スカイブルーめろんぱん 7
クラスにいづらくなってしまった。少しだけ緊張で胃の部分に違和感がある。席について、読みかけていた本を開いた。紙は焼けて褐色になり、端の方は折れたり破けている。文字は読めるのであまり気にならなかった。頭には入ってこないけれど。
「司ぁ、聞いてよぉ」
クラス内では比較的仲の良い友人が司の前にやってきて、前の席に座る。本を取り上げ、カレシの愚痴をこぼしだした。
「そういえばさぁ、昨日の隣のクラスの男子、カレシ?」
「違うよ」
一通り愚痴を言い終え、適当に相槌を打ちながら同意して、いつも話は終わる。けれどいつもはここで司とその友人とで別のことをしだすが、一緒にはいる。友人は本を返すことなく、顔を覗き込んで、訝しい表情で疑問を投げかけてきた。即座に否定すると、さらに訝しんだ顔をするので司もとぼけた顔をする。
「それにしても親しすぎじゃない?抱き付いてたし」
「ああ、えーっと、いとこなの。小さいときから一緒だったから」
我ながら苦しい発想が浮かんで、口をついてでる。恋人に間違えられるよりずっといいけれど。
「ああ・・・なるほどね!」
友人も納得したようだった。それから学校に親戚がいることを羨ましがる。嘘だが。
封建社会でもない。結婚しているわけでもない。ただあの駄犬が何故か付き纏ってくるのだ。住む場所を提供している、むしろ提供させられていることへの恩だろうか。
「ってゆーかさっきからさ、海森君あんたのこと睨んでるけどダイジョーブ?目、付けられちゃった?やばくない?」
友人が前のめりになってくるので、司も流れで前のめりになる。こういうときは決まって耳を貸すものだ。
「え」
言われて咄嗟にあの男を確認しようとしたが、視界に入れる寸前で止めた。
「女子にも容赦ないじゃん。冷たいっていうか。1人で出歩かないほうがいいよ」
噂好きの友人の話だ。さきほどのあの男とのやりとりでそれはよく分かっている。噂も噂だけではない。
「どうにか1人にならないようにするよ」
1人にならないようにするとはいっても。仲の良い友人たちは大体カレシがいたり、他のクラスの子たちと一緒に居ることが多い。気を遣ってくれるけれど、それが申し訳なくて司はいつも断っている。
「昼、もしよかったら・・・」
「大丈夫だよ。ありがとう」
友人とそのカレシと一緒に昼飯が喉を通るわけがない。司は本心から感謝したが、断ることにした。
「それなら、私と一緒にご飯食べない?」
友人ではない声が会話に入る。声の方をみれば、増山がいた。
「三条さんと一緒に2人だけでお昼ご飯食べてみたくて」
とてもあの義兄弟の方を見たい。とてもとても見たい。
「ダメ・・・かな?」
「あ、それいいんじゃない?増山さん、司をよろしくね!」
友人が司に変わって答えた。友人の心配はありがたいが、増山が相手となると逆効果だ。
「うん」
増山が決まりと言わんばかりに頷いた。
案じていたことはすぐに起きた。1限目と2限目の休み時間に騎士気取りのあの男に教室から摘まみ出され尋問される。あまり使われない部屋に連れ込まれた。腕を掴まれ、また突き放すように。
「なんなのよ」
気遣いのない握力で掴まれた腕を押さえ司は見せつけるように大きく息を吐いた。
「朝と同じことだ」
増山と何を話していたか?か。
「あーはいはい。昼ご飯誘われたの」
朝のようなことも面倒だ。駄犬が助けに来なければどうなっていたのだろう。暴力のひとつやふたつは振るわれたのではないだろうか。地味に生活していくつもりが、先生から変な目で見られるではないか。
「岬くんが気にするなら断るけど?」
また厄介なことをこの男にされるのならそれもかまわない。彼の想い人に近付くなんて恐れ多い。軽い気持ちで近寄っていいものではない。
