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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
朱の洋館 R-15/ホラー
31/86

朱の洋館 9 R-15

***

 

 僕は、家にいた。祖父母の家ではない。一時期、兄と、父母と同居していた家。兄の部屋にあるベランダからは、柿の木が見える。

 あの柿は、食べられない。食べようと思ったことはない。毎日目にしておきながら。

「ただいま」

 兄の声が聞こえた。1階の玄関が開く音とともに。

「おか・・・・えり・・・」

 反射的に言葉を返す。その言葉は、下の階に聞こえるはずもないくらいに小さく、濁っていた。

 眉間に皺を寄せて、兄の部屋を見渡した。龍宮先輩もいない。白い腕も。

 けれど、まだ幼い僕なら、そこにいた。

 ベランダへのドアの前に山になった洗濯物。この中にある、友人から借りたハンカチを返そうと。

 兄の部屋の前にある階段から足音。登ってきている。自分はどうすれば、と隠れるところを必死に探した。あの時の自分とは違う。あの時の自分は、兄など恐れるのは足らないような存在だった。

 隠れられるところなんて、なかった。

 兄の部屋のドアがギィィっと軋んだ。あのドアは、こんな不気味な音がした。

「しん・・・・・・や・・・・・・・」

 深夜。名前の意味を知ったときから、自分が親から愛されていない気がしていた。真っ暗な中で、消えてしまえと。静かななかで、孤独に消えていけと。そんな風に言われている気がした。

 色白い病気みたいな顔をした。ほぼ作りが似ている兄。汚れた学ラン。くしゃくしゃの髪。痣のある目元。切れた唇。今となっては忌まわしい存在

「しんや・・・・・・おかえり・・・・・」

 兄だけは、自分を見る。兄だけは。本当に、兄だけは。

「また・・・・・・殴られちゃったよ・・・・・・」

 兄は、何も言わない。自分の今の背丈、髪、顔立ち、眼鏡、服装。僕は見えていないのか。

 けれど、あの幼い僕を、兄は見つめている。


 


 あぁ・・・・・あの時も、こんなことを言っていた・・・・・・・




「しんや・・・・・・しんや・・・・・・」

 虚ろな目をして、兄は僕を抱きすくめる。

「兄貴っ!」

 あの時と同じ言葉が、聞こえた。あの時の幼い僕の声で。吐き出すような声で。

「しんやまで・・・・・俺を拒絶するの・・・・?」

 切なそうな表情で、あの時の僕の顔を覗き込んでくる。

「しんや・・・・・・しんやにだって、俺しかいないんだよ・・・・・」

「あきらにいっ!放せよ!」

 兄の腕の中で、あの時の僕が兄を拒絶した。

「しんや・・・・・悪い子だね・・・・・・・!」

 兄があの時の僕を殴る。殴られて、尻餅をつく。その体勢のまま、兄に蹴られる。

「あきらにぃっ!」

 そのまま倒れ込むあの僕に乗っかり・・・・・・・・



「父さん、母さんに言ったら、どうなるか・・・・・・分かってるよね?」


「俺たちはね、汚いんだよ・・・・・・」



「好きだ、好きだよっ!しんや!」

 気持ちが悪かった。もうそれしか思い出したくない。僕は、あの光景までも見せられるのかと思うと、目を瞑って、耳を塞いだ。そうするほかなかった。暫くして、雑音が止む。ゆっくりと目を開けた。ほぼ裸の状態で動かなくなった僕を、兄がまた抱きしめる。


 フラッシュを焚かれたときのような瞬間的な光が視界を覆う。



 次に広がった光景は、また、兄に肉体的にも、性的にも暴行を受けるあの時の僕。1ヶ月くらい、爛れた関係は続いていた気がする。走馬灯のように流れる記憶と光景。やがて、光景が落ち着く。


「しんや・・・・・君が男の子だから・・・・・いけないんだよね?」

 これは、そう。あれだ。僕と兄との関係が壊れたときの。

 腕を縛られた幼い僕。枝切りバサミを持った兄。

「しんや・・・・・・・・俺のお嫁さんにしてあげるからっ・・・・!」

 狂っている、なんて言葉はあの時はまだ知らなかった。今思えば、兄は狂っていた。そして「恐怖」だった。

 


