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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
フォールン・ムーン編
140/183

第27話 魔法少女はそれぞれの想いで。(4)

 ◆6月18日 午後4時44分◆

「ここに……居る…?そこに映っている霖裏が本物だとも言うのですか…?」

 小さな声で呟くと、天草雪白は振り返り、その存在を確認するかのようにベッドの上で眠る妹に視線を送る。

「――まったく、馬鹿馬鹿しい。霖裏ならここに寝ています。そんなことはありえません」

 キッパリ断言しながら鼻息を噴かせて笑うと、その言葉を待っていましたと言わんばかりに、フード少年もニヤリと笑みを浮かべた。

「それじゃあ君は、()()が本物だって証明出来るのー?」

 フード少年はベッドの上で眠る少女を指差し、からかうようにそう言った。

「本物の証明…?ですって…?何を言って…」

「ソレは見てくれだけの人形かもしれないし、喋りもしない。それなのに、君はその子の中身が霖裏(りんり)って子であるとどうやって証明するのか興味があってね?まあ、僕の事を信じないならそれでも良いけど、その代わり彼女はずっと目を覚まさないことになるかもしれないよー?」

「…っ!?」

 天草雪白は一瞬だけ眉間に皺を寄せると、奥歯を噛み締めるように口を歪めた。

「あっ――」


 ――ドン!!


