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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
ライジング・サン編
178/183

最終話 魔法少女はそのままで。(1)

 ◆6月20日 午後7時38分◆


『グアァアアーー……ッ!!』


 苦悶に満ち満ちた唸り声を響かせ、体のほぼ半分が石と成り果てたニュクスは大きな地鳴り音とともに地面に倒れ伏す。

 それを好機と見た一つの人影が、まるで川の浮石を飛び移るかのような軽快なステップで、倒れた巨体を一気に駆け上がった。

「よっと」

 すると、ニュクスは体勢を崩しながらも、自らを踏みつけにする不届き者を睨みつけ、左腕に生える蛇の眼光を赤く光らせる。

「させない」

 二者の間に滑り込むように現れた鏡が、直後に照射された全ての光線を反射し、その光は因果応報を体現するが如く蛇たち自身を貫くと、それらはものの数秒と待たずに蛇の彫像と成り果てた。

「サンキュー、雹果」

 それを遠巻きに眺めていた功労者は、どこか自慢げに鼻を鳴らした。

「えっへん」

「……調子に乗らないで。まだ戦いは終わっていませんよ」

 自慢げに胸を張る妹に対して姉が横槍を入れると、妹は機嫌を損ねたことを主張するように頬を膨らませた。

「ここにきても姉妹喧嘩って、ほんと飽きないねー……」

「飽きるとか飽きないとかでは……っ!」

「あー、はいはい……。まあ、これで終いだからあとはお好きに」

 水刃を高々と振り上げ、それを一気に振り下ろすと、その太刀筋がニュクスの左腕をスルリと通過し、腕は数秒遅れて地面に落下した。

 そして、地面に衝突すると同時に蛇の彫像は砕け散り、乾いた音が空間内に虚しく鳴り響いた。





 ◆6月20日 午後7時39分◆


 ――パリィーン……!!


 その音が鳴り響き、私は闘いに終止符が打たれたことを確信し、口を開く。

「さて、と。向こうは決着がついたみたいだけど……どうする?」

 私がその提案を投げかけると、イクスは私の眼前まで伸ばされたその足をピタリと止め、片眼鏡(モノクル)を掛け直しながら速やかに引っ込めた。

「……なるほど」


 イクスから繰り出される攻撃を数ミリ単位で避け、相手に有効であるはずの時間の欠落(タイムラプス)さえも自ら封印し、加えて私からは一切攻撃をせずにいたというのに、イクスは私に攻撃を当てるどころか、肌を掠めることすら一度も成し得ていなかった。

 一時間ほど前まで皆が苦戦を強いられていたイクスですら、攻守を逆転させてしまうほどに力の差がついてしまっていた。

 その理由は間違いなく、“ラプラスの瞳”を私が完全に会得したことなのだろうと考えられた。


「もう理解しているんでしょ?これ以上やっても無駄だって」

 幾許(いくばく)かの沈黙のあと、イクスは重い口を開いた。

「認めるのは不服ではありますが、どうやら敗北を認めざるをえないようですね」

 意外すぎるほどにあっさり負けを認めたことを不審に思っていると、イクスは足元に転がっていたニュクスの右腕をひょいっと拾い上げる。

「やけにあっさりしてるな……。本当にそう思ってる?」

 見た目だけで言えば、好戦的だった先ほどまでとは雰囲気がガラリと変わっていると言えるものの、負けを認めざるをえないと口先で言われたところで、散々騙されてきた身としてはその言葉を信用出来るはずもなく、私は先ほどの二の舞になるまいとイクスの行動をつぶさに注視しながら眉を潜める。

「よもや、このような結末を迎えるとは考えもしませんでした。ライアやディオフが敗北し、私自身も魔眼の力も失い、私の最高傑作であるニュクスまでもが倒された……。もはや完全敗北としか表現のしようがありません」

 まるで大事なものを愛でるようにニュクスの腕を眺めるその様子は、どこか哀愁を漂わせていた。

「……それでしたら、ここであなたを拘束させていただきますわ。あなたがこれまで行ってきた人命を玩ぶ所業は、決して許されることではありません。然るべき対応を取らせていただきます」

