第9話 魔法少女は嘘つきで。(3)
◆4月7日 午後5時◆
「――もういいよ。ボクの負けだ。降参」
早々に両手を上げた様も然る事ながら、口調や表情、細かい所作などに強い違和感を覚えるとともに、それがリインとはまったくの別人であるということを、私は再認識することになった。
「こんなに早くバレちゃうなんて、思ってなかったよ。キミには驚かされてばかり。恐れ入ったよ」
「……そりゃどうも」
私を欺けたり油断させるために、子供のようにおどけているのか、はたまたこの人物本来の動きなのかは未だ確信が持てなかったものの、人を外見や口調だけで判断してはいけないということを、ここ数日間で嫌というほど痛感していた私は、その一挙一動をつぶさに観察しながら話に耳を向ける。
しかしながら、リインの姿に加えてボクっ娘口調ではハーマイオニーと区別がつかず、なんとなくこちらの調子も狂ってしまうため、私はハッキリと区別をするために、この人物をリインⅡとすることを密かに決める。
「僕の正体が知りたいんだっけ? キミのことだから、僕が答えなくても答えは出ているんじゃないの?」
リインⅡは近くに転がる小石を蹴りながら、横目でチラリと視線を送り、会話はそこで止まった。
私はジリジリと向けられた熱視線に負け、仕方なく判っている範囲までを吐露する。
「……魔蒔化の種。そこに封じられていた精神体」
「ご明察。エゾヒ君の中に埋め込まれていた、魔蒔化の種に封じられていた意識……それが僕。この世界の言葉で言うなら魂みたいなものかな? でもそれは、100パーセント正解の答えじゃない」
「やっぱり、同一個体……」
その答えだけで、私の立てた幾つかの仮説が真実味を帯びることとなった。
(私だって、それが本当の答えでないことくらいわかっている。コイツの存在が何なのかは判っていても、誰なのかはわからない……というより、確証が持てていない)
目の前に居るのはエゾヒに生えていた枝から生まれた“新しい種”であり、人間界の摂理で言えば、親と子にあたる関係――つまりは、別の人格が宿っているということになる。
しかしながら、リインの肉体に宿っているリインⅡがこれまでのやり取りを知っていたことや、「奴は私の中で眠っている」とエゾヒが言っていたことを踏まえると、元となった種と新しい種のという二つの存在でありながら、知識と記憶を共有した一つの個体であり、今の状況からみても肉体以外は同一人物ということが一番の可能性として考えられた。
「聞かせて。さっき、私にエゾヒを追い詰めさせて殺させようとしたのはなんで? 自分自身を殺してくれって言ってるようなもんでしょ?」
「ああ、そんなこと? 彼が邪魔になったからかな? 僕の正体さえバレずにやり過ごせば、全てが丸く収まるからね」
彼氏に飽きたから振ってやったみたいな言い方が妙に鼻につき、私は少しばかり怒りを覚える。
「自分自身をオトリに使った……ってこと……?」
何故そんなことをしたのかと、私は一瞬だけ疑問に思ったものの、もしも同一の存在であるとするならば、二つの種のうちのどちらかが残っていれば問題はなく、危険を冒して両方助かる可能性に賭けるよりも、トカゲの尻尾切りのように一方が確実に生き残る方法を選ぶというのは、生存戦略としてはベターな選択なのだろうと、私は納得した。
(……とはいえ、たった二つしかない肉体の片方を、そんな簡単に切り捨てられるものなのか……?)
「あ~あ。上手くいってればこの体は僕のモノになってたのに」
字面だけみると、まるで女性を取っ替え引っ替えしている女たらしにしか聞こえず、意識してやっているんじゃないだろうかと私は懐疑の目を向ける。
「あ、そうだ! じゃあ、こうしよう! 僕が何者なのかを当ててみてよ? もしも当てられたら君の願いを一つ叶えてあげる」
「願い……? 確かに、あなたが何物なのか、私は想像がついてる……けど、ここであなたの本当の名前を言うことはできない」
勿体ぶっているわけでも、先延ばしにしているつもりもなかったのだが、この場でリインⅡの本当の名を明かすことは、今後のことを考えれば得策とは言えないため、私は口篭りながらその申し出を拒否する。
すると、リインⅡはニヤリと笑った。
「なるほど。やっぱり、君にはもう答えが見えているんだね。さすが」
「そういうのはいい。あなたはただ、生き延びたいためだけに私達の前に現れた……そういうこと?」
私の問い掛けに、リインⅡは即座に頷いた。
「それなら、早速交渉を始めよう」
「交渉……なにそれ? 僕はこれ以上、君達になにかするつもりはないけど?」
私は構うことなく話を進める。
「こっちにはある。まず質問だけど、エゾヒに埋め込まれた魔蒔化の種を取り除くことで、あなたの支配から開放することは可能?」
「できるよ。というか、もうほとんどそれに近いんだけど」
「どういうこと?」
「それは本人から聞いてみたら?」
