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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
クロッシング・コンステレーション編
123/183

第24話 魔法少女は星座で。(2)

 夏那は胸に手をあて、深呼吸を繰り返しながら呼吸を整える。

「す~…は~…」

 それを済ませたかと思うと、まるで何かの力が宿ったかのように瞳がギラリと輝く。

「き~…ん~…の~…」

 棒を持つように握った両手を前に突き出し、仁王立ちするかのように両足を肩幅まで広げ、力を溜めるかのように腰を低く屈める。

「く~…じ~…ら~…よ~…」

 そして、地面スレスレまで下げた両腕を解き放つように大きく振り上げ、高々と叫び声を上げた。

「出てこいやーーっ!!!」


 ――バシュッ!!!


 水を突き抜けるような小気味良い音とともに、何もなかったはずの地面から大きな影が姿を現した。

「わー!?なんか釣れたー!?」

「な、ななな、ななななななな…――!!!!」

「おー」

 私は少しだけ安堵しながらも、上空を仰ぐように見上げる。

 金色に輝くそれは、寝返りを打つかのように空中で姿勢を変えると、宙を泳ぐように旋回して私たちの前に姿を披露した。

「こ、こここ…コレなんですかー!!?金色の…クジラ…!?というか、なんで地面からー!?!?」

 ハーマイオニーは驚き慌てふためきながら、目の前の状況を理解できないといった様子で私の背にしがみついた。

「まあ、落ち着け…って、だからあんまり抱きつくな」

「お、おお、落ち着いてなんていられませんよー!?というか、二人ともどうしてそんなに冷静なんですー!?」

「どうしてと言われてもなー…。私はこうなることは予想してたわけだし…」

 私にはこの状況に驚く要素が無かったため、返答に困って隣に視線を移すと、夏那は口を半開きにしたまま、金色の光沢を放つクジラを無表情でボーッと見上げていた。

 すかさず顔前で手を振るも、夏那が反応することは無かった。

「たぶん、驚きすぎて表情に出ていないだけだな…これは…」

 私は一度金クジラを見ているし、夏那が明確なイメージさえ出来れば、金クジラを()()ことが出来るのは判っていた。

 ただ一つ驚いたのは、夏那の釣りのイメージがプロレス選手のそれに近かったことくらいだろう。

「とりあえず、た…食べられたりしません…?」

「それは判らない。前に行って試してみれ――って…」

 知らぬ間に気を取り戻したのか、私が言い終えるよりも先に夏那は動いていた。

 そして、そのまま宙を漂う金クジラに近寄ったかと思うと、臆することもなく金色の表皮に触れる。

「スベスベでひんやりー…。お姉ちゃんとハーマイオニーちゃんも触ってみなよー?気持ち良いよー?」

 振り返り、満面の笑顔で夏那はそう言った。

「…とりま、大丈夫みたい」

「ですねー…」


 …


「確かに、なんとも言えない感触…。金属っぽい手触りなのに柔らかいブヨブヨというか、水風船みたいというか…」

 私は金クジラに触れながら、未だかつて経験したことのなかった不可思議な感触をここぞとばかりに楽しむ。

「このクジラは一体なんなんですか…?とりあえず、普通のクジラじゃないのは判りますけど…」

 ハーマイオニーはおっかなびっくりといった様子ながらも、私の体を盾にしながら私同様に金クジラの感触を楽しんでいた。

「…未来から私たちを殺しにやってきた暗殺兵器」

「暗殺兵器…って、えええーっ!?」

 私は逃げようとしたハーマイオニーの手首をすかさず掴み、引き止める。

「は、離してください!?ぼぼ、僕でも知ってますよ!映画で見ました!!それって、すごく危険なやつじゃないですか!?」

「…口調が素に戻ってるぞ。ただの冗談だから落ち着け。それと、秒で逃げようとするな」

「じょ、冗談…?はぁ~…よ、良かった~…。見た目がそのまんまだから焦りましたよ~…」

 それはさすがに考えすぎだろうと真っ先に否定した可能性を冗談で口に出してみたものの、液体金属という見た目が完全一致しているので、冗談にしては信憑性は抜群だった。

「簡単に説明すると、この金クジラこそがこの状況を招いた原因」

