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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
朱の洋館 R-15/ホラー
27/86

朱の洋館 5 R-15/いじめ描写



「じゃぁ、渡島と天城は2人で捜索したらいいよ」


 苦笑しながら城崎が言うが、渡島は首を振った。

「甘やかす気はない」

「・・・・んなっ!」

「とりあえず、恐怖心を抱く要素はここにはない。白江を見つけるんだろ。しっかりしろ」


「じゃぁ、僕はもう一度1階を調べてみるよ」

 城崎が1階への階段を指差した。

「ああ、頼む。俺は次の階を調べる。天城アマギはこの階でいいか?」

 天城テンジョウは頷いた。城崎も渡島も自分に気を遣っているのだな、と思うと、感謝と情けなさで胸がいっぱいになる。

「じゃ、行くわ」


 渡島は2人に背を向け、手をひらひらと振って行ってしまった。


「僕も行くね。あとはよろしく」

 緊張したような笑みを浮かべ、城崎も行ってしまう。


 天城は大きく溜息をついて、2階の廊下を歩いた。

 廊下に等間隔にある窓の外は、紺色だらけで何も見えない。もう暗くなったのか。上から見れば何か分かると思ったがそうはいかなかった。

 ぼやっと廊下を照らす照明はかえって恐怖心を煽るだけだ。

 


  あのとき白江を襲ったのは何だったのだろう。


 

 龍宮と和泉を置いてきた部屋の脇の廊下を歩いて垂直に交わる廊下に突き当たる。天城から見て左は廊下が数メートル続いて、扉が3つほど見える。左は階段がある。左の階段の方は渡島に任せてある。天城は迷うことなく右へ進んだ。

 


 少し歩いて、1つ目の扉を開ける。鍵はかかっていなかったようで、簡単に開いた。壁際にベッドと、大きな絵画。反対側の壁にはスタンドライトが点いたま まの机。他の壁沿いには本棚が並んでいる。床には高級そうな真紅に金色の刺繍が入った絨毯が敷かれ、歩くたびにぎゅむぎゅむと音が鳴る。

 天城は机に近付いた。上には埃が積もり、白い。一冊、本が置いてある。

 メモ帳のようだ。何か挟まっていて、ページとページの間に少し空間が出来たまま閉じてある。天城はそこを開いた。挟まっていたボールペンを抜き取る。それをほぼ無意識にポケットにいれた。


 『助けて』



 と、黒いボールペンで書かれていた。罫線を無視し、大きく書かれている。走り書きだが、読み取れる。

 天城は他のページもぺらぺらとめくったが何も書かれていなかった。次に本棚の前に立ち、ぎゅうぎゅうに収められている背表紙を眺めた。数学、生物学、物 理学の専門書だ。文型の進路を選択した天城には関わりのあまり無い分野だ。振り向いて、大きな絵画を見つめる。草むらの中から伸びる緑色の大蛇と戦う 人々。背景にここと同じ外装の館が遠近法で小さく描かれている。ベッドに上がって、表面に触れた。額などはなく、油絵のような、表面はざらざらしているよ うな多少凹凸のある感触だ。

 ベッドの踏み心地が悪く、バランスがとれなくなって、絵画に体重をかけてしまったとき、それはそのまま壁にめり込んでいくようだった。

 ばきっという音と、砂埃。

 天城は絵画が進む方向につまずく。足をついた所が柔らかく、またバランスを崩し、段のある床に転落した。

「いって・・・・」

 腰を強く打ち、そこを撫でながら天城は周りを見渡す。絵画ごと壁を破ったようで、隣の部屋に来ていたようだ。絵画は割れ、半分は壁際にあり、天城が踏み つけて転んだベッドの上にあり、もう半分はこの部屋の床に這うようにある。立ち上がって部屋全体を見る。電気が点いていないため、暗くてよく見えない。壁 伝いに手探りでスイッチを探す。指先に壁とは違う感触があり、がむしゃらに人指し指押してみる。パチっという音とともに視界に色が戻る。

