叶えるための役者として“仲間の魔法少女”という役割を与えられたんだと思う。私の願いはノワにとって一石二鳥でちょうど良かっただろうし、叶える必要すらなかった。そう考えると、私にとっては本当に幸運な出来事だった。魔法少女になったから、雨や祈莉と一緒に居られたし、夏那や芽衣にも出会えた。魔法も使えるようになったし、普通じゃ絶対に出来ない経験も出来た。それに何より、憧れていた人と一緒に居られるっていう公然の理由も出来た。だから、あーちゃんに感謝はしても、恨んだりなんて絶対しない」
私は片腕に精一杯力を込め、雨を強く抱き寄せる。
「だから、これだけは言わせて。ありがとう、あーちゃん」
「チー。もういいよ」
抱きしめていた腕を解き、まっすぐ雨の顔を直視すると、雨の顔は涙の跡でひどいことになっていた。
「いろいろ背負わせてたみたいで、ゴメン。やっぱり、私馬鹿だったわ……自分のことばっかりで……。それでチーに迷惑掛けてたみたいで……ホント、ゴメン……」
「私もゴメン。ずっと、本当のことを言えなかった」
「私たちと絶交するように仕向けたのも、このことを隠すためってコト……?」
「傷つくと思ったから。私があんなだったから、なおさら自分のことをずっと責め続けるんじゃないかって。だから、全部隠すことにした。だけど、本当はそれが一番の理由じゃない。あーちゃんとの関係が二度と戻らなくなる……もう、友達同士の関係じゃ居られなくなるかもしれないって気がして、私は怖くなった。だから、結局は自分のため。罪は全部私が背負えばいいし、それで丸く収まるって考えた」
当時の私は、最後の戦いによって大怪我を負っており、その原因を作ったのが雨だとした場合、私と雨は被害者と加害者の関係になる。
もしもそのことを打ち明け、自分がその原因であるということを雨が知ってしまえば、雨はそのことを背負い込んでしまい、私たちが以前の関係に戻れる保証はなくなってしまう――そう考えた私は、その事実を隠し通すことを心に決めた。
しかし、あの時の私がしなければいけなかったのは、事実を隠蔽して雨を遠ざけることではなく、雨の心に寄り添って理解者になる事だったのだと、今にして思う。
「はは……だから、絶交って……なんか矛盾してない? ソレ?」
「そうかも。でも、絶交は絶対じゃない。だって、それがあったから」
私は雨の手に握られたそれを指差すと、雨は不思議そうな表情で眉を曲げた。
「シャイニーパクト?」
「中を見て」
私は自分のシャイニーパクトも取り出し、それを二人同時に開ける。
「アサガオの種……? ん……? てか、どうして中を知って……。あっ!? もしかして拾ったくれたのって……?」
三日前の放課後、外見がまったく同じシャイニーパクトが自分の手元に二つあることを知った私は、どちらが自分のものなのかを判断するために、中身を確認した。
所有者の特定は出来たものの、そこで想定外だったのは、二つのシャイニーパクトの中にはいずれにも、アサガオの種が収められていたことだった。
「アサガオの花言葉……知ってる?」
「は、花言葉……? わ、私が知ってるわけ無いでしょ? そんな風に見える?」
「見えない。まあ、だから渡したんだけど」
魔法少女になりたてだった当時の私は、憧れだった人と友達になれたことが本当に嬉しかったのだが、気恥ずかしくてその気持ちを言葉にすることはできていなかった。
あの時の私はその気持ちを隠しながら伝えられないものかと考え、アサガオの種を“友達の証”として渡すことにした。
「アサガオの花言葉は『愛情』と『結束』、そして『固い絆』」
「ば……っ!! ご、誤解されるようなこと言うなよ! 恥ずかしい!!」
雨は顔を真っ赤に染めて、照れ隠しをしていたものの、アサガオには『儚い恋』とか『あなたに私は絡みつく』とかいう怖い花言葉もあり、女でありバーターである私が言うと妙な現実味が増してしまうので、空気を読んで言葉にはしなかった。
「でも、これがあったからこそ、私は信じ続けていられたんだと思う。あーちゃんはきっと、また友達になれるって」
「良かった、ですの……!」
「え? ええっ!? な、なんで芽衣が泣いてんの?」
