第27話 魔法少女はそれぞれの想いで。(5)
◆6月18日 午後5時◆
硝子髪人形はにんまりと笑うと、軽快なステップ踏みながら部屋の中央へと移動し、私たち全員が見えるように位置取った。
そして、まるで喜劇を演じるかのようにクルリと一回転すると、手に持っていた端末を指差した。
「――彼女、不思議な力を使えたみたいだから気になって調べてみたんだけどー、彼女自身には異空現体の反応はまったく見られなかったんだよねー。どうやら、この端末が彼女にその特殊な力を与えていたっぽいってことが判ったんだよねー」
「異空現体…?」
聞き慣れないどころか、何かの造語を漂わせるその言葉に、私は強烈な違和感を覚えた。
「異空現体っていうのはー、異なる時空から現われたであろう物体――ようするに、この世の定義から外れているもののことだよー?オーパーツにも似ているけど、根本的な部分が違うー。高度な技術で出来たものなんかじゃなく、文明という時系列のベクトルに存在しないもの――それこそ、別の次元から来たんじゃないかと思える、この世の概念を覆すようなものを指して僕たちはそう呼んでいるんだー」
「別の…次元…」
私は魔法少女になったことをきっかけに、妖精、喋る動物、悪の軍団、幽霊、妖狐、神様などの多種多様な人ならざるものたちに、異世界転生ハーレム系主人公に「節操なし!」と言われても反論ができないほど触れ合う機会があった。
それらはもれなく一般的な概念を覆す存在であったといえ、幸か不幸か、それらとの遭遇によって私の“普通”という概念は原形を留めないほどに捻じ曲がりきった。
だが、そんな私にも、それらの概念を大きく覆すような出来事がひとつだけあった。
「この端末を少しばかり調べてみたけどー、この僕ですら知らない未知の技術が使われていて、正直サッパリだったわけー?そこで、聡明な僕は気付いたわけー。それならきっと、コレを作った人物こそが異空現体――つまり、僕たちの探している本物の魔法少女なんじゃないかなってねー?」
短い喜劇は終わり、なんともいえない緩まった空気になりかけたものの、魔法少女という単語が出た瞬間、一瞬で空気が張り詰めた。
「魔法少女…だって…?お前まさか、昨日駅前に出た奴の仲間か…!?」
「イクスが君たちを見つけてくれていてほんとに助かったよー。もしかしてと思ったら大当たりだったねー。人に物を貸したあとはよく調べたほうがいいよー?」
クスクスと笑いながら、硝子髪人形は私にチラリと視線を送った。
「イク…ス…?貸して…?それってどういう…――」
「イクス」という言葉をどこかで聞いたような気がしたものの、私はすぐに思い出すことが出来なかった。
それよりなにより、嘲るような笑いと視線、そして「貸して」という言葉が気になり、私は首を捻りながら思い返す。
「…!?」
私はふと昨日の出来事を思い出し、掛けていた眼鏡を慌てて外す。
そして、眼鏡に目を凝らしてみると、米粒より小さい何かが眼鏡の縁に張り付いているのが視認でき、 疑問符を浮かべながらそれを剥がし取る。
「何これ…?」
それは大きさにして1~2ミリくらいしかない、黒い箱状のものだった。
祈莉はそれを見た瞬間、どうやらそれが何かをすぐに察したようだった。
「それは恐らく発信機です…。まさか、あの時そんなものを付けられていたなんて…」
「これが発信機…!?ちっさ…!?」
私が外出時にこの眼鏡を手放す機会は、昨日片眼鏡紳士と会ったときの一度しかなかった。
その目的は未だ定かでないものの、この箱が本当に発信機だとするのなら、片眼鏡紳士と硝子髪人形が繋がっているという確たる証拠と言えるだろう。
「私たちの居場所を探ってまで、その端末を作った人間を知りたかったのか…?けど、少年はそれを知ってどうする気…?」
正直な話、メルティー・ベルの変身端末を誰が作ったなど、私は知りもしなかった。
だが、訊かれた事にただ答えるだけの音声認識アプリでない以上、訊かれたことに聞き取れなかったと返すくらいの自由はあるし、それを利用して相手から情報を引き出すくらいの狡猾さは、人間なので持ち合わせている。
