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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
メルティキス編
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第20話 魔法少女は消えない傷で。(2)

 ◆5月8日 午前5時23分◆

「人の可能性…か。なるほど。少なくとも、人間に害を成そうというわけではない…。そう言いたいのだな?」

『もちろん!僕がそんな悪そうに見えるかい?』

 狐の男子高校生はおもむろに眼鏡を外し、それを念入りに拭きあげ、再び眼鏡を掛け直す。

 そして、自称・普通の妖精を凝視する。

「…見えないというのは、時として見えることよりも恐ろしいものなのだ。貴様は鏡を見たうえで、生物というものを理解しろ」

『…?人間はこういうフォルムが好きって聞いてたんだけどな~?やっぱり違うのかな~…?レムは僕のこと嫌いみたいだし?』

「これは全然判っていないな…。彼女が貴様を嫌う理由も察しがつく…。そのフォルムもそうだが、貴様が()()()()()()()()()()()()ということが要因だと言っている。私とて貴様と同じようなものではあるが、少なくとも嫌われてはいない」

『なるほどねー…。じゃあ、キミみたいにヒトの姿に擬態すれば良いってことだね?』

「擬態…。なんというか、そういう言葉で表現されると複雑な気分になるな…」

 狐の男子高校生はショックを受けたように頭を抱えるも、咳払いを一つして、少しばかり緩んだ表情を切り替える。

「コホン…。そ…それはともかく、一つ聞かせてもらおうか。君がレムと呼ぶあの少女…――花咲春希という人間について」

『僕から話せることはそう多くはないよ。特に最近のことはね?僕たちが再会したのは最近だから』

「構わん。知っていることを話せばそれで良い」

 狐の男子高校生は数秒ほど考え込んだあと、口を開く。

「そうだな…まずは彼女の目について、だ。あれは真実を見透す眼――“真理の目”だと私は睨んでいる。だが、普通の人間である彼女がなぜそれを持っている?」

『それは答えられない』

 自称・普通の妖精は即答する。

「彼女のことについても答えられない…か。それともあれも貴様の存在に関わることなのか?」

『それもノーコメントだよ』

「これも制約か…チッ…」

 煩わしいと言いたげに、舌打ちをする狐の男子高校生を見兼ねてか、自称・普通の妖精は補足を加える。

『でも、これだけは言えるよ。君は勘違いしている』

「勘違い…だと?」

『レムは普通なんかじゃない。今の彼女がその力を得ているのは必然だと言えるね』

「偶然ではなく必然だと言うのか…?なぜだ…?」

『レムは人一倍諦めの悪い努力家…とだけ言っておこうかな?』

「努力で得た、とでも言うのか…?貴様が真面目に答える気がないということはよくわかった…」

 狐の男子高校生は、諦めたと言うように大きな溜め息をつく。

「だが、聞いておかねばいけないことはもう一つある。彼女の半身に刻まれた()()()()()()()()()だ」

『その話だったら少しなら話せるかもだけど、それにしても君は知りたがりだね?レムのファン?それともストーカー?』

「茶化すな。そのどちらでもないし、私はこの状況に興味があるだけだ。それと言っておくが、それは彼女に言うな。絶対にドン引きされる」

『善処するよー』

「本当だろうな…コイツ…」

 疑うような眼差しで睨みつけても、自称・普通の妖精は意に介した様子もなく、水の上をたゆたうよう、空中に背を預けながら周囲を飛び回っている。

「…初めて会った時から不可解だった。何せ、私から見れば彼女の中身は()()()()()()()()のだからな」

 狐の男子高校生は空中に漂うそれをアイアンクローで捕獲すると、無理矢理自分に顔を向けさせる。

「恐らくあれは、(えにし)を引き剥がされたことによる霊的な傷跡。それも、まるで地中深く根付いた根を力任せに引き剥がしたかのように、深く(えぐ)りとられている。余程大事なものを、無理矢理に引き剥がされたと見える。恐らく、それによる身体的負担も大きかったはずだろう。貴様なら何が起こったのか知っているのではないか?」

