第19話 魔法少女は二律背反で。(5)
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私は会話がギリギリ聞こえるくらいの近くの木陰まで移動し、茂みの隙間に隠れながら、同じ顔をした二人のやりとりを監視していた。
なぜ私がこんな偵察部隊の真似事をしているかというと、私という存在自体が本来ここに居るはずのない人間であり、完全なるお邪魔虫だったからである。
そういうわけで、虫は虫なりの生存戦略で自然に擬態しているというわけだ。
『あなたとこうして直接話すのは初めてですね?』
まるで小さな子供に語りかけるような優しい口調で、大国主らしき人物が話しかける。
だが、5メートルほど距離をとったところで雹果は立ち止まっており、そこから近づく様子は一切なかった。
『ここは綺麗な所でしょう?私が人間だった頃の記憶の中で、一番好きだった場所なのです。その山道を登った先もお気に入りなのですが、季節によっては大地が雲に覆われて、まるで空の上に居るような気分になれるのです。素敵でしょう?』
風になびく長髪を整え、澄んだ青空を見上げながら、大国主らしき人物が何度となく語りかける。
それというのにも関わらず、雹果はまるで聞こえていないかのように反応を示すことはなく、ただただ自分とそっくりな相手を見つめ返している。
見ようによってはガン飛ばされながら無視を決め込まれているという状況だというのに、張本人はそんな様子に腹を立てるどころか、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
『あなたはどれくらい未来の人間なのですか?ここは時間の流れが把握し辛く、私も下界との関わり合いが久しくありませんので…。前に下界を拝見したときは戦の真っ最中で目も当てられず、見聞きするのをやめてしまいましたから…』
戦国時代のことなのか、世界大戦のことなのか、はたまたもっと大昔のことなのかすら、ジェネレーションギャップがありすぎてその特定には至らなかった。
だが、人同士の争いに心を痛めるのは、人間であろうと神であろうと変わらないのだと、私は少しだけ共感を持つことが出来た。
『知っていますか?神々というのは存外、時間を守れない怠惰な存在なんですよ?少し昼寝していたら100年経っていた…なんてことも、神々の間ではよくある話で…』
その表情はコロコロ変わり、よく喋りよく笑うという印象だった。
外見は合せ鏡のように雹果とそっくりではあるものの、好感を持てる人当たりの良さはまさに正反対だった。
だがそれと同時に、物腰や口調など、小さな所作を掻い摘んでみると、どことなく天草雪白の持つ雰囲気に似ているような気さえした。
『あ!そういえば!』
思い出したように手をポンと叩いたかと思うと、すっくと立ち上がる。
『ガーくんは元気ですか?あの子は人に迷惑をかけていませんか?あの子は団体行動が苦手ですから、私が目を離すとすぐにどこかへ行ってしまうので心配なんです…。いっそ首輪でもつけておけば良かったなどと思ってはいたのですが…』
「…それは…同感」
雹果が呟いたその声を聞くや否や、大国主らしき人物はニッコリと微笑んだ。
『ふふっ…。やっと口を利いてくれましたね?』
傍らにあった杖を手に取ったかと思うと、雹果の立っている方向にゆっくりと歩みを進める。
「…?」
その動作に違和感を覚えた私は、草むらから乗り出すように大国主らしき人物を凝視する。
「あれってもしかして…目が見えていないのか…?でも…」
よくよく伺い見てみると、大国主の瞼はきっちり閉じていた。
だが、持っている棒を頼りにしているわけでもなく、歩いているというのに瞼を開く様子すらまったく見せない。
背筋をまっすぐ伸ばし、まるで全てを見通しているかのように一歩一歩踏み進む堂々たる佇まいは、言い表しようもない達観した何かを私に直感させた。
そう感じているのも束の間に、雹果の正面まで辿り着いたかと思うと彼女は立ち止まり、その場に座り込んだ。
