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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
レイン・オア・シャイン編
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第6話 魔法少女は信頼で。(4)

 ◆4月7日 午後4時10分◆


 地面に仰向けで倒れたまま、未だエゾヒに動きはなかったため、刺激を与えないよう歩幅を緩めつつ、反撃を警戒しながらゆっくりと後退する。


「お姉ちゃん!」


 イアの瞳は、未だ星を宿したかのようにキラキラと輝いており、その様子はまるで、新しいオモチャを与えられた幼い子供のようだった。


「お姉ちゃんじゃなくて、レ・ム・な」


 魔法少女というものは、変身している間に本名で呼び合うのはご法度というのが暗黙のルールになっているのだが、その理由としては、単純に正体や関係性がバレるのはマズいし、本名で呼び合っていたら敵に素性がバレてしまうので至極当然とも言える。

 しかしながら、実際にその立場になってみると、この認識が少しばかり違うことに気付かされることになる。

 例えるのなら、住んでいる地方によって同じものの呼び方が違ったりするように、単純に見た目が違いすぎるから本名で呼ぶことに違和感を覚えてしまう――所謂(いわゆる)、コレジャナイ感を覚えてしまうのが一番の理由であり、普段は普通の服装で地味な黒髪である人間が、変身した途端にキラキラな衣装に身を包んだビビッドな髪の色の人間になるというのだから、本名を呼ぶことに自然と抵抗を覚えてしまうのは致し方ないことだった。

 それ故に、変身前と変身後は互いが違う人間であると割り切り、魔法少女モードとプライベートモードを住み分けることで自分を納得させるというのが、この業界の処世術だった。


「なんか、どこまでも走っていけそうな気がするよー! お姉ちゃん!」

「レ・ム・な」

(しかし、まさかポーションの効果がこれほどとは思ってもみなかったな……)


 ポーションは超強力なエナジードリンクみたいなもので、一時的にではあるが人間の身体機能を何倍にも引き上げる効果があるのだが、その分、効果が切れたあとの反動は筆舌に尽くしがたいものがあるのだが、そんな危険な飲み物の説明を、飲ませた張本人が出来るはずも無いため、私は適当に誤魔化すことにした。


「……きっと、ゾーンとかランナーズハイとか、そんな感じのに入ったんだろう」

「あ!? それなんか聞いた事ある!! 今の私、もしかしてスゴイ!?」


 ゾーンかどうかはさておき、ポーションで反射神経や動体視力が強化されていた私の目でも捉えることができなかったあのドロップキックは、私も度肝を抜かれるほど驚かされ、妹の可能性について再認識することとなったと同時に、陸上部エースのスピードをポーションで底上げするとどうなるのかというポーションの危険性をも垣間見る結果となった。

 それはそれとして、未来有望な妹を姉としてこれ以上危険に晒すわけにはいかず、私は断腸の思いで、お気楽思考なその脳天にチョップを入れた。


「いたぁ!? お姉ちゃん、イキナリなにー……?」

「だから、レ・ム! 調子に乗るとすぐに周りが見えなくなるんだから、調子に乗らない!」

「お姉ちゃんだってさっきー……」

「それはそれ。これはこれ。映画撮影なんだから、怪我するような危ない真似はしないで。勝手なことされると、皆に迷惑を掛けることになる」

「う~……。ごめんなさい……。レム……さん」

「わかったなら良い」


 一つ間違えば大惨事に繋がっていたかもしれないため、私は姉として妹を叱らなければならなかったのだが、一時の怒りに任せて飛び出し、先刻芽衣にお叱りを受けたのは誰だったのか、ということに関して、私はひとまず棚の上に上げた。


『一度や二度ならず、三度までも……』

「……っ!」


 エゾヒが片膝をつきながら、のっそりと立ちあがる様子を視界に捉え、私はすかさず身構える。


「……アイツが立ち上がる前に、もう少し距離をとって。たぶん、イアのことを狙ってくるだろうから、あとはひたすら逃げ回って」

「りょーかいです! 上官どの!!」

「レ・ム……って、もういいや……」

(魔法少女モノの映画撮影中……のはずなんだけど、コメディ映画か何かだと勘違いしてないか……? まあ、良い仕事をしてくれたから、今回は大目に見るけど……)

『先ほどの攻撃は効いたぞ……シャイニー・イア。流石、野生の力を有しているだけのことはある。それではまず、お主から相手をしてもらうとしようか?』


 案の定、イアのドロップキックのおかげで、エゾヒの攻撃対象は完全にイアへと向けられる結果となった――それ即ち、私からエゾヒの意識がそれることを意味し、()いては、雨の救出が現実性を帯びてくることを意味している。


「え、えっと……? それじゃ、かかってきなさーい!!」

『ゆくぞ』


 ――シュン!!


