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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
契り千切る 関ヶ原パロ/現代
39/86

だいたい400年前のあの日の今日

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 隣の部屋から、念仏が聞こえる。朝からずっとだ。同居人の部屋の戸を少しだけ開いた。僕は普段はヒゲを伸ばしたまま、あまり服装に気を遣っていない彼の、意外な一面を見ることになる。



 僕は現代に於いてなら、もともとは孤児だった。そんな境遇を変えたのはふと現れた黒いキツネ。それ・島殿は、僕の「顔も知らない親友」の臣下。けれどそれは、400年と少し前の話。現代の話しとするならば、島殿は僕の養父ということになって同居している。島殿は、400年と少し前に死んでしまった僕や、「顔も知らない親友」とは違って、400年と少しの間、生きてきたと言っていた。



 長かった顎鬚を剃り、しっかりと純白と着物を着込んだ島殿が座って、口だけが動いていた。

 話掛けていはいけないような雰囲気に僕は、除いていた戸を閉める。

 島殿とは、アパートを借りて暮らしている。一緒に契約をしに行ったから、それまではどこでどうして暮らしていたのだろうか。肉体的な年齢なら島殿の方が圧倒的に年上であり、肉体的な年齢だけなら、年が2桁いったのかどうかという僕に様付けで呼び、丁寧な口調で話すのは滑稽であった。

 何の手がかりもなく、島殿はただ、生まれ変わってしまって顔立ちも性別も、出身地も分からない人物を探す気でいるようであった。それにくわえ、生まれているかも分からない。人間であるのかも。僕に出会えたのは、本当に偶然といってもいいのではないだろうか。

 僕は時計を一瞥し、夕飯の買出しをしてこようと溜め息をついた。

 島殿が念仏を長時間唱えているのは今日だけではない。カレンダーを見遣って数えると大体2週間ほど前。昔はカレンダーなんて便利なものはなかった、と思った。


「大谷様」

 背を向けた戸が開いて、僕を呼ぶ声。

「はい?」

「殿が見つかるまでは、この日は、来年も再来年も、そのまた翌年も、断食致しまするゆえ、左近めの食事の支度は・・・・」

 肉体的年齢のせいで、現代に於ける義務的な教育を受けねばならない僕は帰宅すると、買い出しに出掛けるのが日課だった。島殿は、平日の今日は勤め先を休んだようだ。

「作るだけ作っておきます。食べないのでしたら、後日に回しますから」

 今日はそういう日なのか。僕は何も知らない。島殿も話そうとはしない。島殿と出会ってから暫く経つけれど、あまり過去に関わるような会話は避けていたようにも思われる。僕が、記憶にとても焼きついていた小僧の名を聞いて、記憶を取り戻したからだろうか。

「かたじけない」

 島殿はそう言ってからまた部屋に戻り、念仏を唱えだす。

 島殿とこの身でとても長い間いたというわけではないけれど、島殿が強い関心を向けるのは、僕の親友であり、島殿の主である者のことだけ。つまり今日は、その者に関わりがある日。なんなのだろう。誕生日。いいや、当時はそんな概念はなかった。出会った日だろうか?どこかピンとこない。命日。彼は関ケ原で散ったのではないのか?ぐるぐると考えながら玄関から出ていった。


 この姿で食材の買い物はおかしいのか、よく人目を引いては、老婆というにはまだ若いくらいの女性から声を掛けられる。昔は病から、白い布で目元以外を覆っていて、人目を引いた気がする。目が見えなくなってしまったから、気配で察するしかなかった。生まれ変わって、健康的な身体になってよかったと思う。歩けるというのは、いいものだ。昔の僕は、その病で歩けなくなってしまったから。

 島殿は食べないというし、簡単に作れそうなものだけを買って、少しこのスーパーからは離れた本屋に向かった。親友の名前は覚えている。顔も、覚えてはいるけれど、今現在の彼の外見は知らない。

 何でもいい。石田三成の本があれば。今日は何の日なのか。

 当時を生きていた僕よりも、当時を知らずに推測した人たちの本を頼るしかない、というのがつまらない冗談のように思えた。


 それらしい題名の本を適当に引っ張りだし、開く。


 月日だけなら、今日の日付が、印刷されていた。

 親友が、処刑された日だったのだ。

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