探す覚悟を決めて
「島殿」
僕は島殿を呼んだ。てれびを観ている黒い、毛並みがいいとはいえないキツネは僕の方を向いた。
「はい?」
「今日は冷え込むらしいので、布団を出したいのですが」
生まれ変わってから、この身体の歳は2桁いって少し、というくらいの僕には厚手の布団をタンスから出すだけの背丈がない。
「分かりました」
島殿は、もともとは人間だ。彼は今まで生き永らえている。「顔も知らない親友」と別れた戦場にいたころには60過ぎだった記憶があるのだが、今の彼は40代後半くらいだろうか。
「そんなにじろじろ見ないでくだされ。あっち向いていていただきたい」
硬そうな毛並みの黒いキツネが僕を睨んだ。
「ああ、ごめんなさい」
僕は島殿に背を向ける。この身体になって初めて島殿と出会ったときは、確かキツネの姿だった。当時はキツネが話していることに対しての驚きはなかったが、自分の立場を理解してから、このキツネになる島殿に驚いた。
同居を始めてから暫く経つけれど、いまだにそのカラクリを知ることは出来ない。訊こうにも、訊いてはいけないような雰囲気を感じ取ってしまったのだ。
「これでよろしいですかな?」
キツネから人間、人間からキツネに化けるところを見られたくないようだった。裸体を晒すに等しい、という解釈でいいのだろうか。
「ありがとう」
2人分には少し広いくらいの居間。窓から差し込む橙色の光。人間の姿の島殿の額も光っている。
島殿から厚手の布団を受け取ろうとしたが、島殿が首を振ったので、おそらくは運んでくれるのだろう。
本当は、布団の話なんて別にどうだってよかった。話掛けようか迷っていたら、島殿を呼んでしまっただけなのだから。
「何故、昨日が、僕の親友の命日だと、教えては下さらなかったのです?」
厚手の布団を寝室に運ぶ島殿の背に問いかけた。本当にしたかった話が、このこと。
寝室に布団を置くために屈む島殿。無視するつもりか、と思った。しかし間を置いてから島殿は振り向いた。長かった髭を剃られた顔に驚いた様子はなく、ははははは、と笑った。そして口を開いた。
「御存知でしたか」
「買い出しの折に、本屋で調べてきたんです。何故島殿があのように念仏を唱えているのか。約2週間前は僕の命日だったではないですか」
「世間的に左近が死んだ日でもありますがね」
「何故僕に教えてはくれなかったのです。質問に答えられよ」
傍からみたら、駄々っ子のようだろうか?島殿を困らせているのは表情から伺えた。
「大谷様は、おそらく殿は、関ケ原で・・・・と思っているのではないかと思いましてね」
その通りだ。自刃するようなヤツではないと記憶しているが、実際は分からない。本人にその気がなくても、そうしなければならない時代だったから。
「殿を生かすつもりで、死にに行ったつもりだったのですがね。拙者が生き延びてしまった・・・」
「彼は、処刑されたそうですね。柿の話も、調べましたよ」
「・・・・黙っていて、すみませぬ・・・」
「柿はね、食べ過ぎなければ、別に痰の毒ってこともないし、腹痛起こすことなんてなかったんだって」
僕は、「大谷様」の仮面を剥いで、「大谷様」を思い出す前に戻る。親友を悼みたいなら悼め。僕と一緒にいる理由は、昨日悼んでいた親友を探すためだろうが。
「・・・・って、教えてあげるよ。会えたらさ」
今の顔も知らない親友に会いたかったから。自分の知らない自分に出会いたかったから。だから島殿についてきた。
当時は、今の顔も知らない親友や僕より20くらい年上で、頼もしくもあり若干煙たかった島殿が、とても頼りなく、弱々しく見えたのだ。
「大谷様は、あの時と変わらず、しっかりしていらっしゃる」
立場が立場であったから。目も見えず、己の力で歩くことも出来ず。そんな自分についてくる者がある限り、ついてこさせる限り、気丈に振舞わなければならなかった。
「かのような、情けない姿を晒したくはなかったのです。大谷様とともに殿を見つけるという話は、本当に拙者の望みです。願いです。そのために400と少しを生きてきました。ただ、同時に不安でもあるのです」
島殿は笑いながらそう言う。こういう男ではなかった。400年と少しの長い時間が、島殿を変えてしまったのか。
「自分の正体を知ってしまったときから、しっかり自分で調べるべきでしたね。当時者でありながら、推測や妄想に過ぎない書籍に頼ることに、意地を張っておりました」
頭を深く下げて、僕は夕飯の支度に向かう。
これという理由もなく、意地っ張りで胃だったか腹だったかが弱かった親友を思い出すと、腹が立った。




