第31話 魔法少女は変わりゆく世界で。(4)
◆6月29日 午後2時30分◆
私は震える右手を見つめながら、あの瞬間を重ねるように思い出す。
「あーちゃんを殺したのは……私だ……」
私の頭の中はぐちゃぐちゃに掻き回されたかのように混乱していた。
それは気が動転して思考する力を失っているという意味合いではなく、事実を受け入れることが出来ない感情と、それに反するように事実を突きつける記憶とが、真っ向から対立していると表現したほうが近いと言えた。
「私は考えもしてこなかった……。自分の魔法が何をエネルギーにしていたかなんて……」
『キミはようやく理解したようだねー?僕が前に言ったことの意味を?』
ノワの言う「前に言ったこと」が指し示しているのは、「周囲の事を知るよりも、まずは自分について知ったほうが良い」という、あの意味深な言葉だろう。
あの時の私は、どういった意味の言葉なのかを理解できなかった。
だが、今思えばそれは正しかった。
なぜなら、私は自分の犯した罪すらも忘れ、今の今までのうのうと過ごしてきたのだから。
「魔法少女としてのレムに与えられていた力は、植物に由来するもの……。私は六年前のあの時、自分の力不足を補うために、リインとイアから力を受け取った……」
魔法少女に戻る以前の私は、頻繁に魔法を使うことなど出来はしなかった。
その理由は、“友達”という関係を否定していたことによって願いの力が弱まり、それが要因となって魔法の力が弱まっていたからだと私は推察していた。
だが、雨と仲直りを果たしたことで魔法少女に戻り、現役の頃と遜色なく魔法を使うことが出来るまでに戻っただけでなく、雹果と友達になったことによってミラフォームへのフォームチェンジや、関係性の糸を視認する能力なんてものまで付与されるに至った。
その状況を鑑みても、私の推察はそれほど的外れというわけではなく、ほぼ間違いないだろうとさえ考えていた。
しかしながら、それは大きな勘違いだといえた。
「受け取ったなんておこがましい……。だって私は、根から水や養分を吸い取るように、人から吸収したエネルギーや能力を自分のものにしていたんだから……」
盗人猛々しいとはよく言うように、“友達”だとか“親友”だとか都合の良いことを言いながら地中にひっそりと根を張り、友達面をしながら能力やエネルギーを吸い取り続け、それらを我が物として使っていた。
そこまでであれば知らず知らずに行っていたこととして情状酌量の余地はあったのかもしれないが、私は越えてはいけない一線を越えてしまっていた。
「あのとき私は、大きな過ちを犯した……。私はリインからエネルギーと一緒に命まで奪ってしまった……」
瀕死の人間からエネルギーを無理矢理に吸収すればどうなるかなど、誰だって容易に想像がつくというのに、あの時の私は周囲のことなど気にも留めず、ただ目の前の敵に勝つためだけに、雨から不足していたエネルギーを吸収し、その挙句、大切な友達を死に至らしめた。
『キミが悲観することはないさー。だってあの時、キミはちゃんとリインの命を繋ぎとめたじゃないか?ほんの数分で死を迎えるはずだったリインが、あれほどまで生き長らえたんだよ?それは紛れもなくキミが成し得たことだよー?』
「……っ!」
恐らくノワは何の気なしにそう語り、笑みを浮かべたのだろう。
だが、私は逆撫でされるような不快感と怒りを抱いていた。
すぐさま反論したようとしたものの、その怒りをここでノワにぶつけるのは筋違いであるとなんとか自制し、私は唇を強く噛んだ。
「……私には植物の根と同じ“奪う力”があると同時に、果実のようにエネルギーを凝縮して“与える力”もあった……。それこそが“光”を操る力の正体……」
以前、私は育てていたアサガオを数日足らずで枯らしてしまったことがあった。
不可解なことに、それはただ病気や栄養不足で枯れたのではなく、急激に成長し、花を開き、種を付けてから枯れていた。