「かあさあああああああああああああ」

 

 大声で母を呼ぶ。母でなくてもいい。誰でもいい。誰かを。泣き叫んで。

 


 兄の部屋を開けたのは、父。兄に駆け寄ったのは母。母は、自分を、慰めてくれるのかと思っていた。父は、自分を助けてくれるのかと思っていた。


 兄は、母に幼い子のように抱きすくめられていた。そして僕を罵るだけ。

 父は、縄から解かれた僕を殴った。


「お前がアキラを唆したんだろう!お前が!」

 

 



  くだらない。可愛いほうに、善悪を委ねる。その在り方。








 僕は、殴られた頬を擦って、よろよろと立ち上がり、兄の手から離れた枝切りバサミを手にした。

 視点が、「あの時の自分」になっていたことにも気付かず。

 自身を睨む父の腹に、枝切りバサミを突き刺す。

「がぁああああああっ!!!あが・・・・っ」

 奥まで突き刺す。涎で汚れた父の顔。

「きゃーーーっ!!!!!!!!!!」

 母が、口元を押さえて、悲鳴を上げた。

 父の腹から枝切りバサミを引き抜く。噴水のように血が噴出して、床を汚す。

 母が、目を見開いて城崎を見つめた。心地良い。それが。それだけなのに。

 母が兄を覆うように庇った。

「深夜・・・・・・!いやよ・・・・・!やめっ」

 責めるような表情の母。彼女の首の端を狙い、再び突き刺す。スプラッター映画でないと見られないような、血のシャワー。母はばたりと倒れた。母のそんな姿を見ても、兄は青白い顔のまま、僕を見て笑う。

「美しいよ・・・・・・!しんや・・・・・・・・俺から・・・・邪魔者を消してしまうなんて!」

 母の血で汚れた顔で、そんなことを言った。

「はははははははは!しんや!これで2人きりだ!もう邪魔者はいないんだよ!これで自由なんだよ!!!!!!!!!!!美しいよしんや・・・・・・綺麗だ・・・・・・!」

 兄は、そう言って、僕に抱きついて


  「血にまみれたしんやはっ!」







    僕の首筋を噛み千切った。




****

 私の担任の大原先生は、熱心で生徒想い。教え方は上級者向けで、少し不器用だけれど、とても頼れる先生。

 隣のクラスの担任の樋口先生は、 教え方が上手い。けれど、暴力的で、すぐに暴言を吐く。苦手だ。隣のクラスだから、怒鳴り声とかよく聞こえる。

 私は周りが思っているほど真面目ではない。課題は出したり出さなかったり。周りと比べて、特別な事情があるわけでもないのに勉強時間がかなり少ない。志望校も決まらない。やりたいことも見つからない。

 何なく学校に通い、何となく授業を受けている。周りの子たちはそうじゃない。真面目に学校に通い、真面目に授業を受けている。


「てめぇ!なめてんのかっ!」

 樋口先生の教科の授業で、私は怒鳴られた。たまに機嫌で怒鳴り散らしているのではないかと思う。

 理由?余所見していたから。

 樋口先生は教卓を、細い棒状のマグネットで殴った。私を殴ればいいのに。私が女だから?男子生徒なら殴っているくせに。

「・・・・・いいえ」

 なめているのか、なめていないのか。訊かれているのだから答えなければ、と。

「何がしてぇんだよ!?外見てぇのか?」

 余所見して、そこまで怒られるものなのだろうか。ああ。私がこのクラスで、いや、この学校で、場違いなのか。

「特に何をやりたいってことはないです」

 この学校で場違いなのなら、私はここを辞めるべきなのだろうか。場違いなのは、いてはいけないのだろうか。

「じゃぁ、何なんだ!?」

「・・・・・・・・・もう、先生の授業には出ません」

 肩を大きく落とした。がっかりだ。ただ教え方だけはよかった、ただ怒ると怖いらしい、ただそれだけの先生。怒鳴り散らしているだけで、それが怖いだけの先生。

 

