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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
レールの末を綴る ファンタジー/一人称視点
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レールの末を綴る 

 最期の力を振り絞って、あったことを記しておこうと思います。私は間違いなく、もうすぐ消える。私だけに限ったことではありません。今も少しずつ体が消えかけて、ペンが持てない瞬間があるのです。


 私はその男を「勇者」と呼んでいました。名前は知りません。何故ならその者を個人として認識していなかったからです。彼の祖先は古代、悪霊を祓い、魔の憑いた人々を救い、魔物を打ち払ったと聞いています。その血を引いている彼はやはり王家に保護され、過酷な試練を耐え抜き、旅に出たらしいのです。伝聞と推測でしかないのは、やはり私がこの「勇者」を知らないからにほかなりません。

 私が初めてこの「勇者」に出会ったのは、彼等がまさに我が(あるじ)の城へ攻め込んできた時でした。まだ10代後半という年の頃で、身体つきも発育途上といったところでしたが重苦しい鎧や兜、剣で、まるでその発達を妨げて押し込んでいるようでした。私たちの平均寿命を考えると、彼の年頃は子供に間違いありませんでしたが、我が主の洗礼を受けていない彼等の暮らしからみればおそらくすでに立派な大人という扱いなのでしょう。

 私は我が主と対峙する「勇者」を謁見の間の柱に隠れて見ていました。それまでは運び込まれる我々の同胞(なかま)たちの救護に奔走していました。それほどまでに、まだまだ少年といった感じの「勇者」は強かったのです。怪我人も多かったのですが、すでに死んでいた者、手の施しようがない者も多く、結果として死傷者は怪我人を大きく上回りました。手の施しようのなかった者の中には私の知り合いもいました。名前こそ知りはしませんでしたが、会えば挨拶を交わし、世間話をし、時には果物や魚などを交換したりする仲でした。しかし悲しさはあれど、思い出に浸っている時間はありませんでした。虫の息の友を看取る暇もないまま、私は城門を守っていた常勝将軍が討死なさったことを報告にいかねばならなかったのです。そういう流れで、私はこの重要な場に出会(でくわ)してしまったのでした。

 私は加勢すべきか否か迷いました。我が主は前の冬、流行病(はやりやまい)に倒れたからです。日常生活に支障はないものの、後遺症があり、この手強い若者と対峙なさるには不安要素が拭いきれませんでした。側近たちも攻防戦に駆り出され、やはり生きて還ってはきませんでした。

「姫は無事か」と訊ねる若者の声はやはりその容貌と等しく瑞々しいものでした。ここで私が記しておかねばならないのは、我が主は数カ月ほど前に姫を攫うようお命じになったということです。この「勇者」と同年代といったところで、毛先のカールするブラウンの髪が美しく、そして年若く、敵地に身を置いているというのに彼女は誇り高いものでした。食事や着る物などを届けに行くと決まって礼を言い、たまに歌っていることもありましたが私のいることに気付くとぷつりとやめてしまうのでした。

「彼女を連れて来なさい」と我が主は言いました。私の気配に気付いていらしたようで、私は「勇者」の視線が一度だけちらりとこちらを向いたことに気付きました。ほんの一瞬のことでした。私は逃げるように姫のいる部屋に一目散に駆け出しました。長い螺旋階段を登らなければならず、普段はそれを憂鬱に思っていたのですが、その時ばかりはひどく短い道程(みちのり)に思えました。この部屋の扉には魔術のかかった(かんぬき)が取り付けられていて、それを外すには我が主が与えてくださった魔術を使わなければなりませんでした。私はあまりそういったものが得意ではなく、だからこそ戦闘員にならずに済んでいたのですがとにかく手間がかかる作業でした。

