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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
朱の洋館 R-15/ホラー
30/86

朱の洋館 8 R-15/軽度の近親相姦・同性愛描写

※同性愛・近親相姦の描写が軽くあります


***********


*



「すみません、龍宮先輩」

 渡島と天城と別れて、すぐに城崎は龍宮に謝った。

「え?何かしたっけ?」

 龍宮はびっくりしたようだった。謝ることならあるけれど、城崎に謝まられることに覚えはない。

「いや、あんな風に言っちゃって。龍宮先輩が苛立っているように見えましたから」

 城崎はにこっと笑った。

「ああ。ううん。私もあんなこと言える程、立派でまともな人間じゃないんだけどね。寧ろ、私の方こそごめんね」

 そう言った龍宮の顔を凝視して、城崎はまた訝しい表情を浮かべた。何も言わず、ただ、怪訝そうな顔を龍宮に向ける。龍宮が首を傾げると、我に返ったように、はっとして笑う。

「そうですか。怒っていなくて、よかったです」

 城崎の笑みは綺麗だと龍宮は思った。顔立ちがもともと綺麗なのもある。けれど儚い。

「・・・・・・・渡島君も、天城君も、城崎君も、大変だね」

 彼等を理解したつもりは微塵もない。ただ自分は彼等の部活のマネージャー。それ以外の側面に対し、触れることはほぼなかった。けれど、ここに来て、数時 間。何となくだが、知らなかった部分を垣間見た気がした。いつもクールな渡島が弟のことで特別な表情を見せたこと。いつも元気で、楽天家に見えた天城が、 自分を卑下し、苦悩していること。いつも爽やかな笑みを浮かべる城崎が、天城の過去に拒絶を示すこと。

「龍宮先輩」

 城崎はふと真っ直ぐ前を見据えて、立ち止まる。龍宮も何かと思い、立ち止まった。白い壁はうねうねと続いた。曲がり角がやたら多い。特撮の戦隊モノの基地の廊下のような、造りになっている。靴の裏が床にぶつかる音は小気味よかった。

「はっきり言って、僕は龍宮先輩に大した信頼は置いていません。けれど、それは龍宮先輩だからではありません。僕は他人そのものを信頼出来ません。ただ、信頼に一番近いものを抱いている誰かに打ち明けたいとは思っています。その中で、一番は先輩です」

 随分不思議なことを言う人だと、龍宮は思った。そして、随分はっきりしたことを言う人だとも思った。

「信頼・・・・そう。たいそうな言葉を使うんだね」

「渡島のようにずっと黙っていられるほど強くはないですし、天城のように素直に話せるほど強くありません」

 城崎は俯いた。

「・・・・話したいことがあるのなら、話せる範囲で聞きたいと、思ってるよ」

 本人が話したというのなら、それが一番いいと思う。

「僕は・・・・・・ずっと人をいじめて、傷つけて、物を盗んで、育ってきました」

 これは、城崎の話ではないのかと龍宮は城崎を見た。



  父と、母と、兄。自分は3人と、4人で暮らしていました。兄は本当に、身体が弱くて、運動はできなくて、暗い。勉強だけが取り柄の人でした。そして、 彼は中学から男子校だったので、よく馬鹿にされて、いじめられて家に帰ってきました。彼の欠点を言わない母、勉学以外のことに対しては無関心の父。僕は、 そんな兄が、母が、父が、情けなくて、もどかしくて、大嫌いでした。僕はどちらかといえば身体的に小さく、華奢でしたし、勉強はほぼ出来ませんでした。兄 を見てきたものですから、自然と、どうすれば自分はいじめられないのか学んでいたんです。そして出した答えが、自分が他者を蹴落とすこと。誰でも良かっ た。けれど最初は、おとなしくて、友人があまりいない。それでいてあまり先生の関心が向かない生徒。見つけるのは簡単でした。標的は変わりませんでした。 変えるつもりもありませんでした。その子に執着していたのではありません。ただ「いじめている」そのこと自体に、当時は意味があるかのように思いました。 やがて、3年。彼は死にました。交通事故です。それが本当に事故だったのかは分かりません。死んだというよりは、寝たきりでした。脳死です。ぼくのしたい じめは有名でした。噂もたちました。保護者から、先生から、母は批判されました。父は全く関心を示しませんでした。ただ黙って頭を下げる母が、兄の成績だ けを気にする父が、憎くてたまりませんでした。情けなくて、吐き気がしました。当時小学生だったこと、いじめていた子が交通事故と処理されていたことで、 僕には何の咎めもありませんでした。母も、僕を恐れていたのか、怒ることもしませんでした。それにつけあがっていたのかもしれません。欲しくもないものを 盗みました。時には空き地で小火騒ぎも起こしました。家は裕福でした。経済的な面で工面は出来ました。けれど「会社の評判」云々で父は一発僕を殴って、母 に宥められていました。