そして、草むらを数度叩き、隣に座るよう促した。
『…実を言うと、こうしてゆっくり人と話をする機会も無くなって退屈していたんです。あなたが見てきたものや、好きなもの、些細なことでも何でも構いません。私に聞かせてくれませんか?』
…
「私だって…私だって姉さまに負けないくらいガーくんのこと好きだったけど、ガーくんは私のことまったく見てくれなかったし…私の頭を子供みたいにいつも撫で撫でして…」
『中途半端な優しさが人の心を擦り減らすということを、彼は知らないのです。女の子が相手なら尚更だというのに。相変わらずの甲斐性なしですね…まったく』
「というか、ガーくんはとにかく鈍すぎ。姉さまの気持ちにもまったく気付いていなかった…。私がいろいろ根回しをしなかったら、あの二人は今でもずっと付かず離れずを繰り返していたと思う」
『あの子はそういうところがあるのですよね。他人に無頓着というか考えなしというか…。判ります』
私は草むらに横になりながら雲の流れる蒼天を仰ぎ、思い耽っていた。
――私は一体何を聞かされているのだろうな…。
意外にも、雹果は座り込んですぐに大国主らしき人物と打ち解け、それどころか宇城悠人に対して溜まりに溜まった不満を洗いざらい吐露していた。
それをなだめるように大国主らしき人物が相槌を打つ、というようなやりとりをひたすらに繰り返しており、それはまるで、酔っ払いが飲み屋で愚痴っている光景のようにも思えた。
しかし、不可抗力とはいえ、神々の豆知識や雹果の色恋沙汰を知ることになってしまい、このまま盗み聞きして良いものなのかと不安に駆られながらも、私はラジオを聴くように聞き耳だけを立て続けていた。
『でも、私が彼を選んだのは、そんな彼だったからなんですけどね…』
「…?」
『気になりますか?少し長くなりますけど…?』
草木の隙間から雹果を覗くと、興味津々といった様子で頷いて、静かに耳を傾けていた。
『そうですね…。神は神使という側仕えを傍に置くことが多いのですが、その頃の私にはそのような存在はいませんでした。そんな折、私の守護する土地で悪さをし、あまつさえ神に喧嘩を売ろうと力を蓄えている八尾の狐が居ると小耳に挟みました。これは丁度良いと思い、その狐をスカウトしようと下界に下りました。それが彼と出会ったきっかけです』
どうして悪さをしている狐をスカウトしようなどと思ったのか、というところがツッコミどころなのだろう。
だが、神使に向いた適性というものを少し考えれば、それは納得できる理由だった。
神と意思疎通を図れる、かつ神でない存在で、最初からそれなりの霊力を有しているのであれば、八尾の狐は神使として即戦力で間違いはないだろう。
何より、神使といったら狐というのがアニメやゲームで鉄板であるその理由は、人に化けることが出来、諜報能力に優れているからに他ならない。
『私は彼をなだめて話を聞こうとしました。まあ、あの時は何も言わずに神の力を使って縛り上げたので、ものすごく抵抗されたのですけど…』
とりあえず、八代家に見られる“物事を強引に進めてしまう”というルーツが、この人物であることはほぼ間違いないことが発覚し、私は少し複雑な気分になった。
『話を聞くと、彼は九尾の狐になるために強くなろうとしているものの、そのきっかけが一向に見出せず、悪事に拍車が掛かっていたようでした。だから、神に喧嘩を売るなどという突飛な発想に至ったのかもしれませんね。そこで私は彼にこう持ちかけました。九尾の狐になれるよう手助けする代わりに、私の手伝いをして欲しいと』
「手伝い…?どうして…?悪い子なんでしょ…?」
『彼が九尾の狐になれない理由を私は知っていました。彼に足りなかったもの…それは他人を思いやる心。孤独を生き、他人を信用することも知らなかった彼の人生では、それは知り得ることも、まして必要とするものですら無かったのでしょう。だから私は、私の近くで人間や妖怪、神々などと交流を持って、それを彼に教えてあげようと思いました。もちろん、神使として働いてもらいながらですので、私としては一挙両得という算段もありましたし、彼の望みを叶える手助けになると思っていたのですけど…』
