第9話 魔法少女は嘘つきで。(4)
幼少の頃から剣道を習っていた私だったが、今の戦闘スタイルは一般的に剣道と呼ばれているものではなかった。
魔法少女として戦いを重ねていくうちに、敵は段々と強くなり、次第に同じ技や戦法が通じなくなり、危機感を覚えざるをえない状況に追い込まれた私は「もっと強くなりたい」と常日頃から考えるようになっていた。
剣道の練習時間を増やし、基礎練習からやり直してはみたものの、その想いに反するように強さの実感は得られず、きっかけを掴めない私は焦りを募らせていった。
そんな中、とある剣道の試合に出場した私は、試合の最中、反射的に足払いを繰り出してしまったことで反則を取られ、募った焦りと苛立ち吐き出すように「今のはわざとじゃない」と審判員に詰め寄ったことでもう一つ反則をとられ、反則負けという烙印を押された。
その瞬間、私は悟った。
戦国時代や江戸時代ならいざ知らず、今の世の中で実際に剣を振って戦うことはスポーツや娯楽以外にはなく、実戦が想定されていない――つまり、そこには私の求める強さは手に入らないのだ、と。
自分が剣道によって積み重ねてきたものが無駄であることを悟った私は、歩むべき道を見失い、途方に暮れ、答えが出ないまま悶々とした日々を過ごした。
そんなある日、チーは私に「積み重ねてきたものはそこにあるし、絶対に裏切らない。自分にしかない大事な宝物だから、もっと大切にしたほうがいい。でも、いろんなことを試してみるのも悪くないと思う」と、何の脈絡もなしに言った。
当時の私はチーが何を伝えようとしていたのか理解できなかったものの、「いろんなことを試してみるのも悪くない」というチーの言葉に促されるように、他の剣術道場を回り、空手、柔道、合気道など一通りの武道を体験した。
その結果、私は私が進むべき道を見出すことになった。
剣道を基本としてはいるものの、決まった形や流儀はなく、反則となる手を迷うことなく行使し、柔道や合気道など、武道の種類や流派に関係なく、実戦に使える技術は全て取り入れ、唯一掲げる教訓は「自分自身をしっかりと持つよう志す」――それこそが、私が、私の強さのためだけに作った我流剣道である“五月雨流剣道”だった。
◇◇◇
◆4月7日 午後4時39分◆
降りしきる雨の向こう側から現れた黒いシルエットは、徐々に、そして鮮明に浮かび上がり、それは私の真正面で立ち止まったかと思うと、赤い眼光をまっすぐにこちらに向け、私を睨みつけるように捉える。
「マジか……」
バスケットゴールの天辺よりも高いその巨体と、人間のプロレスラーでは比較にならないほど異常なまでに太い腕、雨に濡れたことで光沢を帯び、黒い剛毛はまるで鋼鉄の鎧を全身に纏っているようにも見え、私はそのビジュアルだけのインパクトに、無意識のうちに驚嘆の声を漏らすことになった。
実物を目の前にした者にしか感じられないであろう、空気を通して肌に伝わる威圧感と、同じ空間に居るというだけで伝わってくる圧倒的なまでの存在感は、恐怖を通り越して絶望という感情を容易く想起させる。
分が悪いなどという言葉では片付けられないほどに、実力差があるのは誰が見ても明らかであり、普段の私であれば戦意を喪失して逃走することを真っ先に選択するのだろうが、そんな状況であるというのにも拘わらず、そういった感情は私には湧いておらず、むしろ冷静に状況を観察していた。
「けど……私もチーに負けてらんないし……芽衣を嘘つきにさせるわけにもいかない……」
戦いを諦めたわけでも、恐怖や絶望を通り越して心を捨てたわけでもなく、今の私は、ただただ負けたくないという感情が状況を勝っていた。
「これ以上は……行かせない!」
チーはまったく勝てる見込みの無い相手に無策で挑んだりもしなければ、念入りな調査や下準備を積み重ね、不可能とも思える状況を覆せるほど幾重にも策を巡らせることは少なくなかった。
時として、その行動に振り回されてきたことも事実としては存在していたものの、奇抜な発想に度々窮地を救われた事実もまた存在しており、この状況を覆せるだけの策があるからこそ、チーは今も諦めていないのだと、私は確信を持っていた。
だとすれば、私はチーを信じ、自分の役割を果たすことに努めるほかなかった。
「すぅー……」
剣道というものは“礼に始まり、礼に終わる”ため、私はまずはじめに、エゾヒに対して軽く礼をし、足を半歩ほど開いて背筋を伸ばし、竹刀を持つように両手を前に構えた――しかしながら、私の手には竹刀どころか、それに代わるものは無かった。
だが、そんなことは意にも介さず、私は静かに呼吸を整え、全身から力を抜き、全神経を極限まで研ぎ澄ませていった。
「私はあの子みたいに甘くない。手加減出来ないからヨロシク」