 おそらく貴方たちは人生に()いて魔術を使うことはほぼないないでしょう。あの「勇者」にされた若者でさえ魔術の使用には体力を使っていることでしょう。我が主の洗礼を受けない者にとって魔術とは極めて疲弊するもので、受けたとしても向き不向きが顕著に表れるものです。私は後者だったのです。この姫の扉を開ける魔力は、たとえば野兎を狩れる程度の魔術で済むはずなのですが、私には鹿狩りをするくらいには難しいものでした。まず目的に応じて辺りを漂う魔力と私の中の魔力を寸分の狂いもなく計算し、固着させなければなりません。そして指先に、場合によっては杖や掌、剣先でもよいのですが、一点に集め、解放する。ここで少しでも体内に組み合せた魔力を残すと、計算が狂います。身も心も魔術慣れしていない貴方たちは魔石の嵌め込まれた杖なり、呪文の詠唱なり、魔法円なりを用いると比較的楽でしょう。

 この工程が私にとって難易度の高いものでした。日頃から1度きりでは開かず、最低3度は試さなければ姫の姿を見ることはできなかったほどです。焦っていた私は6度目にしてやっと(かんぬき)を外すことに成功しました。扉の奥の部屋は狭く、ベッドがひとつ、小さなテーブルと椅子があるだけで、他には何もありません。彼女は、我が主がお命じになって私が拵えた淡いオレンジのドレスを身に着け、小窓近くに椅子を引いて外を眺めていました。何の挨拶もなしに入り込んだ私へ非難の目を向けたことを覚えています。普段の私はきちんと入室の挨拶をして、相手の許可を取って入っていたものですから、彼女の不信感と警戒は計り知れません。

 姫はいつもより低い声で用を訊ね、私は「お連れしたい場所があります」と答えました。彼女は眉根を寄せてはいたものの私に従いました。隙を突いて逃げ出しはしないだろうかと思うことが幾度かあります。そうなれば私は罪を免れることはできないけれど、まだ彼女は市井(しせい)で好きな買い物をしたり、美味い物を食べたり、恋人や友人と戯れていてもおかしくないほどに私からみると若かったのです。日焼けも畑仕事も知らないが、同時に自然との対話も自由も知らない細腕を後ろ手に拘束しました。彼女は何も問うことはありませんでした。ただ閉まった扉一点を遠い目で見つめているだけでした。

 姫の履いている靴は踵が高く、歩行には向いていませんでした。そんな足元では平衡感覚が取りづらく、両手の自由も奪われているものですから、彼女は私の支えなしに狭く暗い螺旋階段を降りることはできませんでした。しかしその時の私にはこの娘を憐れむ余裕など、やはりありませんでした。明日とはいわず、数時間後の私の暮らしを決めるだけの大きな時代の区切りに立たされていたのです。私は半ば引き摺るように歩みの遅い姫を謁見の間に連行しました。すでに決着していたました。立っていたのは我が主でした。あの若者は砕けた鎧の上に膝をつき、輝かしい剣すらも放していました。姫は昏い目をしているだけした。やがて我が主が私に向かって短剣を投げました。響き渡った高い音は耳鳴りのようにまだ私の鼓膜の奥にこびりついています。

 「自害なさい」と我が主はおおせになりました。私にお命じになったものかと思い、一瞬だけ肝を潰しました。「姫とは純潔を尊ばれるもの。故郷(くに)に戻ったとて不義を疑われ、(てい)よく排除されるだけである」とさらに付け加えられました。そしてさらに「この者との契りは意味を成さない」というようなことをおおせになりました。我が主のその声は諭すようでいつもと変わらず優しいものでした。私は縄を解くように命じられ、姫の拘束を解きました。彼女は決戦に敗れた若者へ走り寄っていってしまったため、(まず)いことをしてしまったと瞬時に思いました。姫は慣れない手付きで若者の傷を癒しました。これが我が主が持つような、王族の力だったのです。姫は若者へもう一度立ち上がるように言いました。若者は石化し、砕けた鎧や盾の破片を見ているばかりでした。我が主は気の毒そうなお顔で若い男女を見下ろしていました。そして「これが貴様を利用した者の実際の声である」というようなことをおおせになりました。私はただ我が主と立場に雁字搦めになっている若者2人を交互に見ることしかできませんでした。「勇者」はまるで誰にも反応を示しませんでした。姫が、我が主を鋭く睨んだらしいことは私にも分かりました。我が主は彼女の視線を受け、「勇者とは名ばかりで結局は人柱に変わりがない」とおおせになりました。「このまま生きて帰ったところで民の不満は治まらない」というようなことをさらにお続けになりました。我が主はこの「勇者」を生きて帰すおつもりのようでした。

