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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
フォールン・ムーン編
149/183

第29話 魔法少女はそれぞれの戦いで。(3)

 ◆6月20日 午後6時15分◆

「――ハク」

 呪符をトランプ投げのように飛ばしながら、雹果は小声で呟く。

 するとそれらは、小鳥のように空中を縦横無尽に舞い、やがて片眼鏡紳士(モノクルメン)の四方を囲むように地面に張り付き、そのうちの一枚が空中で静止すると、一瞬で白袴を身に纏った人影に姿を変えた。

 そして、それらは四角錐を描くように光の線で繋がり合い、やがて囲われた線分は、空白を塗りつぶすかのように光の障壁を成し、片眼鏡紳士(モノクルメン)を牢獄のように閉じ込める。

「おや……?」

 一般人から見れば目を疑うような異常事態であるにもかかわらず、片眼鏡紳士(モノクルメン)は動揺した様子など一片も見せず、ただ小首を傾げながら考え耽っていた。

「ふむ……。この札に込められた精神エネルギーを変換し、物質や精神に干渉する力場を構築する……これはいわゆる、結界というものでしょうか……?精神エネルギーの変換という点では、魔法の定義に類似した技術だと思われますが、それを降霊術を用いて実現しているとは……。まるで電化製品のようですね」

 冗談なのか真面目なのか判らない微妙な例えを挙げながら、片眼鏡紳士(モノクルメン)が冷静に考察する素振りを見せるも、対する雹果はそんな状況に問答の一つも入れることなく、手首を動かして周囲に浮いていた一枚の鏡を操作し、それを障壁の前に移動させていた。

 そして、服の裾から再び何かを取り出したかと思うと、大きく振りかぶりながら、それを鏡に向かって投げつける。

「あれは……?」

 大げさなアクションの割りには大した速度を得られなかったそれは、投擲されるような形で放物線を描き、鏡の前へと落下する。

「――シュピーゼ!」

 しかし、それが地面に到達することはなかった。

「消えた……?」

 鏡の前を通り過ぎた直後、それは忽然と消えていた。

 流石の片眼鏡紳士(モノクルメン)もその状況を不可解に思ったらしく、僅かに眉をひそめた。

「――ぼーん」

 雹果がボソリと呟いた次の瞬間、投擲されたソレは大量の白煙を噴出しながら、()()()()()()白に染め上げはじめる。

「後ろ……?いつの間に……?手品というわけでもなさそうですね……?空間内の気圧変化から察するに、これは物質転送でしょうか……?」

 足元を転がりながら白煙を焚く筒状のそれを、片眼鏡紳士(モノクルメン)は焦る様子も無く興味深そうに観察していた。

「それは催涙ガスです。あまり近寄ると危険――といっても、逃げ場はないけど」

 数秒も待たずして白い四角錐が構築され、結界の内側の様子を垣間見ることさえ出来ないほど、中は濃い白煙で満たされていた。

「ふぅ……」

 成し遂げたような、安心したような表情を雹果が浮かべたその直後だった。

「――呪術……結界……降霊術……物質転送……」


 ――パリ。

 ――パリパリパリ。


「!?」

 白煙の中から人の手形らしきものが覗き見えたかと思うと、そこを起点として、まるでガラスが圧力を受けたかのように四方八方へと亀裂が生じた。

「――とても普通の人間が成せるものとは思えません。やはり、貴女も異空現体(アカシクス)で間違いはなさそうですね」

 その亀裂は四角錐全体へと波及し、やがて薄いガラスが弾けるような軽い音を立てながら、呆気なく砕け散った。

「結界……が……」

 無表情ながらも視線をキョロキョロと泳がせながら、雹果はたじろぐように一歩後退する。

 対して片眼鏡紳士(モノクルメン)は、何事も無かったかのようにその場に立ち、雹果に笑みを向けた。

「ガスも効いてない……?」

「私の体は少々丈夫に出来ていまして、通常の対人兵器では私には効果がありません」

 通常の対人兵器は、聴覚・嗅覚・視覚などの五感を強く刺激するようよう作られており、それらは生理的に作用するものであって、体が多少丈夫に出来ていたくらいで効かなくなるなんてことは、通常では有り得ない。

