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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
ライジング・サン編
169/183

第33話 魔法少女は託し託される者で。(2)

 ◆???◆


 ――長かった。

 本当に、長い道程だった。

 この時が来るのを、私はどれだけ待ち続けていたのか。

 今となっては、それを数えることすら億劫なほどに時間は流れた。

 だけど、ようやくだ。

 私はようやく“可能性”としての役目を果たすことが出来る。


「はぁ……!はぁ……!!」

 ピンク色の派手な服を着たその少女は呼吸を荒くし、顔に疲れの色を滲ませながらも、白煙の先を険しい表情でジッと見つめ続ける。

 やがて、肌を撫でるような緩やかな風によって白煙は薄らぎ、対峙していたはずの巨大な影が消えていることを少女が確認すると、緊張で強張った表情を少しばかり緩ませる。

「やっ……た……?」

 己の勝利に確信を持つことが出来なかったのか、少女は恐る恐るといった様子で白煙の中心へと足を進める。

 しかし、暫く進んだところで少女はピタリと足を止めた。

「……っ!?」

 足元に倒れ伏す白くて丸いその生物を視界に捉えるや否や、少女は杖を放り投げて駆け寄り、それを両手で拾い上げる。

「ノワ……!?どうしてここに!?わたしの魔法に巻き込まれたの!?でも……この怪我って……」

 腹部と両手に残る火傷のような痕を確認し、少女は何かに気付いたようにハッと顔を上げる。

「これって……まさか……っ!?」

 白い生物は介抱の手を拒むように少女の手から離れ、自らの力でフワフワと浮かび上がる。

『……そうだよ。僕がツキノワ。ごめんね?隠していて?』

「ツキノワが……ノワ……?どう……して……?まさか、操られて……!?」

 気を取り乱している少女とは正反対に、白い生物は淡々と言葉を並べる。

『それは違うよー。これは僕の意思でやったこと……。キミたちの言葉で言うと、先行投資とでも呼べるのかなー……?』

「せんこう……とうし……?」

 何を言っているのか判らないと言いたげに、少女は首を傾げる。

『魔法少女のように強くなって悪い敵を倒すこと――それがリインの願いだった。だから、僕は彼女の願いを叶えるために、キミたちを魔法少女として選び、ツキノワとなって悪い敵を演じ、キミたちに成長する機会を与えてきた……』

「わたしたちの戦いは……全部、嘘だったってこと……?それじゃあ……わたしたちは何のために……」

 まるで心が折られたかのように、少女はその場に座り込んだ。

『でも、これは失敗だね……。キミに僕の正体がバレてしまった以上、リインの願いがもう叶うことはない……』

「……!?」

 ノワと呼ばれた白い生物は、綿帽子のように体を風に委ねながら、どこへともなくフワフワと飛んでゆく。

 だが、その少女は手負いだろうがお構いなしとばかりに、そのやわらかそうな頭部をムンズと掴む。

『……何をするんだい?レム?』

「……それはこっちのセリフ。どこに行くつもり?」

『僕の役目は終わった。だから僕はキミたちの前から姿を消すよー』

 少女の眉がその一言でへの字に曲がり、白い生物の頭部は少女の握力でぐにゃりと歪んだ。

「その前にやることがあるでしょ……」

『やること?代わりに別の願いを叶えるってことかなー?ザンネンだけど今の僕に願いを叶える力は――』

「……友達のことをずっと騙していたんだ。本人から説明も無しにハイさようならー……なんて許されない……。だからちゃんと説明するなり、謝るなりしてから行けって言ってるの!いいから来て!!」

 少女は有無を言わさず、白い生物を引っ張るようにしながら踵を返す。

『とも……だち……』


 …


「二人とも起きて……!!ツキノワは倒した……というか、それがノワだったんだけど……。でも、ノワは無事だった……けど、私たちはそのノワに騙されていて……って!あーもう!説明がややこしいな!!」

