第9話 魔法少女は嘘つきで。(7)
◆4月7日 午後4時43分◆
ノワの言いなりになって肉体を明け渡すか、自我を失って暴走する演技をしてこの場をやり過ごしてしまうかという決断を迫られていた私だったが、ノワが眠ってしまうという想定外の展開によって一転し、ただただ立ち尽くすほかなく、私は手のひらに残った赤い実をぼんやりと見つめていた。
「作戦は上手くいったけど……とりま、どうすんのよ……これ……」
飲み込んだはずの魔蒔化の種が、なぜ私の胃の中ではなく私の手中に存在しているのか――それは何を隠そう、私が稀代の魔術師であるから……というのは誇張しすぎかもしれないが、タネ明かしをすれば、魔蒔化の種と同じ形状の幻影を魔法で創り出し、それを飲み込むフリをしただけという、本物の魔法使いだからこそ使用できる裏技を使っただけであった。
しかしながら、結果的にノワの目を欺くことには大成功してしまい、私はこうして困惑する結果と相成った。
「まあ、結果オーライ……? ノワも寝ちゃったことだし……これからどうするか考えるか……」
せっかく出来た猶予を無駄にするのは如何なものかと、私は赤い実を天に掲げ、頭を捻るようにして整理を試みながら、今何をすべきなのかに時間を割きはじめる。
「ノワの言ったことをガン無視して、このまま放っておく……なんて出来ないよな……やっぱ……。けど、コレを口にすれば、私の心は消えて無くなる……」
自らの喉元に刃を突きつけることと、刃を実際に突き立てることはまるで違う――そこには“覚悟”という差が確かに存在しており、まして自分の生き死にを決めるかもしれない選択をおいそれと決断することなど出来るわけもなかった。
迷いや未練のある私に死を受け入れるだけの覚悟など無く、だからこそというべきか、私は思い止まることになったのだと、死の選択を迫られた今になって理解していた。
「チーは悲しむだろうなー……めちゃ怒りそう……って。ふふ……ははは……。こんな時までチーのことかよ……。絶交とか言っといて、未練アリアリじゃん、私……。だっさー……」
誰にも見られていないというのに、照れ隠しをするように頭を掻きむしったあと、私はふと思い立って手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
「そうだ……。こんなときチーならどう考える……? きっとチーなら……誰かが一方的に悲しむような未来を選んだりしないし、犠牲も出したりしない……。その手段を見つけるまでとことん考えて、なにがなんでも選び取ろうとするし……本当にどうしようもなくなったときだけ、チーは自分を犠牲にする……。諦めるのはそのあと……」
突飛な発想で打開策を思いつき、なんとか状況を切り抜けてしまうのがチーの十八番ともいえる特技ではある……だが、今回に限ってはそのひらめきに頼るわけにはいかず、私は私の脳を限界まで酷使するように頭を捻る。
「これはもう私の戦いなんだから、チーになんて頼ってらんない……。私がなんとかすればいいだけ……。そもそも、このままノワの言うとおりに体を渡していいのか……? もし仮に、ノワがチーに本当に殺されていたとして、その恨みで化けて出た……とかも考えられなくないか……? 考えたくはないけど……。もしそうだとしたら、私が体を差し出してもチーが危険に晒されるわけだし……。つか、本当に新しい体を手に入れることがノワの目的なのかもまだハッキリしてない……。まずはその辺を確かめるのが先なんじゃないか……?」
こんな状況に陥った場合、チーであればまず何をするのか――自分の置かれている状況を正確に把握し、相手の発言や行動から情報を得ながら違和感を見出し、どうしてそうなったのかを紐解き、事態解決の糸口へと繋げる……それが肩を並べてきた私から見たチーの姿だった。
まずは周囲を見渡し、生い茂る草や無数散在する石、棒立ちの熊とその肩に立つ芽衣の姿をした写し身などを頭に刻み込みながら、自分の置かれている状況を整理しつつ、ノワとの会話を思い返す。
「そういえば……ノワは魔蒔化の種を“飲め”って言ってた……。“食べろ”じゃなくて“飲め”って……。ちょい、試してみるか……」
