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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
クロッシング・コンステレーション編
128/183

第25話 魔法少女は夜明けで。(2)

 ◆5月13日 午後11時◆

「今日は色々ありすぎて………疲れた…」

 荷物の片付けもそこそこに、私はベッドに転がる。

 そして、着実に迫り来るまどろみに抗うように考え事をはじめる。

「どうして…」

 ()()()()()()()()を思い返しながら、過去の出来事を何度も頭の中で整理する。

 しかし、どうしてそんな状況になったかを確証付ける根拠を、私は見つけるに至っていなかった。

「ケートスを連れて行くことには変わらない…。だけど…」

 ケートスをあの場所に(かくま)うことは、連れ帰る前から決めていたことなので、特段やることは変わらない。

 だが、私の憶測は根が広がるように、様々な方向へと枝分かれしてゆく。

「考えても仕方ない…か。明日は明日の風が吹くって言うし…」

 考えても答えは出ないと割り切り、私は次の懸念へと頭を切り替える。

「よっ…と…」

 私は両足をゆっくり持ち上げ、天井に向けてピンと立てる。

 それからバタ足をする要領で足を動かしたあと、今度は腰に手を当て、自転車を漕ぐように足を回す。

 暫くそれを繰り返したあと、両腕を大きく回し、最後にそれを天井に向け、手の平を開いては閉じてを繰り返す。

「一応…動く…。うん…問題無い…」

 私がこんなことをしているのは、自分の身体に違和感を覚えることが最近多くなっていたためだった。

 足先や指先が痺れたように動きが鈍くなり、妙な違和感を感じることがあると表現すれば近いだろう。

 大抵の場合は自然回復することがほとんどだが、今日はそれが顕著に現れた――というより、左腕がまったく動かない状況にまで陥ったのは今回が初めてだった。

 まるでそこに神経など通っておらず、筋肉が自分の体ではないかのように言うことを利かないどころか、痛みや感覚すらもなかった。

 勿論、何かの怪我や病気が原因かもしれないと私は真っ先に考えた。

 だが、そもそも私は()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが再発したと考えるほうが自然だと考え至った。

「…」


 ――信じたくない。

 もう二度と、あんな屈辱的で惨めな想いはしたくない。

 あれからの数年は、私の人生で最も孤独だった。

 何よりも、やっと手に入れた今という大事な時間を手放したくない。


 思考がネガティブな方向に渦を巻き始めると、私は自分の異変に気がつく。

「あ…れ…?」

 私の視界は突如として湖面のように揺らぎ、温かい感触が私の肌を撫でるように伝った。

 私は慌てるように眼鏡を外し、袖で顔を拭う。

「違うだろ…私…。こんなの私らしくないじゃないか…」


 ――私が考えるべきはどうしてそうなったのか。

 きっと何か要因があるはず。


 そう考えはしたものの、今日は色々ありすぎたため、どれが引き金となったかなんて特定することは難しかった。

 身体的な影響も有り得るし、魔法的な影響だって十分に有り得る。

 単純に疲れていたという可能性だってあるし、別の病気だという可能性も有り得る。

 そもそもの話、複合的な要因という可能性だって考えられる。

 それらの中から要因を絞り込むのは至難の業だろう。

「ん…?待てよ…?そういえばこの前も…」

 そこで私は、最近似たような状況に陥ったことを思い出した。

 それは、七不思議事件の後、その帰り道で倒れたときだった。

「あの時と同じだとすると…。夜中に走り回ったことと、疲れていたこと――」

 もし、要因が同じであるとすれば、そこには共通点がある。

 あの日とは居合わせた人間や場所においても、共通点は殆ど無い。

 つまり、周囲の環境ではなく、私自身の行動が影響していた可能性が高い。

「私がしたこと…。それは――」

 私には思い当たることがひとつだけあった。

「――魔法少女に変身したこと…」

 私はポケットにしまっていたシャイニーパクトを取り出し、それをまじまじと眺める。

 もう変身しないと雨に約束してから日も浅いというのに、私は早々にその約束を破ってしまったことになる。

 もし仮に、変身することで私の体調が悪化するのだとしたら、それはしないに越したことは無い。


 ――もし、アカガリが再び現れ、大切な人たちを襲おうとしたら、私はどうする?