当時の私にその現象は理解できず、たまたま成長の早い種だったとか、栄養豊富な土だったから育ちが早かっただろうとか、自分なりに納得のいく理由を付けていた。
結局それは勘違いであり、栄養を与えていたのは私自身だった。
植物とまったく同じ力を有しており、“与える力”が私に備わっていたとしたのなら、アサガオを枯らした現象についても私が水に力を与えていたということで説明がつくし、ポーションや聖水として魔法の力を付与することが出来たのも頷ける。
そしてなにより、長い間不可解だったもう一つの現象についても、納得のいく説明がつくことになる。
「私の目に映っていたのは“光”だったかもしれないけど、私が実際に操っていたのは“光”ではなくエネルギーそのもの……。放出される負の感情もエネルギーの一種と考えれば、思念の胞子もまた、それと同じ……」
私は光で相手を攻撃したり、加速に転用したりしてきた。
それは見た目と結果が一致するというだけで、私はその本質をまったく理解していなかったと言えた。
私自身がエネルギーを“与える力”を有しているのであれば、エネルギーを自在に放出することも可能であるし、それは“光”という形で私の目に映り、操っているようにも見える。
つまり、私が操っていたのはエネルギーそのものであり、私の目はそれらを光や胞子という形で視認していたと言い換えることも出来た。
「あの時の私は、倒れたあーちゃんの呼吸が止まっているのを確認して、ノワに人を生き返らせる魔法がないかを問いただした。だけどそんな方法は無いと言われて、自分の無力さを嘆きながら、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった……」
――『絶望するのはまだまだ早いよ。希望ならまだある』
「声が聞こえて顔を上げると、目の前にあの人がいた。そして、私にはまだ出来ることがあると、その人は私に告げた」
突然私の目の前に現れたその人がどんな人物だったのかは、なぜか未だに思い出せてはいない。
だが、あの人が何を言ったのかだけは、約束どおりハッキリと覚えていた。
――『自分の全てを失ってでも、彼女を助ける……。君にその覚悟はある?』
「あーちゃんを助けられる可能性が少しでも残っているのなら、私は……」
過去の自分の言葉をなぞるように小さく呟き、私は自分の左頬に触れる。
「あの人に言われたとおりに光を操り、私はあーちゃんに力を与え続けた……。どれくらいの時間を掛けたのかも覚えていない……。暫くしてあーちゃんは息を吹き返し、私はその場に倒れ、その時を境に身体の半分は動かなくなった……。その時の私は何も理解できていなかったけど、それが代償であることはなんとなく理解した……。でも、それでいいと思った……。あーちゃんを助けられたんだから……」
今の私には、一連の行動の意味やそれによって起きた事の原理が理解できていた。
“五月雨のようになりたい”という私の願いによって、私の魔法少女の力は維持され、私の“与える力”によって半永久的に生命力を供給し続けることによって、雨は命を繋ぎとめることになった――つまり、私たち二人は互いを補い合う一種の循環装置となり、言うなれば一心同体となっていたと考えられる。
「だけど……事実は変わらない……。あーちゃんの命を繋ぎとめることは出来ても、私があーちゃんを死に至らしめたことや、結果的にあーちゃんにいろんな事実を隠す形になったことも変わらない……。今思えば、私は最低の親友だった……」
ノワの言うように、あのまま私が何もせずにいたら、雨はあの場で死を迎えていたことだろう。
だからといって、自分の失敗によって人を瀕死にまで追い込んでおいて、その命を救ったなどと胸を張って言えるわけもないし、その罪や過ちが消えるわけではない。
罪というものは単純な足し引きで計算できるものではなく、1を引いて1を足した結果、それがゼロだったとしても、一度引かれたという事実に変わりはないのだ。