 あるとするならば、特殊な訓練を受けてある程度耐えられるようになるか、感覚が欠如しているかのいずれかだろうが、どちらにしても相手が普通の人間ではないことは確かだった。

「――クロ!!」

 間髪入れずに雹果が叫ぶと、まるで毒ガスが地面の隙間から漏れ出るかのように、黒い霧のようなものが周囲に立ち込めはじめる。

「黒い……霧……?」

 その霧はまるで意思を持った蛇のように空中をうねり、片眼鏡紳士(モノクルメン)の体に纏わりつく。

 片眼鏡紳士(モノクルメン)はそれを腕で振り払おうとするものの、小さな羽虫の群れのように霧散しては収束してを繰り返すばかりで、振り払うことは一向に叶わない。

 そればかりか、やがてそれらは片眼鏡紳士(モノクルメン)の頭部付近へと収束しはじめ、その本性を現す。

『――暫しの間、眠りにつくがよい』

 霧の中から突如として現れた黒衣の女性――吸血鬼クローディアが片眼鏡紳士(モノクルメン)の両頬に触れ、その両目の奥を覗き込むように直視する。

「……」

『……』

 まるで時が止まったかのように二人は見つめ合い、何も動きが無いまま数秒、数十秒と、時間は刻々と流れていった。

 そんな状況に終止符を打つかのように、一方が口火を切った。

「――女性に熱い視線を向けられるのも悪い気はしませんが、見つめられながら眠れというのは、些か難しいものでは?」

 何事も無かったように、片眼鏡紳士(モノクルメン)は淡々と答えた。

『――っ!?なぜ(わらわ)の精神操作が効かぬのだ!?』

 容姿にそぐわぬ奇声をクローディアが発すると、川の小石を飛び移るようなステップで片眼鏡紳士(モノクルメン)との距離を取り、威嚇するように身構える。

 しかし、片眼鏡紳士(モノクルメン)は対照的に、納得したように手で小槌を打つ。

「ああ、なるほど。これは精神操作でしたか。残念ながら、私にはそういった類の力も効きませんので、貴女の行動理由がまったく読めませんでした」

此奴(こやつ)……。(わらわ)をおちょくっているのか……?』


 …


 目の前で展開している映画のような展開から一歩引き、私は我に帰る。

「これはやっぱり、相性が悪すぎる……」

『それはどういう意味だ?』

 雹果の立ち回りをつぶさに観察していた私はその点に気付き、解説員が如くコメントを述べる。

「ノワが言うには、異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)は魔法のような霊的な力を体に受け付けない特殊な装備があるらしい。どういう原理かは知らないけど、妨害をしてくるようなものじゃなく、防御に特化しているだけらしいんだけど――」

『つまり、魔法を受け付けない防護服のようなものを着ていると?』

 私は肯定するように小さく頷く。

「それだけならまだいいけど、アイツは私が何度蹴ってもビクともしないし、あーちゃんですら子供みたいにあしらわれた。たぶん、相当な手練(てだれ)だと思うし、体も頑丈に出来てる」

 触れたら魔法を消すとか、発動するタイミングで別の何かで相殺するというような力でもなく、特殊な装備することで、全身を保護しているだけだと考えられる。

 だが、()()()()()()()()()が、雹果にとっては致命的なほどに相性を悪くしている。

『魔法や術の類が一切効かず、体も頑丈。更には、腕も立つとなれば、私の経験上、それを上回る何かしらの力で強引に捻じ伏せるような方法しか手が無い。だが――』

「――雹果は相手を直接攻撃する手段を持っていない。呪術を使う白い人はもちろんだけど、吸血鬼も精神操作や幻術を得意とする以上、相性が良いとは呼べない。宇城さんの持つ(えにし)の力だって通用するのかどうか怪しい」

 私が雹果とペアを組むような配役を選択したのは、物理的な攻撃や魔法による攻撃をせずとも、二人の鏡の力を駆使して相手を翻弄すれば、時間稼ぎくらいは出来るだろうと踏んでいたからだった。

