スカイブルーめろんぱん 5
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駄犬は家まで着いてきた。司は高校生には珍しく一人暮らしだった。駄犬が住み着いてしまったので、一人暮らしではない。
「三条さん、三条さん」
同居人ではなくほぼペットだ。家賃は負担している代わりに家事を進んでやってくれる体のいい奴隷でありペットだ。
「三条さん。この折り畳み傘まだ使えるよ!」
まともに機能しない折り畳み傘で帰ってきたびしょ濡れの駄犬を家に上げたくなかったので司はシャワーを浴びるように言った。髪も乾かさず無地のシャツに水滴を垂らす駄犬にタオルを投げつけた。顔面でタオルを受け取った駄犬は髪を拭きだす。
「そうかい、よかったね」
折り畳み傘を1つしかない部屋の中で広げて丁寧に拭いている。6畳のワンルームには台所に入りきらなかった冷蔵庫や電子レンジも置いてありただでさえ狭いのに2人では本当に狭かった。
「明日からでも使える。やったネ」
「そんな毎日雨が降ってたまるか」
司が投げつけた裁縫セットを器用に扱い、折れた金具に縫い糸を巻き付けたりして修復していく。
「新しいの買えばいいだろ。貧乏くさい」
「三条さんがあれこれ考えて選んだこれがいいの」
「あんたに考えたワケじゃないけど」
「それでもいい」
子どもっぽいガーリーな柄だ。改めて見て司は思った。男子高校生、しかも横道逸れたようなのが気持ち悪いというのも分からなくはない。彼がわざわざ手渡してくれたけれど、それでも敗北感の方が勝っていた。
司は溜息をついて、折り畳み傘をいじりながら情けない笑みを浮かべている駄犬を見た。制服のシャツでは隠れてしまうけれど、今着させているシャツでは隠れきらない首や鎖骨、肩に点々とある傷跡。千切れた右の耳朶。それを見つめた。この男に興味はない。ただ見るところがなかっただけだ。
住み着いてはいるけれど、たまにどこかに行って、帰ってこないこともある。興味がないしできるだけ言葉も交わしたくない。
「どうしたの?」
「うるさい」
目が合ってしまい、司はばつが悪そうにテレビの電源を点ける。胡坐をかいて天気情報を見ていれば、擦り寄るように駄犬が近付いてきて、勝手に膝枕する。上手く畳まれた傘を抱いて寝る姿は滑稽だ。
「おやすみなさい三条さん」
腿に当たる濡れた髪が気持ち悪く、横になった駄犬から離れようと膝を立たせる。
「二度と起きてくるな」
そう言って頭を持ち上げようとしたが、熱っぽい。顔を覗き込むと潤んだ瞳に自分が映り込んでしまい、逃がさないとばかりにとらわれる。頬に触れてみる。温かい。
「だるいとか、頭痛いとかないの」
この駄犬が勝手にやったことといえばそうだが、断らなかった自分に気付いてしまい、司は大きく溜息をつく。
「・・・んーちょっと身体と頭が重い」
いつもと変わらない軽い笑顔だが、いつもよりすこし赤みを帯びている。
「寝てなよね」
「うん。ごめんね、三条さん」
「駄犬め」
鎖骨のすぐ下にあった青い痣を押した。駄犬は眉を顰めて声を漏らした。
「そんなに重そうじゃないから晩ご飯は粥じゃないほうがいいかな。うどんにしておく?」
折り畳み傘を抱き締め直して駄犬は目を見開いた。
「うどんがいい」
「今日だけ甘やかしてやる」
「三条さんはやっぱり優しいなぁ」
「好きに言ってな」
雑に置いてあるクッションを引っ張って枕にし、室内に干してあったハンドタオルを濡らして額に置く。暫くすると寝息が聞こえたが、時々息苦しそうに呻いている。
「十河くん」
寝顔は苦しそうで、こめかみが汗で光っている。
「んっ、んっ」
眉間に皺が寄り、鼻にかかった声が聞こえる。司が思っていたより重い風邪なのだろうか。
「十河くん」
「んあっ・・・あああ・・・」
良平和の腕が上がる。藻掻くような動きに、司はどうしていいかわからず、良平和の手首を掴んだ。もともと手が温かいのではなかったのだ。熱っぽかったのはこのせいか。司は妙な胸糞悪さに襲われる。司の冷たい手を良平和のもう片方の手が包む。
「あ・・・・三条さん・・・・手、握っててもいい・・・?」
「好きにして」
司の冷たい手を引っ張って、熱い頬に当て心地よさそうに笑む。
就寝時の良平和の呻きはこれが初めてではない。だが興味がないので訊かないだけだ。ただ今は体調を崩している分、少しだけ心配になったのだ。
「三条さん」
目を瞑ったまま良平和は呼んだ。返事はしなかった。
「ごめんね」
「寝て」
寝返りをうったときのためにと無理に修復した折り畳み傘を司は良平和から少し離した。
「オレが女神様ならよかったのに」
へらっとした笑いがこぼれる。
「つまらないこと言ってないで」
肩を濡らしてまで女神を傘に入れる忌々しいあのクラスメイトの姿を思い出す。あの男の口が脳裏で動く。きもちわるい、と。俯いた。俯くと視界に良平和が入った。
「オレも・・・女神様のこと好きになってもいいかな・・・」
「アンタが誰を好きでも、わたしには関係ない」
千切れた耳朶に触れてみる。熱い。
「汚い身体だけど・・・好きになってもいい、かな」
ほとんど寝ているのだろう、語尾が段々と小さくなっていく。痣と蚯蚓腫れだらけの鎖骨付近や肩を、良平和が寝ているのをいいことに見る。何をすればこんな傷が付くのか。良平和の緩んだ手から手を放し、しまってあるブランケットを出して冷えないように、けれど雑に掛けた。
あの男が気持ち悪いと言い捨てた傘に手を伸ばしている。「三条さん」
消え入りそうな声で呼ばれる。まだ寝ていなかったのか。司は返事せず視線だけ寄越す。
「ありがとう」
目を細めて笑う良平和から顔を背けて司は夕飯の支度に取り掛かった。




