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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
ライジング・サン編
170/183

第33話 魔法少女は託し託される者で。(3)

 ◆6月20日 午後6時43分◆


「私の眼が効いていない……?いえ……まさか、そのようなことが起き得る筈など……?」

 イクスは不可解そうに眉皺を寄せながら、私の頬に触れようとその手を伸ばす。


 ――パシンッ!!


 無言でその手を払い退けると、私は掻き集めたシャイニーパクトの破片を強く握り締める。

「私の目は……“黒い”。どうしてこんなことになっているのか、まだ理解出来てないけど……意図は理解した……」

 次第に蘇りつつある記憶によって私の脳内は未曾有(みぞう)の大混乱に陥っていたものの、引いては寄せる荒波に抗うように呼吸を整えながら、私はゆっくりと立ち上がる。

 そして、不思議そうに見下ろす長身の男を見上げながら笑みを浮かべ、私は小声で口ずさむ。

「――…イム……ス」

「……?」


 ――ドガアアァン!!!


 10メートル以上離れた先の壁面から衝突音が鳴り響くと、驚きの表情を浮かべながら、皆一様に音の上がった方向へと視線を向ける。

「――爆発!?」

「いや……違う。一瞬だけど、あの変態野郎が吹き飛ばされるのが見えた……」

 雨は振り返り、私が掌を突き出しているままの状況を見るや否や、全てを察したように口を開く。

「チー……?もしかして、お前がやったのか……?」

 私は肯定するようにコクリと頷く。

「なんか良く判らないけどスッキリした……。ずっとこうしてやりたかった気がする」

 私は目の前で棒立ちになっているパンチングマシーンに向かって、エネルギーを放出するようなイメージを頭に描きながら掌底を放った――それだけに過ぎなかった。

 しかしながら、周囲の人間は誰一人としてそのことを覚えていることは無く、イクスが突然吹き飛ばされたように見えただろうことも、今の私は何故か理解しており、そうなることも知った上での行動だった。

「私が忘れていただけで、私がやるべきことやそのために必要なものは、最初から全部私の中(ココ)にあったんだって、今なら判る……。きっと私はここでイクスを倒さなくてはいけない……。きっとそのために、()()()()はこの力とあの言葉を私に残したんだと思う」

 私は自分の手の平をまじまじと見つめ、その感触を確かめるように強く握り締める。

「あの女神……?あの言葉……?何言ってるんだ……?」

 五年前の記憶が唐突に蘇り、ツキノワとの決着の後、雨を死の淵に追いやってしまったことを含め、私は全てを思い出すことになった。

 それと同時に、その場に突如として現れ、自らを神を名乗った人物のことも断片的ながらに思い出していた。

 その人物は、私の持っている力で雨の命は助けられると助言して手助けしただけでなく、様々な力と意味深な言葉を私に残して立ち去ったと記憶している。

 そして今、私に瞳の色を問うイクスの言葉が引き金となって、「そのときが来れば必ず思い出す」という言葉どおりに私がその記憶を思い出したという状況を鑑みても、この二つの出来事に関係性が無いなどとは私には考えられなかった。

 もし、神と名乗った人物が雨の命を救った時のように、この状況を予め予見しており、この瞬間のために私に言葉と力を授けていたとしたら――そう考えたほうが自然なのではないかと私は思い至った。

「その時が来たら話すよ……。必ず……全部……」

「そっか……。そんなことより、シャイニー・パクト……壊されちゃったな……。大丈夫か……?」

 雨が心配そうに私の顔を覗き込むが、私は心配掛けないよう、何事も無かったようになるべく普通の返事を返す。

「……物はいつか壊れるものだし、仕方ない」

 先ほどまで相当なショックを受けていたという自覚はあるものの、どういうわけか私の心の中では気持ちの整理がつき、心境としては落ち着き払っていると言えた。

「シャイニー・パクトが壊れても、私が積み重ねてきた記憶や経験は無くならない。それに、魔法少女だろうと人間だろうと、それ以上とかそれ以下とかでもなく、私は私。大切なのは私が私をどう自覚しているかってこと」

 冷静になって考えてもみれば、シャイニー・パクトがあろうとなかろうと魔法は使えて変身も出来るので特に不便も無く、私が魔法少女であったことを示す証であるとも言えたが、それがあるかないかは私を語る上で何の意味も無いことなのだと私は知っていた。

