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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
フォールン・ムーン編
142/183

第28話 魔法少女はそれぞれの葛藤で。(1)

 ◆6月19日 午後3時30分◆

 

 ――ガチャ!


「お、遅れてすみませんー…!ちょっとホームルームが長引いてしまって…!」

 (せわ)しない様子で部屋に入ってきたのがハーマイオニーであることを、私は横目で確認する。

 しかし、私以外の誰一人として、その変化に反応を示すことは無かった。

 ハーマイオニーは会長席でもない予備のパイプ椅子にちょこんと座ると、すぐに小首を傾げた。

「あれ…?皆さんどうしたんですか?そんなに暗い顔で…?それに、木之崎さんがいないですね…?いつもは僕よりも早く来ているんですけど…?」

 空いている席を不思議そうに見つめながら、ハーマイオニーは呟いた。

「…いきなりで悪いけど、ノワに変わって」

 私が用件だけ伝えると、ハーマイオニーは驚いた様子も無く、自分の鞄を漁り始めた。

「えっ…?ノワさんですか…?良いですよ。ちょっと待ってくださいねー…」

 私たちをたびたび恐怖に陥れた危険物が、鞄の底に眠っているという扱いの酷さに、私は呆れたようなもどかしいような、何ともいえない気持ちになった。

「え~っと、確かここだったかな~…。あ!あったあった!これで…――」

 鞄の底から赤い玉が発掘されたかと思うと、その直後、ハーマイオニーは目をパッチリ開けたままピクリとも動かなくなった。

 どうしたのかと思って、私が下から顔を覗き込んだ瞬間、ハーマイオニーは停電から復旧した機械のように突然動き出し、会長机によじ登った。


『――ハロハロ~♪ゆらゆら~?みんなのマスコットぉ~、マジカル☆フェアリーノワちゃんだぞー!ってかんじー?』


 軽快なステップとターンを決め、ピースとキメ顔でハーマイオニーが踊り終える。

 すると、室内には「シ~ン」という擬音が当てはまるだろう、数秒間の静寂が流れた。

「…」

 私は痺れを切らして無言のまま立ち上がり、こまねくように手を振る。

『ナニナニ~?もしかして、場を和ませようとした僕なりの配慮を褒めてくれるのかな~?かな~?』

 ハーマイオニーが机から降りたのを確認したあと、私はその顔面にアイアンクローをかます。

『おおぅ…なんでかなー…?顔が怖いよー?それと、さすがの僕でも意識を共有している間は痛みを感じるんだよー…?』

 私は朗報を聞いて、ここぞと言わんばかりに指先に一層力を込める。

『…いたたたー。教わったとおりにやっただけなんだけど、やっぱり人間って難しいなー?』

「教わった……だと…?」

 湧き上がる苛立ちを鎮めるように息を吐き尽くしたあと、私は被疑者に急浮上した相手に視線を向ける。

「…雹果君。何か知っているかね?」

 私の問い掛けに反応するように、雹果はゆっくり視線を逸らしながら答えた。

「えっと…。ワタシ…シラナイヨー…」


 …


「アカガリ――もとい、アカシクスラボラトリーとかいう連中について、知ってることを教えて」

『知ってることかー…。そうだねー…』

 会長机の上に鎮座していたハーマイオニーことノワは、足をブラつかせながら部屋を見渡す。

 そして、何か思い立ったように、そのまま反動をつけて机から飛び降り、部屋に設置されているホワイトボードに文字を書き始めた。

『彼らは僕たちのような存在を異空現体(アカシクス)と呼んでいて、どうやら研究対象にしているようだねー。それと、不可思議な現象をひとくくりにして亜禍(あか)と呼んでいるらしいってことかなー』

異空現体(アカシクス)に……亜禍(あか)…」

 ノワが漢字をスラスラ書いて見せたことに幾分か驚きつつも、私はそのまま耳を傾ける。

『あとは僕たちのことは快く思っていないみたいで、何度か襲われたことがあるよー。理由は僕も良く知らないんだけどー』

「…それに関しては知ってる」

 彼らが亜禍(あか)狩りと呼ばれている意味を、私はようやく理解した。


 ()()という意味があり、()は文字通りまが――つまり、()()など示していると考えられる。

 大剣仮面(たいけんかめん)が「亜禍(あか)狩りと名乗っているわけではない」と言っていたことを考えると、それは第三者から見てそう映っているという意味だと考えられる。

 つまり、()()()()()()()()()を未然に防ぐために、異空現体(アカシクス)研究所(ラボラトリー)異空現体(アカシクス)を狩っているように、第三者の目に映っているということになる。

 その事実は()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「じゃあ、もう一つ。意識を閉じ込める端末ついて、何か知ってる?」

