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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
ライジング・サン編
177/183

第34話 魔法少女は咲く花で。(5)

 ◆6月20日 午後7時34分◆

 

 辛うじて移動できる程度まで持ち直した体をなんとか動かし、片足を引き摺るようにしながら、彼女が倒れた場所へと私は歩み寄る。

「ラプラス……」

 珊瑚のような白枝と葉のベッドの上に、真っ白に変わり果ててしまったその全身を預けるその姿は、さながら眠る天使を模した彫刻のようで、私は神秘的ながらも残酷なその光景を前に、崩れ落ちるように(ひざまず)いた。

「これじゃ……っ!これじゃ、あーちゃんの時と……同……」

 自分がそう呟いた直後、私は自身の発したその言葉に疑問を覚える。


 ――おな……じ……?


 それを考えようとした瞬間、突如として頭に痛みが生じ、拒絶反応を起こすように胸が締め付けられる感覚を覚え、その惨状から目を逸らすように瞼を閉じようとする。

 だが、私はその衝動に抗うように目を見開き、彼女の最期の姿を記憶に焼き付けながら、心臓の鼓動を抑えつけるように自分の胸倉を掴む。


 ――私は……この痛みを……知ってる……。この光景を……覚えている……。

 ――私はこの状況を……過去に経験している……?


 生まれてこの方、人の死に目に立ち会ったことは無いというのに、まるでデジャヴであるかのように、私の脳は()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、知り得る筈のない記憶を頭の中に呼び起こしていた。

「あーちゃん……?うっ!?ああ……!?」

 まるで炎が飛び火するかのように、記憶が別の記憶を呼び覚まし、私の脳内は情報と感情の波で溢れ返った。


 ――『私はずっと、チーの親友だ』


 ――『それであればあの場に居た私にも責任はあるはずですわ!?ちーちゃんだけに全て押し付けるのは絶対に間違っています!!だって、何よりもあの事件で一番心を痛めているのは――』


 ――『私が大好きで、過去にやってきてまで助けたいと思ったのは、魔法少女の花咲春希さんではなく、花咲春希さんという一人の人間なのですから』


 ――『お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃないって、なんとなく理解はしてるけど……。でもやっぱり……!お姉ちゃんはやっぱりお姉ちゃんだから、お別れするのはなんだか寂しいよ!?』


「あーちゃん……イノちゃん……芽衣……夏那……」


 ――『私は……イクシスと同じように、意識を複製された人間……?』


 ――『というわけで、これから私はシャイニー・フローラってことらしいから。よろしく』


 ――『今日この瞬間から、私はパンドラを名乗ることにする』


 ――『お前は友達も姉も、魔法少女としても失格だ……パンドラ……。いや……()()()()……!!』


「私は……精神複製体(コピー)……?私は……シャイニー・フローラ……?私は……パンドラ……?私は……私は誰……?私は一体、なんなんだ……?」


 夢の中の話や空想と形容すべきか、私の脳内に止め処なく溢れてくるそれらの情景は、そのどれもが理解も納得もし難い光景ばかりだった。

 だが、私は不思議とそこに自分が居たかのような錯覚を覚えていた――というより、それらを錯覚と呼ぶことに違和感を覚えるほど、それらは鮮明でリアリティがあった。


「みんな……私から離れる……。私には何一つ残ってない……。何も……っ!」

 繰り返される苦しみや悲しみ、そして失望感――それらと連動するように、込み上げてくる吐き気に堪えながら、私は感情の波に抗い続ける。

「チー……!?チー!!落ち着け……!!」

「私は――」


 ――ポカン。


 突然頭部に衝撃を受け、ぐちゃぐちゃに掻き乱されていた私の思考は一時的に停止した。

「落ち着けって言ってるだろっ!!」

 自分の頭部に投擲されたであろう物体が地面を転がり、それは緩やかな円を描きながら私の目前で動きを止めた。

「シャイニー・パクト……」

 何の気なしに落ちたそれを手に取り、慣れた手つきで開く。

「私は……」

 鏡に映りこんでいた顔は、髪や肌は埃で汚れ、頬は濡れそぼっていたものの、毎日のように鏡を通して見てきた顔だった。

「私……」

「お前の名前は()()()()っ!事情は私には良く判らないけど、その子の死を今悲しむことも、チーが取り乱して我を失っていることも、その子はきっと望んでない!!!」

