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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
契り千切る 関ヶ原パロ/現代
43/86

契り千切る 6

 台風が、僕たちが住む地区を襲った。島殿の勤め先は臨時で休日になったらしい。僕が通っている学校も、前日から休校になると連絡があった。

「この雨の中も、殿は元気にやってますかねぇ」

 テレビで台風情報を見ながら島殿が梨を剥いている。

「きっと気にしないでしょうから、元気にやってますよ」

 するすると梨の皮が剥がされていくのを見つめながら僕はそう言った。島殿は紺色の作務衣を着ているが、僕は部屋着を洗濯してしまっているため、あまり好まない灰色のスウェットを着ている。

「会えるといいんですがね」

「島殿、どうやって僕を見つけたんです」

 仮に僕の親友が生まれていたとして、仮にすれ違ったり、視界に入っていたりして、どうやって見つけるのだろう。それすら全て偶然に頼るというのか。

「大谷様の肉体自身を見つけたのは本当に偶然でしたが、大谷様だというのは、なんでだか分かるんですよ」

 島殿が笑う。手元が危ないのではないかと思いながらも長生きしているから慣れているかと根拠のない理由で注意するのはやめた。しかし、この悠長な考えはその長生きからくるのだろうか。

「まぁ、僕がもう自力で歩けなくなるほどのおじいさんになったり、相手がそうなる前に見つかるといいですね」

 僕の記憶の中にいる島殿とは変わってしまったのだ。それとも、戦や裏切りのない時代だからこそ、このような性格になってしまったのか。刺々しい言葉を返す。

「梨、どうぞ食べてください」

 盆の上で皮が剥かれた梨を切り、芯をくり抜いたものから皿に乗せていく。

「いただきます」 

 僕が梨を摘まんで口に入れると、島殿も梨を口に放り込んでまた芯をくり抜く作業を続ける。

「島殿、あの戦のあとどうなって今に至っているのか訊いてもいいですか」 

 島殿と暮らし始めてから、このような質問は今初めて訊いた。この話題に関しては、自ら口を開く気はないのか。それとも話す必要性を見出さなかったのか。前者ならば、それに気を遣えるほど僕は控えめではない。記憶の中で親友はこの男を大絶賛していたが、今のこの男とはほど遠い気がする。長生きしすぎで、どこか緩んできてしまったのだろうか。

 島殿は驚いたように目を見開いた。今しがた口に入れた梨がとても不味かった。そんなような表情だ。

「あ~。そうですよね、まだ話してませんでしたよね。いずれ訊かれるだろうと思っていたので、それまではどう言おうか考えていたところです」

 しゃりしゃりと口内に広がっていた爽やかな甘味が消えたような気がした。

「言いづらかった、ということですか?島殿が話したくなかったのか、話す必要がなかったのか、考えていたところですよ、僕は」

「何というか、話して信じてもらえるかっていうのが理由です。生まれてからもう500年近くなるわけですから、そろそろおかしなことを言っているのではないかと、思われるのではないかと思いましてね」

「貴方がそんなに長生きしていること自体が信じられない事実なのですから、もう大体のことは事実として受け止められますよ」

 一番信じられないのは島殿の変わり様だった。本当に、こんな男ではなかった。もっと切っ先のような男だった。親友の言っていたことを、鵜呑みにしていただけだとは思わない。

「分かりました。それでは左近めがこれから話す奇天烈な」

「奇天烈とはなんです?」

「・・・・・冗談めいたといいますか、奇妙な話を、大谷様が全て信じてくださることを前提にさせていただきますよ」

 全て剥き終わった梨の残骸を掻き集めてから、また島殿は梨を口に入れた。

「一度は死んだのです。今はこうして生きていますが。まだ肩や脇腹に傷跡があるんです」

 雨音が急に強くなってきた。雨戸を叩く音が耳にうるさい。

「そのとき、僕は・・・・?」

 島殿は首を横に振った。島殿が絶命したとき、僕はすでに腹を切っていたのか。島殿は手にしていた梨を全て咀嚼し嚥下してからまた話す。

「大谷様に初めて会ったとき、左近めは黒いキツネだったのを覚えておりますでしょうか」

 僕が頷くとともに島殿が消えて、視界にわずかな煙があがる。

「このように」

 毛並みの悪そうで、耳に傷がある黒いキツネが作務衣の上に現立っていた。本物のキツネを僕は見たことがないが、テレビや本で見るキツネよりは小さく、どちらかといえば成長しきっていないネコのような大きさに思えた。

「左近めがかのような姿になれるのは、妖怪に憑依されているからです」

 黒いキツネの口は動かない。動物は話すための機能が身体にないからなのだと本で読んだことがある。直接島殿の声が脳内でした。

「妖怪?キツネの妖怪ですか?」

 ネコを愛でるように目の前の黒いキツネを抱き上げる。がっかりするほどに毛並みが悪いが、むさいおっさんの姿とは違う鋭いけれども愛くるしい顔立ちに頬ずりしてしまう。何をなさいます、慌てた様子はないが少し怒っているようだった。

「分かりませんね。左近の意識に現れたのは黒いキツネでしたが」

 キツネの特徴的な尻尾を触っていると手を尻尾で弾かれた。

「殿が随分と前に倒した妖怪だそうで。寺もあるんですよ」

 島殿のいう「随分と前」は100年単位だろうな、と思いながら話を聞いていた。そういえば親友は、「この前妖怪倒した」的なことを言っていたような記憶を取り戻してくる。そう考えると、ひとつ引っ掛かったが、島殿の言葉に耳を傾けているうちに忘れてしまった。

「確か退魔寺・・・といったでしょうか・・・?もうあの地は何年、何十年と訪れてはおりませんのでな」

「ああなるほど。そこで佐吉に倒されたのが、このキツネか」

 黒いキツネの両手の付け根に親指を回し、目線近くまで持ち上げる。じーっと黒い毛の中から僕を見つめる。下ろしてくれ、と訴えてきているのが分かる。

「佐吉、までは思い出されたのですな。今まで殿を三成だとか彼だとか呼んでましたが、当時はずっと佐吉とお呼びになってましたよ」

 島殿に言われてまた、何かが引っ掛かる。それが何なのか。解消しきれない気持ち悪さがのしかかってきた。

「この妖怪は、まだ殿を恨んでいるようで、左近に憑依したようですな。それでも、殿を見つけることが出来ず・・・・」

 彼の首が落ちたと続くのだろう。僕は黒いキツネを下ろした。いつの間にか、雨戸を叩く雨の音が小さくなっていた。

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