 それはまるで、長い時間を費やし、あらゆる経験を経た末に出た答えのようにも思えたものの、私は不思議とそのことを悟り、すんなりと受け入れていた。

「う~ん?よくわからないけど、元気そうで良かったわ。結構ヘコんでるのかと思ってたんだけど、心配して損した。あ!なんなら、私のシャイニー・パクトあげよっか?」

「そんな、お古の玩具(おもちゃ)みたいに……。でもまあ、その気持ちだけは受け取っておく」

 雨は自分のシャイニー・パクトを取り出して私に差し出したものの、それを受け取ることに私は何故だか大きな抵抗を感じ、そのまま受け取ることを拒否した。


「まったく……。敵を前にして、よくもそう能天気な話が出来ますね?呆れを通り越して、少しばかり感心してしまいました」


 天草雪白が呆れ顔ととともに苦言を呈しながら歩み寄り、その後ろをちょこちょこと雹果がついて来るのが視界に映った。

「あれだけの衝撃をまともに受けてたんじゃ、流石のアイツもただでは済まないんじゃないか?」

「……いえ。そうでもなさそうですわ」

 別方向から合流した祈莉は、まるで何かを察しているかのように、爆音のあった方向へと強い警戒を払いながら呟く。

 するとその直後、3メートルはあろう巨大な瓦礫の破片がガタガタと動きはじめた。


「これはこれは……私としたことが、少しばかり油断してしまいました……」


 その瓦礫は突如として真っ二つに裂け、その間からイクスが再び姿を現した。

「おいおい、マジか……。あれで無傷とか……。人間超えて本当に化け物なんじゃないのか?アイツ……?」

 あれほど盛大に壁に衝突したというのにも関わらず、イクスは少し土埃を被って汚れただけだとでも主張するように、衣服に付着した埃を手で払っていた。

「しかし、今のは一体……?私の目を以ってしても捉えられなかった……というのでしょうか……?それに私を吹き飛ばすほどの力をその細い腕でとは――」

 次の瞬間、イクスは腰を屈めると、一気に私との距離を詰めにかかる。


「――実に興味をそそられます」


 だが、勢いよく飛び出したものの、半分ほど距離を詰めた辺りでイクスはピタリと足を止め、周囲をキョロキョロと見回しはじめる。

「姿が……消えた……?どこに……?」


「……あなたはもう二度と、私を捉えることは出来ない」


「後ろ……?いつの間に……?」

 私が背後に移動していることを察知するや否や、イクスは振り向きざまに私の腕を掴もうと右手を伸ばす。

 しかしながら、その手が私の手首を掴む寸前というところで、腕の動きは停止した。

「これ……は……?」

「――アイヴィー・バインド。まあ、今回はアサガオだけど」

 地面から生えたアサガオがイクスの足元から這うように伝い、前腕部を絡めとるようにその腕の動きを封じていた。

「たかだか植物の蔦……この程度で私の動きを封じられるとお思いなのですか?」

「そう思うのなら抜け出してみれば?」

 イクスは私の煽りを受け、蔦を引き千切ろうともがき始める。

 だが、不思議とその蔦が切れるようなことはなかった。

「ゴムのように伸縮しながらも、まるで鋼鉄のワイヤーのような強度……。切断するには少しばかり骨が折れそうですね……これは困りました……。はっはっは!」

 捕らわれているという状況にも関わらず、イクスは嬉しそうな笑顔を浮かべながら笑い声を上げ、私は奇怪な行動に違和感を覚え、思わず眉を曲げる。

「しかし、今の今までこれほどの能力を隠していたとは……。なるほどなるほど、これはこれは……本当に面白い逸材です……!!」

「あー……なんかまた変な誤解されてる気がするー……」

 私の懸念を肯定するかのように、イクスは片眼鏡を外して胸ポケットに収めながら、上目遣いで私を見据える。

「ますます貴女に興味が沸きました……。是が非でも貴方を我が手中に収めたい――と言いたいところですが、当初のプランも崩れ、貴方の実力も想定外となれば、そう容易にとはいかないのでしょう。それならば――」