 低い掛け声とともに、エゾヒはすぐさま跳躍すると、まるで噴石が宙を飛んでくるかのように、一気にイアとの距離を詰めた。

 すぐにエゾヒとイアの攻防が始まったものの、不思議と私には先ほど感じた焦燥感や危機感は微塵も無かった。

 なぜなら、イアは私が指示した通り一定の距離を保つよう堅実に立ち振る舞い、私が思っていたよりも何倍も優秀な動きを見せていたからだった。


「うわっ!? ななな、何あの人のジャンプ力!? 体操選手か陸上選手並みじゃ!?」

「たぶん、それ以上。イアはそのままアイツをひきつけて。リインもそんなところで突っ立ってないで、イアが危なそうなら牽制して。フリだけでもいいから」

「りょーかい!」

「ぜ、ぜんしょします……の!」


 イアはバックステップとサイドステップで上手に敵を惹きつけながら、順調にエゾヒと雨の距離を上手に開けていた。

 私はその間に気配を消しながら素早く移動し、物陰に隠れつつ雨との距離を確実に詰めてゆく。

 エゾヒとの距離は15メートルといったところで横目で確認すると、イアはものすごいスピードでエゾヒを翻弄し、確実に攻撃をかわしている。


(あの様子なら、しばらくは心配いらないな)


 エゾヒがこちらの行動に気がついている様子は一切なかったため、勘付かれる前に雨を解放するのが安全で確実な策であろうと、私は1分ばかりの時間を費やしながら、闇の輪で胴体を縛り付けられた雨の元へと辿り着いた。


「……調子はどう?」

「これが良さそうに見えんの? おかげさまで最悪なんですけど!?」

「闇の輪か……」


 ポーションを飲んだ今の私なら、雨を担いで連れて行くことも可能なのだろうが、如何せんそれは目立ってしまうし、なによりその間は私自身が無防備になってしまうというリスクが生じてしまうため得策ではなかった。

 イアが注意を引き付けている時間にも限界はあるし、この時間でさえ妹を危険に晒していることに変わりは無かったため、私はこの場で闇の輪を解除することを決め、すぐさま作業に取り掛かった。


「ねえねえ、あれって夏那ちゃんだよね? 大したもんじゃない? あの動きは中々素人には出来ないわ」

「うちの妹は私と違って出来が良いし。言っておくけど、嫁にはやらんよ」

「私にそっちの気はない。あ。でも料理ができる素直な妹って良いかもな……やっぱり頂戴♪」

「あげんわ!」


 闇の輪を解くためには、聖水三つくらいは必要そうだったため、ポーチの中にある聖水三つをまとめて取り出し、それらを輪の部分に丹念に掛けてゆく――すると、みるみるうちに闇の輪の太さが縮んでいった。


「ねえ……さっきから気になってるんだけどさ……。私の衣装を着てるあの子は一体誰よ? 私の代役なら突っ立ってないでもっと動けって文句を……! じゃなくて……なんかあの顔、見覚えあるような気がするんだけど? ぶっちゃけ誰なん?」

「ハーマイオニーちゃんのこと? あーちゃんのほうが詳しいんじゃない?」

「はぁ? ハーマイオニー……? 誰、ソレ? 知らない」

「よし、これで――」

『――春希さん!?』

『――お姉ちゃん!?』


 程なくして、雨を束縛していた闇の輪が解かれた直後、芽衣と夏那の声がインカムから同時に聞こえた。


『油断も隙も無い』


 背を押すかのような強烈な風圧が突如として襲い、遅れるように気配と殺気を私は感知した。

 振り返りざまに視界に映りこんだ巨躯は、腕を振り上げており、既に攻撃モーションに入っていた。


(――しまった! 気をとられた!?)

『ゴチャゴチャと隠れて何かしているかと思えば、小賢しい真似をしてくれる』


 ――ブオン!!


 強烈な風圧が襲ったと思ったその直後――気付けば私の体は宙に浮いていた。


「……っ!」

「チー!!」


 私の体は雨のタックルによって大きく突き飛ばされ、地面を二回ほど転がったあと、地面にうつ伏せの状態になったところで勢いを止めた。

 突然の痛みを堪えながら顔を上げると、先ほどまで私が居たであろう周囲一帯が、まるで大きな爆発が起こり、地面が抉られたかのように吹き飛ばされており、宙に飛散していたであろう土や石が土石流のように降り注ぎ、それらが全て振り終えるまで5秒という時間を要した。

 その直後、私の目に飛び込んできたのは、それらの土砂を被って地面に倒れ伏した雨の姿だった。


「あ……あーちゃ……ん……?」


 雨は生身の人間であり、私や他の二人のようにポーションで身体能力を強化しているわけでもない――そんな状態でエゾヒの攻撃をまともに受けたのであれば、当然ながらタダで済むとは考えられない。


「あーちゃん!? あーちゃん!! あーちゃん!?」

(まずい……まずいまずいまずい……! 早く……! 早く助けないと!?)


 自分の拳を見つめながら、何やら考えているような素振りを見せているエゾヒを横目に、私は雨に向かって大声で呼び掛ける――しかし、いつものように気丈な返事が返ってくることは無かった。

 雨を連れてこの場を離脱するのであれば、エゾヒの気が逸れている今が好機だったのだが、その思考に反し、私の体はピクリとも動いてはくれず、雨に駆け寄るどころか立ち上がることさえもままならなかった。


(どうして!? これじゃ、この前と一緒じゃないか!? また私は雨に助けられて、私は雨を助けられない! 雨を助けるためだけにずっと考えて、失敗しないようにこんなに準備もしてきたのに! 私は一体何をしていたんだ!?)

『……お願いします』


 インカムから何かが聞こえたその直後、目の前の視界が一瞬にして白に染まった。

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