 だが、私という戦力がいなくなった今、雹果は自分の身を守りながら、武器も持たずに片眼鏡紳士(モノクルメン)の足止めをすることを強いられている。

 その状況は盾一つで剣撃を一身に受け続けているようなもので、万が一にもそこに勝ち目など無い。

『聞き捨てならんな…――と、言いたい所だが、私も元は怪異(かいい)ゆえ、自慢じゃないが破魔の類には滅法(めっぽう)弱い。相手にするには苦戦を強いられるだろうな。かはは……!』

「いや、そこは笑う所じゃないでしょ……」

 私は周囲の床や壁を注意深く観察しながら、それらを触ったり叩いたりしながら回る。

『しかし、だ……――ん?というか、君は何をしているのだ?』 

「何って……。自力でここから抜け出す方法を探してます。だって、現世(うつしよ)はこちらから近いんでしょ?私の目でも見えるくらいだから、抜け穴とかあるんじゃないかと思って」

『……自力で出口を探そうというのか?まったく、君は相も変わらずだな……。まあ、黄泉比良坂(よもつひらさか)のように、ごく稀にそういった門のようなものも存在するが、そのようなものが其処等中(そこらじゅう)にあっては、そちら側に行ったものも帰ってこれるということだぞ?あったとしても、そこには亡者の行列が出来て――』

