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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
クロッシング・コンステレーション編
109/183

第21話 魔法少女は家族旅行で。(3)

 ◆5月12日 午後2時◆

 遅めの昼食を終えた私たちは、食べ物や土産物の出店が立ち並ぶ街の大通りに移動し、それらを物色していた。

「あー!見てみてー!こんなの置いてあるよ、ハーマイオニーちゃん!カワイイー!」

 そう言いながら、妹は魚のような形状をした不気味な色の陶器を指差す。

「かわ……いい…?」

 正確には、あっちこっちに忙しなく走り回っているのは夏那とその手に引っ張られているハーマイオニーだけであって、私と母の二人はその様子を遠目で見守るようにそのあとをゆっくり歩いていた。

「あの子たち元気ねー?」

 夏那は水族館で見せた様子など微塵も感じさせないほど、元気にはしゃいでいた。

 しかし、私の目にはそれを隠さんと気丈に振舞っているように(うつ)っていた。

「あんたも混ざって来たら?」

「いいよ…私は。子供じゃあるまいし」

「またそれ?せっかくの旅行なんだから、()()()()()遊んで良いのよ?」

「考えとく」

 本人が使っている意味と私が思っている意味は少しばかり違うのだろうと理解はしているのだが、再び“子供”と呼ばれたことに対して、私はどうしてもその違和感を拭い去ることが出来なかった。

「はぁ~…まったく…。相変わらず素直じゃないわねー?」

「私は自分に正直なだけ。故に素直とも言える」

「あそこに混ざったら自分が小学生だと勘違いされそうだからなんか嫌だ…なんて考えてるんでしょー?ど・う・せ?口はひねくれてても、顔は()()()なの、あなた自覚ある?」

 芽衣にも言われたことがあるが、感情が顔に出やすいのはどうやら本当のことだったらしい。

「と・こ・ろ・で。一体どういう風の吹き回しなの?ハルが家族旅行に行きたいだなんて言い出すとは思ってなかったわよ?」

「…心理学のプロなんだから判るでしょ。私の考えてることくらい」

 当て付けるように私が愚痴を吐くと、母は胸を張りながらキッパリ言い切る。

「馬鹿言わないで。どこぞの犯罪者なんかより、あんたの行動を予測するほうが特別難しいわよ」

 良いことなのか悪いことなのかは正直判らないが、それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味合いに等しい。

 他人からそう言われることもしばしばありはするが、母からその証言を得られたのは、私にとっては良いきっかけであると同時に、残念な収穫でもあった。

「別に…深い意味は無い。ただ、なんというか…ちょっと思うところがあったってだけ」

 数日前、旅行に行きたいと言い出したのは、何を隠そうこの私だった。

 しかし、最近立て続けに面倒事があったから溜まった疲れを癒したいとか、凹むことがあったから旅行にでも行って気分転換がしたいだのと、私利私欲のために話を持ち掛けたわけではない。

「へぇ~…。何があったか知らないけど、ハルでもセンチメンタルになったりするのねぇ?意外~」

「…意外は余計。私はただ知りたいだけ」

「知りたい…?何を…?」

 私は言葉に詰まりながらも、意を決して答える。

「“家族”って、なんなのか」


 七不思議の一件のあと、私は何度もその経緯を振り返り、それと同時にあの出来事を自分のことに置き換えてみた。

 幼い頃から一緒の時を過ごしていた天草雪白と八代雹果という姉妹は、いがみ合いながらも結果的には互いを認め合っていた。

 もし、自分が妹と仲が悪く、恋敵となり、すれ違いになった末にその存在を忘れてしまったり、忘れられてしまったりしたらどうなってしまうのだろうか。

 そんなことをふと考えた。

 そして私はこう思った――いや、不覚にもそう思ってしまったのだ。

 “それは仕方のないことだ”と。


 母は口角を上げながら、遠くを眺めるように首を上げた。

「“家族”か…。へぇ…なかなか面白い着眼点ね…。でもま、確かに良い機会だったかもしれないわね。私にとっても、あんたたちにとっても」

「良い機会?」

 隣を歩いていた母を見上げると、数秒前までそこにあったはずの影は消えていた。

 その直後、背後から私の両肩を二度ほどポンポンと叩く振動を感じた。

「思い返してみれば、こういう時間を今までとれなかったのも、取ろうとしてこなかったことも事実だと思ってね」

 上体を反らして表情を確かめようとしたが、太陽の光が影を作っていたため確認できなかった。

「これじゃあ、母親失格って言われてもしょうがないわねー…」

 その声は呟いたように小さく、嘲笑とため息が交ざったように聞こえた。

「それは――」


 ――違う。それは私のせいだ。

 そう言おうとしたものの、それは上手く言葉に出来なかった。


 私が返答に困っていると、母は私の背中を平手で叩いた。

「痛っ…!?い、いきなりナニ…!?」

「後悔はしても負けを認めるな。その積み重ねが大きな力に変わる」

「えっ…?」

 その一言に、私は心底驚いた。

「昔ある人に言われたのよ。詳しくは知らないけど、諦めなければチャンスは廻ってくるし、その時は確実に自分も成長してるって意味なんだと私は解釈してる。だから私は、これからもっともっと家族らしいことをしてみせる。それで、ハルに家族ってものを教えてあげようじゃない?」

