第8話 魔法少女は失意の先で。(2)
◆4月7日 午後4時45分◆
小学六年生への進級が間近に迫っていた頃、私たちシャイニー・レムリィとダイアクウマたちとの熾烈な戦いは決戦の末に幕を下ろし、その戦いの最中に私は大怪我を負った。
当然ながら、世界を支配しようとしている悪い奴らと戦って怪我を負ったなどと言おうものなら、何かのショックで頭がおかしくなったと精神病院送りにされかねず、ダイアクウマやシャイニー・レムリィの存在を洗いざらい語ったところで誰がそれを信じようものかということで、意識を失っていた私は爆発事故に巻き込まれたという名目で病院へと搬送されることとなった。
やがて、病院のベッドで目を覚ました私を待っていたのは、自由を奪われた生活であり、立って歩くことはもちろん、手や指を動かすことすらも叶わなかった。
その後の医師の診断によると、怪我が直接の原因かどうかは不明だが、脳か神経系に何かしらのダメージを負ったことが要因となって、左半身の自由が利かなくなっているだろうという的を得ない回答であり、要約すると、よく判らないけど左半身だけが動かない半身不随の状態、というものだった。
唐突に入院生活が始まり、当然といったように元の生活に戻ることは絶望的だと医師に告げられた私だったが、諦めの悪い私はリハビリを積極的にこなし、暇な時間をアニメや漫画で有意義に過ごし、怪しまれないように自分の体に魔法を施し、自分に出来る事をこなしながら淡々と日々を繰り返していった。
その努力の甲斐もあってか、身体は奇跡的に完治したうえに後遺症も残らず、負けず嫌いな私は担当医を見返してやることに成功したのだが、無論そんなことのために頑張ったわけではなく、学校生活に復帰するという一心だけで頑張り、再び学校生活を送れることを心の中で大いに喜びながら、来るべきその瞬間が訪れるのを心待ちにしていた。
その時の私は考えもしていなかった……というより、私の歯車はとうの昔に狂っているという現実に気付きながらも、その現実と向き合うことから目を背けていた。
六年生のクラス名簿に私の名は記されていたものの、ほぼ一年間余り学校に足を踏み入れることのなかった私に待っていたのは、上品に着飾った級友たちが去りゆく様を、遠くの席から見送るという苦行だった。
その時はじめて、私の中の時計が一年間遅れているという現実と正面から向き合うことになった。
その日の帰り道、私は母に「どうすれば、また皆と一緒に勉強できるのか」と訊ねてみたものの、母は答えに迷った様子をみせたあと、そのまま私を強く抱きしめた。
後にも先にも、母があんな表情を見せたのは、あの瞬間だけだったと思うが、その時の私は幼心ながらに、それは私がどう足掻いても埋まらない“不可能なこと”だということを悟っていた。
親しかった皆と離れ離れになってしまったことの辛さよりも、悔しさが優り、来る日も来る日も泣き続け、失ったものの重さを改めて知った。
新たな学期を迎えた4月、私が学校に戻ったとき、私の席は確かにそこにあるものの、思い出を共有できる友達も居なければ、私を知る人間も居らず、そこに私の居場所といえるものはなかった。
それからの一年間は、まるで透明人間か空気にでもなったように腫れ物扱いされ、独りで過ごす時間が多くなり、ただただ毎日が苦痛だったことだけを覚えている。
紛うことのない孤独となった私は、家と学校を往復する単調な日々を繰り返し、言葉通り何事もなく小学校を卒業し、あっという間に中学生になった。
しかし、それからも状況は変わらなかった。
私の事情を知る人間は減り、入学してすぐに友達と呼び合える程度の同級生も出来はしたが、その頃から私と周囲との差が目立つようになった。
子供の感覚が抜け切らない平和ボケした周囲と、命を賭して戦場を潜り抜けてきた私との間には、一年間の差よりも精神年齢に大きなズレが生じており、私は心のどこかで「皆子供だな」などと、そんな同級生たちを見下すようになっていた。
心の成長と乖離していくかのように私の身長は成長していなかったが、半年ほど経過したある日、男子生徒が私のことを“チビ”だの“豆粒”だのとバカにする場面に遭遇した。
ネット上で煽られることには慣れていた私も、面と向かって侮辱されることには慣れておらず、そのとき私は、見下している相手に見下されたと感じ、溜め込んでいた憤りを発散するように手を上げ、結果的には彼らを病院送りにすることになった。