「なんか、宇城さんが言うとリアリティありますね」

『リアリティも何も、事実なのだから仕方あるまい。だがまあ、あの子を助けたい気持ちも判るが、それほど急く必要もあるまい』

「……どういう意味?」

 私は手を止め、見えない相手に問いかける。

『理屈や理論ではなく、あの子をただ信じてみろ……ということだ』



「――さて。代わりと言うにはなんですが、私が貴女を幸福な世界へとご案内して差し上げましょう」

『幸福……じゃと……?ふん……笑わせるでないわ!』

 次の瞬間、2メートルほどもあろう長身が目にも留まらぬ速さで動き、10メートルはあったクローディアとの距離が一瞬にして縮まった。

『――!?』

「――大勢の同胞が居る世界へ」

「クロ!戻って!!」

 片眼鏡紳士(モノクルメン)の左手がクローディアに触れる寸前というところで、その姿は複数のコウモリへと姿を変え、散り散りに飛び去った。

「なかなかの判断力ですね」

 飛び去ったコウモリは雹果の片脇へと収束し、再び実体化するも、息を切らしながら力なく地面にへたり込んでいた。

「クロ?大丈夫……?」

『な、何じゃ……今のは……?一瞬、力が抜けたような……?しかし、(わらわ)とて主に心配されるほど衰えてはおらぬ。心配など無用じゃ!』

 先ほどまで同様、クローディアは威勢よく息巻いた。

 だが、雹果が心配した理由はそこではないのだろう。

「でも、元の姿に戻ってるけど?」

『へ……?』

 クローディアは自身の姿を確認するように視線を下方に向ける。

『はぇ……?んのああっ!?何故じゃぁあーー!?』

 その姿は先ほどまでの妖艶な雰囲気の漂う大人の女性とは似ても似つかない姿――つまり、幼女へと変貌を遂げていた。


 ――あの吸血鬼、のじゃロリ属性だったかー……。


「今の判断が無ければ、そこの()()()は消滅していたでしょう。こんな風に」

 その左手に握られていたのは、二羽のコウモリだった。

『な!?(わらわ)の分体……!?いつの間に……!?』

 クローディアの驚きを余所に、片眼鏡紳士(モノクルメン)は何の躊躇も無く、まるで果実を絞るようにそれを握りつぶした。

 すると、コウモリは霧に戻るでもなく、細かな灰となって空気に舞った。

 そしてその直後、吸血鬼幼女は苦悶の表情を浮かべながら、心臓部を押さえる。

『うぐぅ……!?き、貴様……!!』

「驚くこともありません。我々が異空現体(アカシクス)として駆除してきた中でも、吸血鬼はオーソドックスなほうですから」

 その一言で、クローディアから放出されていた嫌悪の胞子が途端に消えた。

『駆除……じゃと……?貴様、「大勢の同胞が居る世界」と言ったな……。貴様たちは……(わらわ)の数少ない同胞たちをその手に掛けてきた……そう申すか?』

 クローディアはそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「だめ…っ!待って、クロ……!!」

 雹果の制止も間に合わず、クローディアは信じられないほどの怒りの胞子を撒き散らしながら、片眼鏡紳士(モノクルメン)に向かって一目散に突進する。

 距離にして3メートルほどまで接近すると、大きく跳躍――と同時に黒い狼へと姿を変え、その大口が片眼鏡紳士(モノクルメン)の右前腕部へと喰らいついた。

「やはり、吸血鬼は扱いやすい……。プライドの高さゆえに、こうした挑発に乗せられやすいのが弱点と言えるでしょう」

 攻撃の通じない相手が攻撃に転じれば、実体化している間は攻撃が通じる――恐らく、その事を知っていて、片眼鏡紳士(モノクルメン)はわざと自分の腕を噛ませたのだろう。 

 それだけでなく、まるで相手の心情を知り尽くしているかのように言葉で敵意を煽り、攻撃をするよう誘導し、左拳によるカウンターがクローディアの顔面を捉えている。

 何一つ抜け目の無い完璧な作戦であり、その時点で勝負は決したかにみえた。


 ――ガキィーーン!!


 だが、すんでのところで雹果の操る鏡の盾がそれを防ぎ、金属音を奏でた。

『――若僧が。(わらわ)は吸血鬼ぞ?我が牙をその身に受けた時点で、貴様は敗北を喫しておる』

「敗北ですか……?私の血を吸えば、眷属になるとでもお考えなのですか?」

 そう言いながら、片眼鏡紳士(モノクルメン)はもう一度、鏡の盾に一撃を加える。

「――!?」

 すると、鏡の盾は呆気無く割れ、複数の破片となって地面に散らばった。

「ハク!クロの援護を!!」

 雲行きが怪しいと察したのか、雹果はすぐさま上空に一枚の呪符を放つと同時に指示を出す。

「直接的な呪術が効かないのなら、間接的に使うまで……です!」

 クローディアの背に呪符が張り付いたかと思ったその直後、その体は二倍、三倍とみるみるうちに巨大化し、巨大な獣へと変貌を遂げた。

 腕に穿たれた牙も必然的に膨れ上がり、更に深々とその腕へと食い込んだ。

「流石の私も、これには驚きました。まさか、呪術で怒りを増幅させ、それをエネルギーに変換するとは」

「このままだと、あなたの腕は使い物にならなくなる。このくらいで諦めて?」

 雹果が諭すように呟く。

 だが、巨大な獣に噛み付かれているというにもかかわらず、痛みに声を上げることもなく、驚きもせず、悔しがる様子すら見せず、片眼鏡紳士(モノクルメン)は、ただ平然とした笑みを浮かべていた。

『この感触……。此奴(こやつ)……まさか……!?』

 片眼鏡紳士(モノクルメン)は左手で右腕の肘先を掴むと、そのまま力を込める。

「――驚かせて貰った代わりに、この腕は差し上げます」


 ――ブチブチブチィ!!


「――っ!?」

 まるで何十本ものゴムが同時に千切れるような異音を立てながら、片眼鏡紳士(モノクルメン)は自らの右腕を力任せに引き千切った。

 目の前で起こった出来事を整理できていないのか、雹果は言葉を失い、唖然とした様子で立ち尽くしていた。

 その様子を気に掛けたのか、クローディアが口を開く。

『主様。此奴(こやつ)からは確かに人の気配がする――しかし、此奴(こやつ)には人の血なぞ通っておらぬぞ』

 クローディアは、もぎ取られた腕を雹果の眼前に向けて吐き捨てる。

 地面に落ちたそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()

此奴(こやつ)は、人の意思を持ったカラクリ人形じゃ』

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