『意識ねー。確か、彼らはスリーパーって呼んでたかなー?」

 先ほどと同じように、ノワはホワイトボードにS-Reaper(スリーパー)という文字を書いた。

「――スリーパー!?」

 その言葉に、雹果が尋常じゃないほど過敏に反応した。

「あーっと…。そっちじゃないから、ちょっと黙ってようか?」

 突然立ち上がった雹果をなだめるように着席させると、私は再びノワに耳を傾ける。

『思念体である僕らは実体を持たないから、捕らえる手段はそう多くない。つまりあれは、僕たちを捕まえるための虫取り網と虫カゴを一緒にしたものだろうねー。あ、ちなみに原理なんて聞かれても僕は解らないよー?』

 S-Reaper(スリーパー)という名前の意図するところは定かではないが、眠るという意味のSleep(スリープ)ではなく、刈り取るという意味のReap(リープ)としていることからも、物騒な名前であることは確かだった。

「ちなみにだけど、どうしてそこまで詳しく知ってるんだ…?」

 ノワは眉をひそめながら、首を傾げた。

『僕は悪の組織の親玉だよー?諜報活動は悪役の(たしな)みみたいなものだしー?それに言ったよねー?キミたちのために、あの手この手を尽くして守っていたって?』

「……なるほど。諜報活動もその一環ってわけか…」

『そゆことー』

 悪の組織に大切に守られていた魔法少女というのも、長文タイトルの小説が一本書けそうな複雑さとギャップがあるものの、自分たちに実際起きていたということを考えると、フィクションや他人事だと笑ったりは出来なかった。

 親の心子知らずというべきか、そこまで苦労を掛けていたことを今の今まで知らずにいたという事実に、私は率直に申し訳ない気持ちになった。

「――研究するなら、捕らえるのが一番手っ取り早いってことか……」

 ノワの行動にツッコミ一つ入れず、ここに着いてからもずっと口を閉ざしていた雨だったが、ここにきてようやく口を開いた。

 しかしながらと言うべきか、その言葉の端々や口調には、どことない刺々(トゲトゲ)しさが残されていた。

「つーことはさ、あの機械は映画に出てくる掃除機みたいなものって考えればいいのか?」

 幽霊を吸い込む掃除機だろうということを私はすぐに察したが、それを否定するように首を横に振る。

「確かにやってることは似ているかもしれない…。けど、あれはもっと危険なものだよ」

「もっと危険…?」

 私が雨に説明をしようとすると、雨に続くかのように祈莉が口を開いた。

「あの機械は人の意識すら、あの小さな箱の中に閉じ込めてしまいました…。単に人を閉じ込めると言えば、誘拐や監禁とさほど違いはありません。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「――それ、私も経験がある」

 我関せずと言わんばかりにお茶を啜っていた雹果が不意に介入してきたかと思うと、懐かしむように天井を見上げながら語り始めた。

「まだ幼い頃に、遊び心で蔵に忍び込んで閉じ込められたことがあった。蔵の中は真っ暗で歩くことも出来ずにじっとしていたけど、待っても待っても誰も助けに来なかった。すごく不安で、このままずっと誰にも見つからずに死ぬのかもと思っていた頃、姉さまが私を見つけてくれた…」

「そう…ですね……。孤独と闇は精神を蝕むもの…。昨日の霖裏さんの様子で判りましたが、あのような環境で長い時間監禁されれば、人の心などいとも容易く壊れてしまうのでしょう…」


 八代霖裏がスマホに閉じ込められてから、私たちと再会するまで、時間にしてたった一日だというのに、スマホの中の彼女は酷く憔悴している様子だった。

 他者から見れば「たった一日」なのかもしれないが、光すら届くことのない、闇だけが広がる無の空間の中に一人だけ取り残されるという状況は、「たった一日」などという言葉で済ませることの出来ない過酷な状況だと言えるだろう。

 当然ながら、時間を知ることも出来ないし、自分がどうしてそうなったのかも理解できないまま放置される――つまり、自分の置かれている状況に終わりがあるのかさえも判らない。

 閉じ込められた人間に肉体が無い以上、老いることもなければ、死ぬことなく、自分で死のうとしたところで死ぬことも出来ず、自分は生きているのか、それとも死んでいるのか、自分はどうなってしまうのかという答えの出ない自問自答を繰り返し、悶々と考え続けることしか許されていない状況。

 それらを理解したとき、終わりのない絶望として受け入れるのか、誰かが助けてくれるという希望を抱き続けるのか――それらを天秤に掛けるように、精神の続く限り自身との葛藤を強いられる。

 いわばそれは、精神が削り尽くされるまで続く、終わりのない拷問と言って遜色はないのだろう。


「それだけじゃない。あの端末は殺人をしているのと変わらない……。いや…――それよりもタチが悪い。だって、あれのやってることは()()()()()()()()()

「殺人と変わらないけど、殺人じゃない…?謎掛け……じゃないよな…?八代妹(やつしろいもうと)みたいに助けられる可能性がある分、少しはマシな気がするけど…」


 名前を書いただけで遠くから人を殺せるノートほど優秀ではないものの、これまでに知り得た情報だけで言っても、あの端末の危険性はそれに追随するほどのものだと私は確信していた。

