第8話 魔法少女は失意の先で。(5)
◆4月7日 午後4時49分◆
「それは……どういう意味?」
『雌雄は決した……我の負けだ。早く我を殺せ。これ以上は手遅れになる』
蔦で縛り上げただけだというのに、エゾヒは先ほどまでとはまるで別人……というよりも別熊のようになり、先ほどまでのように暴走している兆候すらみられず、私とこうしてまともな会話が出来るくらい正常な状態だと言えた。
しかしながら、その発言は私の理解できるものではなかったため、私は問い返す。
「とりま落ち着いて……言ってる意味がわからない。魔蒔化の状態が進行していて正気をこれ以上保てない……だから、正気を保っている間に殺せ……あなたはそう言いたいの?」
『違う……。奴が再び動き出したのだ……。このまま放っておけば、取り返しのつかないことになる』
「……やつ?」
『お主の目の前にあるそれだ』
そう言われて前に向き直ると、私の目前にはエゾヒの大きな背からニョッキリと生えている枝しか見当たらなかった。
「まさか……枝のこと……?」
わざわざエゾヒを復活させ、近くの町に転送したうえで、怒りの発生源となる“枝”を植え付けた何者かが存在しており、その目的が私たちシャイニー・レムリィを倒すことであると仮定すると、私たちが倒される様をそいつが見たくないわけがないと考えられ、近くで私たちを監視している可能性が高い――私はそんなふうに考えていたのだが、その一方で、その可能性はないだろうと、最初から排除しているもう一つの可能性も存在していた。
それはエゾヒの背に生えている“枝”は最初から“種”という形でエゾヒの中に存在しており、その“種”が発芽して“枝”が生えたという可能性だった。
「……怒りの胞子。……魔蒔化の副作用。……もうひとつの“自我”」
その瞬間、絡まりきった疑問の糸が解けるように一本の糸となり、少しずつ積み上げてきた石が豪快に崩されたような衝撃を受け、私は空を仰ぐ。
「魔蒔化は自我を崩壊させる副作用があるものでも、単に肉体を強化させるものでもなかった……。そう考えると、全部の辻褄が合う……」
魔蒔化は一時的な能力強化はあるものの、使用者の自我と命を奪うという副作用を持っている――そんなものが役に立つ状況といえば、使用者を豊富に用意することが出来つつ、それを使い捨てることができる環境なのだろうが、幹部しか利用出来ない秘術となればそう易々とは使えないし、幹部クラスの重要な駒を失うことになるためデメリットも大きい。
後々は汎用化され、ただのアクウ魔も使えるようにするという話であれば多少なりとも納得することはできるものの、それであればアクウ魔たちで実験を行うのが合理的な方法である――つまり、魔蒔化という秘術には大きな矛盾が存在していたことになる。
だが、もしも副作用とされていたその効果が、本来望むべき作用であって、幹部に使う必要があるものだとしたらと、私は考え方を変えてみた。
「種は恐らく、明日火の災害が起こったあの日からエゾヒの中に存在していた……。もしも、種が自我を持っていたとしたのなら、種は発芽寸前というところでシャイニー・レムリィによって阻害され、五年もの長い間、怒りと恨みを募らせながらエゾヒの中に居座り、復讐の機会を窺いながら、ずっとこの場に居たことになる……」
エゾヒの背からゆっくり降り、その正面へと回り込む。
「別の誰かの意思を“種”という形にし、それを強い肉体に植え付ける――言ってみれば転生術……それが魔蒔化の正体……そういうことなんでしょ?」
アクウ魔たちは、器となる肉体に凶魔の種を埋め込むことで、肉体と精神を強化された存在――つまり、自我は器の中に元々あった動物たちのものであったため、人への恨みや敵意があったり、凶暴だったりする動物がアクウ魔の器として選ばれていたそうなのだが、それらは総じて知性が低くて扱いづらいため、エゾヒのように幹部になれるような知性の高い個体は稀だった。