「いや」
「どうせまた何話したんだが聞くんでしょう。面倒だから断るわ」
黒い髪を掻くと肩に乗っていた髪が背中に流れた。
「増山が何話すんだか聞いてこいよ」
不良を気取っていたくせ脱色も染めてもいない暗い色の髪をあの男も掻いた。真似すんなよと内心毒づく。
「いや。もうあんたと話したくないもの。岬くんにならとにかく」
「青空はシャイなんだよ。お前みたいなガサツな女と話せないんだ」
「だから、憧れてるんなら諦めろよ」
ふざけた調子で話していたあの男の表情が真剣な表情になる。真っ直ぐな瞳で射抜かれた。それが意味するのは本当に義弟への愛情だけだろうか。司は目を逸らした。何故か知ってはいけないものを確信してしまった気がして目を合わせていられなかった。
「まぁお前にはあの番犬がいるか」
一度だけ口元が緩んだのを見逃さない。安堵だと司は感じ取った。
「もう私の交友関係にまで口出さないで。増山さんと一緒に居たって岬君の話なんてしないよ」
自分が増山の力になりたい理由は彼だけれど。
「あいつはもう海森だ。岬なんて呼ぶな」
「そうやってこだわるけどさ・・・いいや、余計なお世話だね」
途中でいいかけ、家庭の事情に踏み込むべきでないと司は判断しやめた。彼とこの男が別世帯の人間なら言ったかもしれないけれど。
「なんだよ。言えよ」
かわいくもないでかい図体の男が首を傾げる。毛先が反り返った青を帯びた長めの髪がうるさくて司は切りたい衝動に駆られる。
「岬くんのもといた友人のこととか考えないわけ。タイプ違うもんね、岬くんのお友達もあんたには近寄りたくないか」
大袈裟に溜息をついて見せる。あの男は、えっと声を上げて驚いた表情を見せた。どうせ手前の騎士気取りで義弟のことなんて考えたこともないのではないか。もっと罵ってやろうかと思ったが、怒らせて何か起きても仕方ないので、あの男を置き去りに司は教室に戻る。
「ばっかみたい」
独り言を零す癖はないはずだけれど。司の口をついてでた。彼の窮屈そうな雰囲気に気付かないのだろうか。優しい彼は口には出さないだろうし、表情にも出していないだろうけれど。滲み出る窮屈そうな雰囲気が見ていてどうしようもなくなるのだ。そう考えてみて、困らせているのは自分も同じだと唇を噛んだ。
教室に入った途端、彼と目が合った。心臓がいきなり存在を主張し始め、司はすぐに目を逸らした。
2限のチャイムが鳴っても騎士気取りのあの男は教室に戻って来なかった。3限も、4限も。彼はそれを司に問い詰めてはこなかった。司にとっても取るに足らないことだった。昼はすぐに増山が席に迎えにきて、どこか教室以外で食べられる場所を探した。増山は嬉しそうだった。もともと一緒に食べていた友人らにはすでに話がいっているようだ。
「ここでいいかな」
屋上へは鍵がかかっているため、増山は屋上の前の踊り場に司を誘った。
「う、うん」
昨日泣いた場所だ。昨日のことを思い出して、少し気分が悪くなる。
増山が座って弁当箱を包むバンダナを開く。それに倣って司も弁当箱の包みを開いた。夕飯は勝手に駄犬が作ってくれるが弁当は司が作っている。駄犬が断ったためいつも作らないが今日だけは駄犬の分も作った。ほとんど冷凍食品だけれど。
「あのさ」
沈黙に司は気まずさを感じていたが、増山が先に口を開いた。
「昨日のメロンパン、三条さん?」
増山は口にブロッコリーを運びながら訊ねた。白い端に挟んでいたちくわにきゅうりが刺さっているおかずを落としそうになる。どう反応すべきか迷う。そしてその間が肯定していることに気付いてしまい、否定もできなくなってしまう。