目を見開くと、雨粒が落ちる様子までもが、小さなガラス玉が落ちているかのように見えるまでに深く神経を研ぎ澄まし、時間はゆっくりと進んでいるような感覚になる。
エゾヒが背を屈めるような動作を視界に捉え、私はそれを皮切りにエゾヒの懐に向けて駆け出す。
次に、右腕が僅かに動いたのを確認すると、すぐさま斜め前方へと飛び、その直後、一秒前に私の居た場所に太く鋭い爪が突き刺さり、そのまま土を抉りとるように、泥や石を巻き込みながら腕が振りぬかれ、身を捩って振り返った頃には、地面に文字通りの大きな爪跡が残っていた。
「思ってたよりも……速い……っ!?」
大柄で動きの遅い相手であれば、機敏に動き回りながら翻弄し、隙が出来た所を突くのが戦術としては定石ではあるものの、エゾヒの速度はその巨体でありながら私とほぼ同等のレベルであり、その策が通じないだろうことは火を見るより明らかだった。
そこで私は作戦を変え、体勢を立て直しながら距離を取り、エゾヒの側面へと回り込んで様子を窺う。
すると、エゾヒは上半身を捻りながら、私の動きを目で追ってくるのが確認でき、私の目はその一瞬を見逃さなかった。
「……試してみる……か」
一秒という間も入れずに、再びエゾヒ目掛けて一直線に駆け出すと、エゾヒの左腕が私の動きに反応するように動き、私はあえてその左腕の方向へと方向転換する。
すると案の定、カラスのくちばしのような黒い爪が、私を捉えているかのように顔面真横にまで迫るってきたが、その攻撃を私が避けるようなことはなかった――なぜならば、その攻撃が当たらないことを私は知っていた。
――ヒュン!!
相手のリーチを把握するのは、剣道において基本中の基本――そして、私の目測どおり、エゾヒの腕は自分の直上を撫でるようにギリギリのところをすり抜け、横目でそれを見送った私はそのまま腰を低く保ち、エゾヒの視線と腕との直線上に位置取りをしながら、その腹部へと潜り込む。
そして、左足を大きく踏み込み、脇腹めがけてまっすぐに飛び込む。
「ハバキリ!」
突き出した左手の握り拳から、無色透明な短刀が突如として出現し、その切っ先はエゾヒの左脇腹へ深々と突き刺さった。
『グァアアーーッ!?』
耳を劈くような唸り声をあげながら、エゾヒは仰け反る。
「……浅い」
刀が突き刺さったにも拘わらず、捨て身の一撃がエゾヒの致命傷になることはなく、すぐさま反撃のモーションに移ったエゾヒは左足を一歩引き、その流れで真上から叩きつけるように巨大な熊の右手を振り下ろす。
回避が間に合わないと判断した私は、すぐさま刀を逆手に持ち替え、エゾヒに突き刺さった刀を一気に引き抜きながら回転し、その反動を利用するようにそのまま防御へと転じる。
「ムラクモ!」
私の声に呼応するように、右手の握り拳からもう一本の刀が現れ、交差するように構えられた二つの刀が、エゾヒの爪を見事に受けきった。
「くぅ……!?」
“ムラクモ”と“ハバキリ”は、レイン・ストリングスを応用した創作魔法であり、簡単に説明するとムラクモは太刀、ハバキリは短刀として出し分けられた、水の刀を形作る魔法である。
チェーンソーから着想を得たこの武器は、雨水の糸を何重にも編み込んで形状を維持しながら、刃先に集めた雨水を高速循環させることで切れ味を再現し、金属すら紙のように切ってしまうという超絶危険な代物だった。
しかしながら、コントロールが非常に難しいために、せいぜい一分間程度しか出していられないという難儀な代物ではあったものの、竹刀を振り回すノリで扱っていいような代物でもなかったため、ある意味で丁度良い制約でもあった。
「まったく……これだからダイアクウマの連中は……!! 常識外れにも程があるでしょ……!?」
並外れた切れ味を持つはずの自慢の名刀でさえ、エゾヒの伸びきった爪を綺麗に整えてやるまでには至らず、図らずも戦況は拮抗することになった。
「……この刀も長くは持たないし、腕力勝負じゃこっちが不利……。だったら――」
エゾヒとの力比べを早々に諦めた私は、黒い爪を挟み込むように刀を噛ませ、逆上がりの要領で刀を支点にしながら地面を強く蹴り上げる。
私という力の支えを失ったエゾヒはよろけて姿勢を崩し、そのタイミングに合わせて私は刀を糸状へと戻し、エゾヒの太い腕を複数の糸で絡めとった。
そのまま遠心力を利用しながらエゾヒの腕へと飛び乗った私は、糸を刀の形状に戻し、その柄を思いっきり踏みつけ、エゾヒの腕に刃を突き立てた。
『グァワアアーーッ!!!!』
「うわっとと!?」
さすがのエゾヒも痛みに堪えかねたのか、私を振り落とすように腕を闇雲に振り回しはじめ、私は振り落とされる前に大きく跳躍し、十メートルほど離れた位置へと着地した。
「手加減しないって、言ったでしょ? これに懲りて退いてくれるとくれると助かるんだけど?」




