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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
ライジング・サン編
176/183

第34話 魔法少女は咲く花で。(4)

 ◆6月20日 午後7時32分◆


「二人が私を助けてくれたのか……。ありがとう……」

 未だ激しく脈打つ心臓を落ち着かせるように呼吸を整えつつ、命の恩人に礼だけ伝えると、当人は特段変わった様子もなく、さも当然といった様子で首を縦に振る。

「というか、どうして二人とも動けるの……?」

 体の自由を完全に奪われている私とは対照的に、まるで何事も無かったように動けている雹果を不思議に思い、私はその疑問を直接投げ掛ける。

 すると雹果は、表情を変えないながらも釈然としない様子で首を傾げた。

「……?気が付いたらみんな動かないから、そういう遊びでもしているのかと……?」

「あーなるほど。皆でだるまさんがころんだを……って、んなわけあるかっ!?今の状況判ってるのか!?」

 私が即座にノリツッコミを入れると、雹果はようやく表情を変え、したり顔で笑みを浮かべた。

「ちょっとした……ジョーク」

「はッ……!?まさかツッコまされたのか!?」

 本気なのか天然なのか判断のつかない雹果トークに誘導されたばかりか、条件反射でツッコミを入れてしまうことすら雹果に読まれていた自分の滑稽さに、私は猛省する。

「よくわからないけど、たぶん気を失っていたからだと思う。起きたのはついさっきだから」

「それじゃあ、天草先輩はなんで……?」

 雹果は無言で自分の口元を指差したあと、そのまま天草雪白を指し示し、私は誘導されるように視線を向ける。

 すると、天草雪白の口の端からは、血が擦れたような跡があることに私は気付き、雹果の言わんとしていることを(にわか)に察する。

「血……。破魔の力か……」

 魔眼が“人体に間接的に影響を与える霊的な力”だと定義するのならば、それは“呪い”と称される類のものと同質のものであり、破魔の力は“呪い”を抑える有効な手段となり得る。

 恐らく、宇城悠人が魔眼について知っていたのも、伝承に名を連ねるアラクネやゴルゴーンであったとしても、神や妖怪の力に類する力――つまり、本質が共通しているという認識があるためだろう。

 八代家は血脈によって受け継がれている“破魔の力”と、それが有効とされる“呪い”との関係性を熟知しており、長い年月を経た今も、巫女の技術として後世に伝えられていた。

 だからこそ、天草雪白は自分で自分の唇を噛み切り、破魔の特性を持つ自分の血を摂取することで呪いを解いたのだと考えられた。

「私が動けるようにしてあげる」

「えっ……?」

 雹果は有無を言わさず私の後頭部を掴んで引き寄せ、俗に言われている顎クイというやつを行った。

 私はその行動の意図がまったく理解できずに困惑する。

「ちょ、雹果……さん……?い、一体ナニをする気……なのでしょう……?」

「大丈夫。すぐに終わるから」

 唇を濡らすように舌なめずりをしながら、どこか妖艶な雰囲気を漂わせるその瞳をまっすぐ私に向けた。

 その瞬間、自分が危機に直面していることを察したものの、時すでに遅しとばかりに、雹果はまるで喰らいつくかのように自分の唇を私の唇に重ねてきた。

「――んむぅうーーっ!?!?」

 口内に何かがニュルリと侵入する感覚のすぐあと、それは私の歯や舌を確かめるように動き回る。

 未だ知ることのない感覚に刺激された私の頭は、急激に熱を帯び、情報過多によって銅線が焼け切れるようなイメージが脳裏に浮かんだ直後、まるで防衛本能のように私の脳はそれ以上考えることを止めていた。


