第21話 魔法少女は家族旅行で。(1)
◆5月13日 午前??時??分◆
『大丈夫?歩ける?』
私は少女の手を引きながら、安否を気遣って声を掛ける。
その問い掛けに少女が答えることはなかった。
というよりも、答えることが出来なかったのだろう。
『…ぅ…ぁ』
見ると、少女は何か言いたそうに、必死に口を動かしていた。
外傷は見たところ酷くはないし、喉を痛めて喋れないというわけではなさそうだったため、恐らくショックで一時的に声を出せなくなっているのだろうと察しがついた。
しかし、それも無理はない。
なぜなら、数分前までこの少女は死の危険に直面していたのだから。
『…ムリしなくて良いよ。頷くだけでいいから』
少女はコクリと頷くと、握っていた私の手を強く握り返してきた。
『もうすぐ安全な場所に着く。そこまで頑張ろうか?』
私は焦りながらも、少女の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
大通りの曲がり角に差し掛かったとき、突然そこから大きな影が現れた。
『…!?』
すぐさま少女を押し退け、私は身を呈するように前に出る。
『なっ…こんなところに子供…!?まだ逃げ遅れが残って…!?』
その影は、見たところ男性と見紛うくらい長身の女性だった。
思い掛けない展開に混乱しながらも咄嗟に顔を隠すと、こちらに警戒されていると勘違いしたのか、女性は両手を上げながら自分の素性を明かす。
『安心して!私は警察官だから!』
だが、その行為自体は私にとっては無意味だった。
なぜなら、その情報は既に私の知り得ている情報だったから。
『こ、この子逃げ遅れてたみたいなんでー、この子を安全な場所へ連れて行ってくれませんかー?』
私はすぐさま苦肉の策を講じ、片手で鼻を摘み、出来る限り声色と口調を変えながらそう答えた。
『この子…を…?』
私が少女の背中をそっと押すと、少女は女警察官に体を預けるように倒れこむ。
女警察官はしゃがみこみ、すぐさまそれを補助するように、少女の体を支える。
『おっとと…。大丈夫…?怪我は?』
『…』
少女は女性の顔を見上げ、無機質な視線を送る。
『これは…だいぶ怖い思いをしたみたいね…』
女警察官は少女を強く抱きしめた。
それに応じるかのように、少女もまた女警察官の服を強く握り締めた。
『この子を安全に場所に連れて行くのは分かったけど、あなたも逃げ遅れでしょ?早く…って、あれ…?』
その言葉は、誰に届くこともなく、炎に包まれた街に溶けて消えた。
『あの派手な服の子…どこ行った…?』
女警察官は周囲をキョロキョロと見渡すも私の姿を捉えることは出来ず、大きなため息を吐いた。
『…ぁぅ?』
『仕方ない…。ひとまずこの子を安全な場所に連れてくかー…』
女警察官は託された少女を慣れた手つきで抱き抱えたかと思うと、信じられない速さで走り去っていった。
「派手な服って…偏見酷いな…。けど…」
私は振り返りながら呟く。
流れ落ちる涙を拭いながら、自分の横を通り過ぎていった母と少女の姿を遠目に見送る。
「これが私たちの始まりだったんだな…」
私は拳を強く握りしめ、奥歯を噛み締める。
「これ以上、苦しませたりしないから…」
私は心に決めた。
家族に向き合うことを。
◇
◆5月12日 午前4時50分◆
「ふわぁ~…」
「お姉ちゃん眠そうだねー?」
「そりゃまあ、こんな時間だからなー…」
私と夏那を含めた三人は、いつもとは違った余所行きの服装に身を包んでおり、早朝ということもあってなかなかに目立っている。
だが、幸いにして人通りはまったく無いため、それを良いことに、ヤンキー座りで自宅前にたむろしていた。
「私は早いのは慣れっこだけど、お姉ちゃんは引き篭も…じゃなくてインドア派だもんねー」
引き篭もりと言おうとした妹にツッコミを入れるほど私のエンジンは温まっておらず、私はそれを聞き流す。
「それにしても、お母さん遅いねー?もうそろそろ来ても良いと思うんだけど…」
「そうだなー…」
ふと見上げると、夏那は遠くを見つめながら目を細めていた。
「どうした…?」
「えっと…お姉ちゃん…。こんなところに…」
妹は何かを見つけたのか、路地の先を指差す。