「――って!!それって危険なことに変わりないじゃないですかー!?」

 再び逃げようとするハーマイオニーの襟を後ろから掴み、逃走を阻止する。

「はあ~…。だから、話を聞く前に逃げようとするなって…」

 私は呆れながらため息を一つ吐き、首を小さく横に振る。

「少し誤解がある。この金クジラは水族館で夏那に取り憑き、夏那の中にずっと潜んでいた。そして、夏那の抱く強い想いに応えていただけ。夢と現実が混ざってしまったのは、夏那がそれを思い浮かべたことがきっかけではあったけど、金クジラが意図して行っていたこととは考えにくい。つまり、原因はこの金クジラかもしれないけど、この事態は偶然が重なった不慮の事故だったと私は考えている」

 私の目も万能ではなく、何でもかんでも視えるわけではない。

 霊魂や残留思念、悪意などの負の感情、最近では関係性を糸という形で視ることが出来るようになり、自分の意に反して人間離れをしてはいるものの、それでも未だ視えないものは往々にして存在している。

 そして恐らく、この金クジラは負の感情とは真逆のもの――つまり善意に類するものだと私は推察していた。

 悪意に類する胞子が出ていないことや、私たちを攻撃するような行動を起こさないことから考えても、敵意がまったく無いか、意志のない機械のような存在であるという可能性が残されていた。

 逆にそう考えなければ、私の目を欺き続けていたことの説明がつかなかった。

「不慮の事故…ですか…?でも、想いに応えるって、そのクジラはどうしてそんなことを…?」

「それは判らない――というより、そもそもコイツに意志があるのかどうかすら謎。そんなわけで、判らないのなら本人に会って直接聞き出そうと私は考えてたんだけど、私たちの前に引っ張り出すためにはどうすれば良いかがさっぱり判らなかった。そこで私は夏那の思考が現実化してしまう現象を逆手にとって利用することにしたってわけ」

 私は先ほど夏那が見せたように腕を前に伸ばし、一気に振り上げる動作を見せた。

「お前がここに現れたことや、()()()()も考えると、夏那が金クジラに会いたいとイメージさえすれば、私たちの前に必ず姿を現すと判ってた。だけど、まったく知りもしない存在を思い浮かべて呼び寄せるのは難しいだろうと考えて、金のクジラを釣るっていう抽象的でイメージしやすい状況を夏那に思い浮かべてもらったってわけ」

「夏那さんに釣りの真似をさせたのはそういう理由だったってことですね…。納得です…」

 私は小さく頷く。

「さて…こうして重要参考人も姿を見せてくれたわけだし、事情聴取といこうじゃないか」


 …


 私は金クジラの真正面に回りこみ、その巨体を見上げる。

 対面したことで、無機質でありながらも言い知れぬ威圧感を放つ存在を改めて全身で感じることになり、私は一瞬気後れして唾を飲む。

「…キミの名前を教えて欲しいんだけど?」

「…」

 私がそう語りかけるも、金クジラはただただ宙を漂うだけで、こちらに関心を向ける素振りを見せることは無かった。

「じゃあ、キミは何者?」

「…」

 案の定、さも当然といったように私の言葉はガン無視され、私は肩を落とす。

「これってもしかして、言葉が通じてない…?それともまさか、ほんとに機械なんてことも有り得るのか…?」

 言葉が通じないケースもあるだろうとは想定していたが、その先どうするかまでは考え及んでいなかった。

 相手が知能を持った意思疎通を図れる相手であったなら、話し合いや誘導でなんとかすることも可能だし、逆に知能を持たないことが判っていれば、隔離したりこの場を離脱することで一時的に現状を凌ぐという選択肢もとれなくはなかった。

 しかし、相手が生物なのか機械なのか、知能のある存在なのかどうかすらも定かではない“正真正銘のアンノウン”では下手な行動を起こすことは得策とは言えなかった。

 野生動物の本能然り、私たちの動きが敵対行動ととられて、敵意や攻撃を向けてこないとも限らないし、ここに放置してこの場を立ち去ろうとしたところで追尾される可能性だって捨てきれない。

 仮に置き去りにしていったとしても、今回のような事件が再発しないとも限らないし、もしそうなった場合、面倒事になるのは火を見るより明らかである以上、単に放置しておくことも出来ない。