私は耳を傾けながら、自分の想像していた物語との答え合わせをしてゆく。
『彼は天涯孤独の身だったために、人間からも妖狐や化け狐と呼ばれているだけで、名を持ちませんでした』
名前を持つのは、人間だけの文化だと聞いたことがある。
人間であれば、生まれた直後から当たり前のように名前を付けられるだろうが、野生動物には当然名前など存在しないし、個体を識別する匂いや身体的特徴があれば良いので、尚のこと不要である。
だが、狐ともなれば生涯の大半を孤独に過ごすことになるため、他者を区別するという意識すらも希薄だったと考えられる。
『さすがにそれは呼び辛いので、白い八つの尾から“八ツ白尾稲荷”という名を授けてあげました。ですが、私自身が高位の神であることをすっかり忘れていて、それが正式な神命となり、彼は八ツ白尾稲荷神として神格化されてしまいました。ここだけの話ですが、神界の掟に則ることを余儀なくされた彼へのせめてもの償いとして、私の信奉者であり私の力を受け継ぐ子孫でもある人々に、彼を守り神として祀るよう、縁を通してこっそり神のお告げを出しました』
神を生み出すとか、うっかりというレベルで済まして良いものなのかとツッコミを入れたくなったものの、“神のお告げを使った選挙活動”というパワーワードが頭に浮かび、それらがどうでもよく思えるほど呆れてしまった。
『やがて彼らは稲荷を私の従神として奉られ、神からその名を借り受け、“八代”という姓を名乗るようになりました。それが、あなたたち八代家の始まりなのです』
大国主と八代家の関係性は想像通りだったが、その姓の由来が“八ツ白尾”から来ていることまでは気付くことは出来なかったため、私はクイズを外したように密かに落胆する。
『しかし、妖怪でなくなった彼が神として人々の記憶に刷り込まれ、やがて八尾の狐として定着してしまい、彼の望みである九尾の狐から遠ざかる結果に…』
八代という苗字が八ツ白尾から来ているとすれば、その名の由来は家系全てに知れ渡るし、それどころか後世まで語り継がれる不変のものとなる。
そうなると、トウガが八尾の狐として定着したのは当然の結果であり、善意が招いた不幸な事故だったとも言える。
『それでも彼は、神となってからも献身的に私に仕えてくれました。本人曰く、近くに居ながら復讐の機会を窺いつつ、いつか寝首を掻いてやると会う度に言っていましたが…。まあ、あれは彼なりの照れ隠しでしたので、本心ではありませんでした』
「どうしてそう思うの…?」
『思うのではなく、視えていたのですよ』
「…!?」
私はその一言を聞いた瞬間、慌てて上体を起こした。
――視えていた…?
『私は生前、目がまったく見えませんでした。ですがその影響か、人の抱く感情のようなものを捉えることが出来ました。それは年を経るとともに感度を増し、やがて怪や霊といった、人とは違う存在までも感じ取ることが出来るようになり、それらと意思を交わすことが出来るようになりました。普通の人間からは、誰も居ないのに誰かと話しているように見えていたようで、私が神様と会話出来ると誤解されたようです。そのことがきっかけで神託の巫女などと呼ばれるようになってしまいました。私はお友達の妖怪さんと世間話をしていただけなのですけどね?ふふっ…』
目の見えない人は、聴覚や触覚などの感覚が優れていると聞いたことがある。
彼女の場合はそれが極端に現れ、突然変異的に視えるようになったのかもしれない。
だが、そんなことよりも聞き捨てならないのは、感情が視えていたという趣旨の発言だった。
『目が見えないことで周囲の人間には大きな苦労や迷惑を掛けていましたし、人とは違う存在が視えてしまうことで、私自身も度々危険な目に逢いました。そうして日々を送るうちに、私が生きていることの意味を考え、このまま迷惑を掛け続けるくらいであれば、命を絶ってしまえば…などと考えたこともありました』
「…」
その重みのある一言は、私の胸に深く突き刺さった。