私はその指先の示す方向を振り向き、同じく目を細める。
「…ま…さか」
思わずそんな言葉が口から出た。
だが、私の予想を肯定するように、一台の車が私たちの前に停車した。
「お待たせー」
車のウインドウがゆっくりと開き、母が顔を覗かせた。
「ごめんねー。ちょっと手配するのに手間取っちゃって?さ、乗って乗って!」
私は精一杯のジト目を母に向けながら、事情聴取を始める。
「一応聞くけど…レンタカー借りに言ったんだよね?」
さすがの私もツッコミとしての使命感に駆られ、その質問をせざるを得なかった。
「ええ。これがそのレンタカー」
母は臆面もなく言い放つ。
「これって、パトカーじゃないの?」
さすがの妹も、この場に居る誰もがそう思っていたであろうことを、悪意のない様子で呟く。
「借りてきたんだからレンタカーで間違いないでしょ?」
「そっかー。それはそうだね!お姉ちゃん早く乗ろうよ!パトカーなんて、なかなか乗れないよー?」
妹は神の如きスピードで早々に考えることをやめ、この状況に順応するどころか、テンションを最大まで上げてきた。
「いや、普通は乗る機会が無いほうが良いんだが…」
そもそもパトカーが借りられるものなのかどうかも疑わしいところではあったが、ここで私がそれを論じたところで分が悪いことに代わりは無かった。
そのため、私も諦めてそれを受け入れることにした。
「仕方ないとは言っても、これじゃあ私たち補導されてるようにしか見えないよなー…」
「サングラスとマスクする?それとも上着を頭から被るとか?」
「…補導より悪くなるからそれは無しだ。仕方ないからこれで行く」
私は被っていたハッチングキャップを目深に被り直す。
「そっかぁ…?それなら、私たちは後ろに乗るね?」
妹は後部座席に乗り込み、もう一人の人物の手を車内へと引き込む。
「行こ?ハーマイオニーちゃん?」
妹が掴んだ反対の手首を咄嗟に掴み、ここぞとばかりにそれを阻止する。
「…と、その前に。ハーマイオニーちゃんは私とちょっとだけお話があるから、ちょっと待って」
「うん?」
朝一で遭遇して以来、ソイツは妹にべったりくっつかれており、会話を交わす機会などまったく無かった。
そのため、その人物を妹から引き剥がす機会をずっと見計らっていた。
「お…お話とは…なんですの…?お姉さま…?」
その瞬間、私は鳥肌が立つような寒気を感じた。
「誰がお姉さまだ、気持ち悪い。というかなんでお前がここに居る?まったくお呼びでないだろ?」
「そ、それは僕が聞きたいです…。というか、妹さんに朝イチで集合って言われて来てみたらこんなことになってて…」
「まったく…うちの妹は…。私がどうしてこんなことしてるのか、まったく理解していないな…」
私は大きくため息をつく。
そして、視界に入ったものについての疑問を口に出す。
「それにしても…女装したうえに平然とここにいることに正直ドン引きなんだが…?」
「夏那さんと会う時はいつもこの格好ですから…って、誰のせいだと思ってるんですか!?」
どうやって調達したのか知らないが、ハーマイオニーは私の知らない洋服に身を包んでいる。
こうなるきっかけを作ったのは紛れもなく私ではあるが、知らない間にここまで拗らせているとは思ってもいなかった。
「それはともかく、二人がまるで同級生の女友達みたいな間柄になってることについて、小一時間ほど問い詰めたい。返答によってはあの動画が世界中の人に拡散されることになる」
「ま、またそれですかぁ~…。そんなぁ~…」
私は後部座席のドアを開け、顎で指して入るよう促す。
「へ…?なんで…?」
私は小声で耳打ちする。
「そのことに関しては後でゆっくり聞かせてもらう。今はとりあえず、あの子の友達として怪しまれないように」
「は…はい…」
私はそれだけ告げると前の座席に乗り込み、手早くシートベルトを装着する。
「準備オッケー?シートベルト着けたー?」
『はーい』
三者三様の返事を合図に、母はエンジンをふかせる。
「んじゃあ、家族旅行にしゅっぱーつ!」
そんな感じで、私たちの一泊二日の家族旅行が幕を開けた。
だが、それが悪夢の始まりだとは、誰も思ってもいなかっただろう。