「マジで困ったな、コレ…。クジラ拾うって大変なんだな…」

 正直な話、クマゴローを拾ったときとは比較にならないほど、困った拾い物をした気分だったが、ずっとこうしているわけにもいかず、私は頭を捻り解決策を模索する。

「とりあえず、自分から夏那に取り憑いたって考えると、そこに何かしらの行動理由があると思うんだけどな…。意志を持ってそうしたのか、それとも…」

 少なくとも、夏那に取り憑いたという状況だけを見れば、夏那が金クジラを引き寄せやすい体質だったとか、金クジラがもともと他人に取り憑く性質を持つ存在だったとか、何かしらの理由があるはずだった。

 だが、今のところ根拠となるものは何も無く、その仮説の立てようもなかった。

「こういうときあーちゃんが居たら話が早――」

 思考がその結論に至った直後、私はその考えを振り払うように頭を何度も振る。

「いや…居なくて正解だったか…。知らなかったとはいえ変身しちゃったし、これがバレたらこっぴどく叱られてただろうな…」

 私は自分の纏っている衣装を眺めながら、大きなため息を吐く。

 そして、今回の一件は不慮の事故ということにして、雨に報告しないことを心に誓った。

「ケートス…」

 次から次に浮上する悩みの種に頭を悩ませていると、そう呟く声が耳に届いた。

「えっ…?あれ…?」

 呟いた当人であるハーマイオニーは、自分の口から出た言葉に自分自身で驚いていた。

「ケー…トス…?って…ギリシャ神話に出てくるあのケートスのことか…?」

 くじら座のこともケートスと言うが、私の頭に真っ先に思い浮かんだのはギリシャ神話のほうだった。

「あれ…?この子…なんか様子が…?」

 夏那の呟きで振り返ると、金クジラは夏那の背後に回っていた。


『――その通り。それの名はケートス。神々によって遣わされた魔獣だ』


「――!?」

 不意に聞こえた三人とは違う声に私は身構え、夏那とハーマイオニーの二人はキョロキョロと周囲を見回す。

「だだだ、誰です!?」

「敵…?」

『ようやく見つけたぜ…。いやはや…まさか、邪魔が入ったうえに、こんな面倒ごとに巻き込まれるなんてなー…。自業自得とはいえ、随分と難儀な仕事になったものだ…』

 男とも女とも判断のつかないくぐもった声が聞こえるも、それがどこから聞こえているのかまったく判らなかった。

「どこにいる…?お前は一体誰だ…?」

 ここが現実世界である以上、無関係の人間がこの状況に巻き込まれている可能性は十分にあった。

 だが、この声の主は間違いなく()()()だった。

『それを知る必要はねぇよ。ソイツを素直に引き渡せば――』

「断る」

 私はその声が語り終えるよりも先に否定の意を表した。

『おいおい嬢ちゃん…。いくらなんでも返答が早すぎやしないか?』

「交渉の余地なんて無い。私はこの金クジラがどれだけ価値のある存在なのか理解しているつもり。姿も見せない怪しさ1000パーセントの奴にだれが渡すか」

『価値…ねぇ…』

 もし、この金クジラの力を思うようにコントロールできた場合、それは考えたことをなんでも現実化してしまうということになる。

 現実にすら干渉し、考えたことを意のままに現実化できる――それはつまり、神に等しい力と言っても過言ではない。

 そんなことがまかり通れば、この世界はたった一人の人間の思考一つで楽園にもなるし、地獄にもなりえる。

「私と交渉がしたいんだったら、姿を見せるのが最低条件。話がしたいなら姿を見せて」

『なるほどな…。俺から見れば獲物を横取りしたのは嬢ちゃんたちのほうなんだが…。まあ、しょうがねぇか…』

 私がその言葉に一瞬だけ違和感を覚えた直後だった。


 ――スッ…。


「――!?」

「お姉ちゃん!」

 背後に何かの気配を感じ、ほぼ直感で前方に飛び出す。

 地面を一転して力を受け流そうとするも、そのまま地面に背中をぶつける形で止まる形となった。

「や…やっぱりあーちゃんみたいにはいかないなー…」

 四つん這いになりながらも起き上がり、姿を現した相手を睨み付ける。

「お姉ちゃん!?大丈夫!?」

 夏那は慌てた様子で私に駆け寄る。

