第27話 魔法少女はそれぞれの想いで。(1)
◆6月17日 午後6時24分◆
「私たち全員が……カギ…?」
全員が困惑したように口を閉ざす中、真っ先に口を開いたのは祈莉だった。
「つまり…私たちが協力をすればこの子を助けられるかもしれない…。そういうことでしょうか…?」
全員を眺めるように視線を移す祈莉に対し、私は同意を示すように大きく頷く。
「確証と呼べるほどのものはないけど、状況的にその可能性は高い」
「りんちゃんを助けられるの…?それなら私、なんだって協力するよ!!お姉ちゃん!!」
夏那は私の手を取り、そしてギュッと握り締めた。
その手は未だ震えていたものの、先ほどよりもずっとしっかり握られていた。
「…ありがと、夏那」
「それなら善は急げ…――と言いたいトコだけど、結局私たちは何をすればいいんだ?」
雨の一言で皆の視線が再び私に集まったものの、私はその期待に対する明確な回答を持ち合わせていなかった。
「時間は無いけど、なんでもいいから思い当たることを私に教えて欲しい。私からはそれしか言えない。たぶん、糸口は皆それぞれが持っているはずだから」
「糸口……ですか…」
私以外の三人が解決に繋がる糸口をそれぞれに持っているとするのならば、恐らく私に与えられた役割はその糸を束ね、1本の紐を作るところまでなのだろう。
しかし、その糸自体をどこからどのようにして見つけてくるのかは、私にはまったく見当もつかないし、そればかりは各々に委ねるしかなかった。
「う~ん…。つっても、そんなこと言われてすぐにピンとくることなんて――」
雨がそう言い掛けたところで、祈莉はおもむろに立ち上がった。
「きっと、この時のためだったということですね…」
祈莉はそう呟いたかと思うと、私の真正面に立ち、胸ポケットから小さな手帳を取り出した。
「イノ…ちゃん…?」
そこにしまわれていただろう一枚のトランプだいのカードを取り出し、まるで名刺のようにそれを差し出した。
「これを使ってください」
「これは…?」
「私の魔法を封じ込めたカードです。私以外の普通の人間でも動物の力を行使出来るよう、独自に研究して作ったもので、その中には肢体や臓器の自己再生能力に長けた生物をインプットしてあります」
私は戸惑いながらもそれを受け取り、それをまじまじと観察する。
「魔法を封じ込めた…。それはつまり、私のポーションと同じで、触媒を利用した魔法…」
私の作ったポーションは、小瓶と霊水を触媒として魔法を封じ込めたものだったのだが、察するに、このカードも何かしら魔法との親和性の高い素材で作られたものなのだろう。
だが、見た目がどうこうよりも、祈莉が私と似た研究をしていたことや、偶然とはいえ、私と同じものを作るに至っていたことのほうが、私としては驚くべきポイントだった。
「臓器の自己再生能力ってことは、それがあればその子を助けられるのか!?」
雨が期待交じりの声を上げると、祈莉はそれを否定するように首を大きく横に振った。
「…いいえ。残念ですが、それは無いと思います。再生能力が高いといいましても、トカゲの尻尾みたいなもので、いずれは元どおりに回復しますが、切れた部分がすぐに再生するようなものではありません。それになにより、これは未完成品です。ぬか喜びさせてすみません…」
「そっか…」
残念そうに雨が肩を落とすと、祈莉もまた申し訳なさそうに目を伏せた。
「いいや、きっとこれは役に立つと思う。イノちゃん、ありがとう」
肩を落としたのも束の間に、気がつくと雨は何かが引っ掛かっているとさも言いたげに小首を傾げ、唸り声を上げながら眉間に皺を寄せていた。
「う~ん…?そういや、ポーションって名前で思い出したんだけど、それって前に私がチーに飲ませたやつだよな…?まあ、あの時は芽衣の姿だったけど…」
私はそういえばそうだったな、などと思い返しながら頷き返す。
「チーはあんなにボロボロだったのに、アレ飲ませた途端に元気になったこと覚えてるか?ぶっちゃけ、ポーションにそんな力があるんなら、ここでそれを作れば解決するんじゃないかって思ってさ?」
「それは――」
私は少し驚きながら、顎に手を添える。
「…あれはさっきから私が掛けているグロース・ライトと同じもの。それに、一晩寝かさないと効果が薄い」
「一晩って、カレーと同じ原理かよ!?」
