第30話 魔法少女はそれぞれの結末で。(2)
◆6月20日 午後6時25分◆
意識が覚醒し、銀髪を揺らしながら少年は顔を上げる。
「――?僕は……」
視界が朦朧としていたのか、銀髪少年は何度か瞬きを繰り返してからその目を大きく見開く。
「目が覚めたかい?」
声のした方向に銀髪少年が視線を移すと、そこには彼よりも少しばかり背の小さい、金髪の少年の姿が自分を覗き込む姿があった。
「キミは……誰だ……?」
「僕はキミだよ」
その返答に、銀髪少年は訝しげに金髪少年の顔を睨み返す。
「何を言ってるんだ……キミ……?頭おかしいのか……?」
「僕自身も、もう判らない。僕はキミであるのか、僕が僕であるのか。はたまた、まったく別の存在になってしまったのかさえね」
小さな溜息を吐くと、銀髪少年は呆れたと言いたげに首を振った。
「どうやら、キミは会話が得意とは呼べないみたいだねー……。正直、キミにそれほど興味はないから、質問を変えてあげるよ。僕に何の用だい?」
「これからキミは、魔法少女という存在に対して強い恨みを持つことになる」
金髪少年は質問にまったく掠りもしない返答を淡々と答えた。
「く、はっはっは……!僕がアイツ等に負けたからとでも言いたいワケー?僕はあの程度で固執するほど沸点は低くないんだけどー?まあ、このまま諦めるつもりもないんだけどねー?」
「そうだろうね。でも、キミの足がもう動かないことは事実なんだ」
「足……だって……?」
視線を自分の足に移し、銀髪少年はやや戸惑いながら足に力を込める。
「――!?」
銀髪少年はその言葉の意味を俄かに悟り、金髪少年を睨み返す。
「リインに負わされた傷は、キミから歩く自由を奪い、レムたちはキミが積み重ねた研究と居場所を奪う。それこそが、キミに魔法少女への強い恨みを抱かせる要因となる」
「……そんなのハッタリだねー。どうせ、筋弛緩剤でも使って僕の脚を一時的に動かなくしただけだろう?見掛けによらず、手の込んだことをするねー、キミ?僕にそんな戯言を信じ込ませて、僕を焚きつけるつもりだったー?」
銀髪少年は心外であると言いたげに鼻で笑ったが、金髪少年は首を横に振る。
「僕はこの時を待っていた――いや、こうすることが今の僕の役割になったとでも言えばいいのかな?」
気がつくと、金髪少年の手のひらにはピンポン玉くらいの、血のように赤い果実が置かれていた。
「何だ……それ……?」
「変わらないかもしれない。でも、今回ばかりは変わるかもしれない。だから、僕は僕の役割を果たす。それだけだ」
「何を……する気だ……?」
銀髪少年の顎を掴むと、金髪少年は強引にその口を開けさせる。
そして躊躇う様子もなく、それを口内、そして喉の奥へと一気に押し込んだ。
「うむぅ……!?」
――ゴックン。
一際大きな音を立て、それは銀髪少年の体内へと取り込まれた。
「な……にを……?」
「これでキミは――僕だ」
◇
◆6月20日 午後6時27分◆
――ドガァーーン!!!