「体育会系っぽい……けど…」


 率直に感じたことを言葉にするなら、“根性論に聞こえる哲学”だろうか。

 一見するとバラバラで、何を言わんとしているかがイマイチハッキリとは伝わらないものの、その言葉には偉人の名言やことわざにも通じるであろう、“論理的な見地から導き出された必然性”というものが垣間見える。

 だからこそ、私にはその言葉がとても新鮮に聞こえた。

 そしてそれと同時に、今の私が最も必要としている言葉なのかもしれないと直感的に悟った。


「さーて、と。ナツたちと一緒に出店回るわよー?せっかくだから、美味しいものもついでに食べ歩くわよ!」

「あっ!?ちょま…っていうか、まだ食べるのか…!?」

 母に手をグイグイと引っ張られながら走り出した。

 その瞬間、私の心臓は高鳴った。

 今まで体験したことのない、その経験によって。





 ◆5月12日 午後4時◆

 旅館に戻ってチェックインを済ませたあと、私たちは宿泊する部屋に通された。

「わー!?結構広いねー!?いっぱい部屋があるー!!あっ!見てみてー!海も見えるよー!!」

 妹は慌ただしく部屋に駆け込み、家捜しをするように扉という扉を開けて回る。

「確かに四人じゃ勿体無いくらいの広さねー。あれ…?でも、宿泊料金…それほど高くなかったわよねぇ…?」

「お…オフシーズンってことで安かったんだよ…。たぶん…」

 近場で安い宿を芽衣に調べてもらい、破格の値段の宿を見つけたというので薦められるがままに予約を取ったのだが、近場とはいえ観光地付近の宿で休日となればそこそこ値が張るだろうし、ましてここまで豪華な部屋ともなれば予約をとるのも難しいのだろう。

 そう考えると、芽衣の裏ルート補正が掛かっているのはほぼ間違いないと断言できる。

 先月の事件では頼りきりになってしまったことも含め、恩をまとめて返すつもりではいたのだが、ここまで来ると私の貯金という小金で返せるかどうかも定かではない。

 故に、今は深く考えないようにした。

「ふ~ん…。まあ、こんな環境でゆっくりさせてもらえるっていうのなら、ありがた~く満喫させてもらいましょうかねー?」

 そういいながら、母は窓際に設置された豪勢なソファーに腰を沈める。

 私もまた、持っていた手荷物を部屋の隅に置くと、自分のパーソナルスペースを決めるように部屋を歩き回り、壁際に陣取るように腰を下ろす。

「まあ、問題が一つ減ったのは幸いか…」

 ここに至るまで、私は悩みの種を抱えながら、その時が訪れた時にどうするかを考えていた。

 そのうちの一つである“あの男と同じ部屋で寝なくてはいけない”という難題は、芽衣の偶然の計らいによって好転した。

 だが、懸念はもう一つ残っている。

「とりあえず、私は運転で疲れたから少し休憩してるわー…。あんたたちは露天風呂にでも行ってみたら?結構大きいって仲居さんから聞いたわよ?」

 その時は、予想よりも早く訪れた。

 露天風呂という言葉に、私は条件反射のように反応する。

「露天風呂!?私、行ってみたい!!」

 妹は露天風呂という言葉を聞くや否や即答する。

 ここまでは()()()()()()だ。


 母はハーマイオニーが男であることを知らないし、それをこの場で口に出せば家族旅行どころの話では無くなってしまう。

 とはいえ、私から行動を起こせば不自然に目立ってしまうし、妹はともかく勘の鋭い母であればすぐにそれを怪しむことだろう。

 つまり、この難局を乗り切るには、()()()()()()()()()()()()()()()()


「あ、ああー…!?ちょっと今は気分が優れないので、私は後にしますのー…」

 ハーマイオニーが抑揚のない棒読み口調でそう言う。

「えっ…?そうなの…?大丈夫…?それじゃあ、私も残――」

「そうか。それなら仕方ない。私たちだけ先に入ってこよう、夏那」

 妹が行動選択するよりも先に、妹の背を押すように、強引に部屋を退出させようとする。

「へっ?お姉ちゃん?ま、待って待って!そんなに急がなくても温泉は逃げないよー?」

「私は温泉をこよなく愛する温泉マニアなんだ。故に居ても立ってもいられないし、この衝動は私にすら抑えられない。時間が惜しい。早く行くぞ」

「そ、そうなんだー?あっ!?着替え用意しなきゃ!お姉ちゃんも――」

「私なら既に準備万端だ。10秒待つから、それまでに準備するように!い~ち、に~、さ~ん…――」

「ら、らじゃー!…って、10秒じゃさすがに早すぎるよ~!?というかお姉ちゃん、なんでもう準備出来てるの~!?」

 そうは言いながらも、妹は慌てた様子でカバンを漁り、しっかりと準備を済ませる。

「――じゅ~う!さあ、気を引き締めて温泉に出発だ!」

「お…おー?気を引き締めて…?」

 妹の手を引っ張るように出口まで向かい、部屋の戸を開け、部屋から追い出すように妹を退出させる。

「へぇ~…あの子、温泉が好きだったのね~…。確かにいつも長湯してるみたいだったけど…。そっちのほうが意外だわ」

「ぼ…私もはじめて知りました。あの時はあんな感じじゃ…。温泉じゃなかったからなのかなぁ…?」

「それじゃあ、ハーマイオニーちゃんは私の話相手でもしてもらおっかな~?」

 私は去り際に聞こえたその発言に一抹の不安を覚えながらも、部屋の戸を閉めた。

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