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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
朱の洋館 R-15/ホラー
26/86

朱の洋館 4

********


「城崎?」

 十数分前まで一緒にいた仲間の声。右と左の廊下はつながっていたようだ。

「何か見つかったのか?」

「いや、何も見つからなかった」

 渡島の問に城崎は首を降った。

「和泉は?顔青いぞ」

 渡島が事情を城崎に訊ねた。

「大丈夫です」 

 間髪入れずに和泉がそう言った。

「そうか。ま、事態がこんなだからな…」

「渡島の方は何か見つかったのか?」

 渡島は鍵を城崎に見せた。

「天城が見つけた。片っ端から鍵穴に入れていくんだな」

 城崎は渡島の手から鍵を取ると、一番端のドアの穴に鍵を挿し込んだ。回らない。一つずれて真ん中のドアの鍵穴に鍵を挿し込んで回す。カチッという音がした。城崎は鍵を抜くと、ノブを捻った。

 城崎は最初に入り電気を点ける。タンスとクローゼット、ドレッサーとベッド。真ん中にはテーブルがある。端にソファーがある。

「宿か?」

「客室かな?」

「タンスがあるんじゃ長期滞在用?」

「こういうのってクローゼットにキーアイテムとか入ってるパターンじゃない?」

 龍宮がクローゼットの前に立ってそう言った。

「それなら開けてみて下さい」

 渡島の声とともに龍宮はクローゼットを開いた。

「なんかありました?」

 渡島が訊ねる。

「キーアイテムっていうよりはキーですね」

 龍宮の背後から天城がクローゼットの中を覗き込んで、龍宮に笑いかけてそう言った。

「先輩、ドレッサーの中にドライバーがあります」

 和泉がドレッサーの引き出しを漁っている。

「持って行くか?」

 渡島が近くにいた城崎に訊ねる。

「とりあえず、持って行ってもいいんじゃないかな。武器にもなるし」

「…だ、そうだ」

 和泉はドライバーを引き出しから出してポケットにしまう。

「この鍵はどこのですかね?」

「ドアの鍵にしては華奢な気がするな」 

 天城は龍宮の手のひらにある鍵をまじまじと見つめた。薄く短い。

「なんだろう…?引き出しとか?CDボックスとかのかな」

 龍宮に言われ、ドアの鍵という考え方から天城は思考を外した。

「二階行くか」

 新たな発見は無いと踏んだのか、この部屋に飽きたのか渡島はそう言い出した。

「渡島」

 部屋を出ていこうとする渡島を城崎は呼び止めた。

「なんだ」

「先輩にメール打っておこうよ」

 今メンバーで携帯電話を所持しているのは渡島だけだ。

「圏外だったぞ」

 圏外じゃなきゃとっくにそうしてる、と呟くような声。

「渡島…」

「先輩を頼りたくないんだろ?」

 城崎の責めたような問いかけに渡島は口の端を吊り上げるように笑う。

「今はそんなこと言っている場合じゃないのは俺だって分かってる。俺なりに考えて先輩にメールなり電話なりさせてもらったさ。天城がここの鍵見つけた時にな」

 証拠を見せるように渡島は履歴を天城と城崎に見せた。先輩の名前の前にばつ印が付いている。それは送信失敗を意味していた。

「いくら天下の先輩方に微塵も信頼を寄せていなくても、誰に助けを求めるべきかは分かってる」

 もし電話が通じたとして顧問の先生に連絡をとったら、部活動停止が冗談ではなくなる。そうなったら先輩のさらなる理不尽な罰が待っているに違いない。渡島の最大の譲歩だ。黙って渡島は二階への階段がある洋館の入り口に向かった。城崎と和泉も渡島を追っていく。

