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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
フォールン・ムーン編
152/183

第30話 魔法少女はそれぞれの結末で。(1)

 ◆6月20日 午後6時21分◆

 広大な室内をつぶさに観察しながらも、私は足早に部屋を練り歩く。

「やっぱ宇城さんの言うとおり、そう簡単には見つからないものなのか……?」

 こうしている間にも、雹果に危機が迫っている――そう考えるだけで、私は急く気持ちを抑えられず、自然と足取りが速くなる。

『――付近の部屋にそれらしきものは無さそうだぞ』

 私が無心で手掛かりを探していると、狐の顔が壁から突然生え、私は少しばかり驚きながらも冷静を装う。

「お、驚かせないでよ……。けど、ありがと……。私も手伝えれば良かったけど……」

 指先を壁に伸ばし、そっと触れる。

 すると、指先からひんやりとした冷たさと、硬い感触が伝わってきた。

「やっぱダメか……」

『この境界は全ての物質が精神体で構成されているが故に、理屈上、肉体を持っている君でも通れるはずではあるのだが。頭の固い人間は“壁を通り抜ける”というイメージが出来ないから上手くいかないと聞いたことがある』

「まあ、物理的に頭が硬いのは認めますけど……」

 何度となく言われ続けているその言葉に対して、私の腹は少したりとも立つことはなかった。

 だが、妄想力の塊ともいうべきオタクカテゴリーに分類される私に、イメージ力の欠如を指摘されたことに少なからず不満を感じていた。

『不服と言いたげだな?では、君は窓枠にガラスは無いと注意書きをされている窓に、まったく疑いもせずに飛び込むことが出来るか?』

「う~ん……」


 そんな状況になることはまず無いだろうが、もし危機が迫ってそういう状況に陥ったとき、私ならその注意書きを素直に信じることは出来ないだろうし、飛び込むとしても窓枠にガラスがはまっていると思い込んで尻込みすることだろう。

 つまり、“壁にぶつかったら痛い”とか、人生経験の中で当たり前に培ってきた経験を意識するなというのだから、橋を杖で叩きながら渡るような人間である私がそんなこと出来るはずがない。


 私が無言で首を横に振ると、宇城悠人は何かを思いついた様子で声を上げる。

『なるほどな。いっそ壁に頭でもぶつけて、その体から精神だけ抜け出せば通れるとは思うが……ひとつ試してみるか?』

「いや、それって死んでない……?」


 ――ピチャ。


「うん……?」

 私は下方向から聞こえた物音に気付き、足元に視線を向ける。

 そして、その場にしゃがみ込み、足元にある音の正体を確認する。

「これって……?」

『水溜りか?それがどうかしたというのだ?』

 そこにあったのは、何の変哲もないただの水溜りだった。

 だが、私は妙にそれが気になり、周囲を見回しながら目を細め、()()()を見通す。

「――!?」

 あるはずのない風圧を感じてしまうほどの光景を目の当たりにするも、私はその状況をすぐに飲み込むことが出来なかった。

 私は一度目を閉じ、深呼吸して気持ちを落ち着ける。

「……大丈夫。私が今やるべきは――」

 私が優先するべきは、一刻も早く元の世界に戻ることであるということを胸に刻み、水溜りのあった周辺を隈なく探しはじめる。

 すると、程なくしてそれらしきものを発見した。

「ちょっときて」

 私は後ろ手に宇城悠人を手招きする。

『これは、空間の歪みか……?しかし、これほど無数にあろうとは……解せぬな……?』

 指差した先にあるという表現が正しいのかどうかは判らないが、そこには宙に浮くように存在している、10センチ四方ほどに渡って水面のように揺らいでいるものがあった。

 それだけではなく、不思議なことにそれは辺り一帯に複数確認出来たのだった。

「これがあれば帰れる?」

 ふと隣に視線を送ると、いつの間にやら宇城悠人は人型に変身しており、私の隣で腕を組みながら空間の歪みを観察していた。

『いや、この状態では難しいだろうな。何か小さいものを持っていないか?なるべく思い入れのあるものが良い』

「思い入れ……か……。それならこれはどう……?」

 私はポーチからシャイニーパクトを取り出し、それを宇城悠人に手渡した。

『コンパクトか。では、借りるぞ』

 私からそれを受け取ると、宇城悠人はそれを空間の歪みに押し当てる。

 すると、シャイニーパクトはまるで手品のように姿を消した。

「んなぁっ!?ちょっ……!?」

『このように小さなものは苦もなく通すことが出来る。だが、いくら君の体が小人のように小さいとはいえ、今の君では通ることは難しかろう』

「アレ、ガチで大事なモノなんですけど……?ていうか、今さりげなく私のことディスりましたよね?」

『……人間の尺度というのにはどうも疎くてな。すなない。それはともかく、その歪みに手を当てながら今のコンパクトを強くイメージしてくれ』

「誤魔化し方下手ですか……。まあ、やりますけど……」

 私は渋々ながら空間の歪みに手を当て、シャイニーパクトを頭の中にイメージしはじめる。

『この場に空間の歪みがこうも多いのは、()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。先程も言ったが、今の君は境界に存在しながら肉体を持っている――つまり、現世との繋がりを強く残していながら死に近づこうとする、言うなれば侵入者。世の理として生者(せいじゃ)現世(うつしよ)へ、死者は幽世(かくりよ)へと磁石のように引き寄せられ、それぞれが互いに反発を起こす性質が(すべか)らく存在している。恐らく、この空間を行き来している者は、意図的にその作用を利用しているのだろう』

