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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
ライジング・サン編
172/183

第33話 魔法少女は託し託される者で。(5)

 ◆6月20日 午後7時18分◆


 記憶としては朧げながら、しかし確かに見覚えのあるその姿に、私は自力で立ち上がりながらも思わず口を開く。

「あーちゃんを助けてくれた……女神……」

 仮称・女神は、照れつつも呆れたような苦笑を浮かべた。

『その呼び方は……さすがに……。それに、彼女を助けたのは君であって、私じゃない』

 あの場に居合わせた者しか知らないその情報は、目の前に居る人物が五年前に助言を残した当人であることを裏付けていた。

 しかしながら、ニュクスとまったく同じ顔をしているということがどうにも引っかかり、私は彼女の言葉をそのまま信じることは出来なかった。

『女神……ですか……。このニュクスと瓜二つとは……些か気に掛かりますね……。そしてなにより、ニュクスがこうも簡単にとなると、あながち女神という肩書きも嘘ではないのかもしれません……実に興味深い……』

 切断されたニュクスの手首を拾い上げると、イクスは元あった場所へとそれを宛てがう。

 すると、数秒も経たぬうちに切断されたはずの手首は元通りに接着され、イクスは具合を確かめるように手を開いては閉じてを繰り返す。

 その一連の様子は、まるでマジックショーを見ているような錯覚さえ覚えるほど驚くべきことだったのだが、当事者二人はまったく驚きもせず、さも当然とばかりに話を進めていた。

『貴女とは、是非とも手合わせ願いたいものです』

 私たちに両肘を見せるようにイクスが構え、両手に握り締めて拳を作ると、その前腕部と向こう(ずね)から刃のようなものが勢い良く飛び出し、その鋭利な切っ先が妖しげに光った。

 全身で臨戦態勢を示すイクスに対し、女神はそのまま目を閉じ、更には興味無いと言わんばかりにふいっと背を向ける。

『私はあなたとやり合うために顔を出したわけじゃない。ちょっとこの子にアドバイスしに来ただけ』

 戦意などまったく感じられない口調でそう呟くと、女神は流し見るように私に視線を送った。

「私に……?アドバイス……?」

 私の真正面に位置取ると、女神は真剣な面持ちで私のことをジッと見つめ、そしてゆっくりと口を開く。

『私の言葉はちゃんと思い出せたようだね。よくやったって褒めたいけど、君が思い出すべきことはそれで全てじゃない。君は知らずとも、()()()()()()()()()()。身に覚えがあるだろう?』

 その厳しさの中に優しさがある口調に、私はどこか懐かしいものを感じていたのだが、この場で聞き返すことではないと思いつつも、誤解の無いよう聞き返す。

「それって……下ネタ……?」

『下……ネタ……?既に……経験……――って!?そんなわけないだろ!?こっちが真面目に話してるってのに、なんて勘違いしてるんだ……まったく……』

 女神は呆れたように肩を落としながらも、私の肩に手を乗せる。

『まあ、それが“らしさ”なんだろうな……。でも、忘れないで。五年前、私は君に()()()()()()。それがなんなのか、今の君なら気付けるはず』

 身に覚えがあることと言われて真っ先に思い浮かんだのは、ミラフォームや時間の欠落(タイムラプス)など、それらの力はまるで以前から知っていたかのように驚くほどすんなり使いこなすことが出来たことだった。

 その状況を言葉で表すのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「託されたもの……」

 難解な謎解きに頭を悩ませていると、女神の肩越しに手刀を振り下ろさんとするイクスの影が映り、私は咄嗟に口を開く。

「……!?あぶ――」

 だが、私が叫ぶまでも無く、それはまったくの杞憂に終わった。

『……人が重要な話をしているときに、邪魔しないで貰いたいんだけど?』

『これはこれは……。気配を完全に消したつもりだったのですが……。後ろに目でも付いているのですか?』

 女神は振り向くことも無く、振り下ろされた刃部分を人差し指と中指で挟むように受け止めていた。

『しかしながら、先刻私の妨害をしておきながら、その道理は通らないと思いますよ?』

 イクスにそう言われると、女神は首を傾げて考え込み、やがて納得するように顔を上げる。

『あ、そっか。邪魔したのも喧嘩売ったのも私か。極力手出しはしないつもりだったけど、それじゃあ仕方ない』

 女神は受け止めていた刃を弾き上げると、外套を翻しながらクルリと振り返る。

 そして、腰を深く落としながら大鎌を両手で握り締め、鋭い眼光で身構える。

 それが合図とばかりに、戦いは唐突に始まった。

『ご要望どおり、少しだけ付き合ってあげる』

 女神が先んじて大鎌を振り抜き、イクスはそれを当たり前のようにひらりとかわす。

 流れるような足捌きで重心を移動し、バク転をするようにイクスが跳躍すると、そのまま右足を大きく振り上げ、まるで月を描くような軌道で女神の後頭部を狙う。

 完全に視覚外からの攻撃だというのにかかわらず、まるでそうなることを予見していたかのように、女神は大鎌を振りぬきながら肩に乗せ、鎌の背の部分で攻撃を防ぐ。

 それだけに留まらず、振り返りざまに大鎌の柄を蹴り上げると、まるで棒術のように自身を軸にしながら回転させ、遠心力を加えた柄の先端をイクスの背中に打ちつける。

 イクスの体はその衝撃をもろに受け、そのまま勢いよく地面に打ち付けられて沈黙した。

 その攻防は数秒という短い間に行われ、それによって両者の絶対的な力の差が示されることとなった。

『――年季が違うんだよ。年季が』

 イクスは寝返りを打って仰向けになると、何事も無かったかのようにすっくと立ち上がり、一定の距離を取るように歩いて移動する。

『流石は女神……。先刻からの動き……単に反射速度が良いというものではなく、私の動きが完全に読まれているようにしか思えません。もしかすると貴女には未来視の力があるのではないですか?』