 討伐任務を終えた祈莉がイクスに告げると、イクスは何故か不敵な笑みを浮かべた。

「人命を玩ぶ……ですか。どうやってそれを証明するおつもりなのでしょう?私を法で裁くことなど出来はしない……。それは貴女方もご存知なのではありませんか?」

 ケートスを消そうとしたことや、吸血鬼を虐殺するような行為、S-Reaper(スリーパー)による精神移植や、イクシスのような精神複製体(コピー)が非人道的に造られていたこと諸々を公表したところで、今の世の中では冗談や空想、フェイクニュースだと言われて流されてしまうこと請け合いだろう。

 当然ながら、そんな突拍子もない話に適応される法があるわけもないし、仮にそれがあったとしてもその証明は容易ではない。

 ようするに、人の定めた法では異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)の行ってきたことを罪とすることは出来ず、裁くことなど到底できるはずはなかった。

「……もちろん、承知していますわ。ですが、法で裁けずとも、犯した罪を後悔していただく方法はいくらでもありますわ♪」

「これはこれは……。目には目をというわけですか……。私にどんな処遇が待っているのか、少しばかり興味はありますね。ですが――」

 ニュクスの腕を逆手に構え直し、イクスはそれを強く握る。

 すると、その前腕部から鋭い刃が展開した。

 私がその行動の意味を考える間すら与えることなく、イクスはその刃を迷うことなく自らの腹部へと突き刺した。

「――っ!?何をっ……!?」

「せせせ、切腹ーーッ!?」

 一瞬の出来事に、帰還して早々に雨は目を背け、私は声を失った。

「理想を……実現出来ないのであれば……私が生き続ける意味は……ありません……」

 イクスが顔を上げると、自分の血しぶきを浴びたのか、右目から血を流したように顔の半分が赤く染まり、その顔を苦痛に歪みながらも、私たちに鋭い眼光を向けていた。

 不思議とその表情からは、最後まで自分の意志を貫こうとする固い意志のようなものを感じた。

「はあ……はあ……」

 イクスは体を引き摺るようにしながらふらふらと歩き、動かなくなったニュクスに向かって歩き出す。

「私のニュクス……これで私は……」

 イクスがニュクスの元に辿り着くまで、誰一人としてその行動を止めるようなことはしなかった。

 恐らく皆、自ら死を選び、我が子のように育て上げたニュクスを慈しむイクスの様子に、哀れみの念を抱いていたのだと思う。

 しかし、私一人だけはそういった感情とは違うものを抱いていた。

「私の肉体はここで滅ぶでしょう……。ですが、私の意志は……受け継がれる……」

「……っ!!」

 ()()()()()()()が走馬灯のように過ぎり、私は一気に膨れ上がった憤りを止められず、声を荒げる。

「勝手なことを……言うな……っ!追い込まれて……負けたからって……お前が苦しめた人たちに謝りもせず、自ら死を選ぶなんて……!そんな結末、私は絶対に認めない……!!ラプラスがどんな想いでここまで来たのか……!!お前が犯した罪は、お前が知っているよりも……――」

 言葉に端々を詰まらせながらも、イクスに詰め寄ろうと私は一歩踏み出す。

 しかし、それを阻止するように天草雪白は私の肩を掴む。

「貴方は一時の怒りに任せ、その手を血で汚すのですか?それとも、罪を償わせるためにあの人の命を救うつもりなのですか?それは貴方が考え抜いた末の結論なのですか?」


 天草雪白の言葉に、私は戸惑った。

 このまま放っておけば、イクスは恐らく死を辿ることになる。

 だが、あの程度の怪我であれば、まだ救える可能性は残されている。

 かといって、ここでイクスを生かすような真似をすれば、過去の私が変えようとした想いを蔑ろにした上、ようやく回避出来たはずの破滅の未来を辿ってしまう危険性すら出てくる。

 では、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「冷静になってください。貴方が考え、その末に選んだことであるなら、私は貴方を止めるつもりはありません。ですが、少なくとも冷静さを欠いた今の貴方は何もするべきではありません。軽はずみな行動や感情的な行動は、確実に貴方から大切なものを奪う結果に繋がる。普段の貴方であれば、そのことを理解して行動しているはずです」