 受験必須科目だから、この授業を受けないとすると、かなりの痛手を負うのは分かっている。週5日あるうちで、7時間もある授業だ。

 けれど、受験でさえ、私には別に、どうでもいいこと。

 クラスメイトの視線が集まった。

「ああ。分かった」

 授業を、抜け出した。涙が溢れた。悔しかった。涙が止め処なく溢れた。どうして余所見だけでそこまで怒られるのか。自分が悪いのか。悪かったとしたら、 ほんの少し。先生の話なら聞いていた。何の話をしていたのか。あの部分は理解しきれている。教卓を殴るほど怒ることでもない。

 チャイムが鳴り、行くあてもない私は教室に戻った。クラスメイトの対応は変わらなかった。

「龍宮すげぇな。樋口とか普通怖くて逆らえないでしょー」

 幼馴染みの男子が私に笑いかけた。

 高校で出来た親友・高木さんも、普通の反応で接してくれた。高木さんは、大原先生の大ファンだ。どこからどこまでが本気なのか分からないくらい、大原先生が好きなようだ。

「龍宮、大原、呼んでるぞ」

 教室の外から私を呼ぶ大原先生。

 職員室の横の生徒指導室に呼び出された。

 男性というものは、ふと怒鳴りだすものなのか。樋口先生の怒鳴り声を思い出すと、身体が力んだ。

 樋口先生が事の成り行きを大原先生に言ったようだ。

 大原先生は事勿れ主義だとその時初めて思った。私が樋口先生に謝ればいいと。我慢して授業に出ればいいと。私はそれを拒否した。謝るつもりは無いと。授業にはもう出たくないと。

 大原先生にそれで、呆れたわけではなかった。ドラマみたいな熱血教師なんてそういるものじゃない。事勿れじゃない方が少数派だ。それが普通なのだから。大原先生を見限ることこそが、おかしい気もしたから。

「先生にわがまま聞いてもらう代わりに、余所見したことだけは謝りますよ」

 本当の謝罪の気持ちなんて全く無い。「謝れ」と言って謝らせた言葉に、何の価値があるだろうか。ただ、そんなものでも、先生の気持ちを汲むことが出来る。

 謝ったときの樋口先生は「俺はお前らに勉強面で後悔して欲しくない。絶対俺の言ったことは役に立つ」。

 さいですか。けれど私は、授業に出ないことだけ念を押した。嘘だ。あとづけだ。それらしいことを言えば、生徒が全て納得したと思っているのか。この先生 は結局最後まで私の名を呼ぶことはなかった。きっと自分の担任持ったところでないと名前なんて覚えないのだろう。そんな風に思えた。

 

 そうして樋口先生の授業には出ないことになり、同じ教科担当なのだけれど、私のクラス担当ではない大原先生が私の勉強の調子を見てくれた。他にも、今後の私の進路。朝、昼休み、放課後。

 私は大原先生に特別な感情は抱いていないし、大原先生だって、きっとそうだろう。

 

 ある日の放課後、大原先生のもとへ、また勉強面で相談があり、職員室に向かう渡り廊下を歩いていた。

「龍宮ぁ!」

 背後から物凄い調子で名を呼ばれた。高木さんの声。私は振り向いて、笑い、手を振る。

「ばいばい」

 もう帰るのだろうか。高木さんは私が手を振ったことに応じることも無く、私に向かって走ってきた。


 首に何か刺さった。どくっと、そこだけが大きく振動し、熱くなる。

 息をするにも焼かれたように喉が熱く、暫く息を止めて、我慢して吐いた。

 床が赤い。いつの間にか生理になったのかと焦った。けれど違う。鼻血かと思う。けれどそれも違う。


「大原先生に気に入られちゃって!」

 違う。


「あたしが大原先生のこと好きなの知ってるくせに・・・・・っ!」

 知ってたら、関わるなって、言うのかな・・・・・・・・?


 これが、親友か?これは友人か?知人か?あかの他人か?