空間を震わせるほどの破砕音が鳴り響き、私たちは雹果のもとへと足を急がせた。
程なくして先刻まで雹果が戦闘していた付近に到着すると、周囲は巻き上がった粉塵で視界が悪くなり、鉄筋や資材が散乱した瓦礫の山と化していた。
「雹果は……!?」
粉塵の中を警戒しながら進むと、雨が何かに蹴躓き、そして悲鳴に似た声を上げる。
「ん……?これって、人の腕……!?ま、まさか……バラバラ死体……!?」
「雹果さんのものではなさそうですが……これは――」
祈莉がその腕に興味を持ったところで、私が補足を入れようと口を開く。
その時、背後から何かの物音が聞こえ、私たち三人はすぐさま身構える。
「敵か!?」
『のうきん……?良く判りませんが、少しばかり加減を間違えたのは認めますが、それもこれも、貴女が苦戦していたからで――』
鉄骨を押しのけ、論するように呟きながら瓦礫を掻き分けて現れたのは、私が期待した人物ではなかった。
「メルティー……ベル……!?」
先程の破砕音とその姿に確かなデジャヴを感じていたものの、粉塵が収まりはじめ、視界が鮮明になるとともに、それが私の見間違いであることに気付く。
「……の格好をした天草先輩……?ひょ、雹果は……!?」
「――ここです。ヘルプミー」
メルティー・ベルの姿をした天草雪白――その足元から顔を覗かせたのは、粉塵と瓦礫にまみれた雹果だった。
「良かった……無事だったか……」
私は瓦礫の山をよじ登り、身動きが取れずに埋もれている雹果をなんとか掘り起こす。
「それにしても、会長も来てたんですねー?連絡つかないっていうから、無視決め込んでるのかと。そも、なんでその格好??」
嫌味混じりに雨がそう尋ねると、天草雪白は眉間にシワを寄せながらも答える。
「元・会長――ではなく、今の私はメルティー・ベルです。お間違えなきよう」
「……意外とそういうところも几帳面なんですねー……。メンドくさ……」
「まったく……貴女は何度言っても、口が減りませんね……。端末の場所は霖裏が占いで突き止めてくれていましたが、霖裏は病み上がりですし、ここは姉の私が体を張る状況だと思い至っただけです。とりあえず、この端末を回収するだけのつもりではあったのですが、この子のあまりの醜態を見るに見兼ねて……。ですから、この姿に深い意味はありません」
「……しゅう……たい……」
元々は天草雪白が持っていた端末を雹果が使っているのだから、端末を他の人物が使えるというのは理解が出来たのだが、八代霖裏が占いで端末の場所を突き止めたというのは、どうにも聞き捨てならない情報だった。
「あのー……。こちらで倒れている方はどうすれば……?」
祈莉が指差す先には、大量の瓦礫を被り、地面に倒れ込んでいる長身男性の姿があった。
「ライアと一緒に居た変態野郎じゃないか……って!?もしかして、さっきの腕って……!?」
こうなることは予想していたので、私は補足を加える。
「そんなに慌てなくても大丈夫。ソイツの名前はイクシス。ついでに言うと機械人形――ようするにロボットらしい」
「はあ……?ろ、ロボット……?」
一発ギャグが滑ったわけでも、ましてギャグをかましたわけですらないのだが、なぜだか冷たい空気が流れるのを私は感じ、少しだけ後悔した。
「普通に会話してた気がするけど、それマジ……?」
私は肯定するように大きく頷く。
「殺戮兵器らしい」
「さ、さつ……!?」
「ですが、殺戮兵器と豪語していた割には口ほどにもありませんでした」
天草雪白は巨大なハンドベルを振り上げ、自らの肩に乗せて自慢げに笑みを浮かべた。
「あー……そりゃ、そんなでっかいハンドベルを持った怪力ゴリラに一撃入れられたら、誰だってノックアウトでしょうよ……」
「……何か言いましたか?」
「いえ、何もー?」
恒例のやりとりを終えたかと思うと、天草雪白の服の裾を雹果が引っ張り、まるで訴えるようにまっすぐ見つめていた。
「……何です?」
「助けてくれたのは……感謝……してる……。でも、ねえさ……コホン……。天草先輩はやり過ぎ……です。考え無しにここでそんなもの振り回して、馬鹿なんですか?というか、脳みそ筋肉で出来てるんですか?大体、さっきから聞いていれば、全部私が悪いみたいな言い方してズルい。苦戦なんてしてないし、助けを借りずとも一人で出来た」
表情はさして変わらずとも、その声色から雹果が憤っていることは察しがついた。
「――脳みそ……筋肉!?わ、私が勘違いして余計な真似をしたと……!?そうだとしても、貴女がちゃんとしていれば、私も加勢する気など起こらなかったでしょうし、こうして服を汚さずに済んだのですが!?」