 意識を失っている相手に対して、端末を頭部に接触しないと使えないことは判明していたものの、簡単に持ち運べるサイズということもあって、寝ている間にあの端末を使って相手の意識を奪うことは、そう難しいことではない。

 しかし裏を返せば、相手に接近しなければ使用できないという制約が常に付き纏っていると言える。

 だが、その短所を差し引いたとしても、見過ごすことの出来ないほどの長所がそれにはあった。


「雹果の話みたいに、誰かが居なくなっていればきっと誰かが気付く。でも、考えてみて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 拳銃で撃たれたように、その人が血を流して倒れているのなら、何かの事件が起こったということは一目瞭然だろう。

 だが、あの端末で意識を抜き取られた人間は、まるで寝ているような状態になる。

 発覚までにタイムラグが生じ、その間に犯人が逃げる時間を稼ぐことも可能だろうが、あの端末を用いれば、()()()()()()()()()()()()()


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが、あの端末が危険な理由」


 外傷も無く、意識不明で目覚めないとなれば、それは医者に何かしらの病気だと診断されるだけであり、発覚したとしても事件にすらならないし、犯人特定のために捜査が行われることもない――それは事実上、犯罪でもなければ、今の法で裁かれることもない、完全犯罪と言えるのだろう。


「あの機械は、痕跡も残さずに簡単に人の存在を消すことの出来る道具と言えます…。あの時、芽衣さんが仰っていたように、人の尊厳すら弄ぶおぞましい行為と言って差し支えないでしょう。あのようなものが世に流れ、溢れてしまったら…」


 たとえそういった意図で作られたものでは無いにしても、それを悪用しようとすれば、その危険性は計り知れないものとなる。

 そんなものがスマホと同じように量産され、誰もがそれを使えるようになったとしたら、誰もが簡単お手軽に完全犯罪を行えるということに他ならない。


 雨は真剣な面持ちで、一度だけ頷いた。

「……理解した。芽衣も助けなくちゃいけないし、あの端末も壊す必要がある…。いずれにせよ、アイツ等を野放しにしておくことは出来ないってことだな?」

「はい。あの方がたの居場所でしたら、既に突き止めていますわ」

「はあ…?いつの間に……ってか、どうやって…?」

 雨が素っ頓狂な声を上げると、祈莉は待ってましたと言わんばかりの自慢げな顔で左胸のポケットから一枚のカードを出した。

 見ると、そのカードには犬のようなイラストが描かれていた。

「ふっふっふ…。こちらにも鼻の利く犬が居るのをお忘れですか?幸いにも、あの方たちが置いていかれた発信機はこちらにありましたので」

 そして、右手でポケットから取り出したのは、私の眼鏡に付けられていた極小発信機だった。

「そのカード…。まさか、獣化魔法を使ったのか…?」

「方向音痴なのに、そういうところは優秀なんだよなー…」

「お役に立てて何よりですわ♪」

「――!?」

 祈莉が私たちに向けたその笑顔と姿――それが一瞬だけ芽衣と重なったように見えた。

「ちーちゃん…?どうしました…?」

「いや…。ありがとうイノちゃん。イノちゃんが居なかったら、私が芽衣を探す手段は無かった」

 私が祈莉に謝辞を述べると、すかさず雨は怪訝そうな顔を私に向けた。

「ちょっと待った。今のは聞き捨てならないな」

 私が無意識に出してしまった言葉の綻びを、雨は見逃してくれなかった。

「何が?」

「“私が”ってなに…?」


 その一言で室内に沈黙が流れはじめ、生徒会室という小さな空間は、外に息づく生徒たちの音で俄かに満たされた。


「――芽衣は私が必ず救い出す。あーちゃんはもう気付いていると思うけど、今回の件は私が亜禍(あか)狩りと接点を持ってしまったことが原因。だから、この件の責任は私が負うべきだし、二人にこれ以上迷惑は掛けたくない」

 亜禍(あか)狩りが魔法少女を探すためにこの街を訪れ、八代霖裏を襲撃して怪我を負わせて意識を奪い、その挙句、芽衣の意識までも奪い去った――それらの元を辿れば、私が家族旅行で亜禍(あか)狩りと接点を持ったことが原因であることは、火を見るよりも明らかだった。

 身近な人を巻き込んでしまうという危険性を知りながらも、私は魔法少女の力を使い、今回のような取り返しのつかない結果を生んだ。

 そんな私だからこそ、その役回りは私が適任だと言えた。

「まさか、ちーちゃんはあの方々と一人で戦うおつもりなのですか…?」

 私は首を横に振る。

「……違う。私は亜禍(あか)狩りの連中と戦うつもりはない」

「戦うつもりはない…だって……?戦わずにチーだけで芽衣を救う方法があるって言うのか…?そんな方法があるなら万々歳だろうけど…」

 浮かれる雨に水をさしてしまうような気がして躊躇われたが、否定されることを承知の上で、私は重い首を縦に振った。

亜禍(あか)狩りの目的は魔法少女…。だったら、私が芽衣の身代わりになればいい」

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