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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
フォールン・ムーン編
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第28話 魔法少女はそれぞれの葛藤で。(2)

 ◆6月19日 午後3時42分◆

 雨は突然立ち上がったかと思うと、私の胸ぐらを掴み上げた。

「自分が何言ってるのか判ってんのか…?冗談でも笑えない…」

 そうなることを想定していた私は、自由の利かない首を少しだけ動かし、ノワに視線を向ける。

「……ノワ。私にわざわざ注意を促すほど、あの片眼鏡――イクスって人は危険。そうなんでしょ?」

 そう問われた当人は鼻歌混じりにホワイトボードに落書きしていた手を止め、何食わぬ顔で振り返る。

『……?まあ、そうだねー。彼等の中では特別だからねー。今のキミたちじゃ、手も足も出ないかなー?』

 聞かれたことだけにさっさと答え終えると、マーカーで黒くなったその手は暇潰し作業を再開する。

「……だって?こんなことわざわざ言わなくても、私たちが真正面から戦って勝てる相手じゃないってことは、あーちゃんなら気付いてるでしょ?」

「……っ!」

 視線を戻し、瞳を覗き込むようにまっすぐ見つめると、雨は目を見開いたあと、さも図星を指されましたと言わんばかりに私から視線を逸らした。


 大剣仮面(たいけんかめん)の強さに関しては、私の記憶を読みとったことで知識として有しているし、片眼鏡紳士(モノクルメン)に隙を突かれてあっさり一蹴されるという出来事があったことからも、相手方との実力差に雨が気付いていないはずはなかった。

 自信のある人間ほど、プライドが邪魔をして自らの弱さを認めることが難しいものであるし、反応速度や身のこなしに絶対の自信を誇っている雨も、その例から漏れてはいないだろう。

 だからこそ、忖度や気遣いなどとは無縁の第三者意見として、双方の力量を知っているノワに考えを聞くことが、雨に事実を認めさせるには最も効果的だと私は判断した。


「……だからって、天草先輩の妹があんな酷いことされた挙句、芽衣まで強引に攫われて、戦いもせずに黙ってチーを引き渡せってのか…?あんな奴等とまともな取引なんて出来るかどうかもわからないし、仮に芽衣を助け出せたとしても、その後チーはどうなる…?それ以前に、あんな危険な奴等を野放しにしてはおけないだろ…?」

 胸元に伸びた手を軽く二度叩き、解くよう促すと雨は手の力を緩める。

 私は会長机の前まで移動しながら襟とリボンを正し、再び雨に向き直る。

「あーちゃん、路地裏で私と久しぶりに会ったあのとき、自分がなんて言ってたか覚えてる?」

「路地裏…?そんな話、今は関係――」

「――あるよ。あの時、あーちゃんは『そういう考えになるのがおかしい』って言った。それじゃあ、今のあーちゃんはどうなの?異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)は人の意識を閉じ込める特殊な装置まで持っていて、そういう普通ではない概念について研究している人たち。あの端末だって氷山の一角で、もっと危険な武器を持っているかもしれない。だけど、私たちは相手がどれだけの規模で、どれだけの知識や技術を持っているのかも知らず、芽衣も人質も取られているという状況。こんな何も見えない状況で戦うことが、おかしくないって本当に言える?」

 少しだけ迷いながらも、ここまで口走ってしまったのだからと踏ん切りをつけ、私は置かれている現実を示すために口を開く。

異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)の連中とって、私たちはモルモット同然。捕まれば、良くて研究材料、悪くて廃棄処分。連中は目的のためには手段を選ばない。私たちが魔法少女だってバレれば、全員そうなってしまう可能性だって十分有り得る。今回の相手は、五年前にノワが仕向けてきたニセモノの敵なんかとはワケが違うホンモノなんだ。()()()()()

 雨は悔しそうに奥歯を噛み締めているものの、反論する様子は見せず、口を開くことは無かった。

「――幸いにも、むこうの居場所は判ってる。交渉テーブルに引っ張り出すことは出来るし、私と芽衣を交換するだけなら、相手にとっては研究材料が代わるだけだから、否定する理由も特にない。芽衣を助けるためには、争わずに人質交換することが安全で一番確実な方法――」