「…でも、確かにあの時のポーションはいつものポーションよりも効果が高かった気がする。骨が何本か折れてた気がしたけど、結果的に大丈夫だったし…。でも、何か特別なことをした覚えは――」
エゾヒの攻撃をもろに受けたあの時の私は、満身創痍という言葉が完全に当てはまるほどの怪我を負っていた。
だが、雨に無理やり飲まされたポーションによって、それが見事に回復したことを私の体が証明している。
今の今まで気に掛けたことは無かったものの、よくよく考えてみればそれは不自然な現象だった。
なぜならば、私の魔法に即効性はないのだから。
「待てよ……私の知らないこと…」
ノワは、私たちは助ける方法を既に知っているのではないかと語っていたが、恐らくその点に関してはほぼ間違いなかった。
ケートスは八代霖裏を救う方法として、私たちをここに集めたと考えられる。
だとするならば、ケートスがその根拠となりえることを知り得るとするならば、それは過去の因果関係に起因するものだろう。
つまり、ヒントは私の知らないことの中にあり、私たちの経験の中に彼女を救う方法が隠されているということになる。
「あのポーションに関して、覚えてること全部話して」
「全部って…。あれは確か、夏那ちゃんから受け取ったもので…。そういえば、アレを受け取ったとき、何か暖かいというか、なんか不思議な感じがしたような…?」
それを聞いた私たちは、当事者へと一斉に視線を向ける。
「えっ…?ええーっ…!?わたし…!?べ、別に何もしてないよー!?ただ、お姉ちゃんが危険な目に遭っているかもって思って、すっごく心配してたけど…」
「すごく……心配……?」
私の中でその言葉が妙に引っかかり、私は目を閉じ、その言葉の意味に思考をめぐらせた。
すると、遠く別々の場所にあった点が見事一本の線に繋がった。
「もしかして、あの時夏那は私が危険な目に遭うかもしれないって思っていなかったか…?ようするに、あれが映画撮影だなんて思っていなかったとか…?」
「えっと…それは…」
夏那は戸惑った様子で視線を泳がせながら沈黙し、最後の最後に首を大きく縦に振った。
「…エゾヒさんの前に立ったとき、言葉にするのは難しいけど、すっごく怖いって感じた…。私があの大きな熊さんに潰されそうになったときみたいな…」
それは同一人物だから、などという野暮なツッコミを私は入れず、ただ話に耳を傾けた。
「だから、これって映画撮影なんかじゃなくって、本当はお姉ちゃんが隠しているだけで、現実に起きていることなんじゃないかなって…。私はお姉ちゃんが魔法少女だって知っていたから、少しでもお姉ちゃんの助けになりたくて…」
「だからあの時、チーにポーションを渡してくれなんて言い出したのか…」
雨は納得するように何度も頷く。
「そうか…。これで全部が繋がったよ」
夏那は、私が魔法少女であることを最初から知っていた。
二ヶ月前のエゾヒとの戦いにおいて、私が一人で戦っていると気付いて、私に持っていたポーションを渡すよう雨に託した、ということになる。
つまり、あのポーションには特別な想いが込められていたことになる。
「お…!?ついに来た!いつものドヤ顔!!」
正直なところ、私は今回ばかりはと諦めかけていた。
だが、バラバラだった糸は結ばれ、希望を繋ぐ一本の紐となった。
諦めていたら可能性すらゼロだったものを、皆が協力し、僅かな可能性を見出した。
紐の先がどうなっているのかは私にも判らないが、きっとこれがケートスの見出した答えだと信じ、私はその紐を引く。
「夏那。これに、りんちゃんを助けたいって気持ちを込めてくれないか?私を助けたいと想ってくれていた、あの時みたいに」
夏那は私がそれ以上後押しするまでもなく、全てを受け入れているかのように即座に頷いた。
「なんだって協力するって言ったでしょ?お姉ちゃん!もちろん、やるよ!!」
祈莉から受け取ったカードを夏那に手渡すと、夏那は地面に倒れる八代霖裏のもとに移動し、その手を握った。
「りんちゃん…。私が絶対に助けてあげるからね…!!」
夏那はまるで瞑想するかのように目を閉じると、そのまま動かなくなった。
「スマン。まだちょっと追いつけてないんだが…。説明プリーズ…」
雨が相変わらずのギブアップ宣言をしたところで、私もまた恒例の講習会を始める。
