第24話 魔法少女は星座で。(3)
『魔法少女…?しゃいにー…れむ…?』
大剣仮面は、私の言葉を聞いた途端に力無く俯く。
そして、数秒間の沈黙の後、腹を抱えながら高笑いを上げはじめた。
『だーっはっはっはー!笑わせるなよ!!冗談は格好だけにしとけってな!!だっはっは!!』
抱腹絶倒して仮面すら吹き飛ばしてしまいそうなほどの反応に、私はすかさず異論を唱える。
「こ、ここは笑うところじゃない!?こっちはマジでやってんの!!というか、そっちも私に負けてない気がするんだけど!!?」
普通の人間に笑われるのはまだしも、ネトゲでしか見たことないようなあり合わせのちぐはぐ装備に加え、愛剣にバルムンクなんて名前をつけている良い年したおっさんに、純然たる魔法少女である私が笑われる筋合いはこれっぽちもない。
『いやぁ、悪い悪い…。まさか、本気だなんて思わないからよ…?まあ、俺も人のことは言えたこっちゃねぇからな。失敬、失敬』
予想外に受け入れが早く、私は拍子抜けしながらも相槌を打つ。
「…まあ、判れば良い」
『え~っと、シャイなレモン…だったか?』
「…誰が恥ずかしがり屋の柑橘系か!変な間違え方するな!覚えられないなら、レムで良い!」
『だっはっは!!んじゃあ、レム嬢ちゃんよ?お前さんなかなか面白いから気に入ったぜ?』
「あーはいはい…。なんで私は、こういう変な奴ばかりに好かれるんだろうなー…」
妖精とか熊とか狐だとか、変な奴に好かれやすい特性が私にあることを否定できなくなってくるので、そろそろ勘弁してほしいと本気で思ってしまう。
『興味ついでに聞くが、どうしてソイツを庇う?』
大剣仮面は金クジラを指差しながら、私にそう問う。
一瞬、回答に戸惑ったことを悟られまいと、私は愚問だと思いながらも質問を返す。
「…逆に聞くけど、金クジラ――ケートスを捕まえて、あなたはどうするつもりなの?」
だが、愚問だと思っていたことこそが私の勘違いであることを私は知ることになった。
『捕まえる…?そいつは違ぇな…』
「…?」
『消すんだよ。跡形も残らないようにな』
大剣仮面の答えは私が想定していたものとはまったく真逆の答えだった。
私はその答えが信じられず、慌ててその理由を聞き返す。
「消す…だって…?なんで…?」
『レム嬢ちゃんはソイツに価値があるって言ったな?だが、そいつは間違いだ。アレは人間にとっちゃ百害あって一利なしの代物。遺物ならぬ、この世の異物…なんてな』
「遺物…」
『レム嬢ちゃんなら身をもって知ってると思うんだがな?』
大剣仮面は、顎と視線で私の手を指し示した。
「それは…」
手に巻かれたハンカチを一瞥したあと、私は目を閉じ、自分に問う。
――もしも、これが私ではなく他人に降りかかっていたとしたら?
――もしも、もっと多くの人を巻き込み、混乱させ、苦しめるような結果になっていたとしたら?
――もしも、私の大事な人を傷つけていたら?
指先に何かが触れたのを感じて目を開けると、夏那が不安そうな様子で私の手を握っていた。
「夏那…?」
「なんとなく判るの…。この子は怯えている…私たちに助けを求めてるって…。だから、お姉ちゃん――」
夏那は私の手をさらに強く握った。
私は、その手は僅かに震えていることに気付いて、その手を包むように握り返した。
「判ってるよ。こんなのは選択でもなんでもない」
「お姉ちゃん…」
震える手を解き、夏那の頭をそっと撫でながら耳元で呟く。
「…私が合図したら逃げて。私が絶対に守ってみせるから」
「えっ…?」
――これは賭けだ。
私が妹を信じ、妹が私を信じないと成立しない賭け。
夏那は少しだけ戸惑いながらも頷く。
それを確認すると、私は眼鏡を外し、大剣仮面に向き直る。
私はその光景に少し驚きながらも、重い足を一歩前に出す。
「自業自得…横取り…そして、ようやく見つけたという言葉…。あなたは偶然巻き込まれたわけでもなく、ここに来る前からケートスを追っていた。それは間違いない?」
私には気に掛かっていることがあった。
それは、大剣仮面がいつから金クジラを追っていたのかということ。
『う~ん…?なんだ突然…?』
「あなたはケートスの存在を知っていた。私の怪我の理由を知ってるってことは、私たちのことを隠れてずっと見ていた。とすると、あなたは偶然ではなくケートスを追って今ここに居る。それはつまり、水族館で夏那にケートスが取り憑いた時点から、私たちのことを監視していたことに他ならない」
私は大剣仮面との距離をゆっくり詰める。