謹慎処分を終えた二週間後の私に待っていたのは、畏怖の視線と私への疑念であり、私はまたしても“孤独”となった。
その後、私はなるべくして“半引き篭もり”状態になった。
進級のために必要である場合や気が向いたときにのみ登校し、給食をしっかり食べてから早退し、残りの時間は図書館を回るか散歩するかして自由に過ごし、家に帰ったあとは引き篭もって勉強しながら学力だけは維持するよう努め、無駄がなく合理的な生き方をすることが私の日常となった。
“友達”という要素が排除された結果、周囲の目を気にすることはなくなり、他人に合わせて無理に同調する必要も無くなり、ふとしたきっかけで唐突に離れていく“友達”に落胆して傷つくこともなく、私の生活はこれ以上無いほどに安定し、シンプルになった。
そこで私は、魔法少女になったあの日、選択を間違えたことに気付いた。
“友達”が欲しいなどと望まなければ、魔法少女になることもなかっただろうし、大怪我をして入院することもなく、普通に生活出来ていたかもしれない。
しかし、その代わりというべきか、私は一人でも生きていける心の強さを得て、“友達”などという不確定要素が私に必要がないことが証明された。
綺麗な石を拾い、それをお守りのように肌身離さず持ち歩くあまり無くしてしまうことと同じで、馬鹿みたいに何度も何度も繰り返しては、二度とこんな想いをしないと悔い改めた私は、いつしか石を拾わないことを選ぶようになり、それが当たり前だと思うようになった。
だからこそ、私はもう“友達”を作らない――そう決めていたはずなのに、私は性懲りも無く綺麗な石を拾い、大切にしていたという事実にようやく気付かされた。
「――芽……衣?」
目の前で起きた出来事を否定したい気持ちと、それを否定することができない思考が、シーソーのように私の感情を激しく揺さぶり、私は立ち尽くすように、ただただ影があった場所を見つめていた。
まるで、大切な人からの贈り物を壊してしまった時や、お気に入りのマグカップが割れて砕け散った時のような、言葉にならない喪失感――その言い知れない圧迫感によって、私の心臓は次第に高鳴り、呼吸は荒くなっていった。
(私は本当に……馬鹿だ。やはり、アレを救うなんて甘い考えをするべきじゃなかった……)
雨の中に浮かぶ二つの赤い光がゆらゆらと揺れながら、まっすぐこちらを捉えており、ソレは水溜りを踏みしめる音とともに、着々と近づいていた。
私の中に閉じ込められ、溶岩のように沸き立っていた感情が意志とは関係なく溢れ出し、喪失感は徐々に憎しみへと変わり、それはやがて噴火するかのように怒りへと変貌を遂げ、拳を強く握り締めた私は奥歯を噛み締めながら一歩踏み出す。
しかし、私を制止するかのように、誰かが私の手首を強く掴んだ。
「……待って!」
横目で確認すると、その手の主は青い服を来た魔法少女――リインだった。
私はその制止を無視して一歩先に進もうとするも、リインの腕力がそれを妨げる。
だが、言葉や力だけでは感情までは抑え込むことは出来ないと主張するように、私はそれでもなお進もうとする。
「……離して。私はアイツを許すわけにはいかない」
「待ってください! 春希さん!」
私が掴まれた腕を振り払おうとすると、それを阻む別の声が耳に届き、聞き覚えのあるその声に慌てて振り返ると、後ろにもう一つ人影があることに気が付いた。
私の視界に飛び込んできたのは、いつも通りの小奇麗な格好に身を包み、勇敢にもエゾヒに立ち向かっていったはずの芽衣の姿であり、私は何故ここに居るのかと自分の目を疑うほかなかった。
「あ、あの~……? 春希さん? 大丈夫……ですの?」
私の脳内はブルースクリーンになったパソコンのようにフリーズし、きっと鳩が豆鉄砲くらった時のような顔をしていたに違いなかったが、暫くの思考停止ののちに、私は真っ先に思い当たった言葉を口に出した。
「も、もしかして幽霊……?」
「ゆう……れい……? 私は死んでいませんし、足もちゃんとありますの」
そう言うと、芽衣はスカートをたくし上げ、恥ずかしげも無くスラッと伸びた綺麗な美脚を披露して見せた。
「幽霊じゃない……。でも、さっき……」
先程までエゾヒの近くにいた人物が、私に気付かれずに背後に回り込むには時間的にも物理的にも無理があり、特殊能力で瞬間移動したり、時間を操る能力で時を止めたり、はたまたどこにでも移動出来るドアなんかを利用しない限りは不可能だと考えられた。