 次の瞬間、病室内に叩きつけられる音が鳴り響いた。

 私が制止しようとしたのも間に合わず、その人物はフード少年を壁に追いやり、その胸ぐらに掴みかかっていた。

()()じゃないだろ。人をコケにするのもいい加減にしろ…」

 それは意外にも天草雪白ではなく、雨だった。

「いたいなー…。僕は事実を言っただけなんだけどー?」

 雨が少年を眼前まで引き寄せると、少年のフードは反動でめくれ落ち、ガラス細工で出来たような銀髪と、まるで人形を思わせるほど端整な顔立ちが光に晒された。

「…友達とその妹が悪趣味な悪戯されて、黙っていられるわけないだろ?」

 同じ人間とは思えないほどの美形を目の前にしようとも、雨がその態度を変えることはなかった。

 それどころか、その形相は怒るでも睨みつけるでもなく、眉ひとつ動いていない真顔のままだった。

 不測の事態とも呼ぶべきその事実は、私の中で警鐘を鳴らしており、私はすぐさま二人の間に割って入った。

「あーちゃん!ちょ、ちょっと待って!!」

 何が引き金だったのかは定かではないが、雨が怒りを通り越した状態であることを、私は直感的に感じ取っていた。

 肌を刺すほど緊張した空気を超近距離で感じ取り、間に割り入った私にも、足が竦むほどの緊張感がひしひしと伝わってきた。

 それでも尚、力任せに両者を引き離そうと努力はしてみたものの、私の腕力程度では憤った雨の力を押し返すほどの力は無く、雨の握り拳がその胸元から離れることはなかった。

「お…落ち着いて…!あーちゃん!!」

「五月さん。それくらいに」

 天草雪白が冷静な口調でそう呟くと、雨はまるで停止ボタンが押されたかのようにピタリと動きを止めた。

 そして握った拳をほどき、納得がいかないと言いたげに舌打ち一つ残しながら距離を取った。

「…ありがと、会長。ちょい熱くなりすぎたみたい」

「私はもう会長じゃありませんよ。ですが、貴方の想いは伝わりました」

「ふぅー…」

 私は思わぬ助け舟に感謝しつつ、これ好機とばかりに話の流れを変える。

「…少年。君の言葉が本当かどうかを判断するために、そのスマホのりんちゃんに幾つか質問させてくれない?」

 仮称・硝子髪人形(グラスドール)は私や雨の行動に怒るでもなく、まるでそう言われることを想定していたと言わんばかりに、あっさりスマホを差し出した。

「どうぞご自由にー。あ、でも時間は手短にお願いねー」

 硝子髪人形(グラスドール)はそれだけ告げると、堂々たる様子で近くの椅子にドッシリ腰掛け、私たちの様子をニヤニヤしながら観察し始めた。

 私はその様子に違和感と苛立ちを覚えながらも、咳払い一つで気を改め、スマホに向かって声を掛ける。

「りんちゃん…でいいんだよね?私の声は聞こえてる?」

 私の問い掛けが聞こえたのか、電子音の混じる機械的な音声がスマホから発せられた。

『確か、ちんちく……ではなくて、夏那ちゃんの小さいお姉さん…?』

 ここに至っても揺るぐことのない優秀すぎるアイデンティティーに呆れながらも、私は苦汁を飲み込み返答を返す。

「…小さいは余計だけど、とりあえずそれは置いておく。まずは、そこがどんな場所か判る?」

『え…?場所…ですか…?ここには何もありません…。真っ暗なのです…。足元にも何もなくて、まるで宙に浮いてるみたいです…。何も聞こえないし、何の匂いもしない…。それに何だか少し寒い…』

「そっか…」

 私はその答えを聞いてすぐ、押し付けるようにスマホを手渡した。

「花咲さん…?」

 スマホを手渡された当の天草雪白は、不思議そうな表情を浮かべながら困惑の色を私に返した。

「りんちゃんと少し話をして安心させてあげてください。きっとそれは先輩にしか出来ません」

 天草雪白は一瞬黙り込んだ後、私の意図を察したのか強く頷いた。

「わかりました」


 …


 それから数分間、天草雪白はスマホに向かって問答を繰り返していた。

 その内容は総じて他愛もない、至って平凡な会話だったと言えた。

 しかし、私がその会話の中で感じ取ったのは、私と夏那のような砕けた会話ではなく、どこかたどたどしい会話だった、というところだろう。


 話にひと区切りがついたのか、天草雪白は神妙な面持ちで私の前に立った。

「…少し落ち着いたようです。やはり、ずっと一人で不安だったようでした」

 目が覚めたら暗い部屋に一人閉じ込められていた、なんて状況になっていたのだから、頭がお花畑か余程根性がすわっているかしない限り普通でいられるはずはない。

 私ですら同情を禁じ得ないし、雨であれば半べそをかいているに違いない。

「他に何か気付いたことは?」

「そうですね…。少し元気がありませんでしたが、普段の霖裏と変わりないように思えます…。それと、これは私の勘違いかもしれませんが、少し記憶に齟齬があるように思えました」

「…なるほど」


 現在の状況を説明する仮説として、私は三つの可能性を考えていた。

 一つ目は、この映像がニセモノで、ベッドの上で寝ている八代霖裏が本物である可能性。

 二つ目は、ベッドの上で寝ている八代霖裏がニセモノで、本物がどこかに監禁され、映像として映し出されている可能性。

 そして最後に、八代霖裏の意識はスマホに閉じ込められ、肉体と引き離されているという可能性。

 これらの可能性を一つに絞り込む方法としては、このスマホに映っている人物が正真正銘の八代霖裏であることを証明することが一番の近道だった。


 天草雪白は私にスマホを差し出しながら、私の耳元で呟く。

「花咲さん…。この子が本物の霖裏であるのなら、私は何があってもと考えています…。ですから、その時は――」

 私は鼻で笑いながら天草雪白に告げる。

「…こうみえて、私も姉なんですよ?」

 私がそういうと、天草雪白はどこか安堵したような表情を見せながら、一度だけ頷いた。

「…そうでしたね」

 差し出されたスマホを確かに受け取ると、私はそのまま大詰めに入る。

「それじゃあ、りんちゃんに最後の質問」

『はい…?なんでしょうか…?』

「りんちゃんの()()()()()?」

『え…?ええっと…。そ、それは…その…。姉さまは……雪白姉さま……なのですが…』

 スマホに映る少女はあたふたしながらこちらに視線を向け、酷く困惑した様子で言葉を濁した。

 自分で追い込んだこととはいえ、その様子を不憫に思った私は、すぐさま言葉を撤回する。

「…意地悪な質問してごめん。今のナシ。もう大丈夫」

「もういいのですか?」

「はい。状況は大体判ったので」


 スマホに映る少女が私の質問に戸惑う様子を見せたのは、私が“姉さま”と表現したことで、天草雪白と八代雹果の二人を思い浮かべたことが理由だと考えられる。

 昨日の雹果の口ぶりから、雹果自身が天草雪白との関係を今のままにしようとしていることは間違いなく、天草雪白の前で雹果の話をすることはタブーであると、雹果と八代霖裏の間で取り交わされている可能性は非常に高い。

