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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
クロッシング・コンステレーション編
121/183

第23話 魔法少女は赤い糸で。(5)

「あ…ぐぅああぁああ…!!?」

 私の脳は置かれている状況をようやく理解したかのように、左手に焼けるような激痛をもたらし、思わず地面に片膝をついた。

「お姉ちゃん!?」

「くっ…!!」

 すぐさま眼鏡を外して周囲を確認するも、私たち二人の周囲には人影はなく、粉塵や火の粉すら静止したまま、何一つ動くもののない世界のままだった。

「はぁ…はぁっ…。攻撃…なのか…?」

 普通に考えれば誰かにフォークを突き立てられたということになるが、私の目がこの状況下においても機能している以上、たとえ姿が見えなくとも、敵意があればその存在を視認することができる。

 そのため、接近して攻撃されたという可能性は低い。

 フォークを投げて突き刺したという可能性もあったが、アニメや漫画でよく見かけるそんな芸当も、普通に考えればフォークという歪な形状のものを遠距離から投擲し、まして手の甲に突き刺すほどの速度で投げるというのだから、よほどのコントロールと腕力がなければ難しいだろう。

「んぐぅっ…!」

 幸いにもそれほど深く刺さっているわけではなさそうだったため、私は呼吸を整え、奥歯を噛み締めながらフォークを一気に引き抜く。

「いっつー…。魔法少女でも痛いものは痛いんだから、こういうのはやめてほしい…――って、このフォーク…」

 抜き取ったそれをまじまじ確認すると、形状や大きさともに、先ほどの男性に刺さっていたものと酷似していることに私はすぐに気づいた。

「手にフォーク…。そういうことなのか…?」

 近距離から不意打ちされたわけでもなければ、遠距離から投擲されたわけでもない。

 恐らくこのフォークは、唐突に私の左手に出現し、突き刺さったのだと考えられた。

 なぜなら、ここは夏那の夢の中であり、どんなに不思議なことであってもそう考えるほうが最も自然だった。

 そして、これがもし“誰か”による攻撃だとすれば、その“誰か”は夏那の夢を利用したことになる。

「お姉ちゃん!!」

 夏那は辛そうな表情を浮かべながら、腫れ物でも触るように、優しく触れる。

「へぇー…。こんなときでもちゃんと表情出来てるじゃないか。えらいえらい」

「い、今はそんなの関係ないよ!?そうじゃなくって、私のせいでお姉ちゃんの手が…。それに血がこんなに…!!」

「気にするな。ちょっと驚いただけで、見た目ほど痛くはないし、これくらいは慣れてる。とはいえ、このままってのもあれだから、手当てをお願いできるか?」

 当然、痛くないなんてことはなかったが、私はそれを悟られまいと気丈に振舞う。

「う…うん…」

 そう言いながらも、私は周囲への警戒を怠らない。

 “誰か”の目的は夏那を動揺させ、悪夢の連鎖を再び起こすこと。

 付け加えるのなら、夏那自身が夢から醒めない以上、夢から出ることもできず、私たちに逃げ場はないという手詰まりの状況でもある。

 もし夏那がここまでのことを悪夢だと思っていないのであれば、これから悪夢と感じるように、時間をかけながら上書きしていけばいいだけとも言える。

 私たちをどこかから監視していたとすれば、私たちの関係性も周知の事実ということになり、夏那の動揺を誘うために私がうってつけの存在であることも知られているはず。

 そう考えれば、必然的に狙われる可能性が高いのは私ということになるのだが、それは裏を返せば、私に攻撃の目が向いている間に私自身が平静を保っているように耐え続け、妹に心配を掛けさせないよう振舞うことで事態の悪化を防ぐことができる、ということになる。

「これでどう?痛くない?」

 正直なところ痛いくらいにハンカチによってきつく縛られていたが、手当てのお陰か激痛というレベルではなくなっていた。

「あ…ああ…。血も止まったし、それほど痛くはなくなって――!!」

 私はその違和感にようやく気付き、慌てて足元に視線を移す。

 そして、自分の考えが杞憂であったことに気付く。

「そうか…血…痛み…。どうしてこんな初歩的なことに気付かなかったんだ…」

「お姉ちゃん…?」

「夏那。さっき、私が『悪夢を見せようとしてる誰かが居る』って話をしたとき、何を考えてた?」

「そ、それは…」

 口ごもりながら夏那がそう答えたことで、私の想像は確信に変わった。

「私がフォークで刺される状況を想像した?だから『私のせいで』なんて言ったんだな?」

 夏那は目を逸らすとすぐに視線を戻し、一度だけ頷いた。

「どうりで…タイミングが良すぎるわけだ…」

 フォークが刺さったことに、私はまったく気付かなかった。

 だが、地面にはすでに多量の血液が流れ出ていた。

 要約すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私たちが会話している間に血が流れ出たのであれば、夏那が真っ先に気付いているだろうし、私が痛みに気付くのには些か遅すぎる。