 私が語り終えるよりも先に、雨は堪えきれないといった様子で再び私に詰め寄った。

 そして、私の肩を強く叩くように手を乗せた。

「何が安全で確実だよ……。私たちを危険に晒したくないってことも、それが犠牲の少ない方法だってことは理解してる……!してるけど!そのためにチーが犠牲になって良いわけがない…!」

 怒りを含んだような感情的な声でもあったが、まるでそれを必死に押し殺しているように声量は抑えられていた。

「今回の件は私が蒔いた種だって言ったでしょ。だから、責任は私が取る。それに、色々と()()()()()()

 次の瞬間、痕が残るのではないかと思うくらい、雨は私の肩を強く握った。

「責任…?ちょうどいい…?ちょうどいいってなんだよ…?責任取るのに、ちょうどいい命なんかないんだよ!!」

 雨が声を荒げたところで祈莉は立ち上がり、私たちの間に割り込む。

 そして、私の肩に乗せられた雨の手にそっと触れた。

「二人とも落ち着いてください。熱くなりすぎですわ」

 その一言で雨の手からは徐々に力が抜け、枯葉が落ちるように私の肩から離れた。

「……悪い。ちょっと頭冷やしてくる」

 雨は言い残すように呟くと私たちに背を向け、そのまま部屋を出て行った。

 扉が閉まったことを確認したあと、私は糸の切れた人形のようにソファーへと腰掛ける。

「……イノちゃん。異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)のやってることは、本当に悪いことだと思う?」

 私がそう呟くと、案の定と言うべきか、祈莉は怪訝な表情を浮かべた。

「……あの方たちのしていることは危険ですわ。このまま放っておけば、いずれ脅威になることは間違いありません」

「そうかもね……。けど、異空現体(アカシクス)は未知の存在で、人類にとって危険なもの。だからこそ、自分たちの平和維持のために研究し、害となるものを排除している。危険なものを研究したり排除することは、人類が数千年以上行ってきたことだし、それは生物の生存本能とも呼べるもの――つまり、彼らは生きるために彼らの正義を貫いているだけ」

「あの方々の行動は間違っていないと、ちーちゃんは(おっしゃ)りたいのですか…?」

「じゃあ聞くけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「――えっ…?それは……」

 

 私たちが、魔法少女になってダイアクウマと戦ってきた理由――それは、ダイアクウマが人に危害を加え、平和を脅かす存在だと言われていたから。

 そして、異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)もまた、人に厄災をもたらす存在である異空現体(アカシクス)を研究し、排除するための活動をしていた。

 人に害を成し、平和を脅かす存在を退ける魔法少女と、人間を厄災から守るために異空現体(アカシクス)を排除する異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)――人間の住む世界の平和を守るという点で、両者は共通している存在だと言えた。

 だが、この二つの存在には()()()()()()()()()


「私たちから見れば、異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)の人間は敵かもしれない。だけど、異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)の人間たちがしていることは人間にとって正義であって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉に反論するでもなく、祈莉はその言葉を飲み込むように沈黙した。

 意図せずに訪れた長い静寂に、私はばつが悪くなって口を開く。

「……ごめん、意地悪なこと言った。今言ったのは極論だけど、私は今回のことが転機になって、未来を変える可能性もあるって考えてる」

「未来を……変える……?」

 祈莉はまるで理解できないと言いたげに、小首を傾げた。

「……ちょっと考え方を変えてみたんだ。魔法には多くの人の命を救う可能性が秘められている。それならいっそ、私が異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)の研究材料になってしまえば、魔法が解明されて、数十年後の未来で多くの人の命が救われるんじゃないかって」