 八代霖裏にとっての“姉さま”は、天草雪白と同時に八代雹果でもあるため、私が“姉さま”という単語を出したことで、彼女は雹果のことを天草雪白の前で口に出すかどうかを迷ったのだ。

 つまり、戸惑うという反応は、三人の微妙な関係や裏の事情などを知っていないと出来ない反応であり、彼女のプロフィールを暗記し、成りすましているだけの人間に出来はしない。


「さて、と…。お待たせ、少年」

 興味津々といった様子で視線を送り続ける少年に、私は声を投げかける。

「意外と早かったねー?結論は出たのかな?」

 私は大きく頷き返す。

「ああ。結論から言うと、この子はりんちゃんで間違いない――」


 相手の肩を持つわけではないが、たとえDNAや身体的特長が一致していようとも、ベッドの上で眠っている少女を“八代霖裏という存在”なのだと証明することは出来ない。

 なぜなら、それは見た目や肉体の話であり、()()()()()()()()()()だ。

 ネットゲームやSNSなどでアバターの姿になっている相手を見て、外見だけで現実世界の本人かどうかを判断することは非常に難しいことだろう。

 だが、そういったものの場合、ある程度同じ時間を過ごしているうちに、不思議とその人がその人だと判断できるようになる――つまり、そこには確かに個人を判断する要素のようなものが存在しており、人は無意識のうちに相手を個として認識する基準を決め、それで判別していると言える。

 では、“人を個と認識する要素”とは一体なんなのか。

 それは、口調や会話の()、考え方や記憶などによって生じる小さな差――言うなれば人格(パーソナリティー)だろう。

 画面に映っているだけの少女を八代霖裏だと証明することは難しいかもしれないが、意思を交わすことが出来るのであれば、そこには必ず人格(パーソナリティー)が垣間見え、それを判別することで個人であることを証明することができる。

 奇しくもそれは、家族旅行の事件の際、姿が変わってしまった私やハーマイオニーが互いを認識した方法と同じだった。


「――らしい」

「…らしい?」

 言葉の最後にそう付け足すと、硝子髪人形(グラスドール)は首を傾げた。

「私がそう思ったわけでも、確証を持ったわけでもない。私は二人の関係を信じた。それだけ」


 結局のところ、八代霖裏が本物であるかどうかを見分けることなど、彼女とそれほど面識のない私には出来はしない。

 私が二人を会話させたのは、天草雪白から見た八代霖裏が“妹であり相棒でもある八代霖裏”と変わりがないかどうかを確かめるためだった。

 二人の間には、“姉妹であり相棒”という他の誰にも真似することのできない独特の空気間のようなものがあり、それは私の目から見ても明らかだった。

 そして、私の質問に対しての彼女の言動や反応は、天草雪白と雹果の関係性を知る妹としても正しい反応であり、それを否定する要因はなかった。

 天草雪白と八代霖裏の間で記憶の齟齬があったのも、天草雪白が八代霖裏と雹果の二人を同一の存在と記憶している以上、過去の話をすれば齟齬が生まれるのは当然であり、私としても最初からそこを判断しようなどとは思ってもいない。