「行き来している……。でも、この大きさじゃ通り抜けられないんでしょ?そいつはどうやって行き来してるの?」

『さっきも言っただろう?この境界は()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。現世とこの場所との境界線もまた、同じ精神体ということだ』

「……?だから?」

 私がその言葉の意図が判らずに小首を傾げると、宇城悠人は眼鏡を掛け直しながらニタッと笑った。

『そろそろ良い頃合だろう。手を退()けてみたまえ』

 私は疑問を抱いたまま再び言われるがままに手を退ける。

「これって……」

 私が手を退けると、そこに空間の揺らぎなど存在していなかった。

 その代わりに10センチほどの亀裂が生じ、まるで薄いガラス細工のようにパラパラと破片が落ちていた。

『私の力で君とあのコンパクトの(えにし)を一時的に高め、その繋がろうとする性質を利用して空間に負荷をかけ、亀裂を生じさせた。まあとりあえず、その亀裂の中を覗いてみたまえ』

「亀裂を……?」

 私は覗き穴を見るように、促されるままに亀裂の先を覗き込む。

「!?」

『君は自分が見たものなら信じられるのだろう?こうして向こう側が見えているのであれば、君でも()()()()()()()()()()()()()?』

 私は宇城悠人が何を言わんとしているかを、ようやく納得した。

「なるほど……。宇城さんの魂胆は判りました。けど、雹果の力があるから脱出は無理だったんじゃ?」

『他に出口があるのであれば話は別だ。彼女は君をここに送る道を作り、その道を塞いでいる。だが、他の道であれば門番は居ない』

 雹果はこちらの世界に繋がる橋を作ったが、そこに検問を敷いているから出られないだけで、別の橋があるのならそこを通って戻れるということだろう。

『さて。私はあの子が気になるので、先に行くぞ。あとは君次第だ』

「……わかりました」

 私が強く頷き返すと、宇城悠人は再び狐に姿を変え、空間の歪みの中へと飛び込み消えた。

「ふぅ……。あとは私次第……か」

 宇城悠人が私に促した一連の行動は、空間に穴を空けることが目的ではなかった。

 コンパクトは消え、宇城悠人は先行して姿を消したことからも、最初からそこに出口は存在しており、出口は開かれていたことは明白だった。

「ここまでお膳立てされたら、出来ないじゃ済まされないな……」


 部屋の壁をすり抜けることが出来なかったように、目を凝らして見えたとしても、私は現世がすぐそこにあるということをイメージしきれていなかった。

 つまり、宇城悠人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけに、はやる気持ちを抑え、こんなお膳立てをしてくれていたのだろう。


「窓に……飛び込む……イメージ……」

 私は亀裂から15メートルほど距離をとって立ち止まる。

 そして振り返り、深呼吸をして呼吸を整え、亀裂に向かって全速力で走り出す。

「どりゃあああああーーーーー!!!!!!」

 私は亀裂に向かって、ジャンプキックを放つ。

 すると、私の体は何かの力で吸い込まれるように、亀裂に引き込まれた。


 …


「――いだぁ!?」

 着地に失敗して勢いのそのままに壁際まで転がると、私は背中を強く打ち付けた。

 そして、瞼を開くと私の目に映る世界は、なぜだか上下反転していた。

「帰って……来れた……?」

 私は逆さまになっていた体をよじりながら起こし、少しばかり痛む体を押しながらも立ち上がる。


「――ズバリ!バルムンクの能力は“瞬間移動”!!」

「……だーはっはっは!!!答えとしちゃ及第点ってところだなぁ?」


 中々面白そうなやりとりが耳に入り、私は思わず口を挟む。


「――バルムンクの正体は、人間の想像によって創られ、次元を超えてこの世界に顕現(けんげん)した異空現体(アカシクス)。その能力は“次元を斬る”こと。それが答えでしょ?」


「……チー!?」

 私の突然の登場に、雨はなぜか驚いた様子で固まった。

 そんな雨を余所に、私はその隣に並び立ち、大剣仮面の顔をまっすぐ見据える。

「……向こう側に空間の歪みがたくさん残ってた。あれはあなたが行き来した痕跡。そして、それを可能としていたのがそのバルムンク。多くの人が心から信じていれば、それは力を持ち、現実となる。ギリシャ神話に登場するケートスが異空現体(アカシクス)として顕現(けんげん)しているのなら、北欧の伝承に出てくるバルムンクだって同じように存在している可能性は十分に考えられる」