「魔法は人の想いや願いの力が源…。純粋で強い想いを持つ夏那は、魔法の適正が高い。だとすれば、その想いを魔法に乗せることが出来れば、魔法の力を底上げすることが出来る。つまり、夏那には自分の想いを魔法に乗せて、その力を増幅させる力を持っていると考えられる」
詳しい原理なんかは私にも判らないが、想いの力が魔法の源であることはこのシステムを作ったノワも語っていたことから本当なのだろう。
だとすれば、魔法少女であろうとそうでなかろうと、想いの力さえあれば魔法の源になりえることになる。
夏那はケートスを惹きつけるほどの想いの力を持っていたことから、もともとそういった魔法への素質は高かった。
つまり、夏那の想いの力を魔法に変換することが出来れば、その効果は通常の効果を優に越える性質へと変化させられる。
そして、ポーションやカードといった触媒を使った形式の魔法は、お守りや呪符などと同じで、人の想いを込める手段として適しているのだろう。
「なるほど…。つまり、あの時の状況を再現しようってことか…」
「近いけど、厳密にはちょっと違う。イノちゃんのくれたあのカードに夏那の想いの力を乗せ、魔法の効果を増幅させる。そして、あのカードをりんちゃんに使う。魔法で自己再生能力の上がったりんちゃんに私がグロース・ライトを使って、自己再生能力を最大限まで引き上げる。そこまですれば、僅かでも可能性が生まれるんじゃないかって私は考えた。もちろん、どこにも確証は無いけど」
「確かに…。その方法であれば、自己再生能力は飛躍的に上がると思います…。まさか、そんな方法があったなんて…」
祈莉は感心するように考えながら、何度も頷いていた。
「あの時のチーの回復ぶりを考えると、確かにワンチャンありそうだな…!!」
「えっ…?わんちゃん…?そのカードは犬になるわけではないのですが…?」
「あーいや、そういう意味じゃ…。ワンチャンってのは――」
「ワンチャンか…。その通りだな…」
ポーションの効果を引き上げたときとは違い、今回は祈莉に貰ったカードを使うことになる。
また、カードに封じられているのは獣化魔法の一種だろうとは思っているものの、その効果がどういったものであるかを私は知らない。
そもそも他人に獣化魔法を使う状況自体が私にしてみれば初めてのことなので、その効果に関しては私といえど未知数であるとも言えた。
さらに言うのなら、効果を増幅させることで、使用者に何かしらの異常をきたす可能性も十分考えられるし、成功したとしても野生に近付き過ぎれば、暴れて私たちを攻撃してくる可能性だって考えられる。
ようするに、今回私が提した方法は何もかもが未知数であり、机上の空論と語るのもおこがましいほどの思いつきレベルの産物だった。
「でも、それに賭けるしかない」
――私は、私を信じない。
私はケートスの導き出した可能性である私たちと、ここに居る皆を信じる。
◇
◆6月17日 午後7時◆
「あ。チーちゃん」
私が病院に到着すると、祈莉はすぐにこちらに気付き、雨は待合室の椅子で仰け反るように座っていた。
「二人ともお疲れ」
「こういったことは久しぶりでしたので、さすがに少し疲れてしまいました」
そう言いながらも、祈莉は汗一つかかずに涼しい顔をしていた。
「私はそんなに疲れてないけど…。しっかしまさか、私の役回りが救急車と同じ扱いだとはねー…ぶー…」
雨は不服を表現するように、口を尖らせながら頬を膨らませた。
それを見て、私は思わず噴出す。
「ぷっ……なにその顔……ウケる…。でも、私や夏那じゃあの子を運ぶのに苦労しただろし、イノちゃんだけじゃ迷子になっちゃうだろうから、雨が適任だったのは事実。大体、そんなこと言ったら私も頭と魔法使っただけで似たようなものだし」
「つってもさー…」
なおも不満そうにする雨に私は呆れながらも、気持ちを切り替えて本音を話すことにする。
「…私はすごく感謝してるよ。あーちゃんがポーションのことに気付いたからこそ、私は今この瞬間、こうやって笑っていられるんだと思うから」
「…はは。それもそっか」
雨はそう呟くとニヤリと笑い、無言で両の手のひらを私と祈莉にそれぞれ向け、それを見た祈莉もまた倣うように両手を雨と私に向けた。
それは、私たちの中では暗黙の合図だった。
「――ったく、仕方ないな…」
私たちは目配せすると、それぞれ互いの手を合わせた。
『イェーイ!!』
パァーンという小気味良い破裂音のような音が周囲に響き渡った。
私はそれがとても懐かしく、そして清々しく感じた。