 …


「ふぅー……」

 数十秒だったのか数秒だったのか定かではないが、唇と唇がようやく別れを告げ、透明な粘液が名残惜しそうに二人の間に橋を架けていた。

 口角から流れ落ちる液体を啜るように舐めとると、雹果は残った分を袖で拭い、私はその様子を放心状態になりながらぼんやりと眺めていた。

「ハッ……!?なな……なななんなななあなんなぁあああああ!?!?」

 私はようやく我を取り戻し、自分の身に起こった事を理解して、奇声に似た声にもならない声を上げる。

「これで動けるようになると思う。少し時間は掛かると思うけど」

「というか、な、なに平静装いながら達成感に満ち足りた顔してるんだーーっ!?普通に体液を飲ませるだけなら、血を飲ませれば良いだろーーっ!?」

「……?キスならいつもしてるから慣れてる」

「私たちがいつもしてるみたいに言うな!?いつもしてるのはそっちだけ!というか、問題はそこじゃない!!」

 天草雪白が破魔の力を使う際にそうしていたように、八代家の持つ破魔の力を使うということは、体液を使うことを意味していることだと私は認識していたし、「動けるようにする(イコール)血を飲ませること」なのだと勝手に思い込んでいた。

 だが、雹果が除霊を行う際、日常的にキスという行為を行っていたキス魔であることを、私はすっかり忘れていた。

「血を出すのは痛い。それに、他人に血を飲ませるのは気持ち悪いし、普通じゃないと思う」

「う゛っ!?それは……」

 アニメや漫画では当たり前のように他人に血を飲ませるような描写はあるものの、普通に考えれば、他人に自分の血を飲ませるという行為は普通ではないどころか狂気の沙汰とも言え、雹果の主張は一理あるどころか真っ当な主張であると言わざるをえなかった。

 まるで「あなたの思考回路は変態です」と面と向かって言われたような気分になり、私は動けないながらに肩を落とした。

「だ、唾液を他人に飲ませるのもアレだけど……。まあ、今回のキスは人命救助であって人工呼吸と同じ……そういうことにしとく……そうしておこう……」

 私は自分にそう言い聞かせながら、気持ちを納得させるように呟く。


 ――ズザアァァ!!!


 そんなやりとりをしていると、土煙を上げながら、何かが高速で目の前を通り過ぎ、咄嗟に視線を向ける。

「姉さま……!?」

 雹果が吹き飛んできた姉を助けようと一歩踏み出す。

 だが、その行動を制止するように、天草雪白は大きな声を上げた。

「来ないで!今のあなたにはやるべきことがあるはずです!!」

「……!」

 雹果は無言で頷くと、雨が吹き飛ばされた方向に向かって走り出した。

 だが、それを簡単に許してくれるような相手ではなかった。


「――させませんよ」


 土煙の向こうから姿を見せたニュクスは、六本の足で爪先立ちするようにしながら、蜘蛛の腹部を覗かせる体勢になっていた。

 そして、走る雹果を狙い済ましたかのように、その臀部から白い何かを勢いよく射出した。

 それが雹果の足に付着すると、粘り気を帯びているように絡みつき、雹果は縺れるようにその場に倒れ込む形となった。

「雹果……っ!?」

「魔眼だけがニュクスの力ではありません。蜘蛛糸が頑丈なのはご存知でしょうが、アラクネの特性を持つその糸は、ただの蜘蛛糸とは一味も二味も違います。自力で引き剥がすのは困難でしょう。それにしても、魔眼を受けてなお動ける人間が実在していたことには、さすがの私も驚かされました」

 天草雪白はゆっくり立ち上がると、何も言わず、ハンドベルを両手で構え直した。

「性懲りもなく、まだ出しゃばるおつもりですか……?ほとんどの力をその端末で補っている貴女は、この中で一番弱い。時間稼ぎはおろか、無駄死にするようなものですよ?」

 イクスが鼻で笑うと、その態度が癇に障ったのか、天草雪白は憤りを示すように、持っていたハンドベルを地面に叩きつけた。

「そんなことは百も承知!言ったでしょう!私は大人ではありませんとっ!子供は我が儘なものなのです!!」

「あれは相当怒ってるな……」

 まるで子供が駄々を捏ねるような良く判らない言い回しで叫びながら、天草雪白がイクスに向かって疾走する。

 だが、その行く手を遮るようにニュクスが立ち塞がり、両者はそのまま睨み合うように静止した。

「……!?」

 行く手を阻まれて天草雪白が止まったようにも見えるものの、私の目には、ニュクスを前にした途端、何故か動揺しているような挙動を見せ、ピタリと足を止めたように映っていた。

