第10話 魔法少女は咲けない花で。(1)
夏の日差しが未だ猛威を振るう青空の下、庭先に置かれた小さなプランターの前に座り込む、オーバーオール姿の少女がいた。
一心不乱とも表すべき、真剣な眼差しをプランターに向けるその少女の背に向かって、生垣の向こう側からひと際甲高い声が掛けられた。
「そんなところで何してるのー?」
夏に相応しい麦わら帽子と白ワンピで着飾ったその少女は、誰に断るでもなく家の門を開け放って敷地に侵入し、オーバーオール少女の隣に我が物顔で陣取り、その少女が熱視線を向ける先へと自らも視線を移す。
だが、そんな不躾な振る舞いを意に介した様子もなく、オーバーオールの少女は、ただただプランターと睨めっこするようにスケッチに精を出していた。
「なんで今さらアサガオ?」
「……リベンジ」
「あ……。もしかして、前に枯らしたことまだ気にしてるの?」
「……そんなんじゃない」
「でも――」
麦わら帽子の少女はしゃがみ込むと、干からびてカラカラの状態で横たわるアサガオの様子を一瞥すると、嘆くように呟いた。
「今回も盛大に枯らしてるねー……。でもなんで、スケッチなんてとってるの? 宿題なんて出てないよね?」
「それは……可哀想……だから」
麦わら帽子の少女は怪訝な表情を浮かべながら、小さく首を傾げる。
「かわいそう……? どゆこと……? 意味わかんない」
「ねえ……。このアサガオ、どうして枯れちゃったんだと思う?」
オーバーオール少女は観察と描写を繰り返しながらも、麦わら帽子の少女に問い掛ける。
「う~ん……? そうだなぁ……。水のあげすぎじゃない?」
「毎日一回しかあげてない」
「そっか……。じゃあ、病気……とか?」
「やっぱり……そう……なのかな……」
夏も終わりだというのに、未だ衰えを知らない蝉のオーケストラが、二人の間に流れる無言の時間に彩を添えながらも、青い空に浮かぶ雲は流されるままに過ぎ去ってゆく。
「あのさー。前から聞きたかったんだけど」
「なに……?」
「チーはなんで魔法少女になったの?」
軽快に走っていたはずのペン先は少女の一言でピタリと止まり、あからさまに戸惑う様子を見せながらオーバーオールの少女は口を噤む。
「……教え……ない」
「えー、教えてよー。流れ星に何てお願いしたの? アタシも言うからー。ね?」
麦わら帽子の少女が、スケッチブックを持つ腕をガッシリと掴み、全体重で揺さぶりをかける。
「い、いやだ! 絶対に教えたくない……!」
「じゃあ、アタシが先に言う! 聞いたら言ってよね! 約束!!」
「えっ!? あ、ちょっ――」
「アタシは、強くなって悪いヤツを倒したかったからっ!!」
麦わら帽子の少女はすっくと立ち上がったかと思うと、声高々に叫び、竹刀を振るような動きを見せた。
「……子供っぽい理由」
オーバーオール少女は呆れたようにそれだけ呟くと、再びペンを動かし始めた。
「子供だもーん、いいんですー。そういう、チーはどうなのよー? アタシも言ったんだから、教えてよー。ズルいー。フコウヘイー。ねぇねぇー??」
「うっ……。だ……誰にも言わないなら……教えてあげなくもない……けど……」
「わかった! 約束する! 誰にも言わない!!」
麦わら帽子の少女が爛々とした瞳で詰め寄ると、オーバーオールの少女は観念したようにため息を吐き、ペンを止めた。
「さ、先に言っておくけど、笑わないでよ……」
「うんうん。わかったわかったー。はよはよー」
楽しみだと言わんばかりの満面の笑みで、麦わら帽子の少女が聞き耳を立てる中、数秒の沈黙の後、オーバーオール少女の唇が僅かに動いた。
「とも……が……かった……から……」
「えっ……? なに……? 聞こえないんですけど……?」
オーバーオール少女は顔を赤らめながらも声量を上げ、再び答える。
「と……友達が欲し……かったの……!! 何度も言わせるなよ……恥ずい……」
「えー? なにソレ普通ー。自分だってコドモー」
「う、うるさいなぁ!? だから、言いたくなかったのに……」
「んー。でもまあ、願いが叶って良かったじゃん」
「……?」
「ここにいるでしょ? と・も・だ・ち♪」