 一瞬そんな考えが頭を過ぎったが、私はそれを振り払う。

「それは杞憂ってやつ…だよな…。もう、変身するのはやめよう。絶対」

 私が再び決意を固めると、ふと自分の指先から伸びる赤い糸が目に留まった。

「あっ…そうだ…。赤い糸…」

 私は今回の件で不可解だったことの一つを思い出し、一抹の不安を吹き飛ばすように大きく息を吐き、気持ちを整えるように数回深呼吸を繰り返す。


 もしも、糸の色が未来を観測点とした結果的なものだとするなら、確定した未来から観測している以上、糸の色がコロコロ変わるようなことはない。

 つまり、夏那と私を繋ぐ糸の色は本来変わるはずがないことになる。

 それならばなぜ、私と夏那を繋ぐこの糸は、あの瞬間に赤色に変わったのか。

 無論、私の仮説が間違っていることも可能性としては残っているが、もしも私の仮説が正しく、それが起きる状況があるとするのなら、それはどんな状況なのか。

 私の考えうる限り、それは一つしかない。

 それは――。


 私の腕は支えを失ったかのようにハラリと落ち、意識は宵闇に吸い込まれるように薄れて消えた。





 ◆5月13日 午後5時55分◆

「――待って!」

 私が呼び止めるように背後から声を掛けると、その人物はゆっくりと振り返り、少しだけ怪訝な表情を浮かべながら私の名を口にした。

「…?花咲…さん…?どうかしたんですか…?そんなに息を切らせて…?」

 夏那を適当に誤魔化してから追いかけてきたためか、私の予想以上に距離を離されていた。

 当然ながら、ハーマイオニーが住んでいる場所なんて私は知らず、見失ったらアウトだと考え、路地を一つ一つ確認しながら走り回り、ようやく追いついたのが今の状況だった。

 そのため、私は手近な壁に寄りかかりながら動悸を落ち着かせ、何度か深呼吸を繰り返す。

「ちょっと…話がある…」

「話…ですか…?あっ…!?もしかして、旅行に行く前に言ってた話…です?」

 私は首を横に振る。

 それは恐らく、二人がどうして女友達みたいな関係になっているのかという話のことだろうが、わざわざ疲れている体を押し、さらには帰路についた人間を追い掛けてまで聞く話でもない。

 ようするに、他の誰もいない今、聞くべき話があった。

「夏那から聞いた。あの子が旅行に行く話をお前にしたら、興味があるからついて行きたいと言われたって。これは本当?」

「…?確か、そうでしたね…?でも、まさか家族旅行だとは思いませんでしたが…」

 私は当然、その回答に異論を唱える。

「夏那くらいの年齢で旅行っていったら、学生同士か家族くらいしか考えられない。もし家族旅行じゃなかったとしたら、学生同士の旅行ってことになるけど、男子高校生であることを隠しているお前が、女子中学生の旅行に堂々と付いていこうとしていたってことになる。それについては?」

 学生同士の旅行に付いていくことがマズイということくらい、ハーマイオニーには判るはず。

 もしも、それすらも聞かずに同行することを決めたとしたのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そ…それは誤解です!?そそ、そういえば、家族旅行というのは知ってたんでした!夏那さんにそのとき聞きました!!」

 明らかに慌てた様子を見せるハーマイオニーに、私はある程度の手応えを感じていた。

「ふ~ん…。まあ、それは本題じゃない。それとは別に、さっき芽衣にお土産は何が良いかを聞いたんだが――」

「へっ…?お土産…?は…はあ…?」

 ママの元へ向かう夏那を見送った後、母に送るためのプレゼントと、雨と芽衣にあげるためのお土産を物色しはじめた私は、そのとき自分の過ちに気が付いた。

 お土産の要望は旅行に出る前に聞いておくのがセオリーなのだが、私はそういったやりとりに疎いため、そのことをすっかり失念していたのだった。

 雨の趣向はある程度把握しているのでなんとかなるのだろうが、芽衣には宿探しやらで特に世話になっているにも関わらず、小さいものが好きだろうという情報以外、なんら持ち合わせていなかった。

 そのため、お土産の要望を聞くために慌ててLIGHT(ライト)で連絡をとることにした。

 その一連のやりとりの中で、()()()()が発覚した。

「――その時に芽衣から聞かされた。あの宿を見つけてきたのはハーマイオニーだって。これも本当?」

 私は「安くて近場でゆっくりできそうな宿を探している」という、ざっくりとした依頼を芽衣に伝えていた。

 自分で言うのも何だが、当然芽衣はその無茶ぶりに困ったらしく、宿の探し方や良い宿を見分けるポイントなどを周囲に聞きまわっていたらしい。

「えっ…?あー、え~っと…そうですね。良い宿を知らないかと聞いて回っていたみたいなので、たまたま知っていたオススメの宿を教えてあげましたね?」

 男子高校生が都合良く、安い宿なんて知っているものだろうかという疑問はもちろんある。

 親戚や知人が運営していたとしたら高待遇低価格も納得なのだが、宿では紹介を受けたとかそういった話は一切無かった。

 旅行が趣味だとするのなら一応の可能性はあるが、そもそも宿を決めたのが自分だということを私たちに黙っていたということに疑念を感じざるを得ない。

「…今聞いたことをひっくるめると、あの場所へ行くことを決めたのも、旅行に同行することを決めたのもお前ってことになる。更には、水族館に行くことを提案したのもハーマイオニー…お前だった。つまり、私たちは全部お前に誘導されるがままに行動していたってことになる」

 恐らくハーマイオニーは、夏那から旅行の話を聞く以前から私たちが家族旅行にいくことを知っていた。

 それを知り得る情報源があるとすれば芽衣からだろうが、私は芽衣に宿を探していることを言ったが、()()()()()()()()()()()()()()