「それはねー…――」
「あなた方はいつもいつも、そうして人の尊厳すら軽々しく弄び、奪っていきますの…!!」
呟くような声が聞こえ、私は振り返ろうとした。
だが、私が振り返る時間すら待たず、状況は一変した。
「おっとー…。これはこれはー…」
「――霖裏さんを元に戻してください。そうしないと、あなたの体はその頭と永遠にお別れすることになりますの…」
芽衣の姿は、瞬きをする一瞬の間に硝子髪人形の背後に移動していた。
それだけではなく、芽衣の手には漫画や映画でしか見たことないようなダガーナイフが握られており、
その切っ先は硝子髪人形の首元にあてがわれていた。
何が起こったのかを理解する時間すら与えられないまま、事態は私を置いて先に進んでゆく。
「この現象…。くははー…。もしかして、君が噂の魔法少女かいー?」
「そうだと言ったらどうしますの?」
芽衣は迷うことなくそう答えた。
「何もー?僕がやることは変わらないよー?」
ナイフを突きつけられている状況だというのに、硝子髪人形は慌てる様子すらなく、それどころか今までと変わらず、平然とした態度を少しだって変えることは無かった。
私はその理由を直後に知ることになった。
「――あなたのような女性に、無骨な刃物なんて似合いませんよ?」
「――…ぅっ!?」
唐突に男性の声がしたかと思った刹那、突然私たちの前に現われたその人物はナイフを持つ芽衣の手首を捻り上げた。
それによって芽衣の手からナイフは離れ、軽い金属音を立てて地面に転がり、男性は慣れたようにそれを室外へと蹴り飛ばした。
「お、お前は…!?あのときチーに絡んでた変態…!?」
「…?」
一瞬だけ何かの違和感を感じたものの、その顔は昨日駅前で遭遇した片眼鏡紳士そのものだった。
雨のさり気無い悪態など理解できないといったように意に介せず、片眼鏡紳士は硝子髪人形の安否を気遣いはじめた。
「…時間通りだねー。らしくなってきたじゃないかー」
「まったく…。私たちに黙って単独行動するのは、褒められたことではありませんよ?」
『――姉さま!?ダメです!?あの人はダメなのです…!!き――』
「霖裏…?」
天草雪白の持つスマホから声が聞こえたと思った次の瞬間、硝子髪人形はそのスマホを取り上げた。
「なっ!?何をするのですか!?それを返しなさい!?」
「返しなさいー?何言ってるのー?これは僕のモノだよー?」
「…っ!」
天草雪白は咄嗟に手を上げようとする素振りを見せたものの、苦虫を噛み潰したような表情になりながら衝動を抑え込むように唇を噛み、硝子髪人形を睨み付けるに留まった。
「てめぇ…!」
それを見た雨が一歩踏み込もうとした瞬間だった。
「――う゛っ!?」
片眼鏡紳士は握っていた手首を強く捻り上げ、芽衣は唸り声のような苦痛の声を上げた。
「――失礼しました。少し力みすぎてしまいましたね?ちょっと加減が苦手なものでして…。折れてないと良いのですが…」
わざとらしく片眼鏡紳士が呟くと、雨は狼が威嚇するような鋭い目で二人を睨み付けた。
「ちっ…!汚いぞ…!!お前ら…!!!」
「君たちが今さら何をしようと、僕がやることは変わらないし、僕がここを来た理由も最初から変わっていない」
硝子髪人形は、そのままの足取りで八代霖裏の眠るベッドの横まで向かうと、八代霖裏の額にスマホをかざした。
「なに…?」
まるでコンビニでスマホ払いするかのようなその光景に、思わず拍子抜けしてしまい、その意図を理解できずに動向を見送ってしまった。
「霖裏に…。霖裏に一体、何をするつもりですか…!?」
「ショータイム…?まあ、観客は黙って見てるといいよー。ソウル・リリース・プロセス――アクティベート」
スマホが青白い明滅を繰り返すと、空中に映像が投影され、バーのようなものが真っ先に浮かび上がった。
「え…?なに…コレ…?」
機械的な音声アナウンスの直後、バーと共に空中に表示された0パーセントという表示は、すぐさまカウントアップをはじめた。