 高校からの友達じゃ、親友って言わないのかな。

 「さん」付けしてちゃ、親友って言わないのかな。



 



****

****

 ショータは少し、女の子っぽかった。妹からもらった大きめのマスコットがついたキーホルダーをペンケースに入れていた。

「あー、ショータくーん、いけないんだ~」

 わざとらしくショータにそう言って、それを奪い取ったのはクラスで一番うるさいリューだ。

「やめとけよ、リュー。先生来るぞ」

 オレは先生が苦手だ。先生に怒られると必ず親に連絡がいく。

「いいんだよ!」

 リューがショータのキーホルダーを他の男子に投げた。

「やめてよぉ!返してよぉ!」

 ショータは投げられたキーホルダーを追うけれど、男子が別の男子へとそれを投げ渡してしまうため、なかなか返してもらえずにいる。

「おはよーございまーす!」

 快活な朝の挨拶と共に、明美先生は教室に入ってくる。

「おはよーございます」

 明美先生の声に、みな席に着く。活発で、生徒想いで、優しい。そんな明美先生は妊娠している。

「リュー」

 明美先生に聞こえないような声で、リューを呼ぶ男子生徒。

 最終的にマスコットキーホルダーはリューのもとに回ってきた。

「どうするんだよ、それ」

 リューの隣のオレは、リューを小突く。

「返さないに決まってるだろ」

 リューは救いようのないくらい底意地が悪かった。それがまたオレが彼と一緒にいた理由でもある。

 数日前に、この近隣で子どもがダンプカーに跳ねられたというニュースを見た。自分と同い年の男の子。跳ねられたまま植物状態になったという。そして、それは交通事故ではなく自殺かもしれないという話もあったとか。けれど結局は交通事故ということで処理されたらしいけど。



 あのときのオレはそんなことも少しは考えていたのか。



 放課後、クラスの男子で理科室に忍び込んだ。

 ガスバーナーはガスの元栓がつかなくて、アルコールランプを使ったんだっけか。

 マスコットキーホルダーをランプで炙るように、小賢しい手紙を書いて呼び出したショータに見せ付けた。

「返して!返してよぉ!返してぇ!」

 ショータの声に、良心が傷まなかったわけじゃないのに。

 今更の言い訳をいえるのなら、集団心理だったんだと思う。

「リュー」

 オレはただ主犯の名を呼ぶだけ。どういう気持ちでリューを呼んでいたのか、今となっては分からない。

 ショータはキーホルダーを取り戻そうとアルコールランプに向かっていった。キーホルダーを持っていたやつの肘がぶつかって、アルコールランプは転倒。焦るオレと、ショータ。どさくさに紛れてリューや他の男子たちは理科室から出ていってしまった。

 理科室の机は燃えないように出来ているらしいが、大きく焦げ目がついた。

 ショータが、少し焦げ目のついたマスコットを見つめて泣いた。

「ワタル・・・・・・どうすればいいのかな・・・・・・」

 ただ見たかった。この負けっぱなしの犬が、勝者を底に突き落とす場面が。

「精神的に追い詰めちゃえばいいんじゃない?」

 理科室の奥にある理科準備室に向かうと、大きなナタがあった。植物でも刈るんだろうか。

「え・・・・?」


「これで、指切って、送りつければ、認めてくれるよ」


 どうしてオレはあんなことを言っているんだ?



 オレは鉈をショータにちらつかせた。以前、リューにカッターナイフで首を切られてから、刃物の類に怯える。

「待って。 待って。 お願い 待って」

 ショータは首を振った。

 カッターナイフで首を切られたとき、オレに怪我を負わせたことに負い目がある。

「早くしろよクズ!」

 


 オレは目を見開いた。オレは本当に、こんなことを言ったのか?



「てめぇはそうやってずっとリューの奴隷やってればいいんだよ、っバーカ!」

 鉈を落とす音が理科室に響いた。うずくまって、縮こまっているショータを見ていると腹が立った。なんで、どうして、何もしないんだろう。だから助けてもらえないんだ。

「片付けとけっ!」

 オレは荷物の置いてある教室に戻った。明美先生と、他の生徒が戯れている。端で、ひそひそとリューたちが話しこんでいる。

「ワタル・・・・・・・覚悟、ついたよ・・・・・・」

 ショータの声に振り向く。

 ショータが鉈を持って、オレの首を刎ねた。殴られたときの衝撃に似ていた。鉈の重さに、身体は耐え切れず、床に叩きつけられた。子どもの力で頭が吹っ飛ぶなんてことはなく、中途半端にくっついたままだった。その後耳に届いたのは明美先生の悲鳴と、他の生徒のどよめき。