「我が儘な子供も、動けなければ籠の鳥と同じ。しかしこの場合、()()()()()()()()()()と表現したほうが正しいでしょう」

「う、動け……ない……。周囲に糸が……!?いつの間に……!?」

「蜘蛛は巣に罠を張り、獲物が掛かるのを待つものですよ?貴女にはこういった方法のほうが効果的だと思いまして」

 私の視力では確認出来なかったものの、恐らくニュクスの蜘蛛糸がニュクスの周囲に張り巡らされているのだろう。

 そして、猪突猛進を体現したような天草雪白は、まんまとその罠に引っ掛かり、蜘蛛糸の檻によって動けなくなってしまったのだと考えられた。

「さて、遊びもここで終わりです。残念ですが、貴女にはここで舞台を降りていただくとしましょう。まあ、この場合はオブジェの一つになるといった方が正しいかもしれませんね」

 ニュクスの左腕に生える蛇たちが蠢き、それらは天草雪白に狙いを定めた。

「くっ……!」


『――もう神様気取り?少し気が早いんじゃない?』

 

 唐突に掛けられたその声に、イクスは眉をピクリと動かし、全身が硬直したようにその場に固まった。

「なぜ……動けるのです……?貴女は完全に私の制御下に置かれたはずですが?」

 イクスの背後に突如として現れたラプラスは、その右前腕部から飛び出した刃をイクスの首元に宛がっていた。

『全部、お前の思い通りになると思ったら大間違い……。もう二度とお前の操り人形にはなってやらない……!私はそう決めたんだ……!!』

「まったく、何度も何度も……。これ以上、私の邪魔をするというのならば、私にも考えがあります」

 イクスがそう呟くと、天草雪白に睨みを利かせていたはずの蛇たちが、各々が意思を持ったように別々の方向を向き、天草雪白や雹果、雨や祈莉にそれぞれ標的を変えた。

『……!?』

「これならどうです?誰か一人なら貴女でも守れるでしょう。しかし、全員を守るのは貴女といえど難しいのではありませんか?」

 イクスが下卑た笑みを浮かべると、ラプラスは舌打ちをひとつ鳴らしながら表情を歪めた。

「マズい……!?くそ……!動けよ!?私の……体……!!」


 雹果のおかげか、指先から少しずつ動けるようになってきてはいたものの、元通りに動けるようになるにはもうしばらく時間が掛かりそうな程度であり、私以外の全員も、現状でまともに動ける人間は一人も居ないと言えた。

 だが、絶体絶命ともいうべき状況でも、蛇の目は無情にも赤みを宿し、今まさにその眼光で皆を貫かんとしていた。


 ――このままじゃ、皆が……!

 ――私が皆を……!!