私はエゾヒの肩に乗せていた写し身を呼び戻し、自分の隣に立たせる。
「つか、芽衣の姿だと罪悪感ヤバ……。とりま、ミラージュ・レインっと……」
土人形の姿を、私が罪悪感を感じない姿――つまり、私の姿へと変えたのだが、少しばかり疑問の残る出来に私は思わず首を傾げた。
「なんか……似てる……? さっきアイツのことガン見しちゃったからかな……? ん~……まあいいっか……この際どちらにしても。こっちは気兼ねなくいけそうだし」
私は写し身と正面位置から向かい合うと、腰を低く落として構え、呼吸を整えながら集中力を高める。
「はあっ!!」
心臓部より少し下にあたる一点に狙いを定めてから、空気を一気に吐き出すように声を上げ、正拳突きの要領でみぞおちに手刀をねじ込む……そして、内臓を抉り出すように泥を掴み取って掻き出すと、写し身の胸部に大きな窪みが形成された。
思った以上にインパクトのあるその絵面に戸惑いながら、これは私自身なのだと言い聞かせつつ、申し訳なく開いた空洞に手を突っ込む。
そして、魔蒔化の種を窪みにそっと置き、電子レンジが鳴るのを待つように、暫しの間待機する。
「ノワが敢えて“飲め”って言ったのは、たぶん種のカタチを維持していないと意味がないから……。そんでもって、ただ持っていても何も変化が無いところをみると、体内みたいな温度と湿度だけじゃなく、適度な水分や、閉鎖的な狭い空間が条件なのかも……。そう考えると、人の体内に近い環境を再現すれば、何かしら変化が現れるんじゃないかなー……なんて思ってもみたわけだけど……やっぱ、チーのひらめきみたいに上手くいくわけないかー……」
別の方法を試そうと魔蒔化の種に手を伸ばしたその直後、私は反射的に手を引っ込める。
何故なら、赤い実から突然、無数の触手が飛び出したかと思うと、それはタコ足のように地面をうねるように這いまわり、周囲に根を張った。
そしてそれが終わると、今度は上方向が二つにパッカリと割れ、そこから木の枝のようなものが突出し、何度も枝分かれを繰り返しながら、クモの巣を張るかのごとく空洞全体を埋め尽くしていった。
私はというと、あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにしたことで、開いた口が塞がらないどころか、ドン引きして声すらも出せず、こんなものを飲み込もうとしていた数秒前の自分に怒りを覚えるとともに、飲み込まなくて正解だったなどと胸を撫で下ろしていた。
一瞬にして沸いて出た様々な感情に反応する暇も無いままに、それは突如として私の体に異変をもたらした。
「くぅっ……!? これ……な……に……?」
立ち眩みのような感覚とともに激しい頭痛が襲い、私は頭を抱えながらよろけ、肩膝を地面に突きながら体勢を崩す。
『――どうやら成功したみたいだ』
耳元で聞こえたようなその声に驚きながらも、このままではマズいと直感的に悟った私はその場を離れ、近くの岩影に腰を下ろして自分の身を隠す。
「今のは……声……? なんか……頭に響いて……?」
岩陰からこっそりと周囲を見渡してみるものの、確認できる範囲には写し身とエゾヒの姿があるだけで、他者の影は無く、私は気のせいかと安堵の息を吐く。
だが、それは早計であり、声の主は確かにそこに存在していることに、私は改めて気付かされることになった。
『おや? なんで格好が変わっているんだろう……?』
「……っ!?」
驚くべきことに、ただの操り人形であるはずの写し身は、私の意志とは関係なしに瞼を開いただけでなく、独りでに動き出し、さらに驚くべきことに、その声が私の頭の中へとダイレクトに響いているという筆舌に尽くし難い状況に、私は両手で口を塞いで声を殺し、岩陰を背に身を隠しながら状況の把握に思考を割く。
「あの写し身の中に居るのも、この声の主も……ノワか……? 勝手に動いてるとこみると別の体に乗り移ることができるってのも本当ってコトね……。なんで私の頭の中にノワの声が聞こえるのかイマイチわかんない……もうチョイ情報が欲しい……。けど、迂闊なことをすればこっちに気付かれるし、そうなったら激マズ……。つっても、この状況だと身動き取れないワケで……。せめて鏡でもあれば向こうさんの状況が見れたりするんだけど……」