 私たちが協力して八代霖裏の命を救ったことで、瀕死の重症を負った人間の命を救うことが、魔法であれば可能であるということが証明された。

 だとすれば、魔法という未知の概念が説き明かされ、その技術が何かの形で生かされれば、多くの人間を救うことが出来るのではないかと私は考え至った。

 そしてそれは、本来叶えられないだろう副産物を、私たちにもたらすことになる。


「その研究によって魔法という力が広く知れ渡れば、それは“未知”ではなく“普通の概念”になる――つまり、()()()()()()()()()()()()()()


 知ることが不可逆であり、それによって“普通”という概念を失ったと私は考えていたが、それは事実とは異なっている。

 そもそも“普通”という概念は移り変わるものだった。


 眺めることしか出来なかった夜空の月ですら、人類は足を踏み入れることに成功し、月旅行も遠くない未来に可能になるだろうと言われている。

 電話が発明されたことで遠くの人と話すことが可能になり、インターネットが普及したことで世界中の人とコミュニケーションをとることも簡単に出来るようになった。

 数十年前までは不治の病とされていた白血病でさえ、今では治る病気となっているし、医療技術の進歩とともにそういったケースは増えていくのだろう。

 時代の流れとともに人は進歩し、その度に変化が起こり、多くの人に周知されることで“普通”という概念は変わっていった。

 だとすれば、魔法という概念が普通の人に知れ渡り、当たり前に存在する世界になれば、それは“普通”になり、そんな世界に生きる魔法少女は普通の人間だと呼べるのではないかと、私は考え至った。


「だから――」


 ――バチィーン!!!


 学内に息づく音たちを掻き消すかのように、部屋の外から乾いた音が漏れ聞こえ、私たちは一斉に扉へと視線を移す。

「今の音は……?」

「――っあ…」

 指から伸びる糸が一本も消えていないことに私が気付いたのとほぼ同時だった。

 入り口の扉が軋む音を立てながらゆっくり開き、両頬を手形模様で真っ赤に染めた人物が部屋に入ってきた。

「あーちゃん……。もしかして、聞いてた……の?」

 私が問い掛ける間もなく、雨は深々と頭を下げた。

「チーがそんなことまで考えていたなんて、私は全然気付かなかった……。マジでごめん……」

「ななっ…!?なんで!?」

 その行動に困惑しながらも、私は雨に駆け寄った。

「私が“もう普通の人間ではいられない”なんて軽々しく言ったから、頭ひねってあんな捻じ曲がった結論出したんだろ……?偉そうに“親友”だなんて言っておいて、これじゃガチで親友失格だわ……」

「それは私が――」

 私が頭を上げさせようとすると、雨は突然顔を上げ、それ以上喋るなと意思表示するかのように私に平手を向けた。

「私はチーを説得出来るほど喋りは上手くないし、頭も良くない……。これから私が言うことも私のワガママだって判ってる……。だけど、聞いてくれないか…?」

 反論することを封じられている以上、私に発言権はないと素直に諦め、申し出を受けるように黙って頷き返した。

「結果的に多くの人間が救われることになっても、たとえそれが私たちが普通に戻るための唯一の方法だったとしても、そのためにチーが消えるなんて、私は絶対に嫌だ……」

 それを聞いた祈莉も納得したように大きく頷くと、雨の横に並び立った。

「誰かが犠牲になるような選択を、私も望んではいません……。勿論、木之崎さんを見捨てるようなことも考えてはいません」

「だから、その方法を探そう。私たちで」

 二人はそれぞれの右手を重ねるように、前に出した。

 それは五年前から続く、私たちシャイニー・レムリィが団結するときの合図だった。

「あーちゃん……イノちゃん……」

「……仲間外れは良くないと思います。私も入れてください」

 今までずっと静観していた雹果も、隙間から割り込むようにその右手を重ねた。

「雹果…?」

『あーっ!?なんか懐かしいことしてるー!!僕も混ぜてよー!!』

 ホワイトボードを花畑にした張本人も、その黒く汚れた小さな手をポンと乗せた。

「チー」

 雨が促すように顎を動かす。

「まったく……」

 私は呆れながらも大きく頷き、右手を差し出す。

 そして、四人分の右手の上に、私の右手と感謝の想いを乗せた。

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