麦わら帽子の少女が自分を指差しながらニコリと笑みを返すと、オーバーオール少女は一瞬驚いたような表情を見せた後、顔を隠すように俯いた。
「あーちゃんは、その……なんか、そんな感じじゃない気がする」
「えー!? 友達じゃないってこと!? ひっどーー!? じゃあ、アタシはなんなのさー!?」
オーバーオールの少女が相手の手首を掴んで強引に引き寄せると、二人は互いの瞳をじっと見つめはじめる、その沈黙を埋めるように蝉時雨が降り注ぐ。
「えっ? な、何……?」
「これ……あげる」
オーバーオール少女はポケットから何かを取り出したかと思うと、麦わら帽子の少女の手を強引に掴み上げ、その手のひらに乗せる。
「これって、アサガオの種?」
「うん。この花から出来た種」
「えっ……? どういうこと? 枯れたんじゃなかったの?」
「花は咲いたよ。ほんの少しの間だけ。すぐに枯れちゃったけど」
これが証拠だと言いたげに、オーバーオール少女はスケッチを開いて見せ、麦わら帽子の少女は不思議そうに首を傾げながら片眉を曲げた。
「アサガオの花ってそんなすぐに枯れるもんだっけ……?」
「良くわからない……けど、朝起きたらいっぱい種が出来てた」
「でも、どうしてこれくれるの? これをまた育てればいいんじゃない?」
「……もういい。私が育てると、またすぐに枯らしちゃうから」
「やっぱ気にしてるんじゃん……」
表情に陰りを見せながら首を横に振る少女を見て、麦わら帽子の少女は取り繕うようにニッコリと微笑んだ。
「あー……でもさ、えっと……つ、次はきっと大丈夫じゃない? うん、絶対大丈夫だよ!!」
「いいの。それにそれは、あーちゃんに受け取って欲しい……かも」
◇◇◇
◆4月7日 午後5時6分◆
リインⅡの皮膚は程なくして細かくひび割れ、それらは音もなくポロポロと崩れ落ち、その体は人の姿を留めることすらできずに、次第に無惨な状態へと成り果てていく。
哀れむような感情を抱きながらその様子を見守りつつも、私は眼前で繰り広げられる二人の会話に聞き耳を立てながら、状況を理解することに努めていた。
「土人形……? 僕はこの体がキミの体だということを信じて疑いもしなかった……。だって、その証拠に僕にはキミの記憶を覗き見ることが出来る。これは事実だよ」
「それじゃ、今はどう? 私の記憶……覗ける?」
雨がそう問い返すした直後、リインⅡの表情は動かなくなった。
「今は……何も……見えない……。何も……思い出せない……」
虚空を見つめるリインⅡの瞳に光は無く、その痛々しい姿を見兼ねてなのか、雨は何十年も忘れ去られて朽ちてしまった人形のようなその上半身を、ゆっくりと、そして優しく抱き起こした。
「私の写し身は幻影と感覚を共有している。だから、魔法で写し身に繋がっている私と、土人形に寄生したアンタは、間接的に魔法で繋がっていたことになる。だから、アンタはその体を私の体と錯覚し、記憶も共有することになった。まあ、アンタに私の考えていることが伝わっていたなら、こうはならなかったと思う」
記憶というものは睡眠を挟まなければ脳に定着せず、テスト前日の一夜漬けは良くないとされるのも今や周知の事実であると言えるが、恐らくそれと同様、たとえ感覚を共有して記憶を覗くことが出来ようと、記憶という枠に収まっていない経験や感情は感知することができなかった――そういうことなのだろうと、私は勝手に解釈し、納得しながら頷いた。
「僕自身が、君という幻影を見せられていたということ……か……。納得したよ。それじゃあ、キミは最初から僕を騙そうとしていたの?」
リインⅡは悟ったように笑みを浮かべながら問い返すと、雨は首を大きく横に振ってそれを否定した。
「……さっきも言ったでしょ。結果的に騙すような形になってゴメンって……。そういうつもりはなかった」
哀れみ似た悲哀の表情を浮かべながら、小声で囁くように謝罪する雨と、それを受け入れるように納得するリインⅡの間には、どこか入り込めない親密な雰囲気が醸し出されており、私の知らぬ間に様々なやりとりをしていたことに驚くと同時に疎外感を感じていた。
