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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
レイン・オア・シャイン編
47/183

第9話 魔法少女は嘘つきで。(5)

 ◆4月7日 午後4時41分◆


 エゾヒと交戦している最中、私は二つの違和感を覚えていた。


「……やっぱおかしいわ」


 私が“写し身”と呼んでいるものの基本原理は、魔法で作った幻影を介して視覚情報を受け取り、本体が糸を操作して土人形を動かすというものであり、そこには当然、映像を見てから土人形を動かすまでに、時間的な遅延が発生するはずなのだが、今の私にはその遅延が殆どみられないどころか、まるで自分がその場にいるかのように錯覚してしまうほど、感度良好な状態だった。

 本体である私が集中力を研ぎ澄ませたことで反応速度が向上しているとしても、魔法を介して視覚情報を本体に送っているという工程は変わらず、“体の調子が良い”という言葉一つでは片付けられないし、もしも魔法の伝達速度そのものが向上しているとするのなら、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考える以外になかった。

 レイン・フォールの調整に失敗したことも踏まえると、私は知らず知らずのうちに()()()()()()()()()()()()()という状況にあり、それが恐らくチーの仕業であるということも、もはや疑う余地などありはしなかった。


「寝てる間に何かされた……つーか、あの栄養ドリンク飲まされたって考えた方が妥当っぽいんだよねー……。 まあそれはいいとして……今の問題はこっちか」


 一つ目の違和感に関してはある程度説明がついたものの、二つ目の違和感に関しては、私の中では未だ答えが出ていなかったため、私はここは一つとばかりに試してみることにした。


「まったく、デカい図体してるくせに動きが速いっつーの。つーわけで、まずはその足を止めてやるわ。んじゃ、まずは右からいかせてもらおうかな~?」


 わざとらしくそう言い放ちながら再び両手を前方に構え、大きく息を吐き出してから一気に吸い込むと同時に、真正面から突っ込むように電光石火の如く駆け出す。

 すると、エゾヒはこちらの動きを機敏に察知しながらも、今度は反撃の素振りは見せることはなく、腰を屈めて防御の姿勢をとった。

 2秒と経たずにエゾヒの目前まで接近し、右側面方向へ回り込むように方向転換をすると、エゾヒは私がそう動くことを悟っていたかのように、太い右腕を地面スレスレを撫でるよう振りぬく。

 しかしながら、私は既に()()()()()()()、真っ逆さまになりながらエゾヒを見下ろしていた。


「こりゃ良い眺め」


 先ほど刃を交えた時から、私の左手とエゾヒの右手はレイン・ストリングスによって繋がったままの状態であり、エゾヒが右腕を振るよりも先にその方向に向かって駆け出し、軽くジャンプした――その結果、エゾヒの右腕の勢いに引きずられる形になり、勢いに任せるように飛び上がることになった私の体は遥か上空へと舞う結果となった。

 私がわざわざこんなことをした理由は、エゾヒの意表を突くだけが目的ではなく、ある事を確かめる為であり、そしてその疑問は既に確信に変わっていた。


「にしても、これは間違いなさそうだな……」


 アンカーのように糸を収縮して巻き取り、エゾヒの右腕に着地すると、エゾヒが一瞬驚いたような様子を見せながらその眼を私に向けた。

 忽然と姿を消した私が突然右腕に振ってきたのだから、その反応も理解できたのだが、私はその反応を嘲るように笑みを浮かべ、丸太の上を駆け抜けるように太い右腕を伝い、一気にエゾヒの首元まで接近した。


「ムラクモ!!」


 再び水刃を出現させながら駆け上り、その切っ先がエゾヒの首元を掠めたところで、私は呟く。


「アンタ、私の言ってることが判るんでしょ? そんで、エゾヒでもない」


 私がそう呟くと、エゾヒの動きがピタリと静止し、そして短い沈黙の後、その大きな口が動いた。


『……正直、侮っていたよ。君は只者じゃないね。なんでわかったの?』

「私の経験上、魔蒔化(マジカ)したエゾヒは無意識に自分に近づくもの全てを攻撃していた。でも、アンタはそうじゃない。はじめから私を狙っていた」

『経験上……。そういうことか……』


 動くものを目で追ったり、そちらに意識が向けてしまうのは、眼球を持っている動物としてはごく自然なことなのだが、ことエゾヒにおいては()()()()()()()()()()ということを、私は経験上知っていた。

 以前戦ったエゾヒは、自分の周囲にあるものを文字通り全て破壊する、さながら暴走した無差別破壊兵器とでも呼べる存在だったが、今ここに居るエゾヒは、はじめから私を視界に捉えてから立ち止まり、私を追うように攻撃し、私の言ったことを理解して右足を守るかのように反撃した――それはつまり、私の目の前にいるエゾヒは、あの時のエゾヒではないということに他ならなかった。