 つまりその答えは、一瞬にしてそのような状況になったと考えるほかない。

 私が“悪夢”や“誰か”の存在を仄めかした直後のタイミングであることと、夏那の『私のせいで』という言葉から考えれば、その発生原因が夏那にあることは明白だった。

「ごめんなさい…!頭の中で“悪夢”ってなんだろうって考えたらこんなことに…」

「いいよ。夏那は悪くない。というより、グッジョブだ」

 私は夏那の頭を撫でながら、親指を立てる。

「グッ…ジョブ…?」

「ああ。夏那のお陰で私は勘違いに気付くことができた。夢の中だからなんでもアリだと決め付けて、考えようともしなかったけど、この夢は()()()()()()()()()()()()()()()()ってことにね」

 私は地面に落ちていた、拳ほどの瓦礫を拾い上げる。

 そして、それを思いっきり遠くへと投げると、なんのこともなかったかのように瓦礫は地面へと落ちた。

「ここの時間は止まっているはずで、空気中にある灰や火の粉も止まってる。なのに、なんで地面にある石は投げても静止しないのか。なんでここに居る人間たちの影は同じ事を繰り返すだけなのか。そもそも、人には触れられないのに地面や物にだけはなぜ触れられるのか。そしてなにより、夢の中で痛みがあるのか。考えてもみれば、この夢は夢と呼ぶには矛盾していることも多かった。それなのに、私は何の根拠もないのに、この場所を夢の中だと決め付けていた」

 “夢であるのになぜ痛みがあるのか”という疑問を先に考えるべきだったと、私は反省した。

 一見すると夢の中に近い状態でもあるが、細かい部分では夢の定義とは一致しない部分が多いのもまた事実ではあった。

 だが、気付くきっかけは何度となくあったというのに、私は“夢だから”という理由で、そのことに疑問すら抱くことはなかった。

「…かといって、夢でないと説明のできないことが起こっていたことも否定は出来ない。だから、私たちはまず、この世界が一体なんなのか、私たちに何が起きているのかを確かめる必要がある。それがこの世界から脱出するための第一歩だ」

 夏那しか知らないはずの世界が実際に構築されているし、私やハーマイオニーにも普通はありえない夢みたいな変化が起きている。

「そして、それを知ってそうなやつに心当たりがある」

 この矛盾を解き明かすには、鍵を握る人物の証言が必要だった。


 …


 大通りを進みながら、私はこれ好機とばかりに、夏那に気に掛かっていたことを問う。

「なあ…。水族館でのあの時のこと…私に聞かせてくれないか?」

「水族館…?あー…え~っと…」

 妹はばつが悪そうに口ごもりながらも、吹っ切れたと言わんばかりにハキハキと答えはじめる。

「大きな魚が小さな魚を食べたあの瞬間、思い出しちゃったんだー。パパに虐められるママを」

 無表情のまま淡々と語る夏那だったが、きっとその心の中は恐怖や怒り、そして悲しみなど、感情が複雑に入り乱れていることだろう。

「なるほど…。それで、ママに会いたくなったのか?」

「え、えっと…。うん…」

「そっか。今はその答えだけで十分」

 きっと夏那は私に心を見透かされていたことに驚いたことだろう。

 だが、私が最初から知りたかったのはその“会いたくなった”という気持ちだった。

 気になっていたという理由もあるが、今後のためにも私はそれを聞いておかなければいけなかった。

 なぜならその答えは、大きな勘違いをしているという可能性の根拠となりえるから。

「ついでにもう一つ聞いておくけど、ハーマイオニーちゃんとはいつの間に仲良くなったんだ?」

「ハーマイオニーちゃん…?LIGHT(ライト)で連絡先は交換してたから、ちょくちょくお話してたよ?お洋服が欲しいって言うから、二人でお出かけしたこともあるし?」

「へ…へぇ~…。二人でお出かけ…」

 エゾヒとの一件の間に連絡先を交換したとしか考えられないが、そんなやりとりを私に隠れていつの間にしていたのか。

 そしてなによりも、男女が二人で買い物って、もしかしなくてもデートなのでは――などと思い至り、私は昂ぶる感情を必死に押し殺す。

「じゃ、じゃあなんでこの旅行に連れてこようと思ったんだ?」

「えっとねー…。たしか私が旅行に行くんだーって話をしたら、『興味があるから着いていっていい?』ってハーマイオニーちゃんが言うから、良いよって。お姉ちゃんとも友達だから、一緒のほうが楽しいかな~?なんて思って」