 私に喝を入れるその声が耳に届き、ふと振り返る。

 すると、地面に倒れながらも心配するような視線を送る、()()()()()()()の姿が視界に映った。

「あー……ちゃん……?」

 遠い昔に失くしてしまっていた大切なものを、()()()()()()()()()()()()()という事実に気付かされ、私は急激に高まる感情を堪えきれなかった。

「チーっ!?な、なんでこのタイミングで泣くんだよ!?」

「ぅく……。な……泣いてない……し……」

 私は止め処なく溢れ出る涙が枯れるまで何度も何度も拭い続ける。

 それを繰り返しているうちに高まった気持ちは次第に静まり、深呼吸を繰り返すことでようやく落ち着きを取り戻した。

「けど……ありがとう、あーちゃん。やっぱり、私はあーちゃんが居ないとダメみたい……」

「お、おう……?とりま、チーが正気に戻って良かったわ」

 私は気持ちを切り替え、雹果の倒れている方向に向けてラプラスの大鎌を滑らせる。

「蜘蛛糸はそれで切れるハズ。あと、二人にコレを。もう時間が無いから、血でもキスでもなんでもいいから、二人はあーちゃんとイノちゃんを動けるようにしてあげてほしい」

 白枝を掻き分け、埋もれるように落ちている二つの端末を拾い上げると、それを雹果と天草雪白に向かってノールックで放り投げる。

「魔眼の呪いを解けば良いのですね?わかりました」

 天草雪白は祈莉に向かって走り出し、雹果もまた無言で小さく頷くと、意気揚々といった様子で雨のもとへと駆け出した。

「んん……?待て待て待て……。今、もしかしてキスって言ったか……!?」

「大丈夫。初めてなら優しくします」

 雹果は地面に倒れている雨に覆い被さると、その顔を雨に極限まで近付ける。

「は、初めてだけど!?そういうことじゃなくって!?ち、チーっ!?」

 助けを請うように視線を送ってくる雨だったが、私はせめてもの情けと目を逸らした。


 …


 石柱のように成り果てた大樹の幹がガラガラと大きな音を立てながら崩れ落ち、それらの倒壊した破片を掻き分けるようにニュクスが姿を現す。

 そして、その背に続くようにイクスが姿を現し、ラプラスの姿を視界に捉えるや否や、満足げにニヤリと笑った。

「静かになったと思えば、これはこれは……。ようやく邪魔者が息絶えましたか……といっても、呼吸などもとからしていないのでしょうが」

 平然と毒を吐くイクスに対して、私は理路整然と答える。

「……ラプラスは私たちを庇って犠牲になった。彼女の命を否定するのなら、私はお前を許さない」

「許さない……ですか。満足に動けもしないというのに、よくそんな啖呵が切れたものですね?どのようにして、この絶対的不利という状況を覆すおつもりなのでしょう?」

 案の定、自分の勝利を確信しているかのように余裕を見せ付けるイクスに少しばかり呆れながら、私は呟く。

「……お願い」

「お願い……?ハッハッハ……!今さら私に助けを請うつもりですか?」

 嘲笑うような下卑た笑みを浮かべるイクスを余所に、どこからともなくその声が聞こえてきた。

『――神を小間使いにするのも、これっきりにしてもらいたいものだな』

 その刹那、イクスは何かの異変を感じ取ったのか、慌てるように自分の右目を自らの両手で塞いだ。

「……ぐっ!?こ、これは……?ニュクスとの接続が……?」

「ちょっと神様にお願いして、お前とニュクスの縁を断ってもらった。ようするに、ニュクスはもうお前の意のままに動く人形じゃない」

 私がドヤ顔で言い放つと、イクスは驚きの表情を浮かべた。

「な……!?」


『グゥワァァアアアアーーーー!!』


 人とも獣とも言えない雄叫びのような叫び声が空間を振るわせるように鳴り響き、その場に緊張が走った。

「正気ですか……!?魔獣三体とニュクスが融合した今のニュクスは、永遠を生きる身体と、全てを淘汰し得る力を持った完全なる神の器……。私という制御を失った今、ニュクスは暴走し、破壊の限りを尽くす破壊の権化……。もはや、何人(なんぴと)たりともアレを止める術は――」

