第29話 魔法少女はそれぞれの戦いで。(4)
◆6月20日 午後6時16分◆
『ソウル・リリース・プロセス――アクティベート』
鏡の向こう側からその言葉が届くと、それを境に沈黙が訪れた。
しかしそれも束の間に、ライアは痛みを堪えるように額に汗を浮かべながらも、嘲るような笑みを浮かべ、呟くように口を開く。
「コトドリ……その鳥に僕の声真似をさせたっていうのか……?くくっ、ははは……!!馬鹿げた冗談を言うねー……。いや、本当に馬鹿なのかなー……?」
揶揄するように馬鹿と表現されても、私は平静を保ちながら、それでいて強い反意を誇示するように真顔で切り返す。
「少し勘違いしているみたいだから教えといてやる。魔法少女は一人じゃないって言ったよな?私たちはわざわざ、魔法でコトドリに変身出来る仲間を鏡の向こう側に残してきた」
「――!」
今朝、今日の潜入作戦について話し合うため、私たちは再び生徒会室へと集められた。
そこで私は、ライアがテーブルやソファーを地面から出現させ、ライアや片眼鏡の男が何も操作せずにそれを行って驚いたという経験談を何気なく話した。
すると、それを聞いたチーは何かに気付いたように立ち上がったのだった。
ライアの使っていた端末に、使用者を制限するための個人認証機能があるだろうとチーは考えていたらしいが、暗号による認証をはじめ、顔認証、虹彩認証、指紋認証、声紋認証など複数の可能性があり、それが何なのかまでの特定には至っていないと、険しい顔で話していた。
どうやら私の経験談は、それを特定する鍵となったらしい。
「あの端末に音声認識や声紋認証が使われていることを、私たちは事前の調査で知っていた。この施設の機械類には音声認識が使われていたから。だから、あの端末にも音声認識や声紋認証が使われているんじゃないかって、私たちは考えたわけ」
私が招かれた白い部屋で、ライアたちは何もしていないように見えてはいたが、ライアはテーブルやソファーが出現するように指示を出していた。
そこで、どのような手段で指示を出していたのかが疑問として挙がるが、顔認証や虹彩認証であればカメラが必要であり、端末にカメラはあっても部屋に無いことは確認していたし、指紋認証や暗号による認証も同様に、個人の認証は出来てもテーブルを出すという指示を出すことは出来ず、何よりライアたちはそんな行動を見せていなかった。
つまり、状況から見て可能性が一番高かったのは、、声を発するという行為で指示を出していた、ということになる。
「コトドリに変身する魔法……。声紋認証のことだって、ただの憶測だ……。そんな子供が思いつくような不確定要素だらけの方法で、僕の考えた完璧な計画が崩されただって……?笑わせるな……!!」
終始余裕を見せていたライアではあったが、苛立ちを隠しきれなかったのか、ここにきて僅かに声を荒げた。
「不確定なんかじゃない。他ならないお前自身が、その確証に至るヒントを作ってたんだよ」
「なっ……!?」
「お前は何もしなかった。だからこそ、お前の行動は自然と浮き彫りになった」
病室でのライアの一連の行動や、意識の抽出や返還を音声認識で行っていたことを踏まえると、この施設同様、端末に音声認識や声紋認証が使われている可能性は高いという結論には至った。
しかし、確かにそれだけでは確証と呼ぶには乏しかった。
ところが、チーは別の観点からその確証を得た――それは、ライアの行動と性格だ。
「自分の身を守るのも、戦わせて誰かを傷つけるのも、全部他人任せ。お前が自分でしたことといえば、あの端末を使って意識の出し入れをしたことだけ。そうなれば、お前の行動には自然と目がいく。そこで思い返してみれば、お前はあの病室で、一度だって端末を操作していなかった」
病室での一件で、ライアは端末を見せびらかしたりはしたものの、端末を操作するような素振りは一度も見せていなかった。
だが、端末は操作され動いていたこともまた事実だった。
その状況は、あの白い部屋で起こったこととまったく同じ状況だと言えた。
あの端末と白い部屋で起こったこと――それら二つを関連付ける要因を作ったのは、紛れもなくライア自身だった。
「チーの代わりに言わせてもらう。他人任せの性格が私たちにヒントを与え、お前の行動がそれを証明していた。これが私の見出した可能性――だとさ?」
私はチーのドヤ顔を真似しながら、気持ちよく言い放った。
「僕の……行動……が……」
ライアは自身の失態を悟ったのか、脱力したように俯いた。
その直後、期を察したかのように再び声が響き渡った。
『――雨さん!聞こえますか!?芽衣さんが……芽衣さんが目を覚ましました!!』
鏡の向こうから朗報が告げられ、私は思わず拳を強く握る。
「うっし!!これで――」
しかし、私が歓喜したその僅かな間に、事態は動いていた。
「――っ!?」
ふと気がつくと、私の目の前にあったはずのライアの姿は視界から消え、抜け落ちた刀だけが水溜りとなって地面に広がっていた。