 察しの良い芽衣であれば家族旅行だと気付いていたかもしれないが、彼女がプライバシーに関わるようなことを他人に口外したりするような口の軽い人間ではないことを、私はよく知っている。

 だとすれば、ハーマイオニーはどこで私たちが家族旅行に行くという情報を得て、どうして家族旅行の行き先をあの場所に選んだうえで芽衣に勧め、なぜ水族館に誘導するような真似をしたのか。

「水族館では夏那がケートスに遭遇し、それをきっかけにアカガリとか名乗る仮面男が現れ、私たちはその騒動に巻き込まれた。これを偶然と呼んでいいものかと私は考えている」

 アカガリと名乗る連中は、ケートスの居場所をなんらかの力で察知することが出来ていた。

 もし、それと同じことが出来るとするなら、アカガリと同じか同様の情報網を持っていることも考えられるし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え~っと…。それはつまり、花咲さんは僕を疑ってる…ということですか…?」

 私はその問いには答えず、ただまっすぐに見つめ返した。

「さ、さすがにそれは考えすぎですよ?皆さんが水族館に行くことに同意するかどうかも判らなかったですし、芽衣さんの探していた宿がまさか夏那さんの旅行先だなんて僕が知るわけもないです。それにあんな危険なことに自分が巻き込まれるなんて知っていたら、自分から行こうなんて思いませんよ?」

 その言葉に嘘はないし、言い分も間違ってはいない。

 だが、()()()()()()()()

「仮にそうだったとしても、その危険に夏那が巻き込まれると判っていたのなら、お前は何が何でも付いてこようとするんじゃないのか?」

 一瞬だけ、ハーマイオニーは口篭る。

「それは…そうでしょうね…。でも、そうだとしたら、どうして僕は旅行先を変えるよう夏那さんや花咲さんに伝えなかったんでしょう?わざわざ危険な場所に行かないよう、事前に止めることは出来た筈ですよ?」

 危険だと判っているのなら行かないようにすれば良いという言い分は、反論の余地がないほどに正論だった。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そう…。知っていたら、お前は私たちが行くことを止めていた――つまりは、知らなかった。お前は旅行先を決め、水族館に誘導させることまではしたけど、その先を知らされていなかった。だから、この旅行が危険なものになるなんて知る由もなかった。違うか?」

 「クマ出没注意!」などと書かれた看板が立っている山に、警戒心の強い人間がわざわざ入るはずはない。

 万が一、入る必要性があったとしても、熊よけの鈴やらを調達してから入ることだろう。

 だが、そこに看板が無かったらどうだろうか。

 そもそも熊が出ることを知らないのであれば、警戒することなんて出来はしない。

「これは最初からお前が仕組んだことじゃない。大方、宿でヒソヒソ話をしてた相手に裏で指示されていたのは察しがついている」

 旅館でハーマイオニーを見かけたあの時、ハーマイオニーは電話口の相手に対して「君は一体何がしたいんだ」と言っていたのを私は聞いている。

 このことから察するに、ハーマイオニーは私たちを誘導するように指示されていたが、当の本人はその意図や詳細を知らされていなかった。

 その状況は、私の推察とも一致している。 

 つまり、旅館でハーマイオニーとコソコソ話をしていた相手こそが、私たちをあの水族館に誘導するようハーマイオニーに指示した張本人である可能性が高い。

「あの時、私に隠れて会話していた相手は誰?」

「…」

 私の問いに、ハーマイオニーは答えようとはせず、俯いたように顔を下げたまま沈黙した。

「私は夏那のために仮面男の前に立ち塞がったお前を評価している。だから、お前を疑いたくはないし、そうだったとしても信じたくはない。だけどもし、最初から危険になることを知ったうえで私たちを誘導していたのだとしたら――」

 私はハーマイオニーを睨み付けながら言い放つ。

「――私は許さない」

『――君は勘違いしているよ』

 私の言葉に被せるように、ハーマイオニーは口を開いた。

「勘違い…?何を…?」

『…僕はただ、友達を庇っただけってことだよ』

「友達を庇った…?どういう意味…?」

 言葉通り、夏那はハーマイオニーにとって友達である。

 それ以上でもそれ以下でもないのだろう。

 それなら、どうしてそんなことをわざわざ言ったのか。

 そんなことを考えていると、ハーマイオニーは話が終わったと言わんばかりに私に背を向け、その場を立ち去ろうとする。

「あっ!?待て!?まだ話は終わって――」

『今日はもう遅いし、さすがにお互い疲れている。そうでしょ?お話の続きがしたければ、ケートスを連れて僕のところにおいで』

 私はその聞き覚えのある口調や、どこかで見たような仕草が妙に引っ掛かった。

 ハーマイオニーが夏那を庇ったあの時も、同様の違和感を感じていた。

 その姿がフラッシュバックのように想起され、とある人物と重なった。

「お前…まさか…」

『それじゃあまたね。レム』

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