そんな考えが頭を過ぎったとき、あるものが私の頭の中に浮かび上がり、私は弄るようにポケットに手を突っ込む。
だが、それがそこに存在していないことに気付いた私は、すぐに手を止める。
「あー……マズったー……この前、無くしたんだったー……」
肌身離さず携帯していた頼りの綱だったが、つい先日どこかに落としてしまい、私は酷く落胆していた。
それに至った経緯も同時に思い出して、更に深く落胆して俯く。
すると、視界の端に探していたものが地面を転がっている様子が映り込み、私は声にならない驚きを上げながらも恐る恐るそれを手にとる。
「な……なんで、私のシャイニーパクトが……? 確かに、落とした日はここには来てたけど……この辺りには来てない……よね……? まあ何にしても、とりま上等じゃん♪」
無くしたはずのシャイニー・パクトが、何故ここにあるのかの結論は出なかったものの、今はこれを使わない手は無いとコンパクトをすぐさま開き、その鏡越しに相手の動向を伺いはじめる。
『まあ、大した問題じゃないか。そうだ。この体の具合、ちょっと試してみようかな? 確か、魔法を使うときはこんな感じだったっけ? なるほど……レイン・バレットか。これは使えそう』
鏡の向こうに見える写し身が口を動かして喋っている様子はなく、私は少しばかり首を傾げる。
「口で喋ってない……てことは、ノワの考えてることがミラージュ・レインのフィードバックで私に伝達されている……って感じ? う~ん……? つか、ちょっと待て……。今のって一体どういうこと……? そもそも、あの体って魔法使えるのか……?」
私が深く首を傾げた直後、ノワの指先から放たれた雨粒は、近くの岩に散弾銃のような無数の穴を空けていた。
「……マジ?」
「へえ……。これがリインの力か。思っていたよりも使えそう」
私と直接繋がっていないはずのノワが、私の意識を操作して魔法を使えることが出来るはずもないだろうなどと考えていたが、ノワは私の意志に関係なく私の魔法を行使し、あろうことかレイン・バレットというまだ誰にも見せたことがない魔法すら使って見せた――そのことから、私はある結論を見出すことになった。
「なんとな~くわかった気がする……。アイツ……私の記憶を盗み見てんな……。人のプライバシーとかお構いなしかよ……。けどまあ、勘違いしてくれてるのはラッキーだけど」
ミラージュ・レインを使用している間、幻影と私の間には視覚情報や命令などをやりとりするパスが繋がっているため、幻影と私の脳は繋がっていることになり、ノワは土人形に寄生しているため、私とは間接的に繋がっていることになるため、写し身が幻影と土人形を組み合わせたものである以上、幻影を通して私の記憶を覗き見られたとしても不思議は無いであろうと、私は結論付けた。
幸いだったのは、私の体に乗り移ることに成功したとノワが勘違いしてくれているお陰で、そのことに気付いた様子も無ければ、私の存在に気付いた様子も無いことだった。
「はははは! 面白いや!」
ノワが指先から雨水を射出するたび、少し走ったあとみたいな倦怠感が蓄積してゆき、私の体が疲労していくのを実感できたため、私はノワが魔法を使えた理由の全容を理解し、うな垂れる。
「う……。魔法使われるたびにこっちが疲れんのか……。これじゃ、スマホとバッテリー扱いじゃん……私……」
ノワは私の記憶から魔法の使い方を探し出すと同時に、パスを通じて勝手に私のエネルギーを使い、魔法を行使できるという厄介な状態になっており、こうも無駄打ちを続けられれば私自身の体力が限界を迎えるのも時間の問題だと断言できた。
しかしながら、今は無用な混乱を避けるために身を隠すしかなく、来る時が来るまで耐え忍ぶほか無かった。
『貴様』
全神経をノワの動向に向けていた矢先、別方向から唐突に聞こえた声に、私は慌てて鏡の角度を変え、巨大な熊が立ち上がっていることを確認し、そして頭を抱える。
「エゾヒ……そっか忘れてた……。ノワが写し身に移ったってことは、エゾヒも相手にしなきゃなんないのか……。これ、ガチでマズくない?」