「なっ……!?アイツ、どこに……?」
車椅子から慌てて立ち上がり、私は周囲に目を凝らす。
しかし、その姿は見当たらず、まるで神隠しにあったかのように忽然と姿を消していた。
「待て……。あの怪我でそんなに動けるはずはない……だとすれば……」
私はその可能性に気付き、すぐさま真上へと視線を向ける。
「――まったく、慣れねぇことすっからこういう目に遭うんだぜぇ?」
座っていた車椅子のおおよそ真上10メートルほどに、ライアを小脇に抱えた和服姿の大男が天井からワイヤーのようなものでぶら下がっているのが視界に入った。
「なにアイツ……?新手か……?」
状況から察するに、気配を悟られぬように格子状の天井の隙間から蜘蛛のように降下し、ライアを引っ張り上げたと考えられた。
しかし、ライアとやりとりをしていた最中だったとはいえ、私に気配をまったく悟られずに接近したうえ、ライアを一瞬で救出したという事実が、私にはどうにも受け入れ難い事実だった。
「これは僕の仕事だ……。君の出る幕は無い……」
「だっはっは!!お子様がそんなボロボロで見え張るなって?あとは俺が引き受けてやるからよぉ?」
大男は自分を吊るしていたワイヤーにライアを括り付けると、そのまま飛び降りた。
そして、盛大な着地音と振動とともに地面に降り立った。
「な、何をするんだー……!お、下ろせー……!!」
「そんだけ元気なら心配いらねぇな?いいかぁ?そこで大人しくしてろよぉ?」
「というか、僕の話を聞けー!!」
まるでミノムシのように吊り下げられ、生きの良い魚のように暴れるも、ライアはすぐに声を枯らし、数秒後にはただの吊られたミノムシへと成り果てた。
「さて、とー……」
大男は一仕事終えたように一息吐くと、捻らせるように半身だけ反らし、人を刺すかのような鋭い眼光で私を睨みつけた。
「うちのもんを、随分と痛めつけてくれたようだなぁ……?嬢ちゃん?」
「はあ?何?仇討ちってワケ?最初に仕掛けてきたのはそっちなんだけど?」
復讐だの仕返しだのとごねられると覚悟しながらも、私はそれに負けじと睨みを利かせて応戦する。
しかし、以外にも大男はあっさりとその睨みを解いてそっぽを向いた。
「そんなつもりはねぇよ。あのライアに一泡吹かせたってんなら、こいつは褒めるしかねぇだろ?だっはっはー!!」
仲間が倒されたというのに、そのことを喜ぶように大男は大声を上げて笑った。
「つか、褒められてもあんま嬉しくないんだけど……?」
「まあそれは置いとくとして、だ。嬢ちゃんに訊きてぇことがある。シャニムニ・ライムってやつを探してるんだが知らねぇか?ここに来てるって風の噂で聞いたんだが?」
「はあ?シャニムニ……?ライム……?」
どこか古さを感じる柑橘系飲料のようなその言葉だったが、私にはまったく聞き覚えが無かった。
そのはずだったが、脳内で繰り返し再生していると、語感が一致する言葉があることに私は気付いてしまった。
「……あ。もしかして、シャイニー・レムのこと……?」
大男は大きな手で小槌を打つと、私をその太い指で指差した。
「おう!?そうそう!それだそれだ!!あの嬢ちゃんには、あの時の借りを返さねぇといけなくってなー?」
「あの時……借り……?」
この男がシャイニー・レムを探しているという時点で、なんとなくだがそのことに気付いていた。
そのため、私はそれを確かめるために問い返す。
「……アンタ。前にケートスを狙って、あの子や夏那ちゃんを襲ったっていう仮面の男でしょ?」
奇妙な仮面さえ着けてはいないものの、私がチーの記憶の中で見た“大剣仮面”という人物に、喋り方や風貌が似ていたことに、私はいち早く気付いていた。
「あの嬢ちゃんのお友達だったか。だったら、話が早ぇ。今どこに――」
私は間髪入れずに答える。
「知ってても言わない。アンタみたいなチョー危ない奴、二度とあの子に近付けるワケにはいかないから」
私は持参していた数本の小瓶をポケットから手早く取り出し、その栓を口で外す。
「……?」
そして、腕を大きく振りながらその中身を空中に散布する。
「――ハバキリ。ムラクモ」
空気中に散った水の粒や、地面に溜まった水滴――それらが無重力下の水のように空中に浮遊したかと思うと、細胞分裂を逆再生するかのように結合を繰り返し、やがて二振りの刀へと形状を変えた。
「ほぉー……。こいつは面白れぇ手品だな……?」
私は右手にムラクモ、左手にハバキリを取り、腰を低くして身構える。
「ハバキリにムラクモか……。良い名だ。その得物で俺と戦おうってのか……?」
「野暮なこと訊かないで」
吐き捨てるように答えると、大男は納得したように大きく頷いた。
「こいつは見込みのありそうな嬢ちゃんだ……。得物を持たない相手にゃ、こっちは使わないようにしてんだが――」
背中に背負っていた、2メートルはある大剣を手に取り、デモンストレーションとばかりに片手で軽々と一回転させる。
そして、その切っ先をまっすぐ私へと向けた。