「彼女の肉体は致命傷を負っていて、あのままだと確実に死んでいたねー。だから、僕はこの子の意識だけをこれに入れて逃がしておいた。だけどまさか、あれほどの傷を負っていた肉体が一命を取り留めているなんて思わなかったよー」
私は目の前で起こっている状況を必死に整理していた。
そして私は、硝子髪人形がここに訪れた理由に、三つ目の可能性があることに気が付いた。
「まさか…。少年がここを訪れた理由って…」
「僕はこの国の風習は嫌いじゃないんだー。落ちていたものを持ち主に返すっていう風習はねー…」
ものの一分も待たずにパーセンテージは100%になり、小気味良い効果音とCOMPLETEという表示ともにプロセスの完了を告げた。
「はい、終わったよー。これで彼女は元通りー♪」
「元通り…?それは本当なのですか…?」
「気になるなら起こして確かめてみればー?」
天草雪白は慌ててベッドに駆け寄り、八代霖裏の体を揺すり始めた。
「え…?元に戻ったって、どういうこと…?」
「私は勘違いしてたのかもしれない…。たぶん少年は、瀕死になったりんちゃんがそのまま死んでしまうよりマシと考え、りんちゃんの人格を一時的にスマホに移した…。そして、この場を訪れたのはその人格を元の体に戻すためだった…」
「あいつ等、もしかして悪人じゃないってことか…?」
「――ハッ…!?ここは…!?」
ベッドで寝ていた八代霖裏が突然上体を起こし、まるで悪夢から目が覚めたかのように飛び起きた。
「り、霖裏…!ほ、本当に…目を覚ました…!?」
歓喜の表情と涙を浮かべながら、天草雪白はその小さな体を抱きしめた。
「さて、とー…」
「待って」
出入り口に向かおうと踵を返す硝子髪人形に声を掛ける。
「少年のこと勘違いしてたかもしれない。ごめんなさい…」
未だ払拭されていない疑念はあるものの、八代霖裏が硝子髪人形の手によって目を覚ましたというのは明らかな事実と言えた。
私はその事実を受け入れ、頭を下げた。
「謝らなくていいよー。僕って誤解されやすいからねー?」
硝子髪人形は笑みを浮かべた。
「――皆さん!危険です!その人たちから離れてください!!」
「えっ…!?」
――ドス!!
「うっ…――」
何かがぶつかるような重い衝突音と小さな呻き声がして、私は咄嗟に振り返る。
すると、片腕を引っ張り上げられ、サンドバッグのように吊られた状態のまま芽衣は意識を失っていた。
「芽衣…!?お前ら、何をして…!?」
雨が叫び声に似た声を上げながら駆け寄ろうとすると、片眼鏡紳士は芽衣を地面に落とし、狙い澄ましたような隙のない動きで、雨の首元を一瞬で掴み上げた。
「――あがぁ!?」
「な…!?あーちゃん!?」
「…昨日は少し手元が狂ってしまいましたが、今日は調子が良いみたいです」
「木之崎さん!?五月さん!?貴方がた、一体…!?」
「…て…め…え…ら」
雨がもがくように暴れるも、片眼鏡紳士はまるで彫像のように少しも動くことは無かった。
「君たち、それ以上動かないほうがいいよー?彼は力加減が下手クソだから、力んでお姉ちゃんの首がもげちゃうかもしれないよー?まあ、僕はそれでもいいんだけどねー?」
「下手クソは心外ですね。私だって傷つくのですよ?」
「ナニそれジョーク?心なんて無いくせにー」
目の前の二人は、こんな状況だというのに、まるで井戸端会議でもするかのように会話していた。
「――さて、お仕事をちゃっちゃと済ませますかー。こうして意識が飛んでいる間にやらないと、うまくいかないからねー?」
硝子髪人形はしゃがみ込み、床に倒れて気を失っている芽衣の頭部に、スマホの背面を当てる。
それは先ほど八代霖裏にしたものと、見た目はまったく同じ光景と言えた。
「昨日…。意識を飛ばす…。お前たち、まさか…!?」
その瞬間、私の誤解そのものが誤解であることに私はようやく気付いた。
「――やめ…」
「――それじゃあ早速、ソウル・コレクト・プロセス、アクティベートっと♪」