 まず目に入ったのは鹿の頭部の剥製。天城が立っている壁の反対側の壁の上部に生えている。口に何か銜えているのが見て取れた。

 他には本棚と、剥製の下の革張りのソファ、テーブル。素朴な壁紙に隣の部屋に似た高級そうな深緑の絨毯。鹿の剥製が銜えている何か以外、天城が気にするところは何もなかった。

 絵画の半分とその欠片が散らばっているベッドの上に乗り、弾力を利用して鹿の口からそれを取る。リングのついた小さな銀色の鍵。天城は鍵をポケットにし まって、照明のスイッチがあったところのすぐ横にある扉を開け、廊下に出た。残すところ、天城が探索する部屋はあとひとつのようだ。

 その部屋にも鍵はかかっていなかった。タンスやクロゼットがあるだけの部屋。天城はそれらに近寄り、まずはクロゼットから調べだす。下三段は引き出し式だったが、一段目はおそらくコートなどをハンガーで吊るすのだろう、縦幅があり、手前に引いて開けるタイプだ。

 下から開けていけば閉める手間がかからない。渡島が城崎と別行動している最中に言っていた。それに従い一番下の段を引く。黄色のチャックのシャツが一着 だけ入っていた。赤茶色いもので汚れ、破れている。次の段を開く。抜けた歯と、5センチほどの赤黒い棒状のもの。表現しにくい、強いていうなら鰹節のよう な匂いがした。そしてまた次の段を引く。今まで開いた2段目同様、ベージュの木そのままの内装に、真っ赤な字で「助けて」と記してある。

 天城がその文字の羅列の意味を理解するより速く、顔を顰めるよりも速く、誰かに頭部を掴まれた。

「ひっ」

 情けない悲鳴を上げた。そして、首の付け根に激痛が走る。天城は咄嗟に暴れ、自身を掴む者を振り払う。身体が解放されてから、それの正体を確認する。

 振り払った反動で倒れた無防備なそれは形は普通の人間だ。陶器のように真っ白な肌に真っ黒な髪。天城を見つめる目の色は通常と逆転して、黒い部分の割合が多くなっている。まるで黒い海の中に白い円形が浮かんでいるような。

「な、なんなんだよ、お前っ・・・・!」


 薄い灰色のまるで囚人のような服というよりは布を纏っているそれは天城の背丈よりも見るからに低く、痩せている。



    


           『 殴らないで。やめて。お願い、助けて』




 身体的特徴を除けばそれは確かに人間だ。しかし口も開かず、天城に意思を伝える。脳に響いてくる声に天城は動揺した。

 天城は目を見開いて肩で呼吸をした。首筋は出血しているのか濡れて気持ち悪い。目の前にいるそれが無害か無害ではないのかなど天城にとってどうでもよかった。ただ本能は危険を回避しろ、もしくは排除しろと言っている。そして天城にはそれはできる自信があった。




       『 お願い。やめて、助けて・・・・っ!!』



 ポケットに入れたボールペンを利き手に持って振りかざした。身を守ろうとするそれは手で顔の前に出した。その手の指が一本欠けている。




       『 何でもするから、痛いことしないで!!』


 

 もしこれが普通の人間なら、おそらくは10歳くらい。ワンピーススカート状態の身に纏っているぼろぼろの薄汚れた布から伸びる足は幼いのに細すぎて若々しさを感じられない。そしてそれは真っ白い。

 良心が痛んだ。それでもこの者が無害といえるだろうか。ここで始末しなければ龍宮達にも被害が及ぶかもしれない。


               『お願い!助けてください!助けてください!助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください助 けてください助けてください助けてください助けてください助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて』


 漆黒のなかに浮かぶ純白の瞳が天城を捉えた。敗者の目。服従の目。



 