 そうして、僕の転機は兄の部屋に洗濯物を取りに行ったときのことです。兄の部屋にだけベランダがありましたから、母は兄の部屋に洗濯物を取り込んでいました。兄はまだ帰宅していませんでした。けれど、自分が洗濯物漁っている間に、兄が帰ってきました。

 


 城崎が一呼吸置いた。

「僕は・・・・・・男です・・・・・・」

 確認するように、城崎はそう言った。

「うん」

 否定するまでもないこと。

「本当に軽く、です」

 念を押すように、城崎は言った。

「性の対象として扱われてきました。男でいて、それで」

「・・・・・・」

 龍宮は軽く何度か頷いた。どんな言葉をかけても、慰めにはならない。

「抵抗は出来ませんでした。父と、母に言うと脅されていましたから。男同士、それも兄弟でそんなことをしていたなどと、蔑んでいた父に、母にバレるのは、屈辱でした。けれど、バレました」

 淡々と話した。紙に書いてあることを、そのまま読んでいるかのように。けれど棒読みではなく、客観的に呼んでいるかのように。

「僕は何度も、違う、と言いました。けれど兄は、僕が唆したのだと言いました。ただ、親の言うとおりに、親の言うとおりの学校に通う成績優秀頭脳明晰な兄と、素行の悪い、親を親とも思っていない僕。どちらの言い分を信じてもらえるのかなんて目に見えていました」

「・・・・・・うん」

「父が、初めて僕を見ました。意識が僕に向きました。そうして、怒鳴り、殴り、蹴りました。母は、初めて僕を拒絶しました。嫌悪しました。泣き叫びました。汚らわしいと何度も罵りました」

「その後、暫くは施設に預けられました。中学に上るのと同時に、祖父母の実家のあるここに越してきました。苗字も変わりました」

 龍宮は相槌を打つ。

「印象やイメージで人を決め付けるなら、自分は善人であるしかないと思いました。自分でやったことでないことも、自分のせいになるのなら・・・・・」

 脚色された嘘だとは思わなかった。寧ろ、城崎はまだ抑えて話していた気がする。時折見せる城崎の儚さの根源に触れた気がした。

「ありがとうございました、龍宮先輩」

「ううん。全然。城崎君がいいなら・・・・・私は・・・・・・」

「まぁ、こんなですから、渡島は噛み付いてくるんですけどね」

 渡島の名前が出ると、龍宮は途端に身動きが出来なくなった。苦笑して、返事をする。

「余計なお世話かもしれませんが・・・・・。渡島のことは僕の口からでは話せません」

「・・・・・・・うん・・・・・」

「これだけは言っておきます。僕は、自分の人生を、自分で潰しました。おそらくこれからも父母、兄と和解することは困難でしょう。けれど、彼の場合は、他人によって潰された・・・・・・」