 私は諭されているうちに、今の私ではない私に掛けられたその言葉を思い出した。

「正しくあろうとすることが……正しいとは限らない……」

「自然の流れに身を任せることが、良い結果を招くこともある。だけど、どんなときも諦めず、全力で抗ってきたからこそ、今のチーはここに居る。それを忘れちゃダメだ」

 私の背を軽く叩きながら、雨は私に笑顔を向けた。

「天草先輩……。あーちゃん……」

 私は息を飲み込むように喉を鳴らし、二人に向かって大きく頷く。

 そして、ラプラスが眠る場所まで足を進める。

「今までの私は“犠牲を出さない”と言いながら、魔法少女として正しくあろうとしていた……。けど、ようやく気付いた。きっとそれは魔法少女だからとか関係なくて、犠牲が出ることで誰かが悲しい想いをすることが、私にとって嫌なことだったっていう単純な理由。どんな形であれ、出会った時点で縁が生まれ、失うことで悲しみは生まれる。味方であろうと、たとえそれが敵であろうと関係ない。誰かが失われることで、その人にしか無い笑顔が失われる事実は変わらない……。結局のところ、私はただ皆に笑顔でいて欲しかっただけなんだ」


 「皆が笑顔で過ごしている世界を見たい」とラプラスは私に語っていた。

 しかし、あれほど壮絶な経験をしてきたラプラスが、絶対的と言えるほどの力を有しているにも関わらず、何故その元凶であるイクスに直接手を下すようなことをしなかったのか。

 それはきっと、今の私と同じ想いを抱いていたからなのだと、今の私には理解できた。


「……私は自分にとって一番大切なものを失った。でも、その経験のお陰で、失うことの本当の辛さと、奪うことの虚しさを知った。何かを成すために犠牲はつきものなんてよく言うけど、誰にとっても犠牲は出ないほうが良いに決まってる」

 私はひんやりと冷たいラプラスの顔に触れ、優しく撫でる。

「皆、ゴメン。たとえ最悪な奴でも、私はあんな状態のイクスを放っておくことはできない」

 私がそう呟いた直後、その異変は起こった。


 ――バリッ……!!


「あ……」

 石化したラプラスの頬に大きな亀裂が入った。

 私が触れたことで割れてしまったのかと内心大慌てでいると、何の前触れもなく、その全身が粉々に砕け散った。

「……っ!?」

 砂粒ほどの大きさまで自然分解されたそれらは宙を漂い、無風の室内であるにも関わらず、まるで対流が起こっているかのようにニュクスが倒れている方向へと流れていった。

「これは一体、何が起きて……?」


『――二体分合わせてギリギリといったところでしょうか……?』


 その声が聞こえた瞬間、私たち全員の警戒心が一気に高まった。

「今の……声は……」

 その直後、イクスの身体は糸の切れた人形のように地面を転がり、その身体の下で倒れていた()()が、まるで眠りから覚めるように上体を起こした。

「ニュクスが……動いた……!?」

「修復してる……。いや、それよりも――」

 空気中を漂う砂粒は、ニュクスの破損部位を補完するように付着し続け、あっという間に元の状態まで修復させた。

 そして、蜘蛛だった下半身が瓦解するように剥がれ落ちると、ニュクスは復元された二本足でゆっくり立ち上がった。


『こうも上手く事が運ぶとは思いませんでした。やはり、魔法少女というものは純粋が故に、愚かで未熟ですね。大人は卑怯で狡猾なのですよ?』


「イクス……!?なんで……!?」

 目の前で起こったことを逆算し、それまでのイクスの行動を振り返る。

 すると、イクスが行ったであろうことが浮かび上がってきた。

「……!!まさか……自分の目に自分の意識を……?ということは、あれはカモフラージュ……!?」

「ど、どういうことなんです……!?それでは、そこに倒れているのは……!?」

「抜け殻……。たぶんそこにはもう、イクスの意識は存在してない……。腹を切るフリをしながら、自分の右目をニュクスの腕に埋め込み、右目の持つS-Reaper(スリーパー)の機能で自分の意識をそれに移した。そして、石化せずに残っていたラプラスのナノマシンをその右目で操り、ニュクスの修復に充てた……」


『――Excellent(エクセレント)。もはや、私からの説明は不要ですね』

 ニュクスはニヤリと笑うと、自らの右手をおもむろに開き、見せ付けるように私たちに向けた。

 その手のひらの中央には、人の目玉らしきものが埋没しており、私たちを見つめていた。

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