  俺はこの目を知っている――――





   小5の時、同級生が自殺未遂に追い込まれたっけな―――


 


   教室という世界では無いものとして扱われ、その世界の支配者の都合でそれは存在することを赦された。




   限界を知った窮鼠は、愚かな猫を噛んだ。



 ―――「助けてくれよ天城!お前だって見てたじゃないかっ」


  お前は暴力まで振るっていたくせに、見ていただけの俺までも巻き込むのか。

  


 ―――「あいつが・・・・っ!あいつの指がポストに・・・・っ!」


 

  日に日におかしなことを言い出す級友の周りには次第に誰もいなくなった。




 ―――「なぁ、天城!お前俺の友達だろ・・・・?」



―――悲しいよな。クラスの支配者だったお前が今じゃ、俺みたいなご機嫌取りに媚びるんだもんな。



「・・・・・・お前、ショータか・・・・」

 天城は怯えた目をする白い者に呟くようにそう言った。大きな目を更に大きく開けた白い者。

「それなら、首を噛んだのは、俺への仕返しか」

 天城は噛まれた部分を擦りながらそう言った。

 

 


 俺が止めなかった。俺しか止められなかったのに。バカなクラスの支配者は、この哀れなクラスの奴隷をとうとう追い詰めてしまった。たまたまそこにあっ た、錆びたカッターナイフでこの奴隷の首を切った。 奴隷が首を切られたとき、支配者は逃げ出した。このまま死なれると困ると思った俺は応急処置をした。 相当怖かったのか、泣きながら獣のように俺に噛み付いてきた。幸い死に至るような傷ではなかったけれど、学校側は大問題としてこの問題を扱った。そうして クラスに「奴隷」がいたことが明るみにでた。

 保護者の訴えなど周りの非難でこの「支配」はついに終わったと思っていたのだけれど。この奴隷は凄まじい怨念と執念で支配者を精神的に追い詰めるように なった。支配者の上履きを自らの多量の血液で染めたり、支配者の家のポストに無言の手紙を入れたり、他にもまだまだ、支配者の机の上に腐りかけた動物の死 体が送りつけられていることもあった。しかも病死のようで、外傷がない。熟しすぎて変な匂いのする果物を持ってくることもあった。毎朝何かを支配者の机の 上に置いては、誰にも気付かれないうちに帰っていく。

 次第にストーカー行為にまで及び、ショータは行き過ぎた奴隷に変わっていったように俺には見えた。

 すでに先生の呼びかけや、保護者などの言葉で、「支配」は治まってきていた。そしてだんだん孤立し、不気味なことを言い出すショータの周りにはほぼ誰も 寄らなくなった。そんな中で俺は支配者のもとにいた。けれども支配者に甘い顔をしていたわけでもない。この支配者がどう堕ちていくのか見たかったのかもし れない。この愚かな支配者にも、白々しい周りの奴等にも、どちらにも属したくなかったからかもしれない。



「ショータはずっとリュー様の奴隷です」

 天城は小さな声で呟いた。ほとんど忘れていた言葉。数年前までは一日に何度も聞いていたのに。支配者のもとにいた自分にだけ分かる言葉。そして堕ちていった支配者とそれを追い詰めた奴隷を恐怖に陥れる言葉。


    




             『やめて・・・・・言わないで・・・・・っ!』





「どうしてお前がこんなところにいるんだよ・・・・・」

 リュ―という支配者は学校に来なくなった。それと同時期にショータという奴隷は引っ越し、転校したと聞いた。過酷な生活を歩んだこの街では住めないよう だ。リューの気分で「奴隷」は変わった。クラスの4分の1くらいは「奴隷」になったから、リューに恨みのあるやつもクラスにはいる。今更おとなしく生活し ていたって、リューが「奴隷」になったのだろう。





         『ワタル・・・・っ!ワタル!助けて!ワタル!!!!!!!!!殺さないで!殴らないで!痛いことしないで!』


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