「っ……!?私がこんな状態になったのも私のせい……!?自分の落ち度を人のせいにするなんて、最低です……!」
「あ、あなたがこんなポンコツロボット一つ倒せないで苦戦していたのが悪いのでしょう……!?」
「だから、苦戦なんてしてない……っ!!目が悪くなったんじゃないですか!?もうおばあちゃんで老眼なんじゃないですか!?」
二人の灰かぶり姫は互いに睨み合いながら火花を散らし、次第に口論が熱を帯びていった。
そして、残された私たち三人は一様に苦笑いを浮かべながら、その様子をただただ見守っていた。
「相変わらず揃って口悪いなー……。それに仲良いんだか悪いんだか……」
「あのー……?お二人は止めなくてよろしいのでしょうか……?」
祈莉が不安そうに首を傾げ、私は仕方なく参考人に問いかける。
「……だってさ?あれ、放っておいていいの?」
いつの間にやら私の足元に陣取っていた狐に話し掛けると、狐は我関せずといった様子でそっぽを向いた。
夫婦喧嘩は犬も食わないというが、どうやら姉妹喧嘩は狐も食わないようだった。
「……まあ、いいんじゃないか。久しぶりにやらせておけば」
自分の主張を真っ向からぶつけ合っている二人の様子をみて、時が巻き戻ったようで不思議と微笑ましく思え、私はそれ以上二人を止めるようなことはしなかった。
しかし、ささやかな平和とも称すべき時間は、すぐに終わりを告げた。
『――まさか、こんな少女たちに我々が足をすくわれるとは……』
「誰……?」
その声が室内に反響したかと思うと、奥の部屋へ続く扉がひとりでに開き、そこから一つの人影が姿を現した。
「イク……シス……?」
その姿は、足元に寝そべっている機械人形とまったく同じ容姿をしていた。
だが、私はなぜだか言い知れぬ違和感を感じとっていた。
「もう一体いたのか……?まあロボットだし、不思議はないか……」
機械人形は立ち止まることなく、ゆっくりゆっくりと歩みを進め、着実に私たちとの距離を詰めていた。
「ふん……。あのようなもの、何体現れようと無駄です」
天草雪白が意気込むように一歩前に出ると、その場でひらりと一回転する。
そして、砲丸投げのように遠心力の加わった巨大なハンドベルを、釣竿のように大きく振りぬく。
勢いよく射出されたベルはしなるように曲線を描きながら伸び続け、まるで機械人形を叩き潰すかのようにその頭上へと落下した。
「――やはり魔法少女というのは、見過ごすには目に余る存在ですね。実に興味深い……」
「――!?」
メルティー・ベルの道具を慣れた様子で使いこなしていることに驚いていた私だったが、それを上塗りするほど驚くべきことが目の前で起こった。
「なっ……!?」
「――片手で防いだ!?」
機械人形はハンドベルを左腕一本で防いだ――というよりも、言葉に表現するのであれば、ピタリと止まったと表現した方がしっくりくるように静止していた。
「それでしたら……!!」
「あっ!?待って、先ぱ――」
咄嗟に呼び止めるも、私の言葉はまったくの手遅れだった。
天草雪白はチェーンを元に戻す力を利用しながら、機械人形に向かって一直線に飛び、握っていたチェーンを途中で手放したかと思うと、自らを矢とするが如く、機械人形に向かって飛び蹴りを放った。
「はぁあああああ!!!!」
「……あなたの身体能力や戦闘技術。なかなか目を見張るものがありそうですね。ですが――」
空いている右手で天草雪白の靴の裏をピンポイントで掴み、またも衝撃を相殺したかと思うと、流れるような動作で足首をガシリと掴み直す。
「なっ!?」
「――私には及びませんね」
まるで先程の天草雪白の動きをトレースするように一回転し、木片でも投げるかのように、その体を軽々と放り投げる。
「……っ!?」
「――ガーくん!!」
天草雪白の体が瓦礫の山へと二度目の突入を果たすかと思われた瞬間、間一髪というところで巨大な狐がその間に入り、その毛皮で衝撃を吸収した。
「銀色の……狐……?それに雹果……?どうして……?」
「これで、貸し借り無しのお相子です」
「――余所見してる暇なんてないっての!」
天草雪白の無事に安堵する暇もなく、戦況は今尚動いていた。
「あーちゃん!?」
視線を戻すと、雨はいつの間にやら自らの分身を二体従え、三方向から同時に斬りかかっていた。
それぞれが携えた水の刃は、頭・腹・足にそれぞれ狙いを定めて軌道を描き、コンマ1秒も待たずして勢い良く振りぬかれた。
――ヒュン!!