だが、それと同時に、リインⅡが雨の体だと思って新たに乗り換えた肉体が、実は雨が魔法で創った土人形であり、幻影魔法によってリインⅡの感覚と雨の記憶が偶然にも共有化されたことで、リインⅡが自分の体だと錯覚した……などという、偶然にしては出来すぎている事態が起こったという状況までを、私は二人の会話から汲み取ることになった。
しかしながら、腑に落ちない疑問が残っていたため、私は敢えて二人の間に水を差すように疑問を呈す。
「仲良く話しているところ悪いんだけど、ひとつ質問。魔蒔化の種に寄生されたあーちゃんがエゾヒの時みたいに暴走しなかったのはなぜ?」
「魔蒔化は、精神破壊を起こしている最中の本能的行動なんだ。その過程でもがき苦しむ者もいれば、意識が途切れて人形のようになってしまう者も居る。みんながみんな暴走するとは限らない。ただ、リインの場合は単純にその工程が無かったというだけ」
(精神破壊……? 物理的な破壊なら生物の脳を侵食するということになるだろうけど、あーちゃんの体をリインⅡが錯覚していたところや、エゾヒが一時的に正常に戻っているところをみると、精神破壊は物理的なものではなく魔法的なものによる洗脳に近い……? もし、そうだとすれば――)
「僕からもいいかい? やっぱり、二人は最初から共謀して僕を騙していたの?」
『それは違う』
今にも消えそうなか細い声でリインⅡが問いかけると同時に、私と雨の声が食い気味でハモり、そして互いが互いの顔を窺うように視線を合わせる。
「示し合わせたのは最後だけ。私はチーならどうするだろうって考えて行動していただけ。けど、チーは違うでしょ?」
私は少しばかり考える時間を置き、肯定の意を表すように頷き返す。
「はぁ……やっぱり、私はこういうの向いてないわ。ほいじゃ、バトンタッチっと」
そういうと、雨は左手を下げながらアイコンタクトを私に送り、私はほぼ条件反射のようにすぐさま右手を上げる。
――パチーーン!!
二つの手のひらが重なって、小気味よい音が辺りに鳴り響き、それがスイッチとばかりに私は立ち上がる。
そして、呼吸を整えるようにゆっくりと息を吸っては吐いてを繰り返しながら腹を据えると、私は重い口を開く。
「……私が最初にあーちゃんの存在に気付いたのは、あなたが芽衣と一緒に私の前に現れたとき」
芽衣とリインⅡが一緒に現れた際に何か違和感を感じていたものの、その時は混乱していたせいか、その明らかな違いを見落としていた。
しかし、冷静になってみれば自ずと違和感の正体は判明した。
「破られたはずのシャツを着た芽衣が私の前に現れた。着替えた可能性も考えたけど、あの状況でそんな余裕や時間があったとも思えない。だから、まずはどうしてそうなったかを考えた。結果として私は、先に会った芽衣か後に会った芽衣のどちらかがニセモノなんだろうと結論付けた。あとはそれが出来るだろう人物を特定するだけだったから、“雨が魔法で芽衣の姿になって私の前に現れた”ってのが結論としては一番納得できる答えになった」
泥まみれの私を抱き抱え、私の左腕を固定するためにシャツを破り、カッコイイ捨て台詞を吐いてエゾヒに向かっていったはずの芽衣が、何事も無かったかのようにひょっこりと私の目の前に現れ、しかも服が元通りの状態で戻ってきたのだから、誰であってもおかしいことにすぐに気がつくことだろう。
その時はまだ、雨が魔法を使った可能性については懐疑的だったが、外界と隔絶されているはずの空間の中に雨雲が発生していたとなれば、それはこの空間内で発生したものであり、雨が自分に適した環境を作るために魔法で雨雲を生み出したことは明らかだった。
「次はコイツの正体について。実を言うと正体がハッキリしたのはさっき。ただ、コイツがハーマイオニーの姿で雨のフリをしながら私の前に現れた時から、私にはそのどちらでもないことは判ってた。感情が変わらないから」
「何ソレ? 感情が変わらない……って、どういう……?」
全員に今の私の状況を説明するくらいであれば、こちらのほうが手っ取り早くて判りやすい方法だろうと思い立った私は、効果を最小限まで抑えるようにしながら、魔法の詠唱を開始する。