 龍宮は俯いていた。城崎は、困った表情をしてまた笑みを貼り付ける。

「渡島君に何か言及するつもりはないよ。でも、城崎君、ありがとう」

「いえ、いいんです。ただ、天城たちには言いたくないんです。どうしても」

「言いたくないなら、言わなくてもいいんじゃないの。騙したことにも、隠したことにもならないよ」

「彼等は絶対に、僕の話に、引いたりはしないと思うんです。それが、ありがたいけれど、傷付くんですよ。重いんです」

 傷の舐め合いだと思った。

「無理に言う必要もないでしょう。相手の全てを知る必要もないし」

 龍宮は城崎の肩に、ぽんと手を置いた。

「すみません。でも、慰められたいわけではありませんから」

 もう自然についた笑顔。けれど、もう不自然でしかない。上手くなったつもりでいたのに、だんだん下手になっている気もする。

「そう」

 龍宮は肩に置いた手を離す。

 廊下はいつまでも続いた。ドアらしいドアは見つからない。城崎から話を聞きながら歩いているときも、ドアはなかった。

「部屋、ないね」

「ええ。また戻ることを考えると、結構な重労働ですね」

 龍宮は城崎の苦笑をする顔を見た。話された過去を思い返し、今、目の前にいる城崎と重ねてみる。今とはほぼ正反対にいたという彼はどんなものだったのだ ろう。今更どんな言葉で取り繕っても、きっと彼の受けた傷は深い。もう癒せない。痕が消えないのか。いつまで続くのだろう。彼の偽善的な笑みは。矯正され た人格は。

 龍宮は城崎から目を逸らした。

 ふと頬が熱くなって、すぐ冷たくなった。視界が滲んで、無意識に手の甲で拭った。

「先輩?」

 声が、ふっと漏れた。胸が熱く、苦しくなって、息がしずらくなった。喉も熱くなる。

 城崎が顔を覗き込んだ。心配そうな顔で。その顔も、傷故のものなのだろうか?そう思うとまた身体がおかしくなって、龍宮は屈み込んだ。

「和泉君のが伝染ってしまいましたか?」

 屈み込んだ龍宮の様子を見ようと、城崎も屈む。

「ごめん・・・・・・。なんか・・・・・」

 龍宮は止め処なく目から溢れるものを手の甲で拭う。

「・・・・・・た・・・つみ・・・・やせ・・・・んぱい・・・・」

 低い声で途切れ途切れに城崎が名を呼んだ。顔を上げて、その蒼白な顔を見る。視線の先を見る。壁から、床から、透けた白い手。藻掻くような、動き。

 何か夢をみていると思った。

「うそ・・・・・・」

 まるで芽吹くように、白い手は床から、壁から沢山現れてくる。一本道を、塞がれた。前後とも。

 手が震えた。小刻みに。歯ががちがちと鳴った。城崎を見遣ると、眉間に皺を寄せて、増え続ける白い手を見ている。肘から指先にかけての範囲で、まるで、きのこのようで、滑稽だった。自分の立場でなかったら、シュール過ぎて笑うしかないだろう。生憎、今は、自分の立場。

「先に進みますか・・・・・・っ?戻りますかっ・・・・・・?」

 何かを掴みたがっているような白い手の動き。生きている者を捕らえようとしているように見える。

「・・・・・・・どうしよう・・・・・・進もう!」

 龍宮は立ち上がった。前後ともすでに囲まれ、逃げ道はない。

「分かりました」

 前に進まなければ、天城、渡島、和泉たちに悪い気がした。城崎もそれが分かっているうえで、自分に選択肢をくれたのだと龍宮は思った。城崎は白い手を踏 み潰すように、駆け出した。龍宮も後を追うように走り出したが、男女の差、運動神経の差で追いつくことができない。城崎の速度が落ち、リレーのバトンを渡 すように片手を後ろに出した。

「手、借りますよ!」

 龍宮が城崎の手に、手を乗せる。城崎の速度がまた戻る。城崎の力を借りて、龍宮も走った。上から下から、右から、左から、薄気味悪く、透けた白い手が芽吹く。

 暫くは、白い手の林状態だった。廊下は一本道で、部屋はない。ある地点を抜けるとそこからは数メートルおきに観葉植物が置いてあり、走り抜けるには邪魔だった。

「行き止まり・・・・・っ」

 城崎が速度を落とすこともなく、急に止まった。白い手が芽吹くよりはやくに走ったようで、行き止まりにはまだ白い手は生えていなかった。

 後ろを振り返ると、来た廊下が見えなくなるほど生い茂る白い手が苦しそうに藻掻いているように見えた。だんだんと龍宮たちの方に 迫ってくる。後退さって、壁に背中がつく。