相手が二人になれば当然不利であり、二対一では勝ち目が薄くなるばかりか、相手が私の力を利用している以上、私が不利である状況はどうやっても覆らなくなることに加えて、私の存在がバレることは絶対に避けなければいけない状況なのだが、野生出身のエゾヒが相手方に居る以上、こちらの存在がバレるのも時間の問題であり、今という状況は「崖っぷちからの急転直下」という表現が最も近しいとさえ思える状況だった。
「あれ? エゾヒ君も目が覚めた?」
『我の中で好き放題してくれたものだ』
「人聞きが悪いな。これは君が望んだことだよ。僕はその望みを叶えただけ」
『戯言を』
どことなくぎこちない二人の会話に違和感を覚え、その意味を紐解こうと聞き耳を立てていると、ノワは突然振り返り、こちらの方向へと視線を向けた。
一瞬にして私の中の緊張が高まり、心拍音すら聞こえぬようにと胸に手を当て、息を止める。
『次はあの岩にしようかな?』
「……!?」
ノワの思考が再び私の頭へと流れ込み、頭痛はするし慣れないしで不快指数マックスの状態ではあったものの、由々しき事態に私の内心はそれどころではなかった。
ノワが次の的に選んだであろうその岩は、運悪く私が現在進行形で身を隠している岩であり、当然ながら岩を砕かれれば私は姿を晒してしまうことになるし、先ほどの威力を見る限り、貫通すれば怪我だけでは済まないことは自明の理であった。
「やるしか……ないか……」
貫通した雨粒を全てムラクモで打ち払い、仮に岩を砕かれた場合は、粉塵に紛れて魔法で身を隠しながら、この場を離脱する――それぐらいしかこの場を乗り切る策を見出せなかった私は、岩の裏で息を潜めるようにしながら、居合い抜きの構えをとろうと腰を上げる。
その直後だった。
――バシュッ!!
私が構える暇もなく、すぐ真横の地面にクレーターが出来上がり、私はピタリと動きを止める。
「何のつもり?」
再び体勢を変えて鏡を覗き込むと、ノワと岩との直線上をエゾヒが塞いでおり、どうやらエゾヒがノワを妨害したであろうことが伺え、私は片眉を曲げた。
「まあいいや。自由になった気分はどう? エゾヒ君」
『枷が外れたようで調子は良い』
「それはなによりだ。でも、この子から受けた傷は痛むんじゃない?」
『この程度、然したる問題ではない。貴様を屠るには十分だ』
エゾヒは一瞬でノワに接近すると、背後からその体を引き裂く――その瞬間、私の疑問は確信に変わった。
「な~る……。二人は対立関係にあるってことか……。にしても、ノワのやつ……私の魔法を使いこなしてる……。まったく、手際の良いこと」
はじめにエゾヒが声をかけた時点から泥水を集め、さらに分身を自分自身に重ね、エゾヒが接近する直前に土人形を自分に見立てて創り出し、それと入れ替わると同時にノワは自分の姿を魔法で消した――その結果、エゾヒの爪は泥の塊に突き刺さっているという状況が生まれた。
「なるほどなるほど。これが幻影魔法。やっぱり使い勝手は良い。でも、ちょっと反応速度が遅いみたい。まだ、根付いてないからかな?」
『……姿を隠していないで、出て来い』
「それは無理な相談だ。僕にはまだやることがある。それに、やっと新しい体も手に入ったわけだし、ここで君の相手をしている暇はないんだ」
「そっちの僕が目を覚ますまでの間、君は自由にするといいよ。ちょっとの間だけどね」
『舐めるな。それだけ魔力を匂わせていれば、あたりは付けられる。逃がさん』
巨体が水溜りを踏みながら走り去る音が、次第に離れていき、音が聞こえなくなったのを十分確認したのち、私は恐る恐る岩陰から顔を覗かせ、周囲の状況を伺う。
「ひとまず一難は去ったってことで……いいんだよね……? つか、寿命が縮んだわー……。しっかし、ノワの言っていた“やること”ってナニ……? 私の体を手に入れて終わりじゃない……? だとしたら、やっぱりまだまだ探る必要アリだよね……」
私はすっくと立ち上がり、目を細めながら二人が消えた方角を仰ぎ見る。
「パスは繋がっているから、居場所は判る……。行くか……ミラージュ・レイン!」
魔法で姿を隠し、私は後を追うように駆け出した。