「……っ!?」
「急所をわざと外すとは、私も甘く見られたものです」
空を斬る音が微かに聞こえたかと思った次の瞬間には、なぜか二体の分身は姿を消し、足を狙っていた雨の本体だけが残っていた。
そして、残された一本の閃刃も、機械人形の人差し指と中指の二本に挟まれ、ピタリと動きを止めていた。
「分身などという子供騙し、私には通用しません。しかしながら、その速さと反射神経……あなたは群を抜いて質が良さそうです。それだけに手遅れであることが実に惜しい」
機械人形は雨の手首を掴みとったかと思うと、そのまま関節を決めるように捻り上げ、後ろ手を固める。
「くっ……!?放せ……この変態……っ!!」
無力化された雨の耳元で、機械人形は囁く。
「前に視たときから気付いていましたよ?あなたは――」
「――!なんで……それを……!?」
――ブチン!!!
「へっ……?」
次の瞬間、雨の着用していたブラウスが勢い良く弾け飛び、パステルブルーの可愛らしいブラが露になった。
それと同時に、胸元から一枚の丸鏡が飛び出し、視界を封じるかのように機械人形の顔面に張り付く。
「今です!五月さん!」
「雹果、ナイス!!!」
その混乱に乗じるように、雨は腕を振り払って地面を蹴り、機械人形の頭上を飛び越すように高々と舞い上がる。
「がおー!!!」
雨の拘束が解かれるだろうタイミングを見計らったように、虎の姿と化した祈莉が可愛らしい咆哮を上げながら、機械人形の頭部に狙いを定めて飛びかかる。
同じくして機械人形も鏡を払い落とし、体をしならせるように地面付近まで屈み込むと、あん馬のように上半身だけで体を支えながら下半身を持ち上げ、体を捻りながら回転をつけ、遠心力のついたその長い足を振り上げる。
「ぐがぁ――!?」
その踵は虎となった祈莉の腹部に重い衝撃を与える結果となり、2メートルはある重量級の巨体を軽々と吹き飛ばした。
「い、イノちゃん!?」
私がすぐさま駆け寄ると、獣化魔法は解け、その姿は元の人間の姿へと戻り、祈莉は完全に意識を失っていた。
だが、見たところ大きな致命傷にはなっておらず、私はホッと胸を撫で下ろす。
「祈莉の虎モードを一撃で……!?大体、今の動きはロボットの動きじゃないだろ……!?どうなってんだ……!?」
雨はバック転を繰り返しながら距離を取り、私たちは機械人形をとり囲むような位置取りとなった。
「ロボット……?あのような紛い物と一緒にされるのは心外ですね。ですが、良い経験になりました。やはり、意識の複製などでは不十分……。欲望や執着があってこそ、人は内に眠る真の力を発現し、完全なる存在へと至る道を示す――あなた達と手合わせして、私はそう確信しました」
機械人形は、何故かとても満足げな笑みを浮かべながらそう語った。
「はあ……?何言ってるんだ、コイツ……?」
祈莉をなんとか抱き起こしながら、私は口を開く。
「イクシスは自分のことを、Xシリーズと言い、自分を模造品だと言っていた。そして、あなたはイクシスを紛い物と言い、一緒にされることを心外だと言った……」
名前の聞き間違えや、見た目が似ているという理由で、片眼鏡紳士とイクシスが同一人物なのだと、私は勝手に思い込んでいた。
だが、ライアは一度だけだったが、駅前で出会った片眼鏡紳士のことを指しながら、ハッキリとその名を呼んでいた。
「Xシリーズはあなたを模して造られたもの――つまり、あなたが本物のイクスその人。違う?」
その男はまるでおどけるように自分の頭をポンと叩くと、数多の女性を一瞬で射落とすような微笑みを浮かべ、私にその視線を向けた。
「オー……?これは失礼。私としたことが、うっかりしていました……」
男は右手を左の肩元に当て、左手を後ろに回し、まるで本物の英国紳士さながらに頭を下げた。
「私の名は――イクス。この異空現体研究所の所長を務めております」