『やっぱりキミは、あの時から何も変わっていないねー』
顔を上げると、ノワはいつの間にか私の目の前に移動しており、私の顔を覗き込んでいた。
『今の僕は、あの時のキミを何が何でも止めるべきだったと後悔しているよー』
「……っ!」
聞き捨てならないその発言によって抑え込んでいた怒りのタガが外れ、私は感情にまかせて口を開いた。
「あーちゃんを見捨てるべきだったって……お前はそう言いたいのか……!?そもそも、お前があーちゃんの願いを叶えるなんてことしなければ……!!」
自分が言ってはいけないことを口走ってしまったことに、私はすぐに後悔の念を抱いた。
「悪い……今のナシで……」
ノワは敵の親玉を自ら演じてまで雨の願いを叶えただけであり、そこに悪意などないどころか、善意しか存在しない。
それに対して私は、雨から承諾も無しにエネルギーを奪い、死の淵まで追い込んだ。
全ての非は私にあり、私がノワを咎めるのは八つ当たりに他ならなかった。
『……あの時の僕は彼女に固執し過ぎていた。だからキミの行為を止めることはしなかった。それは認めるよー。でも、そのせいで世界から希望が消えてしまうのだから、言ってみれば僕も同罪だねー』
「世界から……希望……?何を……」
唐突に出てきた“世界”や“希望”という言葉が引っ掛かり、私はオウム返しのように復唱する。
『……そう遠くない未来、あることをきっかけに、この世界に生きる人間は100分の1まで減少してしまう……そう言ったらキミは信じられるかい?』
唐突過ぎるその発言に、私は一瞬思考が停止する。
「ひゃ、100分の1……?そんな馬鹿げたことあるはずないだろ……」
現在の人口がどうなっているかは、まるまる一年眠っていた私では判らないものの、私の知っている情報である76億人が7600万人まで減るとするのであれば、75億人以上の人間が命を落としたことを意味する。
たとえ世界規模の戦争や伝染病によるパンデミックが起こったとしても、それほど減少する要因足り得ず、考えられるとすれば人類の大半を死滅させるほど大きな天変地異とか、映画などによくある巨大隕石の落下くらいしか思いつかない。
だが、それらが仮に起こったとしても、生き残っている7600万人という数字も不自然に多く、まったく現実味のない話であるということを底上げしていた。
「……とりま、冗談とか妄想とかって話はナシにしとくとして、その原因はなに?」
ノワは私に背を向けると、目の前の大樹を見上げた。
『キミも知ってのとおり、イクスがあの兵器を完成させてしまったことだよ』
「兵器……?それってまさか……イクスシリーズのこと……?」
『イクスは遂に人造の神を創りあげた――彼はそれを“パンドラ”と呼んだ。それは“真理の目”の力を有し、悪の芽を摘むように、世界中から悪い心を持った人間を一人残らず消していった。その結果、人々は明日訪れるとも知れない恐怖に日々怯え、生きる希望を失い、人類は滅亡の一途を辿っていった』
ノワの語ったそれは、イクスが絵空事のように語っていたこととほぼ同じ内容だったが、細かい部分が具体的であり、以前のそれよりも現実味を帯びていた。
しかしながら、それを信じられるだけの根拠は一つもなく、私は話半分程度にそれを聞いていた。
「まるで見てきたみたいに言うな……。それじゃあ、お前には未来予知みたいな能力があって、この先の未来にそんなことが起こると知っている……。そう言いたいのか……?」
ノワはゆっくりと踵を返すと、私の隣に並び立った。
そして、目下に広がる景色を眺めながら、首を横に振った――今まで見たことのない、とても悲しそうな表情を浮かべながら。
『……違うよ。僕はその未来を知っている。だからこそ僕はこうしてキミと会っている……。だって、今僕たちが居るこの場所こそがその未来なんだから』
「――っ!?」
私はその言葉に驚愕を隠せぬまま、ゆっくりと振り返る。
そして、見渡す限り青々と広がる木々という説得力のある光景によって、強制的に納得を強いられる結果となった。