 ハーマイオニーは見かけによらず行動的だった――なんて言葉で流すことは、私には出来なかった。

 なぜなら、既に妹との初デートを経験済みどころか、今回の件で外泊まで許してしまったことになる。

 私は改めて、ラッキースケベ属性の真骨頂を垣間見た気がした。

「アイツ…連れて来られたみたいなこと言っておきながら――」

 ここに来る前の会話を思い返し、私は“ラッキースケベ”などという大きな勘違いをしていたことにようやく気付いた。

「――謀ったな…。ハーマイオニー…」

 考えてみれば、ハーマイオニーは「妹に朝イチで集合と言われた」と証言していたが、()()()()()()()とは一言も言っていない。

 ここに水族館があることを知っていたことも、事前に旅行先の下調べを済ませていたと考えれば不思議はないし、集合場所と時間を妹から伝えられていたという言葉に嘘偽りはない。

 この旅のことを事前に知り、自分の意思でこの旅に同行していたと考えれば辻褄が合う。

 もしそうであれば、これはラッキーなどではなく純然たる計略と呼べるのだろう。

「やっぱり、アイツは油断できないな…」

 ハーマイオニーが時折見せる突飛な行動や、自然体でありながら人を欺くその才能は、私の予想を常々(つねづね)超えてくる。

 私が直感的に感じてしまうほどに、ハーマイオニーという存在が私にとっての脅威となり得る存在であるのだと認めざるをえなかった。

「ん…?外泊…って、待てよ…?そういえば、あの時どうして…?」

 私の中で、ある出来事が引っかかった。

 なぜならその出来事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったから。

「夢の中…そういうことか…」

「あーっ!?」

 私が考え事をしていると、妹が突然大きな声を上げ、ビルの合間を指差した。

 誘導されるように視線を向けると、もはや見慣れたと言って差し支えのない少女の姿があった。

「えっ…?って、あー!?は、花咲さん!?それに夏那さんも!?や…やっと…見つけた~…!!」

 私たちの姿を見るなり、ハーマイオニーは猛然たる勢いで走り寄ってきた。

「…マジか。ホントに上手くいった」

 半信半疑だったとはいえ、偶然としか思えない必然を目の当たりにして、私は驚きを隠せなかった。

 夏那は走り寄るハーマイオニーをその身で受け止めようとするものの、私はすかさず二人の間へと割り込むように体を滑り込ませる。

「――ってい!!」

「あうっ!?い、痛いですー!?やっと見つけたのに、いきなりヒドイ仕打ち…です…の!?」

「…何がヒドイ仕打ちだ、策士め。私は先に忠告したぞ。触れるなって」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?ハーマイオニーちゃんに何してるの!!?」

 まるで我が子を庇うように、夏那は地面に崩れ落ちたハーマイオニーを引っ張り上げ、庇うように自分の後ろへと追いやる。 

「あー…えっと、これはそう…ハーマイオニーちゃんが本物かどうかを確かめる実験だ」

「な、なるほど!敵かもしれないってことだね!?」

 妹をなだめ、取り繕うように適当な言い訳を述べる。

「ハーマイオニーちゃん。この旅が始まってから今ので何回目?」

「え…?」

 頭頂部を指差し、私が睨みを効かせながら微笑むと、ハーマイオニーは慌てた様子で指折りはじめ、思い出すように数え始める。

「えええ、え~っと…!た、確か水族館で一回…、花咲さんに再会したときに二回…。だから、今ので四回目…!かな~…?」

 私は頷きながら、次の質問を投げかける。

「ちなみに、妹の胸に触ったのは何回?」

「私の…胸…?」

「な、ななな、なんてこと言うんですか!!?さ、触ったことなんて一度もありませんよ!?」

「なるほど。つまりハーマイオニーちゃんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことでいいか?」

「当たり前です!!大体、ぼ…私は物音がして目が覚めたらこの不思議な世界に居たから、どうやってここに来たのかなんてさっぱり判らないんですから!?」

 それらの証言によって、私の仮説は真実へと変わった。

「やっぱりか…ようやく理解した…。いや、夢を本当の意味で理解していなかったと言ったほうが正しいだろうな」


 ――『私の目に見えて、私が信じたことこそが本物の真実』。

 だが、そこには例外があった。

 それは――()()()()()()()()


「夏那の記憶で創られていた世界だったから、私はここが夏那の夢の中だと考えた…。それこそが勘違い。夏那の記憶が再現されているからといって、必ずしも()()()()()()()()()()()()()


 ――ハーマイオニーとの会話の中に、不可解な一言があった。

 それは、『何時間歩いても』という言葉。

 それこそがこの状況の謎を解く鍵だった。


「ここは紛れもなく()()()()だったんだ」

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