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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
クロッシング・コンステレーション編
131/183

第25話 魔法少女は夜明けで。(5)

 ◆5月14日 午前5時28分◆

 公園の入り口まで来ると私は立ち止り、ノワに振り返る。

「――それじゃ、ケートスを宜しく」

『わかったよー』

「あっ!また!!ケートスじゃなくてカイくんだよ、お姉ちゃ…――」

 私がその場を立ち去ろうとすると、夏那はその場で突っ立ったまま硬直した。

「何してるんだ?置いていくぞ?」

 夏那は戸惑ったようにキョロキョロと私とノワを交互に見る。

「か、カイくん、ここに置いてちゃうの!?」

「ん…?あれ…?言ってなかったっけ…?」

 思い返してみれば、私は夏那をここに連れてきただけで、その理由までは告げていなかったという事実に、私は今更ながらに気が付いた。

「聞いてないよー!?お姉ちゃん、飼っていいって言ってたのにー!?」

 夏那はケートスに抱きついたかと思うと、さぞご立腹といった様子で頬を膨らませた。

「飼って良いなんて言った覚えないけど…。まあ、妹の頼みでも、これだけは聞いてやれな――」

 気が付くと、夏那は悲しげな表情を浮かべながら懇願するような目で私を見つめていた。

 表情を自在に変えられるということを生かした巧みな戦術に動揺を強いられつつも、私は毅然とした態度でそれを一蹴する。

「――そんな顔してもダメ。それに、これはケートス…じゃなかった、カイくんのためでもあるんだから」

「カイくんの…ため…?」

 夏那は不思議そうに首を傾げる。

「普通に生活していれば、またアイツ等に狙われる可能性が高い。でも、この中に居ればその心配はない。それに都合良く四六時中面倒見てくれる暇なやつがここに居る。だから、ここで(かくま)ってもらうのが一番安全」

『そんなに褒められると照れちゃうなー』

 私であれば「誰が暇か」と返すところだが、卓越したスルースキルを持つノワには私の嫌味もまったく通じなかった。

「そっか…。そう…だよねー…」

 妹の残念そうな表情が目に映り、私は近くのベンチに腰を下ろす。

「はぁ~…」

「お姉…ちゃん?」

「立ち話で少し疲れたからちょっと休憩。10分くらいは休みたいから、その間は好きにしてるといい」

 一瞬戸惑ったあと、私の言葉の意味を理解した夏那の顔は一気に変わった。

「う、うん!ありがとう、お姉ちゃん!!」


 …


 もはや公園のベンチと呼ぶには程遠いほど草木に覆われてしまった元ベンチに腰掛けながら、私は妹とケートスの戯れる姿をぼんやり眺めていた。

 その様子が、数日前に見た光景に似ていたため、私はふと気になっていたことを重要参考人に問う。

「ちょっと聞いておきたいんだけど」

『なんだい?』

 ノワも同様に私の隣に腰掛け、年相応の子供のらしく足をバタつかせながら二人の様子を眺めていた。

「ハーマイオニーはどうしてお前に協力した?そもそも、お前たちに接点は無かったはずだけど」

 私が疑問に思っていたのは“二人の接点”と“ハーマイオニーの反応”だった。

『彼は偶然、魔蒔化の種を拾った。それだけだよー?』

「偶然ね…。本当に…それだけ?」

 私はノワを信じると決めていたものの、そこだけはハッキリさせておかなければならなかった。

 なぜなら、ハーマイオニーを操るような真似をしていた以上、ハーマイオニーが魔蒔化の種に取り憑かれている可能性は充分にあった。

 私が言えたことではないが、人を騙して危険に晒した事実は消えはしないし、悪用する意思が無かったとしても、他人に迷惑を掛けたことに違いはない。

 どう言い繕っても、そこに責任は発生する。

『キミの考えているようなことは何も無いよ?それどころか、大事そうに肌身離さずに持ち歩いてくれてるからねー。そのお陰で「友達を助けるために僕に協力してくれない?」って心に語りかけることができたんだけどねー』