(一体、どんなトリックを使った……? まさか、実はそっくりな双子でしたとか……)
その考えに至った瞬間、最近似たような経験をしていたことをふと思い出し、私はすぐさま空を仰ぎ見る。
公園に展開された結界と、その奥に見える夕暮れの空に向けて手を伸ばすと、手の平が降りしきる雨粒によって濡れ、私は手のひらをそっと閉じた。
「なるほど……。となると、自分の目すらも疑わしいわけか……。それなら……」
「……ふぁあ!? ちょ、ちょっと、春希さん!?」
私は芽衣の白い太股から臀部を手探るように触り、そのまま腰へと手の平を滑らせながら上昇させ、やがて胸部に到達する。
「ああっ!? 春希さ、ん……!? そ、そこはダメ、ですの……! ひゃう!?」
真っ白いブラウスの先にあるその実りの重さを確かめるように、下から何度か持ち上げたあと、そのまま一気に鷲掴みにする。
それは手に収まりきらないメロンのような大きさと質量感を主張しつつ、マシュマロのように柔らかくもゼリーのようにハリのある弾力もあり、私は少しばかりその感触を楽しんだ後、躊躇うことなく顔面をそこに押し付けた。
それは間違いなく、学校で抱き締められた時に感じた感触と同じであることを自分の肌で確かめつつ、デンジャラスメロンは伊達じゃないなと改めて悟った。
「……違う。ということはやっぱり……」
何か手掛かりは残っていないものかと周辺に視線を泳がせていると、近くの岩場に不思議な現象が起きていたことに気が付いて、私は目を留める。
「あれって……」
「ちょちょちょ!? 何してるんだ、この変態は!?」
リインは赤面しながら私と芽衣の間に割って入り、私の顔は柔らかクッションから強制的に引き剥がされる形になり、まだ眠いのに枕を取り上げられたような残念な気分になった。
「女同士のスキンシップだから問題ないでしょ……。それに、男のあんたに言われたくない」
「私は男じゃ……」
「わ、私は、んんっ!? はぁ……はぁ……だいじょう……はぁん!? で……すの! あっ……」
「良・く・な・い・の!! い・い・か・ら! はーなーれーろっ!!」
名残惜しみつつ胸から手を離すと、芽衣は顔を紅潮させ、息も絶え絶えですっかり脱力した様子だった。
「……ふぅ。ありがと。お陰で頭がスッキリしたかも」
「お、お役に立てて光栄です……の」
考え事をしているときに柔らかいものを揉むと、手の刺激によって脳が活性化して集中力が増し、ストレスも発散できるという話をどこかで耳にしたことをふと思い出した私は、それを実践してみることにしたのだが、その効果は予想以上で、先ほどまでの憤りや混乱は嘘のようにどこへやらと消えてしまった。
それと同時に、私は重要な情報を得ることにも成功していた。
「まったく! そ、そんなことやってる場合じゃないだろ! エゾヒはもうそこまで……」
残っていた人間性すらも希薄になったのか、エゾヒはいつの間にやら四足歩行に変わり、目と鼻の先にまで迫っていた。
察するに、野生の状態に戻りつつある傾向と言えるのだろうが、それは同時に、後戻りの出来ないところまでエゾヒの状態が進行しているという可能性を示唆しており、残された猶予など僅かもないことを示していた。
「……大丈夫、問題ない。私はもう迷ったりしないから」
「何言ってんの!? 来るよ!?」
私たちを標的に捉えたエゾヒは、突進するかのように強く大地を蹴る。
その瞬間、状況は変化した。
――ボスッ!
エゾヒの足元で、空気が抜けたような破裂音が鳴ったかと思うと、地面が突如として隆起し、次の瞬間には無数の蔓が勢いよく地面から飛び出した。
それは、エゾヒの全身を這い回るように伸びながら四肢に絡みつき、数秒足らずでエゾヒの動きを完全に止めた。
『グワアッ!?』
次々と地面から出現する蔦は意思を持った触手のようにエゾヒの手足を絡めとり、混乱したエゾヒは、いきり立ったかのように大きな唸り声を上げながらもがき苦しむ。
「うわぁ!? 何コレ!? キモっ!」
美少女であればスチル付きのワンシーンになったかもしれないものの、相手は熊であってその需要は皆無であるし、植物が巨大な熊を絡めとるシーンなど、もはやファンタジー世界でしかお目見えすることはないだろう――そんな風に思っていたものだが、まさか自分の目の前でこうして展開されるなどとは私も思っておらず、想像を超えた迫力の光景にドン引きして、引きつった顔がすぐに元に戻ることはなかった。
「自分で蒔いた種とは、まさにこのことだな……」