「天城たちは、無事かな・・・・・・」

 城崎は自嘲気味にふっと笑った。力が抜けたようでずるずる壁を伝って、座り込んだ。と冷や汗をかいている。龍宮は自分では出せないような速度について いったために、息切ればかりで、話せる状態ではなかった。除草剤のタンクを持っているのに、あの速度で話せるのは凄いと思った。

 前に進むなんて言うべきではなかったのだろうか。後悔は不思議となかった。戸惑いと、城崎に対する申し訳なさ、天城や渡島、和泉に対する心配。

 迫りくる白い手。龍宮は目を閉じた。どうなるのだろう。

 走ったせいで滴る汗がすぐに冷えた。


 死ぬなら、痛くなければ、苦しくなければいい。

 せめて城崎だけでも。



 腕が引かれる。背後はすぐに壁なのに。後ろへ、後ろへ、引かれていく。




***



「寒気がした」

 天城が肩を抱いて、ふざけるようにそう言った。

「・・・・・地下に来てから少し寒いものな」

 天城を特に気にするでもなく渡島は廊下を歩き続けた。

「龍宮先輩大丈夫かな~」

 隣の渡島をちらちら見ながら天城はそう言った。

「城崎なら安全だと思うけどな。それとも、後悔しているのか?」

 龍宮マネージャーと行動しなかったこと。渡島の言いたいことはすぐに分かった。

「いや、あれだ。オレはさっ!」

「ああ。こんなところで女子1人で、心配なんだろ」

 渡島は本当にどうでもいいことのようにそう言った。よかった、気付いてない、と天城は溜め息をつく。

「そ、そういうこと!でも、渡島のことも、和泉のことも、心配だからさ。城崎は大丈夫だと思う。タフな気もする。龍宮先輩も」

「そうか。怪我人に心配されるとはな」

「だって、お前と城崎仲悪いだろ。龍宮先輩にはお前、冷たいこと言いまくりだしさ」

 渡島は俯いた。いつもと様子が違う。白い弟を見てからだ。天城も調子が狂って拗ねたように口をとがらせる。 

「城崎はあれで無理してんだよ。素で話さないやつは好きじゃないんだ」

 嫌い、とは言い切らない。本当に嫌いなやつなら、渡島は嫌いと言う。一緒にいる者でも。

「なんだかんだ、渡島って、城崎の好きだろ」

「俺はホモじゃない」

 静かにそう言った。いつもなら、ぶつぶつと毒を、嫌味を吐くのに。

「いとこなんだろ?」

「・・・・・・血縁的には、な」

 興味が無さそうにそう言った。

「話変わるけど、天城には兄弟、いるのか?」

 天城は頷いた。

「妹がいるよ」

「あま・・・・ぎ・・・・ヒカ・・・・・リ・・・・さん・・・・です・・・か・・・・?」

 渡島の背中から弱々しく和泉が口を開いた。

「そうそう。年子だからさ、1年にいるんだよ」

「同じ高校なのか」

「そう。頭は良いんだけどさ、親が同じ高校の方が楽だっていうからさ」

「おな・・・・・じ・・・・・クラス・・・・で・・・・す・・・・」

 和泉は瞳を瞑ったまま、話す。

「まじで?意地悪いだろ」

「しっかり・・・・してい・・・・て・・・・、綺麗な・・・・・・ひと・・・・・」

「ああ。兄のオレが言うのもあれだけど、顔だけは綺麗だからなー」

「会ってみたいものだ」

 ここで会話に一区切りついた。

 廊下がずっと続き、ドアは見つからない。

「目元は・・・・・・・似ていま・・・・す・・・・」

 寝言のように和泉はそう言った。

「目元?似てるのかなー?」

 天城ははははっと笑いながら歩き続けた。

 渡島と渡島の弟は、目と、輪郭が似ていたと思った。




 「オニイチャン 苦シイヨ オニイチャン」



 今まで、話すことすら苦しそうだった和泉がふと、そう言った。周りと比べると幼く見える和泉だが、さらに、まだ声変わりもしていないような高い声でそう言った。

 渡島が肩を震わせ驚いたようで、和泉を背中から落としてしまう。

「何やってんだよ、渡島・・・・・」

 口では渡島を咎めつつも、視線は和泉に向かった。


 「オニイチャン 怖イヨ 助ケテ」


 和泉の閉じた目から涙が滴り、口だけがはっきりと言葉を紡ぐ。