しかし、高い知性を持っているが故に“自我”が強いため、感情的になりやすかったり、命令に背くほど個性が強かったりと、幹部にはクセの強い面々が顔を揃えていたことも踏まえると、肉体を強化することは簡単に出来ても、“自我”を持っているが故に制御が利かず扱い辛い――つまり、その器に元々存在する“自我”は邪魔で不要なものだった。
そこまできて私が思い当たることはただひとつ――魔蒔化の種を植えつけることによって使用者の精神を破壊し、自我を崩壊させ、肉体という空っぽの器を作り出し、“種”の中に潜ませていた自我がその器を乗っ取る……それが魔蒔化という秘術であり、“強い肉体”と“高い知性”を持った最強の存在を生み出すシステムなのだろう。
しかしながら、このシステムの本当に恐ろしいところは、その先にあると考えられた。
「種は他人に寄生してその肉体を奪い、やがて成長して木になって種を作り、その種が再び他人に寄生する。それを繰り返すことで、結果的には不死身を実現できる……。ここからは仮説だけど、その木は複数の種を生み出し、自分を無数に増やすことが出来る……つまり、自分と同じ意志を持ったコピーを無限に作れる……。“魔”を“蒔く”とはよく言ったもんだ……」
『大よそはお主の推察通りであろう。先刻まで、我は理解してはいなかったのだが、今となってはそれが理解できる。お主が先ほど我の背中に投げつけた瓶。思えば、その時から異変が始まっていた。そして、お主の攻撃を背で受けた時から奴は我の中で急激に成長を始め、ものの数秒で我の意識を奪うまでに至った』
「異変……? 急激に成長……?」
私が先日、エゾヒの背中に投げつけたポーションと、先程エゾヒの背中にお見舞いしたシャイニーライトキックがきっかけとなった理由を考えたとき、私はナツヅタの一件を思い出し、その理由を俄かに悟った。
「あー……なるほどね……。“無知が罪”って、ソクラテスはいい事を言うな……」
雨がさらわれる直前に聖水と間違えて投げつけたポーションは、エゾヒの背に埋まっていた種に栄養を与え、そして先ほど背中にお見舞いしたシャイニーライトキックが、強力な光を浴びせ、偶然ながらも種を急成長させてしまった――つまり私は、戦いながら種の成長を手助けし、状況を悪化させていたということになる。
「でも、それならなんであなたは意識が戻っているの?」
『それについては、お主に伝えておかなければいけないことが一つある』
勿体つけるように微妙な間をおいてから、エゾヒは答えた。
『種は既に一つ落ちている』
「な……!?」
『そして、それは今――』
「……ちょっと待ったぁ!! その先は言わないでっ!!」
心の準備が出来ていないという理由もあるにはあったものの、私が抱いていた違和感の理由にすぐさま納得し、答えに辿り着いてしまった自分が居た。
だからこそ、私は敢えてそれがどこにあるのかを聞かなかった――というよりも、その事実を認めたくなかったため、聞きたくなかったというほうが正しかった。
ようするに、生まれ落ちたであろう新しい種の所在に、私は心当たりがあった。
『種が落ちてから、我の意識への支配は弱まった。だが、奴は未だ我の中で眠っている』
「休眠期間……」
『我を殺し、生まれ落ちた種を葬らなければ、奴は無限に増殖を繰り返し、やがてこの世界を食らい尽くすだろう。故に――』
私はエゾヒの言葉を遮るように口を開く。
「それでも。私はあなたを殺すつもりはない」
『そこまで理解しているというのに、何故だ?』
「敵であっても関係ない。だって、それはあなたを殺して良い理由にはならない。魔法少女だから何をしても良いってわけじゃない」
私とてホモ・サピエンスの端くれであるため、お腹は当然空くし、菜食主義者でもないので動物の肉も平気で食べるのだが、食事のたびにその動物のことを哀れんだり、悼んだりすることは経験上殆ど無かった。
偽善と言われればそこまでかもしれないが、私は“誰かを生かすために殺す”ことはあっても、“殺されないために殺す”ようなことだけはしまいと、心に決めていた。
