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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
ライジング・サン編
173/183

第34話 魔法少女は咲く花で。(1)

 ◆6月20日 午後7時23分◆


 ――ガラガラガラ……。


 閉じ込めるように覆いかぶさっていた瓦礫が取り除かれ、埃っぽい空気が私の鼻をくすぐるように刺激する。

「出られた……」

 逃げ出るように閉所から脱出したにも関わらず、未だ暗闇に包まれた室内に少しばかり嫌気が差し、私は仕方なくその言葉を呟く。

「――シャイニー・ライト」

 指先から発生させた光球を照明代わりにかざすと、埋まっていたもう一人の顔が突如として闇に浮かび上がり、私の心臓は一瞬だけ大きく脈動する。

『怪我はない?』

「お……おかげ様でなんとか……。そっちのほうこそ大丈夫……?」

 天井崩落の直前、ラプラスは私を押し倒し、覆い被さるように私を庇った。

 私が瓦礫で押し潰されぬよう、脱出するまでの間、彼女は何トンという重量をその体で支える状況になっていたはずなのだが、当の本人はまるで何事も無かったかのようにケロッとしていた。

『この体、丈夫さだけは折り紙付きだから心配は要らない。それにこうなることも織込み済みで、イクスは君を巻き込むような真似をしたんだろう。相変わらず、食えない奴』

 その言い回しに違和感を感じ、私は先ほどから思っていたことを口に出す。

「ちょっと、訊いておきたい事があるんだけど」

『……何?』

「先に言っておく。私はあなたのことを完全に信用しているわけじゃない。助けてくれたことには感謝してるし、五年前のことだってあなたが居なければどうなっていたか判らない……。けど、イクスが知らないのに、あなたはイクスのことを以前から知っているみたいだし、ニュクスと同じ姿をしていることもまだ納得できてない。何より、まるで私がイクスの催眠に掛かることを知っていたみたいに、あなたは五年前に姿を現し、私に助言をした。もし、あなたがこの先に起こることを知る未来視のような能力を持っているのなら、私を騙そうとしている敵だということも考えられる。だから、まずはそれらについての説明がほしい」

 私がそう問いただすと、ラプラスは首を横に降った。

『それはできない――というより、私に未来視なんて能力は無いことは断言する。少なくとも、私は君の敵じゃないってことだけは言っておく』

 その言葉が嘘ではないことは、私の目が証明していたが、予想通り的を得ない回答だったため、私は別の質問に変えて訊き直す。

「それじゃあ、あなたの目的は何?」

『目的……か……』

 ラプラスは目を閉じ、口を噤み、そして背を向けた。

『もし、君の一番大切な親友が死んでしまったら、君はどうする?』

「えっ……?」

 一番大切な親友と言われて、私の頭には真っ先に雨の顔が思い浮かんでいた。

 だが、私はしどろもどろになりながら答えることになった。

「わ……わからない……というか……想像……つかない……」


 雨がエゾヒに連れ去られたとき、私はそういった結末があるだろうことも覚悟していたし、ある程度想像もしてはいたのだが、具体的に“その先の未来がどうなるのか”ということにまでは想像が及んでいなかった。

 その時の私には、そんなことを考える余裕など無かったということもあるのだろうが、その結末を考えることでそれが現実になってしまうような気がして、“起こり得ないこと”として可能性から除外し、無駄なことは考えないようにしていたのだと、今になって思う。


『そうだろうな……。私もそうだった』

「私……も……?」

 意外な返答に、私は思わず訊き返す。

『……私は昔、自分の失態で一番大切な親友を失ったことがある』

「……!?それって……」

『私は後悔した。自分にもっと力があれば……あの時こうしていればって。でも、気付いたときには何もかも手遅れだった。その時の私には、残されたものを数えたほうが早いくらい、何も残されてはいなかった。それからの私は、後悔に(さいな)まれながら、ただ生かされているだけの人形に成り果てた』