 強引に捕獲されたというのにも関わらず、自称・普通の妖精の様子はまったく変わらない。

『さっすが、(えにし)の神を(たまわ)っているだけのことはあるねー。そこまで解っちゃうんだ』

 次の瞬間、自称・普通の妖精は弾け飛んで煙になった。

 そして、それは頭上で再び収束したかと思うと再び実体に戻り、狐の男子高校生の頭部に着地する。

『あれは代償だよ。真実を隠すためのね』





 ◆4月17日 午後5時14分◆

「私の…記憶…?あの…仰っている意味が…」

 ベンチに腰掛けた芽衣は、イマイチ飲み込めないといった表情を浮かべながら、私を見つめ返していた。

「まあ、言葉で言っても信じてもらえないだろうと思ってたから、ここに連れてきたんだ」

 私は芽衣の正面まで移動する。

 そして、何の先触れもせず、その頭をおもむろに撫でる。

『…そんなに泣いてたら、楽しいことが逃げてっちゃうぞ?』

「…えっ??」

 芽衣が何か言おうとしたにも関わらず、有無を言わすことなく、そのまま手を引いて立ち上がらせ、フェンスの向こうを指差す。

『ほら。ここからの景色を見て。あの小さい建物ひとつひとつで、仕事したり生活してる人たちが居る。もしかしたら、お前の好きな魔法少女のアニメを作ってる人とか、絵を描いてる人が居るかもしれない。そう考えたらちょっとワクワクしないか?』

 芽衣は未だ戸惑った様子で私を見つめ返してくる。

 だが、当人の口は、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()動いた。

「…す…る」

 芽衣は、自分の口がそう発したことに戸惑いの表情を浮かべる。

 それが引き金となったかどうかは定かではないが、芽衣は何かを思い出したように驚き、ハッと顔を上げる。

 芽衣のその仕草で確信を覚えた私は、そのまま芝居を続行することを決める。

『私は、この世界にはまだ面白いことが沢山眠ってると思ってる。私たちがそれを知らないだけで、この空のどこかで本物の魔法少女が悪い奴等と戦っているかもしれない。そう考えたら、テンション上がらないか?』

「…あが…る…!」

 芽衣は子供のように、意気揚々とそう答える。

 頬に涙が流れているわけではないが、その頬を撫でるように涙を拭う動作すらも、その記憶通りになぞらえる。

『それじゃあ、泣いてる暇は無いな。知ってるだろ?人の時間ってのは有限なんだ。病気を抱えて長く生きられない人もいれば、何度死に掛けても生き延びてしまう人間だって居る…。誰も自分の命の長さなんて分からない。だからこそ、絶対に変わらないこともある』