なぜならば、その信念を曲げてしまったとき、私が魔法少女としてやってきたことを全否定してしまうような気がしていたからだった。
「だから、私がなんとかしてみせる」
今の私では、エゾヒを救う方法どころか、種の増殖を止めることすら難しいが、もしも私の仮説が正しい場合、その二つを同時になんとかする可能性が残されていることになる。
その仮説を立証するためにはまず、私が私を否定するしかなかった。
「見えているものが真実とは限らない。聞いて、触ったもの。そして、自分が信じるものだけを信じることが、私に残された最後の手段……。だから、私はこの目を信じない」
◇◇◇
◆4月7日 午後4時56分◆
雨音が紡ぎだす静寂が空間を包みこむ中、私がリインに顔を向けると、リインはおどけるように背を向けた。
「ははは、突然何言い出すかと思えば……。それって頓知か何か?」
「私は至って真面目」
リインは考えるように少しだけ頷く素振りを見せたあと、思いのほか早くに口を割った。
「あー……そーか、そーか。もう、バレてたのか。さすがだわー。実は私は……――」
「それも違う」
「ちょお!? わ、私まだ何も言ってないんだけど!? 否定が早すぎない!?」
「見え透いた嘘なんていい。私が聞きたいのは、リインの格好をして、雨の身体を使って喋っている、あなたが何者なのかってこと」
「……本気で私を疑ってるの?」
「当然。じゃなきゃ、わざわざこんなことしない」
再び、長い静寂が訪れ、その間に先程までの雨の勢いは収まり、霧雨へと変わっていた。
「おっけー。私が私じゃないと思う理由を聞かせて。話はそっからでしょ?」
「いいよ。まずは、さっきあなたが蔦に振りまいたあの小瓶。なんであんな事したの?」
「あれは植物に栄養を与えて成長させるものなんでしょ? あそこで振り撒かなかったら、エゾヒを止められなかったと思うけど?」
「私はあの小瓶がグロース・ライトを封じたものであることを誰にも言っていない。もちろんあなたにも。つまり、あの小瓶にどんな効果があるのかは、私以外は誰も知らない。それなのになんで、あの小瓶の中身が植物に栄養を与えるものだって知ってるの?」
私が根拠を突きつけた途端、リインは目を瞑って俯き、黙ってしまった。
「あーちゃんとは、ここ数年は会話することもなかったから口を滑らせた可能性もゼロ。当然だけど、魔法のことを知らないハーマイオニーがそんなこと知るはずもないし、あーちゃんが知らせるはずも無い。栄養ドリンクみたいなものと皆には言ったけど、植物に詳しいハーマイオニーが、人間の栄養ドリンクを植物に掛けようなんて考えるわけもない。直接浴びた本人だったら、あの小瓶の効果を知っていても不思議ではないけど」
尚も黙したままのリインを余所に、私は話を続ける。
「もう一つは、さっき答えてもらった、『あの猫を一緒に埋めたのはいつだったっけ?』の答え。事情を知らない人間ならまず、なんで猫を埋めたのかを疑問に思うはずだから、普通の回答は『なんで猫を埋めたの?』か『埋めてない』のどちらか。あーちゃんなら事情を知っているだろうけど、きっと『はあ? そんなこと、アンタとするわけないでしょ?』って答えると思う」
「思う……? なんでそんな事が言えるの? 私の気持ちがあんたに判るワケ?」
リインはこれ好機とばかりに目を開き、こちらを睨み付ける。
だが、私もそれに負けじと睨み返す。
「あの時、私は確かに子猫の亡骸を埋めた。けど、一緒に埋めたのはあーちゃんじゃない」
「はは。アンタ、記憶違いしてるわ。私は確かに、アンタと一緒に猫を埋めた。そうじゃなきゃ、アンタの記憶違いでしょ?」
「そう。きっとあれはあーちゃん本人だったんだろう。だけど、あーちゃんはそのことを私には言わない。いや……絶対に言えないと言ったほうが正しい」
雨は私と同じ元・魔法少女である――つまり、私と同じく魔法が使える。
そして、雨の得意とする魔法は、雨粒を利用した幻影魔法だった。
「だって、あの時のあーちゃんは別人を演じていたんだから」