「――ネガミ・エール」
その言葉とともに光が波紋のように広がり、その場の全員を包み込むと、さっそくとばかりに一人が驚愕の声を上げる。
「私から何かがフワフワと出ていますの!?」
「それは負の感情の胞子。これが私のいつも視ている光景。私はまず、見えるモノを信じないことに決め、視えているモノだけが真実だと仮定することにした」
「これは……魔法……? いつも視てるって……どういう……」
意味が解らないと言いたげな二人を余所に、私は芽衣に手招きをで合図を送る。
「えっ? わ、私……ですの?」
芽衣を自分の横に立たせ、手のひらを真正面に突き出し、指先を丸めて曲線を作る。
「私は確かめることにした。こんなふうに」
「ひゃう!?」
突き出した右手を、そのまま芽衣の胸に押し当てると、手のひらで描かれた曲線は、芽衣のサイズにジャストフィットした。
「は、春希さん! さ、さすがに皆さんに見られながらは恥ずかしいですの! そ、それくらいで……!」
「ちなみに、あーちゃんはこんな感じ」
手のひらで緩やかなカーブを表現しながら、わざとらしく口角を上げ、雨に視線を送ると、私の思った通り、雨は声を荒げながら怒りをあらわにした。
「け、喧嘩売ってんの!? 私のはもっと大きいわ!?」
そこですかさず、雨と芽衣の胸元を指差すと、雨と芽衣の二人は自身の胸元を確認するように、ゆっくりと首を下げ、各々が胸元から発生している胞子を確認して驚きの声を上げる。
「私はあーちゃんの胸を見たことも触ったことないから、サイズ感なんてわからない。私が言いたかったのは、こんな感じに感情を揺さぶることで、胞子の放出を確かめたということ。あの時、芽衣の胸を揉んだり、ハーマイオニーの姿をしたコイツをからかったりしたのはそれが目的。芽衣は羞恥心の胞子が出て、明らかな反応があったけど、コイツだけはいくら言葉や行動で揺さぶろうと胞子に一切変化が現れなかった。だから、雨でもハーマイオニーでもない別の誰かだってことは間違いなかった。まあ、その時は正体までは特定できていなかったけど」
私はとある方向に向けて歩き出し、一際大きく目立つ岩に右手を乗せる。
「でも、そのやりとりの最中に、偶然ではあるけど、この岩から何故か負の感情の胞子が放出されていて、しかも私の言動に反応していることに気付いた。幽霊って線もあったんだけど、危害を加えてくる様子も無かったし、そのまま放置しておくことにした」
「ゆ、ゆうれい!? そんなものも見えるの、ネガミ・エール!?」
肯定するようにひとつ頷くと、雨はキョロキョロと首を振り、不審者のように辺りを確認し始めるが、私はそのことには触れずに話を進める。
「それからすぐ後、捕らえたエゾヒと会話をして魔蒔化の真実を知った。簡単に説明すると、魔蒔化の精神破壊や暴走は、意図的に起こされた副次的なものであり、それ本来の目的は魔蒔化の種という触媒を使った肉体の乗り換えにあったってこと」
「ええっと……。筋力のトレーニングしていたら、ダイエットにもなっていた……みたいなことですの……?」
「例えが特殊だな……言ってる意味がわからない……」
「土人形……肉体の乗り換え……お、思い出したら吐き気が……。うぇー……」
「それまでの私は、エゾヒを焚き付けて私達に復讐をしようとしている黒幕が存在し、そいつがハーマイオニーの姿に成り済ましながら姿を現し、私たちに復讐するために正体を隠しながら息を潜めているものだと考えていた。でも、エゾヒから魔蒔化の種が新たに一つ生まれたという事実を聞かされたことで、それが私の思い違いだったことも全部ハッキリした。黒幕の目的は私たちへの復讐なんかじゃなく、自分自身の体を手に入れるために行動していたってことが。状況だけを見れば、黒幕が他人の体を乗っ取っている可能性も出てきたけど、考えてみれば何も問題はなかった。だって、私が見ていたのは見た目じゃなく中身――つまり、“感情”だったから、黒幕が他人の体を使っていようが、私には区別が付くし、それは逆に“目の前に居るソイツが何なのか”という疑問の答えを証拠付けることに繋がった。というわけで、ソイツの胸元を見てみて」