 イクスは語るように呟きながら、左手の指先を口に咥えながら手袋を外してみせる。

 すると、人差し指、中指、薬指の三本にそれぞれはめられた指輪が露になり、それを誇張するかのように手の甲を私たちに向けた。

「何をする気だ……?」

「……少しばかり予定を早めるほかありませんね。私のとっておきを見せて差し上げましょう」

 その手を自らの右目にかざした途端、三つの指輪が怪しく光り始め、それに反応するようにイクスの瞳もまた同じように怪しい光を放ち始めた。

「指輪と目が……光った……!?」

「……!?嫌な気配を感じます……!皆、離れて……!!」

 無口勢代表の雹果が声を荒げるように叫んだことで、全員が疑うこともなく距離を取り、身構える。

 そして次の瞬間、広大な部屋を満たすかのように、指輪は一際強い閃光を放つ。


「――ッ!?」


 光が消えた直後、ゆっくり目を開ける。

 するとそこには、この世のものとは思えない異形の姿をした影が三つ存在していた。

「な……なんじゃこりゃー!?」

「何か禍々しい力を感じますね……。これは一体……?」

『アラクネ……ゴルゴーン……それに、ヴァンピール。いずれも強力な魔眼を有している神話級の生物だな……。まったく、よくぞこんなものを取り揃えたものだ』

 いつの間にやら姿を現した銀狐が、それらを見るなり感心するように呟くが、それとは対照的に、吐き気でも催したように雨は項垂れていた。

「うへぇ~……。こうして近くで目の当たりにすると見た目がえげつないなー……生々しいって言うか……グロいー……。まあ、幽霊よりはマシだけど、生理的に受け付けないわー……」

「駄々を捏ねていないでさっさと武器を構えたらどうですか?あんなものを野放しにしたら、それこそ始末に負えませんよ?」

 天草雪白が渇を入れるも、雨は気乗りしないとばかりに苦言を呈す。

「そりゃそうなんだけど、そーいう文句は野放しにした張本人に――って、あの変態野郎!?どこに消えた!?」

 雨の指が指し示した方向に、それまでそこに居たはずのイクスの姿は無く、皆が揃って周囲をキョロキョロと見回す。

「ああっ!?あ、あそこです!?」


「――少しばかり誤解させてしまったようですが、それらはただの足止めです。()()()()()の準備が整うまで、貴方たちはその子達と遊んでいてください」


 イクスはいつの間にやら小さな扉の前に移動していたかと思うと、私たちにそれだけ言い残し、そそくさと扉の奥へ姿を消した。

「どさくさ紛れに地面を抉り、植物の根っこごと引き抜いたようですね……。どこまでも人間離れしていますね……」

「とりま、こっちは本命じゃないってわけねー……」


 …


「ズルい……。私もアレ、やってみたいです……!!」

 雹果が三つの影を指差しながら呟くと、右腕をわざとらしく大きく左に振り、そして振り抜くように前方へ向け、例のポーズを決める。

「――行けっ!!クロ、シロさん、ガーくん!!」

 その号令とともに二人の影がどこからともなく出現し、ガーくんと呼ばれた銀狐はやれやれといった様子で、仕方なくその並びについた。

『ほほう……?此奴がヴァンピールとな……?見るに、意思も擁せぬ不完全な紛い物のようじゃが、我が同胞に手を掛けるような賊に使役されているとなれば、妾が手を下さぬわけにもいかぬじゃろうて?』

 未だ幼い容姿のままの吸血鬼は、その背中から蝙蝠(こうもり)のような翼を広げて空中に飛び上がると、尖った八重歯を覗かせながら腕を組み、その小さくて愛くるしい姿におよそ似つかわしくないドデカイ態度で、大人の女吸血鬼をドヤ顔で睨み返す。

『まだ意気がる余力は残っていたのだな?先刻、機械人形にコテンパンに伸された傷はもう癒えたのか?主の犬よ?』

『意気がるじゃと……!?き、貴様……妾を愚弄するつもりか!?あの程度で後れを取るほど鈍ってはおらぬわ!?吸血鬼の回復力を舐めるでない!!だいたい、見た目なら(うぬ)のほうが犬であろう!?よいか、見ておれ!?その薄()けた金の(まなこ)に、妾が華麗に戦う様をしかと焼き付けるがよい!!』

 答えなど待たずして、吸血鬼の幼女が女吸血鬼へと突進してゆく様を見て、銀狐は心底呆れた様子で深く長い溜息を吐く。

『やれやれまったく、世話のかかる……。あれでは見た目も中身もただの子供ではないか……』

 銀狐は重い腰を上げると、ヴァンピールと呼ばれた吸血鬼の方へと向き直った。

『……仕方ない。私はあのじゃじゃ馬娘の子守りに付き合うとするが、雹果は――』

「私の相手はこっち」

 下半身が大蛇、頭部に毛髪は無く、その代わりに無数の蛇を生やしている女性型の化け物――創作物語などでは一般的にゴルゴーンと呼ばれているそれを見据えながら、雹果は呟く。