「未……来……」
私はその瞬間、ノワの語った物語にはじめて現実感を覚えるとともに、言い知れぬ恐怖を覚えることになった。
「も……もし仮にここが未来だとして……お前はなんでわざわざ、過去の人間である私にそんな話を聞かせる……?」
『今のキミにならまだ可能性があると僕は思っているんだー。だって、キミはまだ諦めていないから』
一般的にと言うのもなんだが、時間遡行モノの創作話では大抵の場合、過去の人間に未来の話をしたり、干渉したりすることはタブーとされていることが多い。
その理由は、干渉することで未来を変えてしまう危険性があり、生まれるべき人間がそもそも生まれなくなったり、私利私欲のために未来を書き換え、その人が望む未来を作って悪用されてしまうことが懸念されるという、倫理や世界協定に則った話であり、至極真っ当な理由でもあった。
もし仮にノワが未来からやってきたとしたのなら、過去の人間に未来のことを話すという危険性を知らない筈がない。
それは裏を返せば、私に未来の話を語ったということ自体がその答えだとも言えた。
『パンドラを倒すことが出来るとすれば、それはキミしかいないんだ。レム』
◇
◆6月29日 午後6時◆
「何か……ないのか……」
やや片付きはじめていた私の部屋は振り出しに戻り、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように、再び散らかっていた。
無論、それは私が暴れたからなんて理由ではなく、彼女の痕跡を探すために仕方のないことだった。
「こんなこと……あるはずない……」
以前借りていたはずの眼鏡は忽然と姿を消し、LIGHTからは連絡先が消え、私の周囲には彼女が存在していたという証拠はどこにも残っていなかった。
さらに、祈莉から伝え聞いた話によると、学校内のデータベースには彼女が在籍していたという痕跡すらなく、私も何度か泊まっている彼女の豪邸は、今も昔も別の人物が所有するものだったという話だった。
ようするに、記録や記憶も含め、“彼女が存在していた”というありとあらゆる痕跡が、まるで最初から存在していなかったかのように消し去られている状況だった。
「あの時間が……私の妄想や記憶違いであってたまるか……。きっとどこかに痕跡は残ってるはずだ……」
私たちは、三ヶ月にも満たない間しか時間を共にしていない。
だからといって、私にとって共に過ごしたあの時間は、間違いなく私にとって大切な時間だと言えた。
だからこそ、私はその思い出を無かったことになんて出来なかった。
「思い出せ……。眼鏡以外に、何か受け取ったものは――」
散らかった地面を掻き分け、まるで家捜しするように机の引き出しを一つずつ開けては中を漁り、掻き出しては閉める。
机に備え付いている大きな引き出しを一杯まで引き出し、その奥へと手を突っ込む。
すると何かが手に触れたのを感じ、私は気になってそれを引っ張り出す。
「これ……は……?」
それは私にとっては見慣れないものだった。
――『これ、ナニ?』
――『恋文ですの!』
「……!これ……だ……!!」
それは、未だ封の切られていないピンク色の便せんだった。
記憶も曖昧だったが、恐らくそれは私が彼女から最初にもらったものだった。
「よかった……」
それが目の前にあるという事実に私は安堵し、私は思わずそれを強く抱きしめた。
なぜならそれは、彼女が実在していたという証明であり、彼女へ繋がる唯一の手掛かりだったのだから。
「役に立つかどうかは判らない……。けど……知らないよりはマシだ……」
恋文といって渡されていたそれと睨み合い、二、三度ほど深呼吸をした後、その便せんを慎重かつ丁寧に開封しはじめる。
そして、恐る恐るその中身を取り出した。
「――!?」
そこには意外なものが入っていた。
「手紙と……スマホ……?というか、なんで二つ……?」
封筒の中には1通の手紙と、二つの端末が入っていた。