第4話 魔法少女は友達想いで。(3)
◆4月5日 午後1時◆
「はぁ……」
昼休みになって、コンビニで昼食を買っていないことに気付いた私は、購買部へと一目散に走った。
だが、私の考えが浅はかであることを私は痛感することになった。
購買部に辿り付いた時、大勢の学生が我先にと溢れ返り、奇声と怒声が飛び交う戦場と化していた。
教室棟三階に位置する一年生の教室は、他の学年に比べて移動距離が長く、多少は不利であることは理解していたのだが、どうやら必須なのは素早さなどではなく、別のスキルが必要であることが判明した。
「あれは私には無理ゲーだろ……」
あの競争を勝ち抜くのに必要なのは素早さなどではなく、アピールする声量と身長が必要不可欠であり、そんな状況に置かれた私など路傍の石となんら変わらないのだということを私は心底悟った。
揉みくちゃにされた挙句、声も通らず、結果として、余ったジャムパンを片手に中庭のベンチで昼食をとることになった私は、敗北の味を噛み締めながら、昨晩の出来事を思い返す。
◇◇◇
◆4月4日 午後4時10分◆
雨が降る中、出来たばかりの水溜りを何度も踏み抜きながら、私は引っ張られるがままに暫く走らされた。
――パシン!
「離して!」
学校へと続く桜並木の辺りまで辿り着いたところで、私はその手を振りほどいた。
「……」
私の腕を掴んでいた影は、見覚えのある風貌をしていた。
金髪ツインテール、青い瞳、黒いゴスロリファッションに身を包んだ人物――つまり、子猫を弔う際に出会った黒幼女その人だった。
なぜあの場に居たのかという疑問もあるにはあったが、それよりも雨を助けなければいけないという想いが勝り、私はすぐさま踵を返す。
しかし、私の手首は再び掴まれ、見た目にそぐわないほどの力で制止されることになった。
「だから、離して!!」
私はすぐさま睨み返す。
「行っても無駄だよ。あそこにはもう居ない。それに――」
黒幼女は目を細め、鋭い視線で睨み返してきた。
「今のアンタじゃアイツには勝てない」
世の中そんなに上手くいかないことは良く知っているはずだというのに、心のどこかで「きっと雨のことだから無事」だとか、「最悪、三日後に上手くやればなんとかなる」だとか、楽観視している――そんな私の思考すらも見透かされているような言葉だった。
「そ……れは……」
図星を指され、現実を受け入れたことによって、怒りや悲しみ、絶望感や喪失感といった感情が私の中に一気に込み上げ、私は支えを失ったように膝から崩れ落ちた。
そして、私の嗚咽は雨音に掻き消され、抑えきれずに溢れた感情は全て雨粒に溶け込んていった。
「……はい。大事なんでしょ、この子。大切にしてあげて」
黒幼女の手には何故かクマゴローが抱えられており、私は差し出された子猫を、両手で受け取る。
「――あたた……かい」
あれほどの危険に晒されたというのに、何事も無かったかのように小さな寝息を立てていた。
冷たい雨が降っているというのに日差しのように温かく、小さいながらも大きな存在感を持つそれを手にすると、私の手は自然と動き、優しく抱きしめていた。
「……ありがとう。それじゃあ、バイバイ。チー」
そう言い残すと、黒幼女は私たちを残し、近くの路地へと姿を消した。
◇
◆4月5日 午後1時2分◆
(結局、あの黒幼女は何者だったんだ……?)
「……あ」
昨夜の記憶を思い返していると、ふと私の視界に緑色のエプロンをした見覚えのある人物が通りがかり、私は思わず声を漏らした。
「ん……? あれ……? キミは昨日の……」
昨日、公衆の面前で私に破廉恥な行為を行った人物――金髪王子だった。
あるかないかは置いておいて、私の胸を触った罪は万死に値するわけであり、必殺技コンボをかましてやりたいくらい怒りゲージは溜まっていたのだが、今の私は怒りという感情が湧かず、そういう気分ではなかったため、咄嗟に視線を逸らし、無関心を装いながらその場をやり過ごそうと視線を逸らす。
しかしながら、向こうはこちらを捉えて近寄ってきたため、私は身構える。
「キミ、五月さんの友達……だったよね? 前に写真を見せてもらったことがあるんだ。同い年で同じくらいの身長の人が居るって。本当に居て驚いちゃったよ」
(おい、個人情報駄々漏れだぞ、雨)
「それはそうと、昨日はごめんなさい! すぐに謝ろうと思ったんだけど、キミすぐにどこかに行っちゃったから」
「いい、別に。今は怒ってない、から」
「よ、よかった~……。ありがとう!」
金髪王子が胸を撫で下ろして安堵するその表情を見せたその瞬間、私の脳裏にとある光景がフラッシュバックのように浮かんできた。
「あの……さ。一応……確認。双子の兄妹とか……そっくりな親戚……いる?」
「え……? 兄妹は居ないし、親戚にも居ないと思うけど……? なんでそんなことを……?」
「それじゃもしかして……女装してたりする?」
「へっ……? ぼ、僕が……? そ、そんなことするわけないでしょ!?」
それらの質問は、ただ興味本位で訊いたわけではなく、公園で出会った黒幼女の顔が金髪王子に酷似していることに気付いたからだった。
もしかすると本人かもしれないと思ってはいたものの、嫌悪感の胞子が出ている様子から、本人である可能性も、そういった趣向の持ち主でも無いことはハッキリした。
「でもまあ、前にクラスの女子に面白がって着せられたりしたことはあったけど……。あの時は、男としての尊厳を踏みにじられた気分だったよ……。まったく……」
「写真……。その写真ない?」
別に女装男子に興味があるわけではなかったが、少しばかり気に掛かることがあったため、私はその写真を所望した。
すると、金髪王子はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「え……!? いや、あるにはあるけど……。でも、恥ずかしいから他人にはあんまり見せたくないんだけど……」
ここで退くわけにもいかないと考え、無言で睨みを利かせると、金髪王子は呆れ果てたように大きな溜息を吐き、スマホを取り出した。
「わ、わかったよ……。昨日のこともあるし……ちょっと待ってて……これだよ――って、ああっ!? ちょ、ちょっと!?」
見せられたスマホを強引に奪い取り、スマホに表示された写真を私は凝視し、細かい部分までつぶさに観察する。
(なるほど……。そういうことか……)
まだ確証と呼べるものはなかったが、その写真によって私の中で点と点が繋がった。