 ようするに、私は天草雪白と八代霖裏という二人の関係性を信じ、天草雪白に判断を委ねることを早々に決めていたのだった。


「さて、と…。彼女がりんちゃんであることは判った…。そうすると、少年がここに来た理由は二つに一つに絞られる」

 硝子髪人形(グラスドール)の言っていることは全て本当のことであり、目の前で起こっていることが全て事実である可能性が高い、ということを私は肯定したことになる。

 それは一つの事実を私たちに突きつけるとともに、硝子髪人形(グラスドール)がここを訪れた理由を疑問に挙げることになった。

「理由…?」

「少年は、りんちゃんに(とど)めを刺しに来たの?」

 その場にいる全員が、まるで意表を突かれたように凍りついた。

「トドメ…ですって…!?」

 天草雪白は動揺の声を上げながらも、ベッドの前に立ち、硝子髪人形(グラスドール)に向かって身構える。


 硝子髪人形(グラスドール)が昨日の一件に関わっていることは、八代霖裏の置かれている状況を最初から知っていたことから見ても明白だった。

 となると、八代霖裏という存在を確実に消すために、再び姿を現したと考えても不思議はないし、むしろ自然だと言えた。


「それとも、少年はりんちゃんを人質として、家族である天草先輩に交渉に来たの?」


 一方で、私はこうも考えた。

 八代霖裏をスマホに捕らえることが目的であれば、硝子髪人形(グラスドール)がこの場を訪れる理由はない。

 だが、もしも捕らえることが()()()()()()()()であったのなら、天草雪白への交渉手段として最も有用なカードと言えた。

 今回の場合、八代霖裏はベッドで寝ており、ニセモノであるという疑惑が先にあったため、そのままではスマホの中に存在する八代霖裏を交渉カードとして使うことが出来なかった。

 そのため、言葉巧みに私たちを誘導してベッドの上の八代霖裏という存在に疑問を抱かせ、スマホに閉じ込められた八代霖裏の存在を私たちに信じさせる時間を用意し、最終的には交渉カードとして機能するよう誘導した。

 そう考えれば、あっさりと私たちの要求を呑み、重要な交渉カードであるスマホを素直に渡したのも頷けた。


「人質…それにトドメかー。どっちも聞こえは悪いけど、今の状況からするとそう見えちゃうかもねー?」

 硝子髪人形(グラスドール)はおもむろに立ち上がり、暮れる夕陽を眺めはじめた、

「まあ、今は君たちに訊きたい事があるかなー?」

「…チー。何を訊かれようが、コイツに言う必要なんてない。このスマホがこっちにあれば、人質も何も無い」

 雨がそう呟くと、窓に映る硝子髪人形(グラスドール)は呆れたと言いたげにため息を吐く。

「もしかして君、喧嘩っ早いだけじゃなくて頭も悪いのー?」

「…!?こ、この――」

「――待って。あーちゃん」

 硝子髪人形(グラスドール)のあからさまな挑発に乗らぬよう、私は雨の服の裾を引っ張って首を横に振る。

「このスマホを持っているだけでは、りんちゃんを救ったことにならない。だって――」

 私の言葉に被せるように、硝子髪人形(グラスドール)は先にその事実を答えた。

「君たちは()()()()()()()()()()()()()()()()でしょー?」

「そ…れは…」

 雨はその言葉を聞くと言葉に詰まり、沈黙した。

 そして、何かに気付いたように顔をゆっくり上げる。

「…つまり私たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?」

 私は迷いながらも頷いた。


 ――私たちには、最初から選択肢なんて無かった。

 りんちゃんが人質となった時点で、主導権はずっと少年が握っていた。

 つまり、これは交渉なんて対等なものじゃなく、一方的な脅迫と尋問だった。


「――っくそ!!」

「ようやく立場を自覚したくれたみたいだねー。というわけで、今は僕のターンってことでじゃんじゃん吐いてもらうよー?」

 硝子髪人形(グラスドール)はポケットから何かを取り出すと、それを私たちに見せびらかすように掲げた。

 それは、以前私も見たことのあるものだった。

「それって…」

 その形状は、雹果の持つスマホと同じもの――つまり、メルティー・ベルやメルティー・ミラに変身するための端末だった。

「まずは最初の質問ー。これを作ったのは誰かなー?」

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