 背を向けているために表情こそ見えなかったものの、私はその悲痛なまでに痛々しく、ドス黒くて重い負の感情を視覚で感じ取っていた。

 そして私もまた、その想いに感化されるように強く拳を握り締めた。

『そんな折に、私は過去に戻る方法があることを知った。私はその方法になんとか辿り着き、過去に戻る機会を得た。当然だけど、たとえ過去に戻ったとしても、その親友は私と同じ時間を過ごして苦楽を共にした親友ではないし、私がその隣に居ることも出来ない。私はそれを知りながらも、家族や友人、そして自分の体……残された全てを残し、過去に戻ることを選んだ。これは信じてもらえないかもだけど、ニュクスの体になったのは成り行き上そうなったってだけ。ようするに、親友の死を受け入れられず、禁忌に手を染めてしまった人間の末路がこの私というわけだ』

 ある程度オブラートに包まれた回答を予想していたのだが、「それって、禁則事項じゃね?」と思ってしまうほどの驚愕カミングアウトに絶句し、私は言葉の一つも発することが出来なかった――というより、返す言葉なんてまったく思いつかなかった。

 なぜなら、ラプラスの正体に薄々勘付いていた私は、他人事などと割り切ることは到底出来なかった。

『……なんだかんだで色々あったけど、今の私はただ率直にこう思ってる。皆が笑顔で過ごしている世界を、一度はこの目で見てみたいって』

 ルビーのように真っ赤な瞳を輝かせながら柔らかな笑みを一瞬だけ浮かべたあと、ラプラスは踵を返し、私の隣に並び立ち、そして呟く。

『だけど、ニュクスが存在している限り、そんな未来は決して訪れない。そして、君はイクスの野望を阻止しようと奮闘している。君が成そうとしていることは、私の思い描く未来に繋がっていると私は信じている』

 その言葉によって確信を得た私は、小さく頷く。

「あなたが私に協力する理由は納得した。けど……最後にひとつだけ訊かせて」

 私は最後にどうしても訊きたい事が一つだけあったため、思い切って口を開く。

「あなたはその親友に何を伝えようとしていたの?自分ではない姿になり、過去に戻ってまでその親友に逢おうとする理由があるとすれば、きっとその人に何か伝えたいことがあったからじゃないか?」

『伝えたいこと……』

 何かを考え込むように頭を掻いた後、ラプラスは顔を上げた。

『……忘れた。随分と昔の話だから。でも、特別なことを伝えようとしていたわけじゃない』

 ラプラスが私に見せたその表情は、何かを諦めているようにも、吹っ切れているようにも、はたまた満ち足りたようにも見える、どこか愁いを帯びた儚げな表情だった。

 恐らく、「忘れた」などと口では言いながらも、ラプラスはその言葉を憶えており、自分の口から伝えることが叶わないことも理解しているのだろう。

「言葉を伝えられない苦しみは、私も知ってるつもり。その言葉、いつか伝えられるといいな」


 ――パン!!

 

 ラプラスが一度手を鳴らすと、まるで空気が入れ替わったかのように、湿った空気は掻き消えた。

『――さて、と。無駄話もここら辺で。こうしてる間にも、イクスとの距離は離されている。アイツが何を企んでいるのか分からない以上、時間を与えるのは危険だろう』

「そうだった……。けど、どこに向かったんだ……?上に向かったのは間違いなさそうだけど……。“力を補う”と言っていたことを考えると、特殊な武装でも調達するつもり……?」

 力を補うという表現に、武器を調達することが含まれるのかは些か疑問ではあったものの、私にはそれくらいしか思いつかなかった。

『イクスが言っていたように、ニュクスの体は粉々になっていたとしても自己再生するし、自分で言うのもなんだけど、この体はこの時代の科学でどうにか出来るような代物じゃない。私のように、ニュクスと同じ体を持つ存在が二つ存在しているという状況も、イクスにとっては想定外だったはず……。だとすると、ニュクスに対して予め有効な手段を用意していたと考えるのが妥当だけど、“力を補う”という表現には違和感がある……』

 ラプラスの見解は私の考えとほぼほぼ同じだった。

 だが、私はその中の一言が妙に引っ掛かり、反芻するようにその言葉を繰り返す。

「現代科学ではどうにも出来ない……違う方法……。なるほど……そうか……。ようやく、イクスの目的が判ったかもしれない……」

『目的……?イクスの目的は、君の持つ“真理の目”を手に入れることで間違いないはずだが?』

 ラプラスの疑問に、私は首を横に振る。

「そっちじゃない。イクスは私に強い興味を示してはいたけど、それはそもそも魔法少女を探している過程で“真理の目”を持つ私を見つけたから。つまり、()()()()()()()()()()()()()()