「答えづらいよね。ごめんね。でも責めるつもりじゃないから」
ブロッコリーを噛む音が聞こえた。
「ど、どうして・・・」
「うーん、なんとなく。美味しかったよ、メロンパン」
弁当箱を見ていた増山が司を見た。彼が想いを寄せるのも分かる。かわいらしいのだ。顔立ちも目立つかわいらしさではないが、雰囲気も含めかわいいのだ。それをあの男が邪魔しようとしているのか。
「傘もありがとう。本当は傘、私に貸してなかったんでしょ」
司はちくわからきゅうりを引き抜いて口に放り込んだ。
「たまたま帰ろうと思ったら、傘投げつけられてるところ見ちゃってさ」
増山はひじきに手をつけはじめる。
「傘、ありがとう」
司はきゅうりを抜かれたちくわを箸で摘まんだ。
「押し付けがましかったら、ごめんなさい」
傘を投げつけられたときのことを思い出した。彼の困った表情も思い出した。
「ううん。濡れなくてよかった。でも三条さんは?大丈夫だった?」
「大丈夫。友達に傘借りたから」
駄犬の腕の感触をいきなり思い出す。頭を振って脳裏を過った光景を振り払う。少し焦げ目のついた卵焼きを口に入れた。
「三条さんは好きな人とかいるの?」
増山は普段の調子で尋ねた。そんな話ができるほど親しくはないつもりだ。好きな人。好きな人とは何だろうか。
「もしかして岬くん・・・?それとも・・・海森くん?あ、それともこの前教室に来てた隣のクラスの?」
増山は弁当を置き、三条の顔を覗き込むよう近付いた。
「好きな人なんていないよ」
好きな人。言われてすぐに思い浮かぶ人物はいない。噛んでいた物の味がなくなり、急に食欲がなくなる。
「そう、なの?」
「うん。あんまり興味ない、かな」
「なんだ、てっきり岬くんか海森くんかと思った」
まさかこの話をするために増山は自分を誘ったのだろうか。
「増山さんは?」
彼の名前が出るだろうか。彼の名前が出るだろうか。彼の名前が出るだろうか。期待に胸が躍る。
「気になる?」
口を開く瞬間に緊張で胃が疼いた。けれど焦らすようなワンクッションに司は息を忘れた。黙って急かすように司は何度も頷いた。
「ふふふ。私もいない」
増山は前のめりになってさらに三条に詰め寄った。三条は後ろに反る。
「でも強いていえば三条さんかな」
目を伏せ、少し頬を赤らめる増山に眩暈がした。同じ苗字の人だろう。一瞬で正常な思考を取り戻す。他のクラスにも三条はいる。もしかしたら他校かもしれない。
「なんてね」
上目使いで三条を見る。素でやっているのだろうか、女子相手に。
「岬くんのことは、どう思っているの」
何も考えず、そんな言葉が出た。言ってしまってからすぐに我に返った。増山の少し照れたような表情が凍った。何か不味いことを言っただろうか。
「岬くんって綺麗だよね。それに優しいし」
増山は一度だけ下を向いて、それからまた三条の目を見た。増山はまたいつもの表情に直る。司は何度も頷いた。
「声も綺麗だよね。頭も良い」
彼を褒めだす増山の意図が分からず、司は疑問符が浮かぶ。
「でも、それだけ」
一度だけ何か苦いものでも食べた時のような表情をして増山は言った。
「それ・・・だけ・・・?」
「うん、好感は抱いているけど、いいクラスメイトだと思ってるよ」
彼の完全な片想い。胸に刺さった言いようのない刃物。増山は別の人を想っていたのだ。
「そっか・・・そうなんだ・・・」
「どうしたの・・・?」
もう弁当の続きを口に入れる気力は起きなかった。この話はあの男に何をされても言えない。増山を裏切れない。彼にこのことが伝わってはならない。彼を傷付けてはならないのだ。
「ううん。なんでもない」
頭の中の彼の笑みにヒビが入る。だめだ。それは絶対にだめ。