「この剣はバルムンク。そちらさんが本気だってんなら、こいつを使わねぇのは失礼ってなもんだ」
「上等。こっちも、最初から全力でいかせてもらうつもりだし」
◇
◆6月20日 午後6時20分◆
「カラクリ……人形……」
雹果は地面に転がった機械仕掛けの腕を一瞥すると、深く息を吐いた。
そして、気持ちの整理がついたかと言わんばかりに、その眼差しを片眼鏡紳士へと向ける。
「……聞きそびれてました。あなたの名前を教えて」
どう考えてもこのタイミングではないだろうというこの瞬間に、雹果は対峙する機械人形の名を問う。
「私の名はXシリーズプロトタイプ6。私の主は怠惰な性格ですので、省略してイクシスと呼んでいますが」
しかしながら、相手も相手で自らの名を包み隠さず話した。
「イクシス……。あなたは本当に人じゃない?」
その問い掛けの真意を知ることは残念ながら出来ないが、尚も雹果は質問を続ける。
「はい。意識は人であると言えなくもありませんが、模造品であることに変わりはありませんね」
「それは……悲しい……ですね……」
「悲しい……?それはどういう意味でしょうか?」
イクシスと名乗った機械人形は、まるで人間のように不思議そうに首を傾げた。
「あなたは、あなたの意思で生きてる?」
「生きている……?不思議なことを仰いますね。私に意思はありますが、命はありません。その質問に答えるとするのなら、『意思はあるが生きていない』ということになるのでしょうか?」
「……あなたは意思があっても、主に逆らうことが出来ない。自分の意思で生きられないのは死んでいるも同然」
雹果が無言で頷くと、クローディアはゆっくりとその隣に腰を下ろす。
「あなたはクロのようにはなれない。人は命があるから生き、その過程で生きる意味を見出す。命を持たないあなたは、生きる意味を知ることはないし、命の重さや尊さも知ることが出来ない。だから、平気で他人を傷つけるようなことが出来る」
雹果が優しい視線をクローディアに向けると、彼女は少しだけ笑ったように見えた。
『主様……』
「あなたはこの子達のように優しくなれない。とても悲しい存在です」
雹果が一気に語り終えると、イクシスはニヤリと笑った。
「これはお褒めいただき、光栄です」
「褒め……る……?」
その予期せぬ反応に、さすがの雹果も首を傾けた。
「命の重さなど、私には不要な知識です。なぜなら、今でこそテスト運用として異空現体の排除に利用されている私ですが、私たちXシリーズには造られた本来の目的がありますから」
「造られた……目的……?」
「それは、人類を滅ぼすこと。私はそのために造られた殺戮兵器なのですから」
…
『――先ほどの言葉、撤回させてもらおう』
宇城悠人はボソリと呟いた。
「えっ……?」
人を救う研究どころか、人類を滅ぼす殺戮兵器などというとんでもないカミングアウトをされたことに心底驚愕しながらも、宇城悠人の不意の言葉に私は思わず小声を漏らす。
『相手が人であれば、雹果が負けることは無いと高を括っていた……。いざとなれば、現世と相手の縁を断つことで全て解決するとさえ思っていた。だが、私の考えは浅はかだったと言わざるを得ない。相手が機械である以上、付喪神のような未練でもない限り、現世への縁など存在しない……。つまり、縁を操る力は奴には一切通用しない……』
縁を操る力が如何に強大な力と言っても、落ちてくる巨大隕石を破壊したり回避したりは出来ない――つまり、強力といっても、それは人に対してだけ大きな効果を発揮するものだった。
恐らくではあるが、人工知能のようなものを搭載しているだけのイクシスには、そういった類の力は効果が無いと考えられる。
まして、相手が殺戮兵器のプロトタイプとなれば、対人装備も標準搭載だと思って間違いはないだろう。
如何に神クラスの力を備えた雹果であっても、霊的なものに対策を施された対人類用破壊兵器となれば、相性の差を埋めることは不可能に近い。
『信じろと言ったが、これは緊急事態だ。すぐに――』
「雹果を助けたいって思っているのなら、ボヤっとしてないで出口探すの手伝ってください。宇城さんも境界に送られているんですよね?しかも、私と同じ理由で」
『……』
出口を捜索しながら呟くと、まるで化け出るかのように狐姿の宇城悠人が私の背後に現れた。
『なぜ判った?』
「さっき、私が出口を探しているの見えてたじゃないですか。私の声が聞こえるだけじゃそれは判らないはず。それに雹果が他人の助けを借りたくないと考えているのなら、宇城さんも例外じゃない。そしてなにより、発言を撤回するくらいなら自分で助けに行ったほうが早いのにそうしていない。それが理由です」
『まったく君は……』
呆れたように溜息を吐くと、宇城悠人は私の後を追うようについてきた。
「納得したなら向こうの部屋探しに行きますよ」
『そうは言うが、現世への門などそうそうあるわけはないと――』
「もちろん知ってます。でも、ここにはそれがある可能性が高い。だって、ここは異空現体の研究施設なんですから」