『――皆は、私が守る。絶対に……!!』


 ラプラスは大きく跳躍し、イクスの頭上を飛び越える。

 そして、天草雪白を閉じ込めていた糸を空中で切り裂きながら落下し、着地と同時に抱えあげた天草雪白の体を雹果の倒れている方向に向かって放り投げる。

「んなぁっ……!?」

『――雹果!!端末を!!!』

「はい……って、あれ……???」

 雹果は困惑しながら自分の端末をラプラスに向かって投げ、ラプラスはそれを受け取る。

 そして、いつの間にか手にしていたもう一つのの端末とあわせ、それらを両手で構えた。

『光輝く、希望の花!(まこと)の輝きと、(ことわり)の音色に導かれ――今、新たなる(しるべ)とならん!』

 すると次の瞬間、目が眩むような光が二つの端末から発せられ、ラプラスの体は閃光に包まれた。

「クッ……!?まだ奥の手があるというのですか!?しかし、これまでです!!」

 イクスの号令とともに、蛇たちの石化光線が一斉に照射された。

「やめ――」


『――春を!花を!そして豊穣をもたらす、希望の女神――シャイニー・フローラ!!』


「なっ……!?」

 次の瞬間、まさに目を疑うような光景が私の目の前に広がっていた。

 ラプラスの両腕からは無数の枝のようなものが伸び、それらは放射線上に張り巡らされ、私たち全員を守る盾のように光を遮っていた。

「すげー……」

「大……樹……」

 その堂々たる佇まいは、風雪や雨にも負けず、寒さや暑さにも耐え、数千年という気の遠くなるような長い時を生き抜いてきた、大樹と表現するに足る存在感を放っていた。

 両腕から高速再生のように生え続ける枝葉は、風化するように葉が白くなり、枝は先端からボロボロと崩れ落ちていた。

 その様子はまるで、咲き誇った桜の花が、ヒラヒラと散っていく様子に似ていた。

「まさか、このような力を残しているとは……。しかし、とんだ虚仮威(こけおど)しでしたね?」

 拮抗しているかに見えた破壊と創造も、徐々にバランスを崩しはじめ、枝葉が風化する速度が上回っているように私の目には映っていた。

「やめてくれ、ラプラス!このままじゃお前は……!!」

 体を動かそうともがきながら必死に叫ぶも、ラプラスは振り返りもせずに首をただ横に振るに留まった。


『――天草先輩。あなたは弱くなんかない。自信を持ってください。この中で一番強い正義感と、強い心をあなたは持っている。だから、自分のことを卑下したりしないでください。そして、これからも皆のこと、宇城先輩と一緒に引っ張っていって下さい』

「それはどういう……?貴女は一体……?」


『――雹果。正直言うと、ずっと心残りだったんだ……最後まで喧嘩したままだったことが……。同じ趣味で話し合えるのはお前しか居なかったから、正直寂しかったし、後悔もしてる。だからこそ、今の二人を見ていて、この関係は絶対に壊してはいけないって思えるし、だからこそ私の行動が間違っていないって、今の私は胸を張って言える』

「……?」


『もう時間が無いみたい……だな……』

 青々しく茂っていたはずの葉はほとんど落ち、残された枝は白く色を変えながら、着々とラプラスに迫っていた。


『――イノちゃん。助けられてばかりで何も返せなくてゴメン。でも、褒めるとスキンシップが過剰になって面倒だからいつも言わなかった。でも、最後だから言っておく。イノちゃんは、私が一番信頼している親友だ』

「親友……?最後って……あなたは……?」


『――それと、あーちゃん』

「えっ……?わ、私も……?」

『あっちではもう自分の想いを伝えることは出来なかったから、こうして自分の気持ちを伝えられるなんて、夢にも思ってなかった。私は自分の想いを伝えたくてここまで来た――はずなんだけど、いざ言うとなると全然言葉に出来ない……。もう時間がないっていうのに……』

 ラプラスは言葉を詰まらせると、何かを決意したように顔を上げた。

『こんな言葉しか思いつかないけど……とりま、ありがとう。あーちゃん』

「お前……。もしかして……」


 ラプラスは私に視線を向けると、自分が危険な状況に晒されているというのにも関わらずニッコリと笑い、満面の笑みを私に向けた。

『あとは全部任せたよ、花咲春希。私はキミに全てを“繋げた”。今のキミなら、きっと答えを導き出せるハズ』


「ラプラスっ!?待っ――」

『じゃあね、()()()()。皆が笑顔の世界を――』


 彼女の言葉は最後まで語られることは無く、その体は白く、そして石像のように固まった。

 だけど、彼女の最後の想いは、時を止めたその笑顔に宿っているのだと、私には思えてならなかった。

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