なぜなら、その言葉がそっくりそのまま自分に当てはまっていたから。
魔法少女になったことで特別な力を得ることと引き換えに、危険なことに巻き込まれることが日常になり、平和で普通の日々は私から消えて無くなった。
魔法を使えばなんとかなるとか、自分の回復力であれば多少の怪我は問題無いなど、それらの力に頼ることを前提とした考え方が普通になり、魔法を知らなかった頃の普通の人間の考え方が出来なくなった。
雨や祈莉と離れ離れになってからは、家族以外の誰とも関わることはなく、ほとんど独りで過ごす日々を送った。
私が魔法少女になったことで奪われたのは、時間や労力だけでなく、人としての在り方や人間関係も含まれている。
そしてなにより、私はつい最近まで彼女とまったく同じことを考えていた。
『――ですが、私がこの力に目覚めたことには何か意味があるのではないか…この特別な力を生かすことが出来れば、人々のためになるのではないかと私は考えました。それからの私は怪たちと交流を深め、彼らの助力を得ながら多くの土地を巡り、村々や集落に起こる災いを事前に察知して厄災から守り、悪さをする怪たちから人々を救い歩く、そのような旅をしました。今になって思えば、その頃が私にとって一番充実していた日々だったのではないかとさえ思います』
彼女は通り過ぎた過去を懐かしむかのように、空を見上げながら嬉しそうに語る。
そして私もまた、魔法少女として戦っていた日々を思い返し、その言葉に共感していた。
「…尊敬します」
雹果は手を取り、羨望の眼差しを向けながら両手でがっしりと握り締める。
『ありがとうございます。あなたにそう言って頂けるのなら、私が生きた甲斐はあった、ということですね』
たぶん、雹果が激しく同調したのは、ご先祖様がウォッチするほうだったことに共感を覚えたのだろうと思い、私は呆れながらも密かに納得した。
『今となっては、この目が見えなくて本当に良かったと思っているのです。こうしてこの景色を見ることが出来たのも、怪たちと仲良くなれたのも、ガーくんやあなたのような子孫に逢うことが出来たのも、全部この“真理の目”のお陰ですから』
――真理の…目…?
聞き慣れない単語に私が眉を曲げていると、大国主らしき人物は瞼をゆっくりと開き、その先に隠されていた瞳を露にした。
「…!」
私は呼吸をすることも忘れ、その瞳をただただ見つめていた。
それを形容するのであれば、琥珀のように透き通った金色で、この世のものとはとても思えない神秘的な輝きを放っている不思議な瞳。
ずっと眺めていたいと思わせるような言葉に出来ない何かがあり、私は間違いなくそれに魅了されていたのだと思う。
だが、それも束の間に、惜しむ間もなく彼女はその瞳を再び閉ざしてしまった。
『ちょっと話が脱線しすぎましたね…。そろそろ頃合のようです』
「…?」
気がつくと空は曇りがかり、風が吹くでもなく周囲の木々たちは揺らぎ、何かの異変を告げていた。
『あなたが私の前に現れた理由は存じています。私の残した力が、このような形で人を不幸にするなどとは思っても見ませんでした。私は先祖も神も失格です。ですが、こうなってしまった以上、あなたに問うておかなければならないことがあります』
彼女はそう言いながら立ち上がり、雹果に手を差し出す。
『天草雪白から私との縁を断ち切る。そんなことをすればどうなるか、あなたには理解できているのでしょう?』
雹果は戸惑いながらもその手を取って立ち上がり、コクリと頷く。
「…姉さまは私のことを忘れる。きっと私だけじゃない…父さまや母さま、私たちが一緒に過ごした時間だって…全部忘れてしまう」
『それが解っていて尚、何故あなたはそれを望むのでしょう?』
「それは…」
私は、ここに送られる前に宇城悠人が言っていた“一つの代償”という言葉が事実なのだと再認識する。
その理屈は至って単純なものだった。
天草雪白から大国主の縁を断つということは、彼女が巫女として育てられ、八代家として過ごしてきた十数年余りの時間が彼女の中から抜け落ちるということ。