 真剣そうな眼光を向けながらイクスが言い放つと、対照的に女神は鼻で笑った。

『未来視……?そんな大層なものじゃない。私はお前がどう動くかを先に考えているだけ。それにお前は常に無駄の無い動きをしてくれるから、尚のこと動きが読みやすい。先に言っておくけど、指に仕込んである毒針を使っても、私には効かないからやめておけ』

『……なるほど、そこまでお見通しとは。よもやここまでくると、ラプラスの悪魔とでもお呼びしたほうが差し支えなさそうですね?』

 女神は唐突にそう呼ばれて気分を害すのかと思いきや、どういうわけか笑みを浮かべた。

『ラプラス、か……。いいね、それ採用。女神なんてこそばゆい呼ばれ方されるよりは、よっぽどそっちのほうがいい』

 ラプラスの悪魔とは、「全ての原子の運動量を知る存在が居るとした場合、未来で何が起こるかを完全に予測することが出来る存在になる」といった仮説から生まれた古典論学の存在ではあるものの、当然ながらそんなことは現実的に不可能なため、空想上の存在だと言われてきた。

 だが、現代科学の観点から言えば、閉所のような狭い範囲かつ、相手の思考パターンを熟知し、不確定要素が周囲に存在しない場合、女神の語るような行動予測は可能ではある。

 しかしながら、それを実際に目の当たりにしてみると、まるで未来を知っているようにしか思えなかった。

『それじゃ、悪魔は悪魔らしいことしようと思うんだけど……。まだやる?』

 女神ことラプラスが溜息混じりに言葉を漏らすと、意外にもイクスは小さく頷いた。

『……いいえ、もう十分です。これ以上戦っても、勝ち目が無いほどに実力差があることは判りましたので』

『やけに諦めが良いな……どういう魂胆?』

 今までの粘着質なストーカーぶりに比べ、やけに諦めが早いことを疑問に思っていると、イクスは何故か自分の目を指差す。

『貴女の正体が少々気になりましたので、失礼を承知ながら、交戦中や今の会話の間に貴女の体を全身隈なくスキャニングさせて頂きました。容姿が偶然ニュクスに似ているだけの可能性や、視覚情報がなんらかの手段によって改竄(かいざん)されている可能性もあるかと考えていましたが……やはりともいうべきか、私の推測は的を得ていたようですね』

 「女性の体を全身隈なくスキャニング」というイクスの変態発言にドン引きしつつも、何気なく被害者に視線を向けると、ラプラスは困りあぐねた様子で頭をポリポリと掻き、何故かしかめっ面を浮かべていた。

『貴女の内部構造はニュクスとまったく同一。受け入れ難いことですが、私たちが技術の粋を集めて創造し、完成したばかりのニュクスが、何故かもう一体存在しているということになります』

「もう一体……。それってつまり……ニュクスと同じロボット……」

 私はラプラスの全身を舐めるように眺めるも、まるでロボットらしい要素は見つからなかった。

 それは見た目に留まらず、その仕草や言葉遣いなどにおいて機械特有の違和感などは無く、人間のそれと遜色無いと言えるほどで、俄かには信じ難い言い分だった。

『考えられるとするならば、我々の保有するニュクスの設計図や開発技術が漏洩し、もう一体のニュクスが何者かによって創造されたという可能性。そしてもう一つは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――!?別の時間軸……別の次元……」

 イクスの仮説を耳にして、私は不本意ながらも納得してしまった。

 そして、その可能性に至り、私は自分の目を疑うこととなった。

「ま……さか……」

 五年前に私の前に現れ、瀕死の雨を助けるための方法を私に教えたことや、今という状況を知っていたかのように助言を残したことに関しても、ラプラスは予め知っていたからと考えれば説明がつくが、もしもラプラスが未来からやってきたと仮定する場合、どうしてそんなことをしたのかという動機が重要になる。

 イクシス同様、ニュクスの体に人間の意識が移植されていると考えるならば、ラプラスは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 私の知る限り、その条件を満たすことの出来る人物は一人しか思いつかなかった。

『しかし、私にとってはニュクスの開発技術が盗まれていようと些細な問題であり、別の次元から貴女がやって来たとしても関係は無い。憂慮すべきは、ニュクスの体と私の実力を併せたとしても、貴女の実力には遠く及ばないというその事実』

 イクスが両手の指を私に向けたかと思うと、その指先に小さな穴が開き、そこから針状のものが顔を覗かせた。

『貴女という最強のボディーガードがいる以上、彼女の持つ“真理の目”を手に入れることは出来ない――つまり、私の悲願は達成することができない。それならば、私が成すべき事は只ひとつ』

 次の瞬間、向けられた指先それぞれから針が射出され、それは弾丸のように私目掛けて一直線に飛んできた。

 私が身構えると、ラプラスはすかさず前に出て大鎌を回転させ、射出された針を全て弾き落とす。

 そうしている間にイクスは腰を屈め、その場で飛び上がったかと思うと、天井に五本の指を突き立てた。


 ――バキ……バキバキ……。


『――力が足りないのであれば補えば良い。それだけです』

 イクスが天井の一部分を強引にもぎ取ると、駆けるような亀裂が天井を走り、頭上全体がバキバキという異音を発しはじめた。

「な……!?」

『私は必ずや神を誕生させる……。それではまたお会いしましょう』

 次の瞬間、亀裂によって分断された天井は崩落し、部屋の中はとてつもない轟音とともに、雪崩のような瓦礫に押し潰された。

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