「ふざけんな!」

 リューの声。

「ワタル・・・・っ!やっぱり怖いよぉ!」

 鉈が再び、床に叩きつけられる音。首が千切れそうなオレの身体を揺さぶる。視界が揺れた。

「お前も、こうしてやる!!!」

「やめ・・・・・・・なさいっ!・・・・・・・リュー君!」

 やっと声を出しているという調子の明美先生の声。赤ちゃんに響かないといいな、なんて思いながら。 

「いやぁああああああああああ!痛いよ!痛いよワタルぅうううううううううううううう!」

 何が起きているのか、首がしっかりくっついていないオレには見えなかった。


「きぃゃあアアアアアアああああああああああああああ!!」

 明美先生の悲鳴とともに、視点が変わった。

 明美先生の腹を突き破って、まるで孵化した蝶が羽を伸ばすように、身体中血塗れのオレが生まれる。

 周りの生徒がオレを見て、泣き喚いた。驚いた。過呼吸になりだすやつもいる。そんなことも気にせず、オレは鉈を振り回しているリューと、それに怯えるショータのもとに歩いた。

 小さいオレの、首の千切れかけた死体に唾を吐く。

「奴隷は支配者には勝てないんだよ」

 リューから無理矢理鉈を奪い、リューとそのグルの首を刎ねていく。驚く暇も無い。

 一番驚いたのはオレだ。こんな簡単に、首が刎ねられるなんて。

 いい感触だった。骨を断ち切る抵抗感も。

 明美先生のもとにいた生徒の首も次々と刎ねた。

 クラスメイトが苦しんでるのに何もしないような、むしろ加担しているような奴等だ。こうして先生にだけいい子ぶりやがって。

 何の躊躇いもなくなった。

 テニスのボールを打つような、バドミントンのシャトルを打つような、卓球のピンポン球を打ち返すような、野球のバントとは違う、重くないけれど心地良い抵抗感。


 ふと目に入った窓に映った自分は、あの頃の自分じゃなくて、今の、オレだった。



「だから、オレが守ってあげる」






*****

*****


昔から人とは距離を置くように言われていた。俺が人と一緒にいるのは、危険だから。

 リビングで課題をやっているときのこと。

「敬輔、お前はあまり、人と関わったら、だめよ」

 母が祖母の遺影を見つめて、そう静かに言った。洗濯物を畳みながら、昼ドラを見る母。そんな母の背中に視線をやった。CM中だった。

 昔から言われてきたこと。幼いときからずっと。今日の夕飯はカレーよ、くらいな調子で、「人と関わってはだめ」と言う。

「うん」

 聞き飽きた言葉。和泉家は呪われているらしいから。

 母方の血筋は、霊感があるらしい。そんな中で俺がは霊感がないんだと思う。霊なんて見えないもの。

「友達作るんもいいけどね、傷付くのは敬輔なんだよ」

 それも分かっている。中学時代はほぼ孤立していた。中学は公立だったから、俺の家系的なことを知っている人が多かった。いじめらそうにはなったけれど、俺を、いや、俺の家系を恐れていじめられることはなかったけれど、友達という友達はいなかった。

「母さん、病院に行かなくちゃ」

 兄さんが俺を庇って、交通事故に遭った。後遺症で右半身が動かなくなってしまった。

 高校では沢山、友達、できたのに。いとこもはとこも、みんな厳格な人たち。本家も分家も。うちは分家だけれど、他の和泉家たちと違って、まだ緩いほう。きっと俺がどうしようもないからなのだろうか。

 親戚に霊能者や除霊師、霊媒師なんてたくさんいる。けれどそんなものは胡散臭い。

 霊とかお化けとかそんなものは嘘っぱちだ。

 どうしようもない俺に、祖母がペンダントをくれた。青いペンダント。綺麗に光る、青いペンダント。これも胡散臭い。嘘だ。俺の年齢には会わない古臭いペンダント。信じていない俺は机の奥にしまっただけ。

 


  いいかい ケイスケ。これをもらったことは 誰にも言ってはいけないよ




 祖母の言葉は、・・・・けれど信じた。



  ケイスケが一番優しいから これを託せる・・・・・



 そっちの道ではどうしようもない俺に、死に際、祖母はそう言った。俺はそっちの道ではどうしようもない落ちこぼれ。真面目に生きていたつもりでいたのに。いとこから、はとこから、バカにされる。




  ケイスケ これは 人を 鬼にするんだよ・・・・・



 ただの青いペンダントのくせに。

 布団と布団の間から伸ばされた皺くちゃの皮だけの手に握られた、青いペンダント。銀色のチェーンが気に入らなくて、革の紐を通したんだっけ。




  どうして、俺に?