無論、宇城悠人の時と同様、不都合の無いように彼女の記憶は置き換わるのだろう。
しかし、彼女の親族は皆、赤の他人となり、初めから関わり合いが無かったかのように今後の生活を送ることになる。
そして恐らく、雹果はその影響を最も受ける存在。
「…仕方ない…から。姉さまは宇城先輩のことを忘れたくないと思っているだろうし、私や家のことを忘れたいと思っている。だからきっと、これは姉さまが一番望んでいること。それに――」
八代家の巫女であり、大国主の先祖返りでもある雹果は、大国主に最も近い存在であることは間違いない。
言い換えると、大国主という存在なくして八代雹果の存在は有り得ないし、大国主という存在が切っても切り離せないものになっている。
つまり、天草雪白から大国主との縁を断てば、雹果との縁すらも断ってしまう可能性が高い。
「私が姉さまや先輩に出来ることは、もうこれくらいしか――」
「まったく、黙って聞いてれば姉妹揃って…」
私は声を上げながら草むらを掻き分け、二人の前に姿を見せる。
「どう…して…ここに…?」
『ようやく姿を見せてくれましたね…?盗み聞きは褒められたものではないですよ?』
「そんなことはどうだっていい」
感情が視えると言っていた時点で、私がここに隠れていることがバレていると判っていた。
それを知っていて、敢えて口に出さなかったのは、雹果の考えや想いを私に聞かせるためなのだろう。
だとすれば、黙っていた本人も同罪であり、神であろうと罪を問われる云われは無い。
「私は聞いたことを誰かに言いふらしたりするつもりはない。雹果に伝えるべきことを伝えに来た。それだけ」
「伝えるべき…こと…?」
雹果は未だに大きな勘違いをしている。
私はそれを伝えるためだけにこうして姿を現した。
「さっき渡したスマホ。天草先輩がどうしてお前にそれを渡したのかを考えた?」
雹果はポケットから受け取ったスマホを取り出し、それを眺める。
「…これを…姉さまが渡した理由…」
「そのスマホは天草先輩が持っていた大事なものを守るための“力”だった。それを手放して、雹果に渡してくれと私に頼んだ。それはつまり、この先に起こること全てをお前に委ね、なんとかしてくれると信じていたし、最悪どんな結末を迎えても構わないと思っていたから。そんなことは強い信頼関係が無ければ出来ない」
二人は互いが互いに自分を敬遠していると思い込んでいた。
だが、二人が二人とも互いを思いやり、信頼していた。
「短い間だけど、二人を見てきた私からすれば、本当に仲が良くてそっくりで、深く信頼しあっている姉妹だと思った。少なくとも、天草先輩が雹果のことを忘れたいだなんて思っているはずがない。だから、“仕方ない”なんて言葉で済ますのは間違ってる」
他人の家庭と自分の家庭を比べるのも良い気はしないが、本音を言うと私の家族には“壁”があることを私は理解している。
だからこそ、こんなに相手のことを想い、信頼しあっている姉妹が羨ましく思えると同時に、煩わしいような苛立ちを覚え、雹果の誤解を解くためにこうして文句を言いに出てきたわけだった。
「これはもうお前の選択なんだ、雹果。だから、宇城悠人の記憶を残すか、お前の記憶を残すか、自分で選ぶんだ」
「私の…選択…。私が自分で…選ぶ…」
雹果は表情にこそ表れていないものの、ひどく困惑した様子で沈黙してしまった。
その様子を見かねた私は、仕方なく言葉を付け足す。
「その選択が間違っていたのか、そうじゃないのか。そんなことはその先に進まないと判らないし、それを咎める人も居ない。宇城さんも天草先輩も、もちろん私だってお前の選択を責めたりなんかしない。だから、自分の好きなほうを選べ」
――これは、私が望んだ結末ではない。
“全てを救いたい”という私の考えとも違う。
だけど、互いを思う末の結果だというのなら、私はそれを受け入れる。
なぜなら、その選択にはその人の“強い意思”がある。
それに私だって、未来が視えるわけではない。
その先には、私の考えも及ばない未来に繋がっている可能性もあるのだ。
「私は――」