「ケートスは自分の意思で夏那に取り憑いたわけじゃなく、自らの身を隠すための場所を探して彷徨い、結果的に妹の中に逃げ込んだ。そして、あなたがその状況を招いた張本人。あなたはケートスを追い詰め、あと一歩のところまで追い込んだものの、取り逃がした。そして、ケートスは夏那に取り憑いて身を隠した。これが私の推理した事の顛末なんだけど?」
先ほどのハーマイオニーの行動で、それがすべてを物語っていることに私は気付いた。
ハーマイオニーが金クジラを見て逃げ出そうとしたように、金クジラもまた身の危険を感じて逃げ、身を隠していた。
そして逃走の果て、偶然居合わせた夏那の中に逃げ込んで息を潜めていた。
そう考えると、全ての事柄が一本に繋がる。
『ほう…。身体能力もだが、なかなか頭も切れるな…?』
「そういうのはいい。事実を答えて」
『…その通り、俺はソイツを斬るためにここに来た。本当なら水族館で仕事を終わらせるつもりだったんだが、ソイツはそこの嬢ちゃんの中に身を隠しやがった。さすがに人前で一般人を斬るのは気が進まねぇから、少し泳がせることにしたってわけだ。クジラだけにな!だっはっはー!!』
「…」
私はその言葉が引っかかり、すかさず問い返す。
「ひとつ聞かせて。もしもそれが人前じゃなかったら…?」
『愚問だな…。ソイツを放っておいたら、今の何十、何百倍という被害が出るのは目に見えている。多少の犠牲は仕方がない…。そういうこった』
その感情を自分の目で確認すると、私は小さく頷く。
「それじゃ、もうひとつ。もし、ケートスが夏那から出てこなかったら?」
『…二度は言わないぜ?』
眼鏡を外してからというもの、私の目には大剣仮面から放出される夥しい量の殺意の胞子を捉えていた。
それはつまり、ケートスを斬るという強い意志に他ならない。
「この金クジラはただ自分の身を守ろうとしていただけ。そこに罪は無い」
『…違うな。俺たちが正義だ。そして、ソイツが存在していること自体が罪なんだよ』
私は首を横に振る。
「罪かどうかを判断するのはあなたじゃない。ケートスと似た存在にどんな酷いことをされたかは知らないし、なんでそんなに怒っているのかも判らないけど、少なくとも私はこのケートスが悪い存在には思えない」
正直言えば、この金クジラを後腐れなく消して貰えるのであれば、私としては好都合だと言える。
餅は餅屋よろしく、専門家に対処してもらうのが一番良く、都合の良いことに専門家が目の前にいるという状況であれば、願ってもない誘いでもある。
だが、害があるからといって一方的に排除しようとするのは迫害や殺戮と変わりはない。
どんな理由があっても、そこに絶対の正義など存在しない。
『…どうやらレム嬢ちゃんとは、どうあっても相容れないようだな?』
「奇遇。少しは話せるやつかと思ったけど、私はあなたのことを好きにはなれそうもない」
私は右手を真上に上げる。
『…?』
「妹はケートスを渡したくないと望んでる。なにより、あなたは妹を殺そうとさえしていた――それなら、あなたとの交渉なんてこっちから願い下げ」
私が勢いよく手を振り下げると、夏那はすかさず駆け出し、ハーマイオニーの手を取る。
「行くよ!」
「なっ!?えぇっ!?ちょっと、待っ――」
そのまま手を引き、私とは反対側の方向へと走り出す。
すると、ケートスもまた夏那の後を追うように追従していった。
『ああ…?まさか、俺から逃げられると思ってんのか?若いねぇ…』
大剣仮面が一歩踏み出す。
「――待った。あなたの相手は私」
すかさず私は大剣仮面の前で手を広げ、その前に立ちはだかるように立つ。
すると、大剣仮面は先ほど地面に突き刺した剣をゆっくりと引き抜いた。
『…邪魔するならレム嬢ちゃんでも…斬るぜ?』
自慢ではないが、私だって何度も窮地潜り抜けている実績がある。
相手との力量の差を直感で悟るくらいの能力はあるし、大剣仮面が私より遥かに格上の存在であることも、背後に立たれた時点から察している。
戦略的に考えれば、格上を相手にした場合“逃げる”という選択肢は間違いではないのだが、その行動にはリスクが付き纏う。
だが、私たち三人が同時に逃げたとしても、すぐに追いつかれて三人とも倒され、ケートスも葬られてしまうというのがオチだろう。
アニメや漫画でよく見かけるシーンである「ここは俺に任せて先に行け!」ではないが、誰か一人が残って相手を食い止めるのは、生存戦略としては確実性の高い戦略ではある。
無論、私の考えた作戦は誰かの犠牲を前提にしたものなどではないのだが。
「…いいよ。斬れるものなら斬ってみな?」
『いい覚悟だ。あの世で文句言うなよ?』
私の首元を目掛け、大剣が横なぎに一線する。
「――ルト」
――キーンッ!!