「なる…ほど…。そういうことか…。納得した…」

 ハーマイオニーは魔蒔化の種の存在どころか、ノワと私の関係も知らないし、事件の詳細もノワから明かされてはいなかった。

 だとすると、旅館で私が話しかけていたとき、私を見て驚いた反応と、何かを隠そうとしていた行動理由には説明がつかない。

 だが、こう考えればそれらの行動は不自然ではなくなる。

 “私に見られたこと”ではなく“自分を見られたこと”に驚いたと考えると、自分の話しかけていた相手が“電話”などではなく“種”だったから、それを見た私に不審な目を向けられると思って驚き、それを隠そうとしていただけ。

 そして、出会った頃のハーマイオニーならいざしらず、今のハーマイオニーであれば“友達を助けるため”なんて口実を使われれば、どんな相手だろうと信じて協力してしまうだろう。

「ついでにもう一つ。あのアカガリって連中のこと、ノワは前から知っていたの?」

『もちろんだよー。彼らは僕たちを目の敵にしているからねー』

 その答えによって、ようやく私の中にあった疑問の一つが解けた。

「ここは(えにし)の神でも感知できない、現世から隔離された位相空間。この空間と“アクウ結界”は位相空間を創り出すという意味で同じ性質だと考えられる。私たち魔法少女が自由に戦っても、アカガリって連中が今まで私たちの存在を感知出来ていなかったのは、“アクウ結界”や“ツリィレ・イザ”の効果だったってことなんでしょ?」

 “アクウ結界”が人を隔離し、囚われた人々の“希望の力”を搾取することを役割としている――などというのは、蓋を開けてみればノワの考えた設定に過ぎず、ただの演出でしかないはずだった。

 そう考えた場合、二つの結界を併用するような必要性は無いのだが、それをわざわざ行っていたことになる。

 ではもし、それらに別の役割を与えられていたと考えればどうだろうか。

 “アクウ結界”は位相空間の構築によって現世に影響を与えないためのものであると同時に、アカガリのような連中に察知されないための隠蔽工作の一環だったと考えると、万が一にも現世に影響を与えてしまったとき、“ツリィレ・イザ”を補助機能として事象補正を掛けることで、異端の力の痕跡を一切残すようなことがなくなる。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『ご明察~。キミは本当に成長したねー。えらいえらいー』

 そう言いながら、ノワは私の頭を撫ではじめた。

「何するんだよ…。鬱陶しい」

 私はそれをすかさず振り払う。

『人間は相手の行動を褒めるときに頭を撫でるでしょ?キミも彼女によくそうしていたじゃないか?』

 ノワは夏那に視線を向けたあと、不可解だと言いたげに首を傾げた。

「それは子供の特権なの。私はもう子供じゃないし」

『ふ~ん?そうなのー?じゃあ、キミたち魔法少女が願いを叶えるために、色々あの手この手を尽くして守っていたこの僕を褒めてくれてもいいよー?ほらほらー』

 ノワは自分の頭頂部を私に向ける。

「調子に乗るな」

 私は慣れた手つきで、その頭頂部に手刀を入れる。

「…けどまあ、それに関しては一応感謝してる。あんなヤバイ奴ら相手してたら、魔法少女なんてやってられなかっただろうし…」

 私のような異端の存在を“人間ではない”とアカガリが考えている以上、私たち魔法少女という存在を消すことに容赦も躊躇もしないだろう。

 そして、そのためならば手段は選ばず、多少の犠牲は仕方ないと言って、その家族や知人であっても危害を加えることさえ(いと)わない。

 これまでの行動からみても、それは明らかだった。

 その危険な存在から私たち魔法少女の存在を隠すために用意されたのが、“ツリィレ・イザ”と“アクウ結界”だとすれば、結界の本来の目的は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

「最後にもう一つ聞かせて…。エゾヒと戦った五年前のあの日のこと…」

 私は意を決して、ずっと気掛かりだったことを問う。

『五年前のこと?』

 私は小さく頷く。

明日火(あすか)でエゾヒと戦ったあの日、結界内に取り残されていた人たちは…あの後どうなった…?」

 ノワは思い出すかのように空を見上げる。

『うーんと、全員無事だったよー?』

「…そっか」

 “アクウ結界”や“ツリィレ・イザ”によって、夏那のような一般人に被害者が出ていたということも事実ではあるものの、あの事件で命を落とした人が居ないというのもまた事実だった。

 私が想像していた最悪の結果からはだいぶ遠退き、少しホッとしたというのが正直なところではあったが、それを素直に喜ぶわけにもいかず、私はとても複雑な気持ちを抱く結果となった。