リインⅡの胸元あたりを指差すと、雨と芽衣の視線は吸い込まれるようにそちらへ向けられた。
「これは……先ほど雨さんから出ていたものと同じもの……ですの?」
「それは怒りの胞子。ソイツは私の前に現れてからずっと、怒りの胞子を出し続けていた。エゾヒと同じように。そして、エゾヒから魔蒔化の種が生まれたと聞いて、私の中で点と点が繋がった。魔蒔化の種が怒りを放出することは少し前から知っていたし、出会ってからずっと怒りの胞子を放出し続けている存在が目の前に居る……。つまりソイツこそが、もう一つの魔蒔化の種だって」
ふと気が付くと、リインⅡの体は風化が進み、既に下半身が土に還っていたため、私は少しばかり話すスピードを上げる。
「それからの私は、まずはソイツにバレないようにしながら協力者を用意するため、岩陰に姿を隠しながら私達を監視している人物とコンタクトすることにした。きっとその人物は、自分になりすましているニセモノがその場に居たからこそ姿を現すことが出来ず、姿を現したとしても混乱を招き、私たちに危険が及ぶことを危惧していた……だからこそ、姿を現さずに動向を見守っていると私は考えた。大方そんなところでしょ、あーちゃん?」
解答権を委ねると、雨は少しだけ不服そうな態度で頷いた。
「……当たり。コイツは私の体に乗り移ったと勘違いしていたから、それがニセモノの体であると知ったら、マジ何するかわからない。だから、魔法で姿を隠しながら様子を見てた。でも、まさかチーの方からあんなメッセージを送って来るとは思ってなかったわ」
それを聞いた芽衣は、そのキャラに似つかわしくない素っ頓狂な声を上げた。
「ふぇっ? メッセージ……? お二人は今さっき再会したはずなのでは??」
「チーは、コイツと会話をするフリをしながら、私にメッセージを送ってた。『聞こえているか? 私は雨が見えている。有利な状況に持ち込むから、雨を止ませろ』っていう感じのメッセージ。まったく、判りづらくて器用なことするわ」
「あーちゃんがあの雑談を聞いて違和感を抱くことには確信があった。だから、その違和感に気付かせることさえ出来れば良かった。そして、私の思惑通りに岩陰から疑念の胞子が出ることを確認出来た。これで、岩陰に隠れているのがあーちゃんであることが私の中で証明された。あとは、会話の中に無意味な会話に見せかけたメッセージを仕込めば、暗号通信完了」
岩に隠れている相手が雨であるという確証もなければ、私のメッセージに気付かない可能性もあり、まったく不安が無かったと言えば嘘になるものの、雨が魔法で正体を隠しながら暗躍していたことや、こちらの動向を監視している可能性は状況的に見ても高かったため、私はリインⅡを油断させるための伏兵として、雨を利用出来ないかとを思い付いた。
「リイン。キミはどうして、その会話に意味があると判った?」
「根暗でひきこもりで口下手のチーは自分から無意味な雑談なんてしたりはしない。だからこそ、私は違和感を持ったし、無意味な会話に意味があるとも思ったワケ。めちゃ判り辛かったけど」
「一言多い……。判り辛かったのは謝るけど、生憎、今の私は引き篭もりではないし、根暗は今この場において関係無い」
“無意味な会話をしない人間”は、無口な人間だったり、仕事の出来る人間だったりと、解釈が人それぞれ違うように、“雨に刻まれた私の印象”を利用することで、隠語を用いるようなリスクの高いやりとりを行わない方法を選択した。
しかし、この手法をとった何よりの理由は、以前から私たちを知っている人物であれば、先入観があるはずだと考えていたからだった。
「それに……私たちはもう……」
雨が私に聞こえないくらいの小さな声で呟くと、その表情は見る見るうちに曇り、俯いてしまった。
しかしながら、その呟きは私の耳にはしっかり届いていた。
「それはどういう……?」
リインⅡが疑問を呈し、私は当然のようにその疑問に答える。
「勘違いするのも無理ない。あなたが知っているのは五年前の私達。だから、今の私たちはもう雑談をするような関係じゃないってことを知らない」