促されるようにエゾヒの方を振り向き、横たわる巨体に視線を送ると、横たわったエゾヒは重い瞼を開き、こちらに視線を合わせた。
『……お主達シャイニー・レムリィとの度重なる戦闘によって、我の肉体は既に限界を迎えていた。そして、力を求めた我は魔蒔化に手を染め、あのような結果を招いた。ふと山の中で目を覚ました我は、元の野生へと帰り、そしてただ生きるためだけに時を過ごした。だが、最近になって胸騒ぎのようなものを感じ始めた。我はそれが死の予兆だと悟った』
(妙に何かありげな村の長老みたいな喋り方するなー……。熊なのに……)
野生動物は自分の死期を悟って、一人隠れて死ぬことが多いと言われているが、実際のところは衰弱した自分を守るために外敵の少ない場所に隠れ、そのまま餌も取れずに衰弱死してしまう、という説が有力だったりする。
エゾヒもその例に漏れず、自らの死期を悟ったのだと考えれば納得は出来るものの、果たして胸騒ぎのようなものが果たして本当に死の予兆だったのかという点が、私はどうにも引っ掛かっていた。
『そして、自分の終わりを悟ったとき、我はこう思った。お主達シャイニー・レムリィと本当の決着を付けたいと』
「……どうしてそうなった」
5年前の明日火での戦いは、動けないエゾヒを全力の必殺技で集中砲火を浴びせ、私たちシャイニー・レムリィがエゾヒを浄化することで事態は収束した……という結末で終わっていた。
よくよく考えてみれば、エゾヒは次の形態へと変身する途中だったわけだが、変身中に攻撃なんかされようものなら、さすがの私でもキレるだろうし、正義のヒロインを名乗る身としては卑劣極まりない行動であると自省しており、私自身も蟠りのようなものを抱えていた。
しかしながら、老いぼれて死にそうだから死ぬ前に私たちと一戦交えたいだなんて、どういう思考回路をしているのだと私は心の中でツッコミを入れ、その言葉が思い余って口から零れ出た。
「エゾヒ君は君たちとの決着を望んでいたし、僕としても一刻も早く彼の肉体から抜け出して、新しい宿主を探す必要があった。そこで最適だったのが、エゾヒ君の再戦希望相手でもあり、豊富な魔力を有する君達だったわけだ」
宿主の死は自身の死を意味するため、リインⅡは生きるために自ら動かざるを得ず、また、最初から別の宿主へと移ることが目的であったため、死を間近に控えた肉体に留まる理由もなければ、エゾヒを切り捨てることさえ規定路線だった――そう考えれば、これまでのリインⅡの行動理由には合点がいった。
「じゃあ、もう一つ。エゾヒと同じように、リインの肉体もあなたの支配から解放することは可能?」
「……結構ワガママだね」
「そんなこと、前から知ってるでしょ」
「まあね。でも、それは無茶な相談だ。言ったよね? 僕は新しい肉体が必要だったって。僕はもうこの体を宿主にしてしまったし、エゾヒ君の体もガタが来てるから戻れない。つまりそれは、僕に死ねって言ってるのと同じだ。いくらなんでも、僕はその望みを叶えることはできない」
新しい宿主を探すために遥々ここまでやって来て、ようやく手に入れた新しい体を、そう易々と手放すわけもないことは私も承知していた――だからこそ、私は“交渉”という言葉を使用した。
「私は最初に“交渉”って言ったでしょ? はじめから、あなたに叶えてもらおうなんて思ってない」
「それじゃあ、君が僕に何かしてくれるってこと?」
私は小さく頷く。
「私の体をあげるから、リインを返して」
場が凍りつくというべきか、一発ギャグが滑ったときと似た空気を、その瞬間の私は肌で感じとっていた。
「あははは! やっぱり、君たちは面白いや!」
こちらとしては大真面目に言ったことだというのに、オーディエンスの一人にはツボったようだった。
「春希さん……っ!? それはダメですの……っ!?」
堪らずといった様子で、ずっと沈黙を貫いていた芽衣が口を開いた。
「芽衣。口を出さないって約束でしょ」
「それだけは絶対に……! 誰がなんと言おうと許しませんの……!!」
普段からは想像もできないほどの、すごい量の怒りの胞子が芽衣から発生しており、かなりお怒りの様子であることが一目で窺えた。
「でも、こうするしか方法が無いなら、私は迷わずそれを選ぶ。それが――」
「そんなこと、雨さんだって望んでいませんの……!!」
「……っ!?」
雨に直接そう言われたような錯覚を覚え、私は驚きを隠せないほどに動揺して、口篭る。
芽衣は先程の一件のように、私の安否を第一に考えて発言するものとばかり思っていたのだが、今度は私の身を案じての発言ではなく、雨の気持ちを代弁するようにそう言っていた。
その言動は、先ほどまでの芽衣とは明らかに違っていた。
「そう……かもしれない。あーちゃんはそんなこと望まない。そんなことをすれば、今度こそ絶交どころじゃ済まないかも。でも、だからこそ意味がある」
「意味……?」
「盛り上がってるところ何なんだけど、それは無理」