 レムと呼ばれていた少女が、ひとり混乱しながら自分にノリツッコミを入れているのを余所に、ノワは何かの異変を察して、地面に倒れていた青い服の少女のもとへ舞い降りる。

『おや……?』

 ノワの不審な挙動に何かを察した少女もまた、その少女のもとへと駆け寄る。

「あー……ちゃん……?」

 倒れていた少女を抱き起こすも、青い服の少女はまるで人形のように四肢を垂らし、その顔は血の気を失ったように青ざめていた。

 その様子を見た少女は大きな声を上げ、彼女が一刻を争うような状況であることをようやく察した。

「……!?呼吸……してない……!?このままじゃ、あーちゃんが……なんで……!?どうして、こんなことに……!?」

『さっきキミがリインから力を受け取ったとき、生きるために最低限必要なエネルギーまで吸収してしまったんだろうねー』

「エネルギー……?吸収……?何を言ってるの……?」

『キミたちシャイニー・レムリィにはそれぞれ植物、動物、鉱物の力をそれぞれ分け与えている。レムには植物に由来する力を与えているから、根や葉から外界の力を取り込み、他者から生命エネルギーやその能力を吸い取って自分の力に変換することが可能だった。だけど、どうやら今回はその力が強く出てしまったみたいだね』

「吸い……取った……。わたしが二人の力を借りたから……?それじゃ、わたしの……せい……?」

 少女は自らの頭を抱えながら俯いたかと思うと、すぐさま顔を上げ、ノワの体をその両手で締め上げる。

「ノワ!!あーちゃんを生き返らせる魔法をわたしに教えて!!」

『……?ザンネンだけど、魔法で人間を生き返らせることは出来ないよ』

「そん……な……。それじゃあ……あーちゃんはどうなるの……!?」

 数秒の沈黙の後、あーちゃんと呼ばれた少女を背中に背負ったかと思うと、腰にあしらわれていたリボンを外し、そのリボンで少女の体を自分に固定しはじめた。

『何をする気だい?』

「私があーちゃんを背負って、全速力でお医者さんに連れて行く……。そうすれば間に合うかもしれない……いや、絶対に間に合わせてみせる……!!」

 ひと通りの準備が整うと、少女はクラウチングスタートをするかのように腰を低く屈める。

 そして少女は大きく息を吸い、そして魔法を唱えようと口を大きく開く。

「シャイニー……――」


『――そんなことをしても無駄。それじゃその子は助からない』


「――っ!?」

 私がその行為を遮るように声を発すると、少女はようやく私の存在に気付き、慌てて顔を上げる。

「あなたは……だれ……っ!?」

 進路を阻むように立ち塞がる私を一目見て、少女は血相を変えながら声を上げる。

「なっ!?なんでそこにあーちゃんが!?あ、あーちゃんを返して!?」

 少女は自分の背に背負っていたはずの少女が姿を消していたことにまず驚き、いつの間にか私の腕に抱き抱えられていたことに、二度驚く。

『早とちりしない。大丈夫、この子はまだ生きようとしている』

「生きようとしている……?死んで……ない……?」

 少女を少しでも冷静にさせるため、私はあえて大きく頷く。

『ああ。絶望するのはまだまだ早いよ。希望ならまだある』

「希望……。あなたなら、あーちゃんを助けることが出来るの……?だ……だったらお願い!!あーちゃんを今すぐ助けて!?」

 少女は突然私に掴みかかり、曇り一つ無い瞳に一杯の涙を蓄えながら私の顔を見上げた。

 私の体は条件反射のようにその涙を拭い、家族と一緒に過ごしていたときのことを思い浮かべながら、その頭を優しく撫でる。