 今という状況が非常に危険であることを悟ってか、今までの余裕はどこへやらといった様子でイクスは取り乱していた。

 だが、そんなイクスに対して、私はとても落ち着き払っていた。

 なぜならば、縁を断ったことでニュクスが暴走することも、暴走したニュクスをどうすべきかも、()()()()()()()()()()()

「さて……?それはどうだろうな?」


 ――ボトッ。


 私がそう呟いた直後、私とイクスの間を通るように何かが飛来したかと思うと、それは生々しい音を立てながら地面を転がっていった。

「これは……腕……!?」

「もう始まったみたいだな」

 私が振り向くと、イクスもまた釣られるようにそちらへ視線を移す。

 その視線の先では、暴走するニュクスとの戦闘が火蓋を切っていた。

「ば、馬鹿な……っ!?ニュクスが押されている……!?自己修復も機能していない……!?なぜ……!?」

 持ち前の自己修復が機能している様子はなく、6本あったはずの蜘蛛足は既に3本まで減っていた。

『ウガアアァーー!?』

 天草雪白が鎖でニュクスの動きを封じ、祈莉が虎となって蛇を誘導、雹果の鏡が石化光線を反射し、雨の水刃が足を断つ――それらの見事な連携プレーによってニュクスの蜘蛛足は、一本、また一本と切り落とされ、全ての足を失うに至ったニュクスは身動きをとることがなくなった。

 遠目に一見しただけでも、一方的と呼べるほどまで戦況が傾ききっていることは見るも明らかだと言えた。

「ニュクスの体は自己修復するけど、石になった部分は再生できなくなるってことを、ラプラスが身を以って証明してくれた。だから、蛇の石化光線を鏡で反射し、光の当たった部分を再生できなくなるようにして破壊してゆく。これがニュクスの攻略パターン」

 私がどこぞの攻略本のような注釈を付け加えると、イクスはひと際険しい表情を顔に滲ませた。

「ここでニュクスを失うわけには……!!」

 イクスが体勢を屈めて駆け出そうとするも、すぐさま私が進行を阻むように前に立ち塞がる。

 すると、イクスはまるでそれを見越していたかのように顔を上げ、上空へ飛び上がろうとする。

 だが、そうすることすらも、私は()()()()()()()()

「……っ!!」

 私はその場で飛び上がりながら大鎌を一薙ぎすると、まるでタイミングを合わせたようにイクスがそこへ飛び込んできた。

 イクスは体勢を崩しながらも器用に上体を捻らせ、地面に着地した。

「……行かせない。お前の相手は私だ」

「積極的になっていただけたのは嬉しいですが、貴女のお相手をするのは今ではない。そこを通してもらいますよ」

 左足でローキックを繰り出し、そのままの勢いで上段回し蹴り、そして空中で側頭部を左足で狙う――私にはイクスが辿るであろうその動きが()()()()()ため、描かれたシナリオに合わせるように体を最小限に動かし、繰り出される攻撃を避ける。

「……っ!?これは……!?」

「これがラプラスの視ていた世界……。“真理の目”の使い方……」

 “真理の目”はあらゆるものを見透す目であり、力の流れだけに留まらず、近い未来や別の次元すら視ることが可能だとされていた。

 しかしながら、たくさんの能力を継承した私といえど、未来を視るなどというチート染みた能力が備わったわけではなかった。

「未来視……。まさか貴女も……」

 私はその言葉を全否定するように、首を大きく横に振る。

「いや。これは未来視じゃない。ラプラスが私に託し、繋げたもの……それは力や知識だけじゃなく、花咲春希という人間が体験してきた経験や記憶や感情、それら全て。全部、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私が使ったのは未来視なんて大そうなものではなく、どちらかといえば統計学に近しいものだった。

 とある人間が、まったく同じ状況に立たされたとき、どのような行動をするのかを別次元で得た情報を元に推測し、その人間の行動パターンをある程度まで絞り込む――それだけでは予知などとは呼べない確率論で終わってしまうところだが、ラプラスは“真理の目”の力を用いることで、近い次元に位置する平行世界と状況を照らし合わせ、行動を予知していると呼べるほどにその精度を高めることに成功していた。

 その性能や性質はまさしく“ラプラスの悪魔”と呼ぶに相応しいと、今さらながらに感嘆する。


「もう、私に視えないものはない」

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