私の首元に大剣が触れそうになった瞬間、まるで金属と金属が衝突したような音が鳴り響いた。
『っ…んだと…?』
まるで私を守るように、隠し持っていた鏡の盾が大剣を弾いた。
『その力…人のものじゃねぇな…?』
「…言ったでしょ?魔法少女だって?」
ドヤ顔で威勢を張りつつも、内心気が気では無かった。
相手の腕力が私の想像以上だったら私の体は鏡ごと吹き飛ばされていただろうし、バルムンクという剣が私の鏡を貫通するような特殊なものだったら、私の首は間違いなく地面を転がっていた。
だが、初撃に関してだけは手心を加えられることは、ある程度判っていた。
その根拠は「一般人を斬るのは気が進まない」と自分で言っていたことと、「人前じゃなかったら」という問いに大剣仮面は嘘を答えたこと。
それを要約すると、人前であろうとなかろうと、人を斬ることに対して気が進まないということになる。
だとすれば、私を一般人だと思っている間は本気で斬るようなことはしてこない。
『なるほどな…。ちっとばっかし脅すだけのつもりだったんだが、相手の力量を見誤ったってわけか…。俺としたことが、情けねぇなぁ…』
落胆しているのかどうか仮面をしているので定かではないが、大剣仮面は肩を落とすような素振りを見せた。
『――だが、これで判ったぜ。レム嬢ちゃんが庇うってこたぁ、あっちの二人は弱いってことだ』
落胆するのも束の間に、まるでスイッチが切り替わったかのように仮面の奥から覗く瞳をギラリと輝かせた。
私がその瞳に一瞬気を取られた隙に、大剣仮面は剣の刃先を寝かせた状態で、真下に向けて力を込めた。
「っ…!?」
肩に乗せられた大剣は、まるで米俵を担がされたようにズシリと重く、私の体が支えきれる重量を超えていた。
そのため、私は抗う術なく、成すがまま地面に片膝を付く。
『ちょっと寝てな。レム嬢ちゃんは後だ』
大剣仮面は剣をほんの少しだけ浮かせたかと思うと、それを私の肩に叩き付けた。
「――ぃっ!?」
大剣の重みすら支えられない私の体が、勢いの加わったその衝撃に耐えられるわけもなく、倒れこむように地面に伏す形になった。
私のことなど意に関せずというように、大剣仮面は私が倒れる横をスタスタと通り過ぎ、二人の後を追う。
「くっそ…。待て…」
数分間くらいは時間を稼げると思っていたのだが、よもやこれほど早く攻略されるとは思ってもみなかった。
剣による斬撃は鏡の盾が自動的に防いでくれるが、鏡の盾の入る隙間が無い状態――つまり、ゼロ距離の攻撃は、鏡の盾では防ぎようがない。
メルティ・ミラとの戦闘でも私が気付くことのなかったその弱点を、大剣仮面はまるで予め知っていたかのように、この短時間で攻略してみせた。
恐らくこの洞察力や機転が戦闘経験の違いなのだと、私は身をもって痛感することになった。
――まだ足りない…のか…。
「花咲さん…!?」
「あっ!?ハーマイオニーちゃん!?」
私と大剣仮面とのやりとりを見ていたのか、ハーマイオニーはその場で立ち止まった。
「…夏那さんは先に行ってください!アイツの目的がそのクジラなら、夏那さんが逃げないと!!」
「でも…!!」
戸惑うように私とハーマイオニーに視線を泳がせる夏那の手を自ら振り払い、ハーマイオニーは背を向ける。
そして、一瞬俯いたかと思うと、今度は鋭い眼光で大剣仮面を睨み付けた。
「今の僕にどこまで出来るかどうかわからないけど――」
「ハー…マイオニー…?」
私の目に映ったその姿は、私の知っているハーマイオニーのものとは別の何かであるように見えた。
「――大切な友達をここで失うわけにはいかないからね」
その声は上擦ることも震えることもなく、まるで感情を殺したかのように無機質に聞こえた。
『ほ~う…。こっちの嬢ちゃんも良い目しやがるなぁ…?』
ハーマイオニーと大剣仮面の距離は10メートルほどあり、刻一刻とその距離は詰まっている。
一般人であれば手荒な真似はしてこないとはいえ、普通に考えればハーマイオニーがあの大剣仮面を足止め出来たとしても数秒程度が関の山だろう。
たとえ数秒稼げたとしても、足の速い夏那であろうと大した距離は稼げない。
つまり、この状況からケートスを連れ、大剣仮面から逃げることはほぼ不可能と言っていい。
――それならまだ、私には選択肢が残されている…。
「夏那ーー…!!」
私は最後の足掻きをするべく、今出せる最大声量で夏那の名を叫ぶ。
「お姉ちゃん!?」
「お前にとって、私はなんだ!?」