「たとえ事故だったとしても、その人たちの人生を変えた罪を背負わなければいけない。これからずっと…」

 私たち魔法少女が知らず知らずのうちに生活を守られていたのは、私がこうして無事である以上、否定しようの無い事実であり、ノワ一人にその責を押し付けることも筋違いだと今の私は理解をしている。

 だからといって、その惨劇によって忘れ去られてしまった人々のことを忘れていいわけではない。

 今の私に出来ることがあるとすれば、それは私と夏那を結ぶこの糸を大切にすることくらいだろう。

『レム。キミは過去を変えようとは思わないのかい?きっと、ケートスくんにはその力があるはずだよ?』

 私は首を大きく横に振りながら、背もたれに寄りかかる。

 そして、ようやく明るくなってきた空を仰ぎながら答える。

「それを選ぶのは私じゃない――というより、選択する権利なんて私には無い。まあ、きっとそれが出来る本人はそんなこと望んでないだろうけど」

 夏那が今を幸せだと感じているのならそれで良いと思うし、私も正直な話、今の生活が続けば良いと思っている。

 わざわざ過去を変える理由など、私には微塵も無かった。

『なるほどねー。これは先が長そうだー』

「どういう意味?」

『こっちの話だよー?』


 …


「別れは済んだ?」

「もう少しー」

 ケートスのウォータークッションのような体に張り付いたまま、夏那は離れようとしなかった。

「まさか、日が暮れるまでここに居るつもりじゃないだろうな…」

『そんなに別れが惜しいのなら、キミ()ここに遊びに来るといいよー?』

「え!?ここに来ていいの!?わかった!そうする!!ノワちゃんありがとー!!!」

「…も?」

『雹果ちゃんは毎日僕に会いに来てくれてるよー?』

 妹が歓喜しているのを尻目に、雹果が毎日来ているという事実を耳にして、私は呆れていた。

「ちょっと離れ離れになっちゃうかもだけど、朝のジョギングとか、学校帰りとかに寄るからね?良い子にしててね?カイくん?」

 ケートスの感情が私に判るはずもないが、その様子は飼い主に置いていかれる犬のようで、なんとなく寂しそうに見えた。

『まあ、いざとなったら彼の名を呼べばいいと思うよー?彼ならきっとキミの想いに応えてくれるはずだから』

 ノワはすっくと立ち上がると、私に向き直る。

『それと、レム』

「ん…?なに…?」

 ノワの改まった態度に違和感を覚えながらも、私は普通に返答する。

『巻き込んでしまったのは僕だけど、僕はキミたちを助けてあげられない。キミの存在は彼らに知られてしまったし、きっと彼らは動く。だからこの忠告だけは聞いてほしい』

「お…おう…?」

『イクスという名に注意して』

 いつになく真剣な口調と表情に、私は思わずたじろぎながらも答える。

「…わかった」





 ◆?月?日◆

「失礼するぜぇ?」

 和服を着た長身の男が部屋に入ってくるなり、広い室内に響き渡るほどの大きな声を上げる。

「ディオフ…貴殿か…?身体の調子はどうだ?」

 暗く、無機質なモニターや機器類が設置された壁面と中央に置かれた会議机、そしてその机に向かう男の影が一つ。

 藍色の軍服のようなものに身を纏った、いかにも優男(やさおとこ)といった印象のブロンドヘアのまだ若い風貌の男性は、上等なティーカップに淹れた紅茶を嗜むように口へと運んでいた。

 その堂々たる様子は、およそこの場が会議室とは思えない空間を周囲に展開していた。

「ああ?こんなのは怪我なんて呼べるもんじゃねえよ。まあ、(むくろ)にならずに済んだのは相手さんのご慈悲だろうけどなぁ…」

 ディオフと呼ばれた和服の男は、手を開いては閉じを繰り返しながら、ティータイム中の男の正面に仰け反るように着席する。

 その表情は明るいと呼べるものではなく、言葉とは対照的に不満に満ちた表情だった。

「ふむ…?返り討ちにあった挙句、縛り付けにされて数日間放置されたと聞いていたが、見たところ体調のほうよりも精神面のほうに問題がありそうだな…?今回の標的はそれほどに厄介な相手だったということか?」

