さようなら、棒チョコ菓子 恋愛
その話を聞いたのは部活が始まる少し前だった。おかげで練習がまともに出来ずにいた。集中しようと何度も何度も思うものの、そう思うたびに要らない思考が働いてしまう。後輩の揶揄する声と先輩の少しきつめの言葉が背後から聞こえる。そんなだから、顧問からも今日は変な癖をつける前に部活を中止して勉強でもしていろと早退を余儀なくされた。
たったひとつの話題が思考を支配し、いつもは面倒臭い学校から駅までの時間が一瞬のように感じた。いらいらとしたやりようのない感情をどうしていいか分からない。無人駅のそこで、定期券を改札代わりの機械に認識させると、感情を足に込めたようにせかせかと歩いてホームに向かった。誰かいる。次の電車まで余裕があるため、まだ学生は駅に向かっていないと思っていた。見知ったその人は先輩だ。同じ中学校で、1つ上の学年。委員会も同じで世話になった人。昼が延び、太陽がだんだんと地面から離れる。そんな季節もあってか肩までの髪を掻き上げて結わえている先輩。彼女だと理解したオレは走った。若干もやもやとした蟠りはあったけれど、先輩が離れていくような気がして俺は焦ってホームに向かった。
「先輩!」
オレは先輩を呼んだ。彼女は俯いていた。日焼けしていない項と揺れる髪に胸が絞られるような感覚が襲う。
「あ・・・・こんにちは」
先輩はぱぁっと背景に花を散らすように笑った。そしてそれだけじゃなく、頬が赤い。見て取れた、幸せそうな感じ。きっとこれはオレの思い込みだけじゃない。
「今日は部活は・・・・休み?」
少しにやけたような表情の先輩。きっとこの笑みを作っているのはオレじゃない。
「えぇ・・・、まぁ、早退っす・・・」
そうなんだ、と先輩は呟いた。
「先輩」
「何?」
「・・・・・・告白、されたんすね」
耳に入れたくも無かったような情報を、口にしたくもなかった言葉に変えた。少し間が空いて、先輩は小さく頷いた。
「・・・・・付き合うんすか」
口にしてみた後で、目を閉じた。先輩の口から出る言葉は分かっている。けれど、もしかしたらという一縷の望みにかけたつもりだった。
「・・・・・うん」
小さな声が耳に入った。ただ理解までに一瞬遅れた。分かっていた筈なのに。やりようのない息苦しさと、虚しさが込みあがった。そしてオレの横を歩く先輩とのビジョンに亀裂が入っていった。
「・・・・・・・そうっすか」
笑っていた彼女の表情が曇った。そんな表情をさせたいわけじゃないのに、でも喜んでいて欲しくもなかった。
「食べる・・・・?」
話題を逸らすように彼女が菓子の箱を差し出した。細長いスナックにチョコが8割ほど塗られた菓子。
「・・・・・・先輩・・・・フラれるのは分かってるっす。・・・・ずっと好きでした」
さほど驚きを見せないまま、彼女は頷いた。
「・・・・・うん・・・・・ごめん」
菓子の箱が少し軋んだ。
「・・・・・・っ」
オレが彼女を好きだった時間が無くなったみたいに、遠いところに置き去りにされたみたいに、もう彼女には会えなくなるみたいに、大げさな喪失感に襲われる。
どうしてもっと早く言わなかったんだろう。
「食べさせてください。・・・・・食べさせてくれたら、もう、さようならです」
彼女は困ったような表情で、菓子を一本手に取った。
「・・・・・」
視界が滲んだ。彼女の顔が滲んだ。
おそるおそる口に運ばれる菓子を口に含んだ。この菓子の味は知っている。甘いけれど、でもこれは少ししょっぱい。
だんだん長さをなくしていくそれは、最後まで食べられることはなく、彼女の手から離れ、オレの口に収まる前に折れて、地面に叩きつけられた。
「ありがとうございます」
彼女のいた場所から離れたところへオレは歩いた。
オレと一緒にいて、困るあなたよりは全然
オレじゃない誰かといて笑っているあなたのほうが断然
素敵っすよ
そう小さく呟いて、自嘲的に笑った。