『だけどまさか、そんなことだけで?』

「それだけじゃないでしょ? その口調。さっき私に話しかけてきたのもアンタなんでしょ? ノワ」


 私がノワと呼んだ存在は押し黙った。


『……そう呼ばれるのは、なかなか久しぶりだね。さっきは挨拶できなかったから、改めて。久しぶりだね。シャイニー・リイン。そんな姿をしているから、わからなかったよ』


 私がエゾヒに連れ去られた直後、数秒間だけエゾヒは意識を失い、エゾヒの中に存在する()()と会話する機会を得た――と言っても、そのときは一方的に話し掛けられただけであり、私から話す間もなく話を切られたうえに、そいつは自分の名を名乗らなかったため私には何のことやらサッパリだった。

 しかし、その口調や私のことを知っていたことから、エゾヒの中にノワが存在しているのではないかと、私は少なからず勘付いていた。


『君も姿を見せたらどう? 近くに居るんだよね? その辺りから、強い魔法の力を感じるよ』

「……私の魔法が見破られるなんて、思ってもみなかったわ。しっかし、お互い姿が変わりすぎていて気付かないとか、どんな罠よ?」


 私自身が生身の人間である以上、自分へのダメージは即敗北に繋がりかねず、だからといって幻影だけではチーに触れることすら(まま)ならないため役に立たない――そのため、土人形を影武者に仕立て、自分は魔法で姿を隠しながら近くの岩影や草むらを移動しながらその様子を窺い、出来る限りリスクを減らしながら隠密行動をしていた。

 こうして本体の存在がバレてしまった以上、相手に弱点を晒しているようなものであり、戦闘を強いられた場合は不利な状態で戦うことになる――しかしながら、相手が手の内を知る人物となればその必要は無いだろうと判断し、私は自らミラージュ・レインを解いて姿を現した。


『僕だって、エゾヒ君の優れた嗅覚がなければ見破れなかったと思う。しかしまさか、ここまで巧妙に気配を消せるなんて。さっきの立ち回りといい、その洞察力。俄然、君に興味が沸いてきたよ』

「丁度いい。私もアンタに聞きたいことがある」

『とりあえず、それをしまってくれない? 友達に剣を向けられてたら落ち着かないよ。それに、僕としても君と戦うことは避けたい』

「同意。話の通じる相手なら、私が剣を振るう理由はないし、それには賛成。でも……」


 その返答を合図に、私はとりあえず写し身の刀を雨水に戻した。

 しかしながら、知った間柄とはいえ、その行動には疑問が残っていたため、私は威圧的な口調で問いかける。


「なんで、エゾヒのフリをして私を襲ったの? それが答えられないなら、中身がアンタだったとしても、この先に行かせるわけにはいかない」

『……僕が信用できないのかい?』

「信用……ね……」


 信用という単語を聞いた私は、ふと昔聞いた話を思い出した。


 “嘘ばかり吐く真面目な働き者”と“嘘を吐かない怠け者”が居たとき、“嘘ばかり吐く真面目な働き者”は嘘を吐いているのだと“嘘を吐かない怠け者”が主張したとしても、それを聞いた人はその言葉を信じたりはしない――なぜならば、“嘘ばかり吐く真面目な働き者”は“真面目な働き者”で通っており、両者には積み上げられた信用しか違いがないからだった。

 ようするにこの話は、力を持った者が語る言葉は真実となり、力の無い者の声は掻き消されるという、現代社会の縮図を指した、現代解釈のオオカミ少年の話だった。

 その話を聞いた私は“嘘は貫けば正しさに勝る”ということと、“信用は行動しなければ得られない”ということを密かに学んでいた。


「少なくとも、今のアンタは信用できない。アンタとチーなら、敵の姿をしてチーをいたぶっているアンタよりは、断然チーのほうが信じられる」


 絶交している仲であろうと、過去の行動によって積み上げられた信用に何ら影響はなく、だからこそ私は、無条件でチーのことを信用することが出来た。


『それは、ごもっとも。だけど、僕は急いでるんだ。どうしたら見逃してくれる?』

「私の質問に答えてくれれば考えなくもない」

『いいよ。僕が答えられる範囲なら』


 そうは言ったものの、今の私にはここを通す気などサラサラなく、今は少しでも情報を集めることが必要だと感じていたため、わざとそういう流れに持っていく。


「チーは、アンタが()()()って言ってた。それも、()()()()()()って」


 自分が殺したと語った本人が頑固で絶対に口を割らず、殺されたとされる当人もまたずっと姿をくらませていたため詳細も判らず、なぜそんなことをチーが言ったのかは祈莉を含めて誰一人として知る人間は居なかった。

 その言葉を鵜呑みにすることが出来なかった私は、ノワに何かあったのだと考えてチーを問い詰めるも、当人は私が殺したの一点張りで、この出来事がきっかけで私とチーは絶交するに至った。

 しかし、案の定というべきか、チーに殺されたはずの当人が目の前に存在しており、千載一遇のチャンスが巡ってきたことは明らかだった。


「それが嘘なのはわかってる。チーは絶対に誰も殺さない。あの子は、敵であっても手を差し伸べるような子だし……。だから、なんであの子がそんなことを言ったのか、その理由を知りたいワケ。今のアンタのその姿と関係あるんじゃないの?」