 かつて大国主(オオクニヌシ)がそうであったように、多くの人間から信仰を得ている存在は神と同等の力を得ることが出来る。

 それはケートスが存在していることからしても、人や生物に限ったことではないということが言える。

 多くの伝承でバルムンクと同一視されているノートゥンクも含めれば、竜殺しの聖剣だの所持者を呪い殺す魔剣だのと語り継がれ、良くも悪くも信仰の対象となっていておかしくはない。

「一ヶ月前の私は、バルムンクが本物の魔剣だったなんて思ってなかった。でも、次元を斬ることが出来ると仮定すれば、ケートスを斬るために持ち歩いていたことも、この世界に顕現(けんげん)したというのも納得できる」

 あの時の私は、()()()()()()()()()()()()()()

 それは、私の前に初めて現れたときや、逃げる私を追ってきたとき、大剣仮面は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点だった。

 宇城悠人が言っていたように、現世(うつしよ)幽世(かくりよ)が反発しあっているのであれば、次元を斬って現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の境界へと入り、別の場所で次元を斬り、自分が生者であることを利用して、現世(うつしよ)へと戻るというのが、瞬間移動のカラクリだと考えられる。

「へっ……。バルムンクがなけりゃあ、俺はただの人間だ。ようやくレム嬢ちゃんと再戦出来るってのに、こんなザマ見せちまうとはなぁ……。情けねぇ……」

「あーちゃん」

 私は雨に屈むよう促し、耳打ちでそれを伝える。

「えっ……。ええーっ!?ま、マジでやるのか……!?」

「お願い」

「……わかった」

 雨は頷くと、大剣仮面の前に移動する。

 そして次の瞬間、大剣仮面を拘束していた水の糸は解かれ、雨の手元へと収束した。

「お、おい……。これは何の真似だぁ……?」

 大剣仮面はそのまま地面に尻餅をつくと、困惑した様子で、私たち二人に視線を向けた。

「勘違いしてるけど、私たちはまだ()()()()()。あれはノーカン」

「ああ……?ノーカンだぁ……?」

 大剣仮面は拍子抜けしたかのように首を傾げた。

「私は負けなかったけど、勝ってもいない。あの時の私は妹を通してケートスの力を利用してただけだから、あなたが負けたのだとしたら、それは妹であって私じゃない。それに、あなたは私たちに手加減してた。どっちも本気で戦ってない。それを戦ったって呼べる?」

「そりゃあ……」

 大剣仮面は口篭ったまま、口を閉ざした。

 私はその沈黙に耐えかねて、溜息と同時に口を開く。

「前はあなたのこと好きになれそうもないって言ったけど、少なくとも自分の気持ちに嘘を吐かなくなったり、強くなろうとしたり、負けを悔やんでいる今のあなたには好感が持てる」

 私は右手を差し出す。

「だから、今度は正々堂々と勝負を受けて立つ。だから、今日のところは見逃してくれない?」

 そう告げると、大剣仮面は大声を上げて笑い出した。

「だーはっはっはー……!!まったく、揃いも揃って出来た嬢ちゃんたちだぜぇ……」

 大剣仮面は私の手を取り、強く、しかし優しく握り返した。

「俺はディオフだ。覚えといてくれ。だが、俺もまだまだだってぇこと、五月嬢に叩き込まれた。だから、俺は必ず嬢ちゃんたちの前に現れる。もっと強くなってからな」

 すっくと立ち上がると、近くに落ちていたバルムンクを担ぎ上げるように拾い、ディオフは言葉を残すようにそれだけ告げた。

 そして、私たちに背を向けたまま振り返ることもせず、そのまま部屋を後にした。


「ん……?()()……?もしかして、私も巻き込まれてる……?」

「みたいだね」

 ストーカー被害に巻き込まれてしまったことを悟り、雨は大きな溜息を吐きながらうな垂れた。

 その横にいた祈莉の姿を確認して多少驚きつつも、私は意を決して気になっていたことを問う。

「イノちゃんがこっちに居るってことは、芽衣は助かったってことで良いんだよね?」

「……ええ。無事ですわ」

 私はその言葉を聞いて、心の底から安堵した。

「良かったぁ~……」

「しかし、付かぬ事をお伺いしたいのですが、ちーちゃんはあの殿方に捕まっていたはずでは……?どうしてこちらに……?」

 祈莉がこの場に来ていたことに多少驚きつつも、私は自分が急いで戻ってきた理由を思い出す。

「ああっ!?そうだった……!?雹果が危ない……!!二人とも急ぐよ!!」





 ◆6月20日 午後6時28分◆


「わりぃわりぃ、忘れてたぜぇ。待たせたなぁ、ライア!!今下ろして……――って、あんっ?」

 ディオフが天井を見上げる。

「アイツどこに行きやがった……?」

 しかし、そこにはワイヤーロープのようなものがあるだけで、吊るされていたはずのライアの姿は無かった。

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