『ほう……対して、こちらの成長は早いものだ……』

 雹果は自らの持つ鏡の盾を展開し終え、既にゴルゴーンの視界から外れるように身を隠していた。

『石化の魔眼に注意しろ――などと、当たり前の助言をするまでも無さそうだな』

「それで?あの子だけでは戦力的に心許無(こころもとな)い……とでも言いたいのでしょう?」

 天草雪白は銀狐の隣に並び立つと、顔も合わせず、呟くように語りかける。

『何から何までお見通し……というわけか。一度姿を見せてしまった以上、覚悟はしていたが……。やはり、縁を絶とうとその目は八代のもの……ということだな』

「……八代の血筋は関係ありません。貴方ならそう言うだろうと思っただけです」

 天草雪白は巨大な狐になった恋人を見上げ、ニッコリと笑顔を向けた。

『積もる話はこの件が終わってから……だな。任せて良いか?雪白くん?』

「無論です。私はあの子の()ですから」


 …


「さーて、とりま良いものも見れたし……と。そんじゃま、残りモノの私とイノはあの蜘蛛女が相手ってことだな?」

「そうですわね」

 雨と祈莉の二人が阿吽の呼吸で頷き合うと、ほぼ同時にその言葉を紡ぎ始める。


「――穢れなき、祝福の雨!シャイニー・リイン!」

「――万物に届け、豊穣の祈り!シャイニー・イア!」


 強烈な光が二人を包み込んだ直後、雨はマーチング衣装のような青い魔法少女服、祈莉はメイド服に似た黄色い魔法少女服という懐かしい姿にそれぞれ身を包んでいた。


「あれ……?二人とも変身できたの……?というか、身体能力が上がるのに、なんで今まで変身しなかったの……?」

 頭を過ぎった疑問を私がそのまま訊ねると、雨はどこか気まずそうな様子でそっぽを向き、祈莉に視線を送る。

「えっ……!?あ、いや……だって……なあ?イノ?」

「へっ!?そ……それは……」

 会話のボールを受け取った祈莉は、慌てながら目を泳がせ、恥ずかしそうに俯きながら口を開く。

「こ、この格好は今着るとなっては……その……恥ずかしいですし……。それに一応伸縮はするのですけれど、しょ、少々腰と胸周りが窮屈になっていまして……」

「――というわけだ」

 衝撃の新事実を聞かされ、見事な斬鉄剣返しを食らうことになった私の心は真っ二つに両断され、私は膝を崩し、その場に倒れ込むほかなかった。

「き……聞いた私が馬鹿だった……」

 成長する過程で、体型に目立った変化が表れなかった私にとって、そのようなあるある経験は発生せず、当然ながら知る由もなかった。

 世の不条理を嘆きながら俯いていると、ニ方向から手が差し出されていることに気付き、私はふと顔を上げる。

「つーわけで、まあこっちは本気モードなわけだから心配いらない。だから、チーは気兼ねなくあの変態を追ってくれよ?」

「あーちゃん……?」

「あの方が何をお考えなのかは判りませんが、きっと悪いことをお考えなのでしょう。ですが、私たちが後を追ったところで返り討ちにされてしまうのが関の山。あの方と対等に渡り合えるのはチーちゃんだけですわ」

「イノちゃん……」

 差し伸ばされた二人の手を握った直後、私の体は一瞬だけ宙に浮くかのような感覚に見舞われ、私は夢心地のうちに再び重力の感覚を得た。

「これはチーにしか出来ないことだ。それに、イクスの野郎をぶっ倒すことがチーのやるべきことなんだろ?」

 私はその問いに迷うことなく、大きく頷き返す。

「私は今の今まで、ただの“可能性”だったんだと思う……。でも、それは私次第で変えることが出来るってことを、あの人に教えてもらった。だから、今から私は“可能性”から“希望”になってみせる……!」

 そこにある絆を確かめるように、私は繋がれた手を強く握る。

 すると二人は無言ながらも、私の意思に応えるようにギュッと手を握り返した。

「ありがとう……二人とも」

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