『いいや。私はただちょっとしたアドバイスをしに来ただけ。彼女を救うのは私じゃなくて、君の役目』

「わたし……が……?あーちゃんを……?」

 私はしゃがみ込み、その少女の瞳を覗き込むようにまっすぐ見据える。

『自分の全てを失ってでも、彼女を助ける……。君にその覚悟はある?』

 私がそう問いかけると、その少女は迷う素振りなどまったく見せることなく、その首を大きく縦に振る。

「わたしは絶対、あーちゃんを死なせたりなんかしない!!」

 並々ならぬ決意に満ちた、純粋という言葉を体現したような眼差しを真っ向から向けられ、私は恥ずかしいやら誇らしいやらの感情を抱きながらも、少女に笑みを返す。

『……良い答えだ』

 地面に膝を突き、膝枕をするような形で抱き抱えていた少女を横に寝かせる。

『それじゃ、この子の両手を強く握って。それから、自分の腕を通して血液が循環するみたいに、エネルギーを送るようなイメージを頭に浮かべる……。わかる?』

「血液……循環……?血が流れるように……?」

 少女は私の言葉を疑う様子も無く、言われたままにもう一人の少女の両手を取る。

 すると、数秒もしないうちに光の粒子が少女の腕を通り、もう一人の少女へと流れ込む様子が私の目に映った。

『へぇ……』

「こ……これでいいの……?」

『上出来。それでいい。暫くの間、そうしているんだ。これから君は死にそうなほど苦しくなるだろうけど、そこはなんとか我慢して。気を失ったら彼女の命はそこで終わりだ』

「……!?」

『でも、君は()()()彼女を死なせたりしない。そうでしょ?』

 少女は力強く頷くと、すぐさま真剣な面持ちに変わり、もう一人の少女の顔をジッと見つめながら、祈るように力を送り続けた。


 …


「はぁ……はぁ……!っく、はぁ……!!」

 それほど時間は経過していないというのに、まるで長距離マラソンを走り終えたあとのように肩を上下に揺らしながら、少女は大粒の汗を地面にポツリポツリと落としていた。

 だが、少女は一言として音を上げるようなことも無く、一度だってその手を離すことは無かった。

『お疲れ様』

「え……?」

 もう一人の少女の顔に血の気が戻ったことを確認し、私は功労者の頭を撫でる。

『取り合えず、窮地は脱した。良く頑張ったな……。これで二人は一心同体だ……』

「あーちゃんが……はぁ……はぁ……助かった……?これで……あーちゃんは……」

 私が終わりを告げた直後、少女は糸の切れた人形のように地面へと倒れ込んだ。

「あ……れ……?体が……?」

『君の生命力の大半は、彼女の中に移動したからな……。だから――』

 君の体の半分は動かなくなった――それが変えようも無い事実であり、それを幼い彼女に告げることが残酷であること知りながらも、私は重い口を開く。

 だが、私の葛藤を余所に、少女はあっけらかんとした様子で答える。

「でも……あーちゃんの命が……助かって……良かったー……。だって……私のせいであーちゃんを死なせてしまったら……私は絶対に後悔してた……と思う……。だから……本当に……良かった……」

 純粋さに満ちた少女の言葉を聞き、私は自分の考えを改めた。

『そっか……。そうだったな……』

 自分がしたその選択を、私自身が一度だって悔いたことは無かったことを思い出し、私はそれ以上のことを少女に伝えることをやめた。

『君の持つ力は人の命を奪う危険性がある……。でも、使い方さえ間違えなければ、その力は人を助けることも出来る。だから、今は悲観しなくてもいい。君のその力は、多くの人間を笑顔に出来る可能性を秘めている』