 姫は「父上はそんなことはしない」と反論しました。我が主は「王であるということは国土であるということ。災厄を払いのけるための生贄に相違ない。そのために不自由なく暮らし、不敬があれば罪となった。権力を持つ王に対し、その補佐となるべくこの者は武力を手にした。果たせないなら王が国土となり処されるしかない」「しかし果たしたところで貴様のような存在は新たな火種となる」「権力だけの王と武力によって我々を圧倒した貴様。ひ弱な民はどちらを持て囃し、二分した時どちらにつくだろうか」というようなことをおおせになりました。

 若者はすでに戦意喪失という感じがありました。私も内心、もう立つ必要はないように思えました。我が主は姫を呼びました。そして「民は不徳に喰らいつく」とお話しされました。幽閉されていた期間のことを邪推され、話に尾鰭(おひれ)が付き、少しずつ真実にされていってしまうと。そして敵国と通じた姫を、民は許しはしないだろうと。よしんばこの「勇者」と名の付いた者が目的を果たし、姫と添い遂げたところで2人まとめて消されるだけだとおおせになりました。

 姫は何も言い返しませんでした。我が主は私の名をお呼びになって、姫を連れていくようにとおおせつけました。私は御意(ぎょい)と答えて彼女に触れました。背後で、我が同胞(どうほう)にならないか、という我が主のお言葉が聞こえました。そうするのがいいと思いました。彼にはもう帰る場所がないのですから。姫が振り返りました。私は彼女の細い肩を押さえ付けることが恐ろしくもありましたが、前を向かせました。しかし少しだけ歩く速度を緩めました。私自身、気になっていたのです。

 あの若者の答えは「(いな)」でした。「自分の身がどうなろうとも国や親に恩を返すのが人として当然のことである」と彼ははっきりと言いました。「憂いも恨みもない」と謁見の間に響き渡るほどの明瞭な声でした。

 我が主は「人として当然という言葉を持ち出すのならば、貴様はすでに人ではない」「貴様は王と民の犠牲にほかならない」とおおせになり、続いて「貴様が人として扱われていたというのなら、何故貴様はこの場に於いてひとりなのだ。軍は率いていないのか。王の支援が見当たらないのはどうしてだ」とお訊ねになりました。そして「王と民を繋ぐものは共通の敵であろう?」と自らひとつの答えを提示なさいました。「貴様の飼い主がその気になるならば貴様に軍を持たせ、最大の支援を以って城を吹き飛ばす程度のことは容易く出来たはずだ」「無論、我々ならば貴様らの国ごと吹き飛ばすことができた」と我が主のお声は沈んでいました。実際その通りでした。我が主がお命じになるならば私たちは命を賭し魔力と武力を以って彼等の国を攻め滅ぼすことができたはずなのです。しかし私たちはその道を望みませんでした。力で捻じ伏せるという手段が未来を見据えたうえで毒だと判断したからです。後ろめたい過去を次世代にすべて打ち明けたとしてもどこかで歪みが生じるのだというのは以前、すでに病によって亡くなった宰相(さいしょう)がおっしゃっていたことでした。否定したかったはずの手段を肯定されてしまうことを我が主は何より恐れていらせられました。

私は姫を連れていくことなど忘れ、我が主と哀れな若者とのやりとりに囚われていました。我が主は まだ立てずにいる若者へ掌をお向けになりました。この者をお消しになるのだな、と思いました。我が主の魔術は、それはそれは大変美しく、私が見たことのある何よりも目を惹かれるものでした。

我が主は「貴様が最も我々に肉迫した」とおおせになりました。薄暗い謁見の間は、我が主の放つ魔術によって青白く光っていました。私はあの美しさを忘れないでしょう。この肉体が滅びようとも。正面にある扉が開いたのはちょうどこの時だったように思います。

未完

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