『イクスの本来の目的……か……。そんなこと、考えもしなかった……』

 私はデコボコの瓦礫の山を跳び渡るように駆け上がり、天井に空いた穴から上の階へとよじ登る。

「イクスは魔法少女を探していた……。それはつまり、魔法少女が持つだろう力に目を付けていたからと考えられる。『魔法少女などという器に収まるべきではない』と言っていたことも考えると、魔法少女という存在自体を否定するつもりもない。ようするに、イクスは魔法という力に否定的ではない……」

『イクスは君たちが特殊な力を持っていることを既に知っている。秘蔵の駒であるはずの魔獣を全てあの場に残したのも、足止めではなくもう一つの目的を遂行するためであり、君が単身乗り込んで来る可能性を高める手段でもあったとすれば、君と彼女たちを分断することもイクスの策の内だったということになるな……』

「――っ!?待てよ……。だとすれば、イクスの目的は一つしか考えられない……!魔法が一般に普及することをイクスが危険だと言っていたのは、逆を言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも捉えられる……!」

『なるほど……。これは思ったより切羽詰っている状況かもしれないな』

 ラプラスはまるで慌てた様子も無く、私の後を追うように軽快な足取りで瓦礫を駆け上がる。

「なに悠長なこと言ってるんだ!?もし、イクスが最初から私たち全員を捕らえて研究に利用するつもりだったとすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がイクスの目的……!だとすれば、今頃あーちゃんたちは――」


 ――ドガーン!!


「……」

 ラプラスは軽々と私を追い越したかと思うと、その拳一つで上の階の天井に巨大な風穴を開けた。

『向こうのニュクスに出来て、私に出来ないはずはない』

 どこかで聞いたような言い回しをしながら涼しい顔で、ラプラスは唖然とする私に言い放った。

「ら、ラプラス先輩……。何をしていらっしゃるんでしょう……?」

『急いては事を仕損じるというけど、私はその逆もあると思ってる。だから、急ぎながらも冷静に。道なりに進むよりはこっちのほうが断然早い。道は私が作るから、ついて来て』

 ラプラスは脇目を振ることもなく、次々と上層に続く天井に穴を開け始めた。

「冷静な人間のすることか……これ……?やっぱり人違い……?」



 ◇



 ◆6月20日 午後7時27分◆


 雨たちが残ったフロアまで、最短ルートでの帰還を果たし、私はすぐさま周囲を確認するように見渡す。

 広大な室内は土埃で視界不良に陥っており、その場でどれほどの戦闘が行われていたのかを確然と物語っていた。

 そんな中、私の目は人影を捉え、その顔が追跡目標の人物であることを確認する。

「見つけた……!イクス……!!あーちゃんたちは……!?」

 私が戦場に立ち入ろうとすると、ラプラスは私の手首を掴んでそれを制止した。

『……待って。様子がおかしい』

「様子……?」

 イクスだと思って視界に収めていた()()だったが、私は目を凝らし、それが間違いであることに気付く。

「な……!?なんだあれ……!?」

「――おやおや?お二方とも意外とお早いご到着でしたねー?まあ、少し手遅れではあるのですが……」

 向けた視線の先とは別の方向から聞こえる、嫌味ったらしい滑り声に嫌気が差しつつも、私はそちらに視線を送る。

「イクスの本体が居るってことは、あっちは……」

 ()()は、私たちの存在を確認するや否や、ゆっくりと振り返った。

『ニュクス……』

 その上半身はニュクスの姿でありながらも、背には蝙蝠のような羽、左手には無数の蛇が蠢き、下半身は蜘蛛のような六本足を持ち、人を模した姿だった数分前とは比較にならないほど姿を変えていた。

 しかしながら、異形の姿も然れど、その右手に携えられている()()()()()()()()を視界に捉え、私は後頭部を殴打されたような衝撃を受けながらも、悲鳴混じりの叫び声を上げる。

「……!?雹果……っ!?」

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