 被ってもいない帽子を取り、それを芽衣に被せる。

『生きてるうちは笑わなきゃ。だって――』

 最後に、横に立つ芽衣に向けて、その人が向けたであろう笑顔を再現する。

『笑顔は皆を幸せにする魔法なんだから』


 それから数秒の後、私は自分の役者スイッチを切り替え、大きく深呼吸しながら心臓を落ち着かせる。

「ふぅー…――とまあ、これが私なりの証明だ。これで伝わって…って、うわぁ!?」

 その寸劇を無事に演じ終え、私が一息ついて瞼を開くと、いつの間にやら芽衣の目は潤み、頬には大量の涙が滴っていた。

「どう…して…」

 芽衣は湧き水のように止め処なく溢れ出る涙を、袖で何度も何度も拭いながら答える。

「ちょちょちょ…!?な、泣かせるつもりは無かったんだけど…。なんか、マズったぁ…?」


 …


「少しは落ち着いたか?」

 芽衣が泣き止むのを待っているうちに、空は夜を迎える準備が出来たと言わんばかりに薄暗さを増し、太陽は仕事を終えて帰宅するように、山々の隙間から丸い背を見せていた。

「はい…ですの…。驚かせて申し訳ありませんの…」

「謝らなくていいよ。悪いのはこっちだし。つかゴメン」

 私は芽衣の隣に座り、オレンジから青、濃紺へと変化しているグラデーションのかかった空を見上げる。

 風が肌を撫でる度に肌寒さを感じるものの、不思議とそれは心地の良いものだった。

「…五年前くらいかなー?チーの目と同じで、この手で触れた人の記憶を見られるようになった。確か、漫画とかだとサイコメトリーって言うんだっけ?」


 ――最初は魔法の効果によるものだと思っていた。

 元々そういった系統の魔法を得意としていたから、きっと魔法が暴発でもしたのだろうと、その頃の私は深く考えることは無かった。

 だけど、それは一年、二年と経ってもまだ続き、結局のところ最近になるまでその効果が切れることはなかった。

 それは私にとって普通となり、他人にとって異質となった。


「自分の意思とは関係なく、触れた人の記憶の一部が流れ込んでくる。これが実際問題、結構大変でな。知るはずのないことを知ったことで、相手を傷つけてしまうこともあったし、人の内面みたいなものが見えてきて、その人と距離を置くようになったこともあった」


 ――触れただけで相手の記憶が見えるということは、その人の過去を知るということ。

 それはその人にとっての良い思い出かもしれないし、悪い体験かもしれない。

 そんなものが、人に触れてしまうたびに私に流れ込み、良いことも悪いことも関係なく、全て知り得てしまう。

 それは、私が日常生活を送るうえで大きな障害となった。


「けど、一番嫌だったのは、そういうことを知ってしまったときに、その人をあっさり軽蔑して距離を取ってしまった自分なんだ」


 ――私は人の秘密を知ることで、人を嫌うようになった。

 だが、その度に私は、私自身が嫌いになっていった。


「だから私は、なるべく人と関わり合いにならないよう、人を避けることにした。こんな髪の色にしたのも高校デビューでもなんでもなく、わざと近寄り難い雰囲気を出すため。人同士が接触することの多い体術を使う武道も辞めることにしたし、テニス部に入ったのも、個人競技で人と触れ合うことがあまりないから」


 ――まだ幼かった私には、それを周囲に隠し通すことは出来なかった。

 だから、私は反抗期を装って、私のほうから人と距離を置くようにしてきた。

 クラスの中でも極力、深く人と関わらないようにしていたし、実のところ、チーをとやかく言えるほど友達は多くない。


「このことはチーにも言ってないけど、私がチーと距離をとった理由もこの力が原因なんだ」

 私は自分の右手を広げて目前に掲げ、眺める。

「ぶっちゃけ、あの子の記憶を知ってしまうことで、自分がチーを軽蔑してしまうんじゃないかと思って、怖かった。それにこの力をチーに知られたら、今までと同じ関係ではいられないんじゃないかって…。でも結局、私が離れたことで関係は変わった。けど、それだけじゃない。結果的にその判断がチーを一人ぼっちにしたうえに、あの子を傷つけた…。だから私は、チーの親友どころか、友達の資格すらないんだ」

 私の言葉に、芽衣は首を横に振る。

「雨さんは春希さんの過去を知ったところで春希さんを嫌うことはないと思いますの。それに、春希さんだってそれを知ったとしても雨さんを嫌ったりはしませんの。それは私が保証しますの!」

「…だよな。今ならそう信じられるよ。だから、こうして私の秘密を打ち明けてみようと思ったんだ。あ、一応言っておくけど、今は大丈夫だからな?もう力は無くなってるから、触っても見えないし、安心して触って――」

 芽衣は私の手を取り、そして強く握り締める。

 そして、言葉ではなく、その笑顔で答えを示した。

「…ありがと」

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