  ケイスケが一番優しくて 強いからだよ・・・・・



 ペンダントを託される少し前の話。

 車が激しく行き交う車道を渡ろうとする少年がいた。だから止めようとした。それが地縛霊なんて知る由もなく。


  ケイスケ!!!


 兄さんの叫ぶ声。兄さんに抱かれながらアスファルトに叩きつけられ、滑った。脹脛ふくらはぎの側面の肉がぱっくりと裂けていた。痛かった。けれど兄は血塗れだった。どこもかしこも裂けていた。

 あの少年を見ると、彼は車道を横切って、数メートルで消え、また現れては車道を横切って、数メートルで消えるという、ビデオの巻き戻しのような動きをしていた。

 普通の人なら、あんなものは見えないんでしょう?



「母さん、俺も行く」

 母さんの車に乗って、病院に向かう。

 その途中のコンビニで、クラスメイトがいた。たった一人で、黒い霧を背負って。

「ごめん、母さん!下ろして」

 嫌な予感がした。あのクラスメイトとはあまり親しくないけれど。

「部活の先輩の妹なんだ」

 母さんは何も言わず車を停めた。母さんは「友達を作るな」と言うけれど、それは結局、和泉家の暗黙の了解。

 

 天城さんという。コンビニにいたクラスメイトは。入学して2週間ほど。あまり異性とは話したことがない。

「天城さん」

 天城さんの背後に黒い霧。それを気にする人は、誰もいない。駐輪場にも駐車場にも、、人はいるのに。俺以外には誰も気にしない。

 この黒い霧は嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。

「・・・・・・・貴方は和泉君だっけ・・・・?」

 大きい瞳。生意気そうな印象を受ける。髪は長く、背が高い。入学式のときから男子の中では噂になっていた美少女。

「うん。天城さんは、こんなところでなにしているの?」

 天城さんの背後の黒い霧が人の形になっていく。この子は、事故に遭う。

「あたし?あたしは、今帰るところ」

 レジ袋を俺に見せて天城さんは笑う。

 どんな事故に遭うかは分からないけれど、この黒い霧をどうしていいのか、俺には分からなかった。


 そうして天城さんの笑顔から顔を背けた直後、背中から物凄い衝撃を感じた。

 ばきばきとか、ぽきっとか小気味のいい音が身体から響いた。

 ばりばりばりばり、と、コンビニの窓ガラスの割れた音。棚が倒れた。

 おかしい。だって、俺も天城さんも、外で話していたはずなのに。俺は地震の直後のように棚が倒れ、商品がばら撒かれ、ガラスの破片で埋もれた床に倒れている。

 腹の奥から熱いものが込みあがってきた。

「あがっ・・・げふっ・・・・!!」

 胃酸を吐き散らした。鼻血も出ている。

「うがっ・・・・・ふぅっ・・・・・うぅう・・・・・」

 後頭部を内側からノックされているような感覚にまた気分が悪くなり、嘔吐する。

 下半身の感覚がない。右腕は変色し腫れ上がっている。

「和泉君!」

 天城さんの声が聞こえた。

「てん・・・・・・じょ・・・・さ・・・・・・」

 天城さんが俺を覗き込んだ。無事そうだ。

「だい・・・・・・・じょ・・・・・・ぶですか・・・・・」

 天城さんは笑った。かわいいなって思う。無事でよかったと思う。

「大丈夫だよ。和泉君は・・・・・?」

「だい・・・・・・・じょ・・・・・・うぶ・・・・・・」



「それは、残念ね」




 天城さんのかわいらしい笑顔が見えて、消火器みたいので殴られた。


 ばきっと頭蓋骨が割れたような気がした。







  車を停めてもらったこと。天城さんを助けたいと思ったこと。

  別に、

  後悔はしていない。だってこれが、和泉家の運命なんでしょ。






********

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