気が付くと、芽衣が隣で号泣しおり、ハンカチをびしょびしょに濡らしていた。
「お二人が仲直りしたのが、私、嬉しくて……!」
「いやー、ほんと。二人とも、仲直りしたようで良かったね」
割って入るようにノワが口を開くと、和やかムードが一瞬にして凍りついた。
「どうやらこれで、機は熟したみたいだ。この体ももう終わりみたいだし」
「機は熟した……? なに勝手に終わらせようとしてるの? あなたにはまだ聞かなきゃいけないことが――」
「僕にはまだやるべきことがある。ようやく、その準備も整ったよ」
「はぁ? どういう意――」
雨がそう聞き返している最中、一際大きな呻き声が背後から突然聞こえ、私たち全員、一斉にそちらへと視線を移す。
『グワァ……!! 貴様ぁ……!!』
「エ、エゾヒ……?」
「ど、どういうこと!? え、枝が……!」
エゾヒの背には、どういうわけかノワによって消されたはずの枝が未だ存在しており、先程よりも二回りほど大きい木の形状を成しながら、天に向けて伸びていた。
「な、なんで枝が……!? どういうことなの、ノワ!?」
崩れかけのノワを激しくゆすると、ノワの両腕は崩れ落ち、胸部だけになってしまった。
しかし、ノワは笑みを浮かべたまま饒舌に語りはじめた。
「悪いね。キミの幻影魔法を使わせてもらったよ、リイン。そもそも、成長した魔蒔化の種を取り除くことなんて出来はしない。万全の状態だったら出来たかもしれないけど、今の僕には誰かの願いを叶えるほどの力は残されてはいないからね」
『グワアアア! ワレからデてイけ!! キサマ!!!』
「エゾヒ君、キミとはお別れだ。キミはもう元には戻らない。もうすぐ、そこに居る僕が目覚めるからね」
「まさか……!? 私の要望を飲むフリをしながら、幻影魔法を使って枝を消したと見せかけ、エゾヒの肉体を捨てたと思わせた。エゾヒの体を保険として残すために……。絶体絶命の状況で私たちと会話する余裕を見せていたのは、観念して諦めていたというわけではなく、その機会を待っていたから……?」
エゾヒに注意が向かないよう会話の要所要所で自ら話題を振りつつ、わざと脱線して会話を長引かせていたのも、エゾヒに宿っていたもう一人の自分が目覚めるための時間を稼ぐためであり、そのことを私たちに気取らせないためだった。
「やめろ! ノワ! ここまで来て、一体なにを!? 何が目的なんだ!?」
「言ったでしょ? 僕にはまだやることがある。キミ達を見届けるという目的が」
『グワァァーーー!!!』
自力でツタを引き千切って拘束を解くと、エゾヒはぬっくと立ち上がり、鼓膜が破れるほどの雄叫びを上げた。
「春希さん!? 雨さん!?」
「芽衣は下がってて!!!」
「ヤバ……! ヤバすぎるでしょ、アレ!?」
エゾヒの全身から放出されている、おびただしい量の怒りの胞子――雨と芽衣にもそれが視えているためか、言葉にせずともエゾヒが危険極まりない状態であろうことは一目瞭然だった。
『キ、ケ……シャイニー、レム』
「エゾヒ!?」
『オヌシ、ハ……アノトキ、ノ、ママ、ダ……。オヌシ、ナラ……』
「え……? それってどういう……」
未だ意識があることを、敵ながらなんと強靭な精神力を持っているのだと驚かされながら、私は少しばかり安堵する。
だが、それも束の間だった。
どういう意味なのかを私が問おうとした直後、鈍い音とともに、エゾヒの太い爪はノワの胸元へズブリと突き刺さった。
「ノワ!?」
「そう。それでいい」
ノワがそう呟くと、その直後にハーマイオニーの姿をしていた土人形は一瞬にして崩れ、砂の山と帰した。
すると、その砂の中から赤い球体らしきものが顔を覗かせた。
「ああっ!? あれっ! 魔蒔化の種!!!」
雨が叫んで間もなく、エゾヒの持つ二本の爪が器用にそれをつまみ上げると、その口内へと放り込まれる。
ゴクンという大きな喉音とともに、それはエゾヒの体内へと取り込まれた。
「うげー……マジか……」
舌を出し、苦虫を噛み潰したような表情を雨がしていると、数秒の静寂の後、エゾヒはその大口をぐわっと開いた。
『――リイン。魔蒔化の種は苦くも辛くも無いみたいだよ』