会話を遮るように、リインⅡが異論を唱える。
「……どうして?」
「残念だけど、僕にも事情があるんだ」
「そう……わかった。じゃあ、これならどう?」
これほどの好条件を出そうと、リインⅡはその条件を飲まない……というよりも、飲めないと考えたほうが妥当――それであればと、リインⅡの真正面に立った私は、まずはエゾヒを指差し、そして続けるようにリインⅡを指差した。
「エゾヒかリインのうちどちらかを、あなたの支配から開放して欲しい。そうしたら、残った方はあなたの好きにすれば良い」
「春希さん!?」
「……どっちかで本当に良いの?」
「ああ。選択はあなたに任せる」
「ふ~ん? それじゃあ……」
リインⅡが右腕を大きく振り上げた直後、エゾヒの背中から生えていた枝が枯れはじめ、見る見るうちに朽ち果てた。
「これで良い? 僕は約束通り、この体を好きにさせてもらうよ」
「わかった。それじゃ――」
私は足早にリインⅡの眼前まで詰め寄る。
「な……何……? ぐぅあぁ……!?」
リインⅡの喉を右手で掴み、そのまま地面へと押し倒す。
そのまま馬乗りになりながら喉元に腕を押し当て、全体重をそこに乗せると、リインⅡの体は押し込まれるように泥へと埋ってゆく。
「ま、ざが……!? だました……のか!?」
「騙してない。私は好きにしても良いとは言ったけど、“見逃がしてやる”とも“何もしない”とも言ってない」
「ぐっ……っ!?」
「あなたがこれ以上増殖するのを止めるためには、この方法しか思いつかなかったから」
リインⅡはもがくように暴れるものの、泥に半分埋まりながら上体を押し付けられているという状況では思うように動けないようだった。
「春希さんっ!?」
「来ないでっ!!」
芽衣が真剣な眼差しをこちらに送っているのが視界に入り、私は首を横に振る。
「……お願い」
「ぎみは……ぼ、くが選んだほう、を……コロす気だったって、い゛うの!?」
「少し違う。あなたがリインを選ぶのは、最初から判ってた」
私は選択を与えるフリをしていたに過ぎず、リインⅡはエゾヒを切り捨てるつもりだったのだから、当然そうすることはわかっていた。
そして、“交渉”という言葉を使って譲歩するように立ち振る舞いながら、相手に何の得もない状況からエゾヒを解放させることに成功したのだから、褒めてくれてもよい功績だと、私は内心で自画自賛する。
「エゾヒの中で数年間眠っていたということは、その間、あなたは理由があって別の宿主に移ることが出来なかった。野生動物なら他にも居るだろうし、宿主を変える機会ならたくさんあったはず……だけど、そうしなかった。だとすれば、理由は一つしかない。さっきみたいに種を作ることが出来なかったから……つまり、次の宿主に移るためにはたくさんの栄養が必要不可欠」
まず、魔蒔化の種の栄養は、魔力であると私は仮定した。
魔力は全ての生物に宿っているものとされているが、普通の生物が持っている魔力は僅かであり、他者の魔力をかき集めたとしても、魔蒔化の種を発芽させる程の量はすぐには集まらなかった……それが、宿主を変えることが出来なかった理由であると、私は仮説を立てた。
魔蒔化の種は時間を掛けながら、ゆっくりと魔力を集めていたのだろうが、発芽するための魔力が集まる前に宿主であるエゾヒが死を間近に控えてしまい、生き残るために自ら動くことを余儀なくされ、それまでに収集した魔力を使用することで、エゾヒを私達の町へと転送し、怒りという感情をエゾヒに植えつけておくことで、次の宿主となる最適な肉体――つまり、多くの魔力を保有する私たちシャイニー・レムリィをエゾヒに探させることにした。
そして、リインⅡの中の人物であればそれが可能であるということも、私は理解していた。
「今さっきリインの体に移ったばかりのあなたには、それだけの栄養は残されていない。エゾヒを切り捨てようとしたのも、既に乗り移るだけの栄養がなく、自分自身が追い込まれていたから。私の体を差し出すという好条件の提案も受けなかったのもそれが理由」
はじめから追い込まれた状況にあったリインⅡは、エゾヒを隠れ蓑にしながら私たちを捜し出すことに成功し、エゾヒと私たちを戦わせながら魔力を吸収しつつ、私たちのうちの誰かを乗っ取るために息を潜め、隙を窺っていた。
「あとは片方の肉体をあなたの支配から開放すれば、すぐに次の体に乗り移ることは出来なくなる。そうなれば、選ばれた方の体を消してしまえば、これ以上の増殖は防げる」
「しょうき、か……? い゛い゛の!? ごのからだ、キミのナカマ、だろ!?」
「あーちゃんならきっと許してくれる」
私はニヤリと笑いながら、ボソリと呟き、そのままさらに体重を乗せてゆく。
「や゛……や゛め……」
雲間から夕日が差し込み、私の影がリインⅡを覆った。
私はその時が訪れたことを悟り、その首元から腕を離した。
「げ、ごほっ……! なん、で……?」
「必要がなくなったから」