「なんかすみません。あんなヤツで」

 渡島の三年生の嫌いっぷりは誰よりも激しかった。けれど龍宮とは同級生であるわけで、気分を害したのではないかと天城は思った。

「気にしないで」

 龍宮も先輩達に同級生でありながら、冷たくあしらわれている。

「ただ渡島は冷静な顔してるけど、あいつなりにまだ白江のこととか思いつめちゃったりしてるんです」 

 龍宮が渡島の言葉に傷付いているのだろうかと思うと、天城は複雑な気分になった。もっと渡島が龍宮を傷付けたらいいと思う反面、龍宮が傷付く姿を見たくない。

「天城君は友達想いだね」

 私たちも行こう、と龍宮は天城とともにこの部屋から出た。  






 ぎしぎしと階段を踏む度に軋んだ音がする。丁寧に、黒ずんだレッドカーペットが敷かれている。

「不気味な館だな」

 階段を上りきる。右は壁だ。左に曲がる。二つに廊下が別れた。まっすぐ行くとドアが一つある。鍵は掛かっていなかった。

「また客室?」

 薄型液晶テレビと向かい合ったソファー。その間にはローテーブル。ベッドとプラスチック製のタンス。本棚。

「家政婦の部屋じゃないの?こんな立派な洋館なのに客室しょぼくねぇか?」

 天城が両手で後頭部を押さえるようなポーズでそう言った。

「金持ちの考えることは違うってことだな」

「こんな部屋があるならホテルとかで営業すればいいのに」

「ホテル開くには随分と立派な番犬がいたけどな」

 和泉の呟くような発言に渡島が笑った。番犬というのは触手という解釈で間違いないだろう。

 龍宮が薄型液晶テレビの電源を入れた。白黒の画面の奥の井戸から髪の長い女でも這い出てくる映像が流れてきそうな雰囲気だったが、画面に映し出されたのは砂嵐だ。

「物理的にあり得ないだろ。普通に考えて」

 渡島も同じことを考えていたようだ。彼の場合は強がりではなく本気で解説を始めてしまう。

「俺だってマジだなんて思ってねーよ」

 どうやら渡島は、天城が本気で井戸から這い出てくる髪の長い女がテレビ画面からも出てくると思っていると思っているらしい。天城は心外だとばかりにそう言った。

天城(アマギ)はマジにするタイプだと思ったんだがな」

「マジにするのは白──…」

 天城は大きく溜め息をついた。

「しっかりしろよ」

「天城、座って落ち着きなよ」

「君たち、縁起が悪いよ」

 龍宮が苦笑した。



 そうだ。どうせ今頃道に迷ってわんわん泣いて転んで膝でも擦りむいているに違いない。




「早く見つけてやらなきゃな」

 白江は部活でもよく転びすぐ泣く。瘡蓋だらけの脚。消毒してしみるのを嫌がるが龍宮が甘やかして飴を与えるとへらへらと笑い出す。まるで幼児だ。一年の和泉の方が年齢的にも体格的にも小さいがはるかにおとなびて見える。

「そうだね」

 呟くような、自身に言い聞かせるような独り言に返事がきて城崎を見た。笑っている。館内が安全かどうかはわからない。不気味さがあるのは分かったが、まだ城崎には精神的な余裕があるようだ。

「それなら、まずどうやってこの“お化け屋敷”から脱出するか、だな」

 渡島が課題を出す。

「火に弱いみたいだから松明振り回して走って逃げる、とか」 

「背後まで守りきれるのかい?」 

 天城の可笑しな提案に渡島は無表情のままで、城崎は真面目な意見を述べる。和泉はひきつった笑みを浮かべた。

「火に弱いって、怯んだだけなんじゃないの」

 渡島がライターを触手に当てたときのことを龍宮は思い出す。

「爆弾作るとか。渡島得意そうじゃん」 

 天城がばかにするように笑った。

「作り方知らないし。そんな物騒なモノ」

「大事件だよ」

「パソコン探して犯罪に関わって警察呼ぶとか」

 これは冗談のつもりで言った。

「PCがあってもネットに繋げるか?」

 渡島は天城の冗談に上手くのっかる。

「先輩と顧問に何言われるか分からないよ。新人戦だって…」

「まぁまぁ。とりあえず、落ち着こう。そのうちいい案が思い浮かぶよ」 

 龍宮が三人のループを断ち切る。

「のろのろやってたらいつになっても帰れないですよ」

「焦ってもなるようにしかならないよ」

「は。何すか、それ」

 渡島が見下すように笑った。

「なるようにって、ここで何の策も考えずに飢えていくだけ飢えるんですか。随分おめでたい思考回路みたいですね」

「ちょっと、渡島・・・っ!すみません、龍宮さん!」

白江シラエが生きているか死んだかなんて俺だって分からない。白江シラエを探す気があるなら、俺達が終わってちゃどうにもならないだろ」

 龍宮に嫌味を言うと城崎が渡島を睨みつけた。

「そうだね。うん・・・ごめん。軽率だったね」

 別に構いませんが、と渡島はそっぽ向いた。

「先輩、なんかすごく寒いんです」

 雰囲気が悪化していたこのタイミングで和泉がそう言い出したのは城崎や天城にとっては好都合だったが、和泉に視線を向けると、そうも思っていられなくなった。顔色が悪い。青白い。汗をかいている。

「和泉・・・大丈夫か?」

 天城は和泉のもとまで寄ると額に手をつけた。冷や汗をかいている。

「行けそうか?」

 渡島が訊ねた。

「…すみません」

 悔しそうに唇を噛み締めて、絞り出すように呟いた。無理をして途中で倒れるよりもここで安静にしていた方が迷惑が掛からないことが分かっている。そしてこの調子だとそうなることも分かっている。

「和泉はここに残れ。龍宮先輩、和泉の面倒みてもらっていいですか?」

「うん。分かった」

 和泉にソファーに座るよう指で促すと、天城は龍宮に訊ねた。

「…すみません…」

「仕方ないよ。山の中だしね」

 城崎が柔かく微笑む。

「それじゃ、龍宮(リュウグウ)マネージャー、和泉を頼みますね」

 渡島はこの部屋の扉を開けた。

「はい」

 軽く頭を下げて、城崎と天城も渡島に続いて部屋を出ていく。

「んで、どうするわけ?」

 天城が渡島に訊ねる。

「とりあえず片っ端から部屋を探す。触手をどうにかする何かがあるかもしれない」

「例えば?」

 天城は頭を傾げた。

「除草剤とか、そういうのでいいのかな?」

 渡島は城崎の問いに頷いた。

「除草剤?意味あんのかよ?」

「さぁな。少なくとも触手が有利になるってことはないんじゃないか」

 渡島はそう言った。城崎もそれに頷いたが、はっとして口を開く。

「ただ、こんなところにあるのかな?」

 渡島は両手を挙げ、首を傾げた。

「探さないとなんともいえない」

 城崎は何度か相槌を打つと眉間に皺を寄せた。渡島はまだ行っていない廊下に向かって歩いた。

「考えれば考えるだけ行動が制限されるぞ」

 渡島の言葉に2人は黙って頷いた。

「とりあえず・・・・・3人で別れない?キリがないんじゃないか?」

「・・・・・そうしようとは思ったんだがな・・・」

 城崎の提案に、渡島は天城に視線を送った。

「え・・・・ちょ・・・っ!渡島!別にオレ、怖くなんかっ・・・・!」

「・・・・なら、いいんだが」


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