『彼女はまだ、あの事を誰にも喋っていなかったんだね……。ホントに素直で良い子だ。でも、ごめんね。約束を果たすまでは、それを答えることは出来ない』

「やく……そく……」


 その言葉が引っかかり、私は口篭った。

 なぜなら、私が知りたかったのは真実などではなく“チーがそう語った理由”であり、チーが本心を語らないのは、私が信用されていないから――つまり、チーに信用され、チーの口から聞くことこそが私の求めていることであり、私がノワの口から真実を聞くというのは、「チーの口から本当のことを聞くまで友達には戻れない」という自らの言葉を否定するばかりか、チーを裏切る行為であるとも言えた。


「そっか……それはそうだわ……私ってズルい……。きっと、そういうところを直せって話なんでしょうね……。んじゃ、質問変更。アンタはチーに一体何をする気なの?」

『そうだね……。君にだけには話してもいいよ』


 私たちへの復讐のために、エゾヒが私たちに接触を図ってきたのであれば納得することが出来るものの、今のノワには何か別の目的を持って行動しているように私の目には映っていた。

 嘘か本当かは別として、ノワが何を企んでいるのかくらいは掴めるかもしれないと思い、私は押し黙るように耳を傾ける。


『このままだと、僕は死ぬ。この体はもう長くないんだ』

「……? どうしてそれが、あの子を狙っている理由になるの? あの子の助けが必要ってこと?」

『違うね。以前の彼女であれば話は別だけど』


 エゾヒの体を利用している状態の今のノワは、自分の肉体を持たない存在であり、察するに、体が死ねばノワも当然死ぬことになる――そう考えると、ノワが私たちの前に再び現れた理由や、急いでいる理由、エゾヒの体を使ってチーを執拗に追い回していた理由など、合点がいく理由が一つだけあった。


「体はもう長くない……あの子の力が目的じゃない……。ってことは、アンタまさか……新しい自分の体として、チーの体を乗っ取るつもり!?」

『話が早くて助かるよ』

「どうして……どうしてチーばかりがこんな目に……。戦いが終わっても、あの子はずっと辛い想いをしてきた……。それなのに、やっと治った体やあの子のこれからの人生すら取り上げようって……? 魔法少女って、そこまでしなきゃいけないの? これじゃまるで――」


 “呪い”――そんな言葉が頭に浮かび、私は暫く俯いた。


「いや……今はそんなことどうだっていい。アンタは新しい体が欲しいだけ……それで合ってる?」

『そうなるね。僕もこの体に留まるわけにはいかないから』


 それを聞いた私は拳を強く握り締め、顔を上げる。


「理解も同情もできるけど、納得はできない。でも、あの子ならきっとこう言う……私の体を使えって。だから、ノワ。あの子の代わりに私の体を使いなさい」



◇◇◇



 ◆4月7日 午後4時45分◆


 パチリと目を開いた少女は、自身の体を不思議そうに確認すると、少しだけ驚いたような素振りを見せた。

 何気なく手を握っては開いてを繰り返し、腕を垂直に伸ばしたかと思うと、雨水を手のひらに集めるようにかざし、それを一気に真横に振りぬく。

 すると、手の平に収束した雨粒が石つぶてのように射出され、近くにあった岩に無数の弾痕を穿つ。


「へえ……。これがリインの力か。思っていたよりも使えそう」


 エアガンで遊ぶかのように、岩を標的にして次々にクレーターを作ってゆく。


「はははは! 面白いや!」


 少女が射撃ゲームに夢中になっていると、背後から巨大な影が忍び寄る。


『貴様』

「あれ? エゾヒ君も目が覚めた?」


 声を掛けられても少女は振り向こうとはせず、射的ゲームを継続している。


『我の中で好き放題してくれたものだ』

「人聞きが悪いな。これは君が望んだことだよ? 僕はその望みを叶えただけ」

『戯言を』


 少女は次とばかりに大きな岩を標的に捉え、水滴を放つ。

 だが、エゾヒの爪がそれを阻害し、的を外れた水滴は地面にクレーターを作った。

 

「何のつもり?」

『……さあ、な』

「まあいいや。自由になった気分はどう? エゾヒ君」


 少女は次の標的に狙いを定める。


『枷が外れたようで調子は良い』

「それはなによりだ。でも、()()()から受けた傷は痛むんじゃない?」

『この程度、然したる問題ではない。()()()()()()()()()()


 少女の無防備な背中目掛けて鋭い爪が伸び、その体を二つに引き裂くと、その残骸は泥となって地面に崩れ落ちた。


「なるほどなるほど。これが幻影魔法。やっぱり使い勝手は良い。でも、ちょっと反応速度が遅いみたい。まだ、()()()()()()()()かな?」


 声の主の姿は既に無いにもかかわらず、その声はどこからともなく聞こえてきた。


『……姿を隠していないで、出て来い』

「それは無理な相談だ。僕にはまだやることがある。それに、やっと新しい体も手に入ったわけだし、ここで君の相手をしている暇はないんだ。そっちの僕が目を覚ますまでの間、君は自由にするといいよ。ちょっとの間だけどね」

『舐めるな。それだけ魔力を匂わせていれば、あたりは付けられる。逃がさん』

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