「うん……ありが……とう……」

 少女は一瞬だけ言葉に詰まり、私の顔をまじまじと見つめる。

「そういえば……。お姉さんは一体ナニモノ……なの……?どうして、わたしがあーちゃんを助けられるって知っていたの……?」

『何者……か……。それはなかなか困る質問だな……』

 さまざまな名を冠してきた私だったが、もはや自分という存在を表す名が何なのか、自分自身でもよく判っていなかった。

 自分という非現実的な存在を一言で表す言葉が思いつかず、私はおおよそ似通った存在の名を挙げる。

『あえて言うなら……通りすがりの……神……的な?』

「かみ……さま……?」

 自称・神の言葉を疑いもせず、少女はどこか納得したように安堵の吐息を吐く。

「そっか……。神様に逢えたなんて……わたしは運が良かったな……」

 私は首を横に振り、少女の言葉を否定する。

『……違うよ。君が友達を大切に想う気持ちが、私をここへと導いた。それは運じゃない――“必然”だ』

 私は少女の手を握り、耳元で呟く。

『君は私のことを忘れてしまうけど、そのときが来れば必ず思い出す。だから、私の言葉の一言一句、全部その頭に刻み込んでおいて』

「……?」

『私は“可能性”。君が“可能性”になるか“希望”になるかは君次第。だから、私は今ある全てを君に託す』

 私は少女の手を強く握り、そこに意識を集中させる。

 すると、私から発せられたその力の波は、私の手から少女の腕を伝わり、その小さな体へと流れ込んでゆく。

「う……ああ……!?な……に……こ……れ……!?」

 少女は目を大きく見開き、痙攣するように全身を震わせる。

『多くの困難が君を待っているかもしれない。だけど、これだけは絶対に覚えておいて――諦めの悪さだけは、君の右に出るものはいないって』

「あう……!?うあああ……!?」

 悶える少女の顔を覗き込みながら、私はもう一つの大事なことを伝える。

『それともう一つ……。君の瞳の色は――“黒い”。誰がなんて言おうと……ね?』

 私が呟くと、少女は歯を食いしばりながら、私に視線を送る。

「私の瞳の色は……黒……い……?」

『そう。それさえ憶えていれば、君はきっと皆の“希望”になれるはず』

 私の語り聞かせが終わると、少女は私に笑顔を返しながら頷き、そして眠るように瞼を閉じた。

 仲良く並びながら眠る三人の姿を見て、私は名残惜しむように呟く。

『じゃあね。イノちゃん……あーちゃん……。そして、もう一人の私……』

 後ろ髪引かれる気持ちを振り切るように踵を返し、数年間の余生をどう過ごすかを私が考え始める。

 その矢先だった。

『……強大なんて言葉じゃ言い表せないほどの願いの力をキミは秘めていた。それなのに、どうしてその力をレムに譲ってしまったんだい?』

 私を呼び止めるように掛けられた声に、私は思わず足を止め、振り返る。

 すると、ノワは不思議そうに首を傾げていた。

『……あの子が求めていたから、私は応えた。それに、私は私のためにそうしただけ。お前たちがしてきたことと同じだよ』

『へえー……。僕のことも知っているのかい?これはいよいよもって不可解だねー?』

 私は不可解と言われたことで、少しだけ眉を動かす。

『まさか、正体不明系のお前にそんなことを言われる日が来るとはねー……』

『キミは僕らに似た力を持っているけど、どこか違う存在。神様という表現も少し違っているねー?キミは一体、何者なんだい?』

 まるで、警察の取調べのように次々に疑問を投げつけるノワに、私は今までのお返しとばかりにおどけた態度で返答する。

『正解者に拍手ー。よくできましたー』

 私はノワの推察力に軽い拍手を送り終えると、おもむろに人差し指を立てる。

 そして、それを自分の唇の前に運び、この状況に相応しいセリフを引用する。

『でも……それは禁則事項です♪』

 私はそれだけ告げると、その場を後にした。





 ◆6月20日 午後6時42分◆


「――最後に一つ質問です。貴女の瞳は何色ですか?」

 イクスの言葉に、私の思考は一瞬停止する。


 ――私の……瞳の色……?


 質問の意図を考える間もなく、私の口は自然と動く。


「黒い……!!」

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