 視線を合わせるでも無く、軍服男は紅茶を口に運び続けながら会話を続ける。 

「ちっ…そんな風に伝わってるのかよ…」

 和服の男は頭をポリポリと掻きながら、ばつが悪そうにそっぽを向いた。

「そんな風?事実ではないと言うのか?だとすれば、報告書を作り直さねばなるまい」

「…縛り付けにされて放置されたってぇのは認めるが、俺が戦った相手は標的じゃねぇ。邪魔が入ったんだよ」

 そこで初めて、軍服男は和服男に視線を向ける。

「邪魔…?標的じゃない…?とすると、別の異空現体(アカシクス)ということか?」

 それはまるで、鋭利な刃物のように、相手を貫かんとするような鋭い視線だった。

「魔法少女ってやつに邪魔されたんだ。たしかぁ…シャニムニ・ライムだったか?」

 和服男が頭から捻り出すように答えると、軍服男は呆然とした様子で言葉を返す。

「まほう…しょうじょ…?魔法を使う少女…。魔法は魔術の発展技術と聞いたことがある…。つまりそれは、魔女の生き残り…もしくはその子孫が未だ存在するということ…。それが本当に実在するのだとすれば――」

 軍服男はティーカップを置いてゆっくり立ち上がると、部屋に設置された巨大なモニターの前まで移動する。

「――大事だぞ?」

 その瞬間、静寂が室内を支配した。

 まるでその状況に痺れを切らせたかのように、若い声が室内に響き渡った。

「…魔法少女っていうのは、日本のアニメに出てくる架空の存在ですよー?空を飛んだり、姿を変えたりして悪い奴をやっつける、れっきとした人間の女の子たちなんだよー?流石にそういう庶民的な知識はないんだねー?」

 その声の主は物音ひとつ立てることなく、いつの間にやら入り口の壁に背を預けていた。

 まるで少年のような背格好で、特段変わったことは無いフードパーカーにハーフパンツと、その世代ではよく見られるラフな格好をしていた。

 とりわけ目立っているのは、黒い眼帯とヘッドホン、そしてこの世のものとは思えないほど美しい輝きを放つ、青みがかった銀髪だろう。

「ライア…てめぇ…いつの間に…」

「ほう…?その架空の存在である人間の少女が、ディオフの妨害をしただけでなく、縛りつけにして放置した、と…?それはなかなかに面白いジョークではあるな?」

 そう言って、冗談だと言いたげに嘲るように笑った。

「ジョーク、か…。そう思うなら、自分で探して確かめればいいんじゃねえか?お得意の()()でよお?」

 和服男は、自分のこめかみを指先でトントンと叩いた。

「あ、それさんせー。僕は面白そうだから興味あるー。というか、どっちみち調べる必要はあるんじゃないの?」

「私の()はお前たちの興味や欲を満たすための道具ではない」

「とか言いながら気になってるクセにー。まったく、イクスも素直じゃないね?」

 眼帯少年はいつの間にか軍服男の足元に移動し、その顔を覗き込むように見上げていた。

 そして、少年がにんまり笑うと、軍服男は咳払いを一つした。

「…私もその魔法少女とやらに興味がないというわけではない。だが、信じているわけでもない――」

 懐から仮面のようなものを取り出すと、それを顔に着けた。

「――この眼で確かめぬ限りは」





 ◆5月14日 午前7時◆

 およそ学校とは無縁の黒く高級そうなリムジンが、堂々と門扉を通り抜け、敷地の中央そびえ立つ円筒状の建物を目指して移動していた。

 そして、車が目的の場所に到着すると、運転席から執事のような佇まいをした男性が降り、後部座席の扉を丁重な手つきで開け放つ。

「…ありがとう」

 扉の奥から声がした直後、その奥から人影が姿を覗かせた。

 影が陽光に照らし出されると、それは金髪の少女だった。

「ここ…ですね…。ようやく着きましたわ…」

 少女は目を細めながら校舎を見上げると、コンパクトのようなものを取り出し、哀愁に耽るようにそれを眺めはじめた。

「いえ…。この場合、待ち詫びたと表現するほうが正しいのでしょうか…?」

 コンパクトの鏡で自分を確認し、少しだけ上がってしまった口角を正すように、少女は自分の指で整える。

「ちーちゃん…。あーちゃん…」

 少女は小声で呟くと、校舎へと続く道を一歩一歩と進む。



 ――クロッシング・コンステレーション編・完――

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