「渡島・・・・・?」

 悲しそうな表情。痛そうな。深手を負ったような。渡島が和泉を避けるように、後退さる。渡島の背中が廊下の壁に当たる。暴漢に襲われた少女のよう。


 「オニイチャン 熱イヨ 熱イ・・・・・・」

 渡島はずっと和泉を凝視している。天城はずっと続く廊下を見た。遠くに、白い肌の子どもが見える。こちらを見ている。天城を、ではない。渡島を。

「和泉、起きろ」

 目の前の白い子どもが指をさす。天城を、ではない。後ろを。天城は振り向いた。

 床から、天井から、壁から、いくつもの白い腕が生えてくる。それは理科のビデオに似ていた。発芽の様子を早送りで見ているような。


 「迎エニ 来タヨ オニイイチャン 一緒ニ 行コウヨ」


 呑気にそんなことを言っている和泉を一瞥し、天城のことなどいないように、和泉を凝視している渡島を一瞥した。

「渡島、和泉・・・・・っ!」

 正気でいるのは、自分だけなのだろうか。不愉快な汗が背中に溢れ出した気がした。

「渡島!」

「う・・・・・・そだ・・・。うそ・・・・・・・・嘘だっ!嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」

 渡島が頭を抱いて、叫びだす。

「渡島っ!」

 肩を掴む。そしてすぐに、渡島がその手をはたいて、渡島の手が天城の首に伸びる。

「嘘ばかり!嘘ばかりつきやがって!消えろ!消えろよ!」

 渡島の手が首を掴む、それから逃れるように後ろに上半身を反らすが、完全に逃れることは出来ない。そのまま反らすことだけに意識がいってしまい、背中か ら後ろに倒れそうになる。本能的に頭を守ろうと、身体を傾け、肩から床に激突する。それでも渡島は首を放すことなく天城に覆い被さる。

「消えろ!消えろよ!消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」

 物凄い形相で、そう言った。何かに憑依されているように。

「かぁ・・・・・・ッ・・・・・・・ぐぅう・・・・・・・」

 まともに呼吸も出来ない。脳に酸素が回らない。喉が焼けるように痛い。

「消えろよ・・・・・消えろよ・・・・・・っ消えろ!消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」

 渡島越しに天井から白い腕が見える。視界の端にも、白い腕。透けている。沢山生えているそのなかで、一本、渡島を掴もうとしている。

 本能だった。首を絞める渡島の方へ、立ち上がるように力んだ。喉仏が減り込む。それも承知で、渡島の身体を抱きかかえるように、形勢を変えた。

 氷のように冷たい手が天井から伸びてきて、頬を撫で、髪を、首を、襟を掴んでくる。渡島から引き離され、下を見た。渡島の身体を縁取るように床から生える白い腕が渡島を押さえ込む。天城は天井から生える腕に押さえ込まれた。落ち着いたようで、渡島は意識を失っている。

 渡島の手が離れたところで、息を吸えなかった分を補うように、咳き込みながら、息を吸った。吐いた。それを繰り返す。

 和泉は、床に倒れ込んで、けれど白い腕は和泉には寄り付かない。


 これから、どうなるのだろう。もう死ぬのだろうか。

 死ぬってなんだろう。

 死ぬってどういうことなんだろう。

 

 身体中が白い腕に引っ張られているようで、氷を当てられているような感触を身体中に覚える。足が床から離れていく。

 渡島は、床に埋もれていった。床全てが、白い腕が幾千と折り重なって、組み合わさって形成されていたかのように、渡島が白い腕の中に埋もれていく。

「和泉・・・・・逃げ・・・ろ・・・・・・」

 声が掠れて出ない。

「和泉・・・・・」

 気を失ったまま、和泉は倒れている。


 この後、どうなるんだろう?


 全身が氷のように冷たくなって、意識が遠のいた。

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