私の制止も虚しく、再び空中にバーとパーセンテージが現れた。
「駄目だ…!芽衣!起きてくれ…!」
意識さえ取り戻せばまだ間に合う――そう信じて何度も叫び続けるも、芽衣はまったく目を覚ます様子は無かった。
「芽衣…!!」
私の脈打つ鼓動と同じ速度でカウントアップを続け、私の心を追い込むかのように1パーセント、2パーセントと数を刻み続けた。
――50%…60%…。
――70%…80%…。
――90%………。
直後、まるで世界の終わりを告げるかのようにCOMPLETEという文字が表示され、効果音が虚しく鳴り響いた。
「これで完了ー♪」
ご機嫌な様子でスマホを確認する硝子髪人形に向けて、私は震える左手を右手で抑え込み、必死に声を絞り出しながら問う。
「私……たちを……騙していた……のか…?」
「んー?君らが勝手に勘違いしただけでしょー?人のせいにしないでよー?あの子の意識を移したのも、僕たちの目的のためだしー、僕は最初からこうすることが目的だったわけー。あっ!こういうのって、日本ではエビでタイを釣るっていうんだっけー?僕って博学ー♪」
彼ら共通の目的は、魔法少女を探して捕らえることなのだろう。
八代霖裏の腹部にあった痣は、今まさに目の前で起こったようにして出来上がったものであり、芽衣にしたことと同じような手口で意識を失わせ、彼女の意識をスマホに閉じ込めた。
だが、魔法少女だと思って捕らえた八代霖裏が、ただの人間であることを知った硝子髪人形は、変身する端末を作った人物こそが魔法少女であると考え至った。
既に私たちと接触していた片眼鏡紳士の情報をもとに、私たちが関係者であると目星をつけ、発信機の信号を辿ってこの場に姿を現し、捕らえた八代霖裏を交渉材料にしてその本物の魔法少女を炙り出そうとした。
そして、芽衣が魔法少女だと匂わせる発言をしたことで確信を得た彼らは、八代霖裏を捕らえたのと同じ方法で芽衣を捕らえ、その意識をスマホに移した。
私が彼らの真意に気付いていなかっただけで、彼らの目的は最初から今の今まで少したりとも変わっていなかった。
だが、私がそのことに気付くには遅すぎた。
「そっちの強気なお姉さんもそろそろ解放してあげないと死んじゃいそうだから、離してあげてー?」
その言葉に従うように、片眼鏡紳士は雨を体を片手で放り投げ、壁に向かって投げ捨てた。
しかし、雨は既に気を失っていたのか、得意の受身を一切取らずにそのまま叩きつけられる形になった。
「あーちゃん!?」
二人に駆け寄ろうとする私を遮るかのように、硝子髪人形が立ちはだかり、にやにやと笑みを浮かべながらスマホの画面を見せ付けた。
「こっちの体も用済みだから、もう好きにして良いよー?」
そう言いながら、まるで道端の小石を蹴るように、芽衣の体を足蹴にした。
「まあもっともー、中身はもう空っぽだけどねー♪」
硝子髪人形は相応の少年らしく屈託なく笑った。
だが、その姿はピエロの仮面を被った悪魔のように、私には思えた。
「芽…衣…」
スマホ画面には、芽衣の姿が映し出されている。
だが、私がそこに手を触れても、彼女の温もりを感じることは出来なかった。
私はその事実に打ちのめされ、膝から崩れ落ちた。
「くく、はははー♪いい顔が見れたしー、それじゃあ帰るよー♪」
硝子髪人形は踵を返し、続くように片眼鏡紳士も後を追う。
――『イクスという名に注意して』。
唐突にその言葉が頭を過ぎり、私はそう忠告を受けていたことを思い出し、顔を上げた。
「ノワの言っていた『イクス』…。お前たちは…――アカガリ…!!」
私の叫ぶような声を聞くと、硝子髪人形と片眼鏡紳士の二人は立ち止まった。
「おやおやぁ…?その名が君らから出てくるとは思ってなかったよー…?」
硝子髪人形は振り返ると、まっすぐに私を見つめ返し、目を細めて睨みつけた。
「そういえば、自己紹介がまだだったねー…。僕の名前はライア。それと、亜禍狩りって名前は気に入らないから一応訂正しておくけどー、僕は異空現体研究所の一員だ」