「ああ…。てか、姿見せるとか言っておいて…あれはズルいだろ…」

 声の主は紺と灰色の着物姿に身を包み、細身の長身アーモンドのような楕円型の白い仮面で顔を隠していた。

『ご要望どおり、姿()()見せてやったんだ。文句を言われる筋合いは無いぜ?』

 恐らく、仮面の下が男性であろうことは、佇まいや体格から容易に想像出来た。

「あ…あの人絶対ヤバい人ですよ!?なんか剣持ってるし!!きっと、変質者です!!」

 ハーマイオニーは、いつの間にやら近くの岩陰に身を隠しながら相手の様子を伺っていた。

「そんなの見れば判る。仮面とか…まったく、どいつもこいつも…」

 先日の一件から日も浅いというのに、この短期間で仮面をつけた人間に再び襲撃されるなどとは、私ですら思ってもみなかった。

『それにしても、ただのガキにしてはなかなか良い反応だな…?お前、何者だ?』

 粗暴な言葉遣いながらも、スッと伸びた背筋や立ち振る舞いが、その存在感に説得力を持たせているのは間違いないが、なんといってもその手に携えられた得物が、この男を只者ではないと感じさせる一番の説得材料だった。

 ゲームやアニメでしか見たことが無いような2メートル近くはあろう大剣――私の記憶では、それはツーハンデッドソードやツヴァイハンダーと呼ばれている西洋の長剣で、その名の通り両手で扱う剣という認識だった。

 なぜ着物姿に西洋の剣というミスマッチな組み合わせなのかという疑問が真っ先に浮かぶものの、私にとってはそれよりも()()()()()()()()という点が見過ごすことの出来ない事実だった。

()()()()()()()…でしょ?それに私が何者かを聞きたいなら先に言うべきことがある」

 《仮称・大剣仮面》は空を見上げると、大声を上げた。

『ぷっ…はっはっはっ!!違ぇねぇわ!!』

 その反応に困惑しながらも、私は相手が笑い終わるのを待つ。

『そんでも、悪いな嬢ちゃん。職業柄、その辺は明かせない決まりになってんだ』

「そーですか。まあ、私は興味無いからいいけど」

『代わりといっちゃなんだが、この剣が俺の名刺代わりだ。持ち物の名を明かすことには決まりがねぇからな』

 持っていた大剣を片手で軽々と振り上げると、それを勢いよく大地に突き刺した。

「剣…?名刺代わり…?」

『嬢ちゃんが知ってるかどうかは判らんが、こいつの名はバルムンク。一応、本物だと聞いている』

 ゲームやアニメで聞き慣れた名前に、私の耳はすかさず反応する。

 バルムンクとはドイツの詩に出てくる剣であり、その所有者はジークフリートということになっている。

 ジークフリートも各国にさまざまな逸話があり、竜の血を舐めて鳥の言葉が判るようになっただとか、竜を殺して角のように硬い皮膚を手に入れたなんてところが有名だった。

「へぇー…。それがどうし――」

 そこで私は相手の意図を察し、その先の言葉を飲み込む。

「そっか、なるほど…。じゃあバルムンクだし、ジークフリートって呼ぶ?」

『…ほう。まあ、俺は好きに呼んでくれて構わないぜ?』

 「本物だと聞いている」という発言から、少なくともジークフリート本人でないことは判っているのだが、大剣仮面はバルムンクを「名刺代わりに」と言っていた。

 当然ながら、ファンタジーめいた設定から考えても、バルムンクやジークフリートが実際する存在とは考え難いし、そもそも存在していたとしても人間であれば生きているはずも無い。

 つまり、大剣仮面の言う名刺代わりには到底ならない。

 では、なぜそんな矛盾していることをわざわざ口に出したのか。

 私の推察が正しければ、そこに深い意味など無い――つまり、()()()()()()()()ことを私に伝えようとしたのだ。

「はい!それならジッくんで!」

「よし。採用」

 ここで唐突に妹が挙手したので、私はそれを即採用する。

『お…おう…ジッくんか…。えらいフランクだな…。んじゃあ、今度は嬢ちゃんの番だぜ?』

 返すようにそう問われて、私は多少迷いながらも自らの名を名乗る。

「――シャイニー・レム。え~っと…魔法少女…だ…!!」

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